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2014.08.01 Friday

艦これファンジンSS vol.7 「アイドルと最古参のギグ」

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    ふわふわして書いた。やっぱり反省していない。

    というわけで、艦これファンジンSS vol.7をお届けします。

    当初は川内型姉妹が甘味処でおしゃべりするだけの内容だったのですが、
    それだとドラマがないのでちょうど東京急行を率いている那珂ちゃんにスポットをあてて、
    地味ながらゲームでは重要な役割の「遠征」をテーマにしてみました。

    それから、まったくの偶然だったのですが、初期艦の叢雲さんがたまたま
    那珂ちゃんと同じ艦隊にいたので、これは裏主人公として立てると熱いのでは?と思い、
    今回のストーリーとあいなりました。

    一番苦労したのはドラム缶の描写だよなあ……
    これはまあTicoなりの解釈と言うことで、とらえて頂けると幸いです。

    なお、「うちの鎮守府」シリーズはゆるくつながっておりますが、
    エピソードは独立しておりますので、気に入った作品からご覧ください。

    それでは、皆さまご笑覧ください。

    長くなるので折り返し~。

    ※ちょっとタイトル変えました(8/1 13:10)



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    鎮守府近海ともなれば、波はおだやかで青空も心なしかすがすがしい。
    その感覚が、実際に海と空が優しいゆえか、それとも「敵」に支配されていない海域だからこそか、
    なかなか判別しづらいところである。
    ともあれ、そこへ戻ってきた艦娘が感じる思いは等しく共通していた。
    「帰ってきたねえ!」
    船団の先頭を行く少女がそう声をあげる。
    フリルの目立つ茜と白の衣装。二つのお団子にまとめたさらさらとした黒髪。
    ぱっと見にはまだ十代のかしましい少女に見える。しかし、海面を疾走する姿、
    そして身体の各所に装備した艤装が、彼女が見た目どおりの女の子ではないことを如実に示していた。
    艦娘。人類の脅威、深海棲艦に対抗しえる唯一の存在。
    お団子髪の少女の言葉に、隊伍を組んでいた艦娘たちがほっと安堵の顔を見せたのも束の間、
    艦列の最後方から鋭い声があがる。
    「まだ帰り着いたわけじゃない! 陸にあがるまでが遠征よ!」
    声をあげたのは銀髪に赤い目の艦娘である。
    セーラー服を模した、身体にぴったりした衣装に黒いタイツがよく似合っている。
    小柄な体格から、見る人がみれば、彼女が駆逐艦に属する艦娘であるとわかっただろう。
    「那珂(なか)も気をゆるめないの!」
    銀髪の少女にそう言われて、那珂と呼ばれたお団子髪の少女は照れ笑いを浮かべて、
    「はーい、わかりました……もう、叢雲(むらくも)ちゃんは心配性だなあ」
    ちゃんづけで呼ばれた銀髪の艦娘――叢雲はそれには応じない。
    ただぼやくように何事かをつぶやき、仲間の艦娘たちが苦笑いを浮かべているのを見ると、おなじみの光景なのだろう。
    お団子髪の少女は表情を引き締めなおしたが、やがて水平線の向こうに影を見出すと、ぱっと顔を輝かせた。
    どんどん大きくなっていく水平線の影――陸地を指差しながら、皆に笑顔で振り返る。
    「みんな、もうすぐだよ! わたしたちの鎮守府!」
    彼女の声に、叢雲も含め笑顔が浮かぶ。
    こころなしか、一行の海面を駆ける速度が増したかのようであった。
    軽巡洋艦、「那珂」。
    それが彼女の艦娘としての名前である。

    「深海棲艦」という存在がいつから世界の海に現れたのか、いまでは詳しく知るものはない。
    それは突如、人類世界に出現し、七つの海を蹂躙していった。
    シーレーンを寸断され、なすすべもないように見えた人類に現れた希望にして、唯一の対抗手段。
    それが「艦娘」である。
    かつての戦争を戦いぬいた艦の記憶を持ち、独特の艤装を身にまとい、深海棲艦を討つ少女たち。
    艦娘が赴く海域は、深海棲艦が猛威をふるう最前線だけではない。
    鎮守府のある本土と各地を結ぶか細いシーレーンは、一線級の打撃部隊だけでは維持できない。
    それゆえ、鎮守府では、通常、複数の艦隊が運用され、「遠征」という形で海上護衛などの任務に当てられていた。

    「もう、そろそろかな……ふわあ」
    岸壁に座り込み、水平線に目をやっていた少女があくびをかみ殺した。
    艤装こそつけていないが、茜と白の衣装に、白いマフラーを身につけた姿は、まぎれもなく艦娘だった。
    短めのツインテールにまとめた髪と、よく動く瞳が快活そうな印象を与えるが、
    いまはどこか気だるそうな空気をまとっている。
    「眠そうですね、川内(せんだい)姉さん」
    マフラーの艦娘にかたわらに立ち、そう声をかけた少女もやはり艦娘である。
    川内や那珂によく似た茜と白の衣装だが、長い髪に鉢金を模したリボンを結わえている。
    面立ちはたおやかだが、内にしっかりとした芯を感じさせる、凛とした眼差しをしていた。
    「わかるー? 神通(じんつう)」
    神通と呼ばれた鉢金の少女は苦笑気味に川内にうなずいてみせる。
    「目がちょっと赤いですよ」
    「ああ、うん、夕べは夜通しだったからさ」
    にへへと笑ってみせる彼女に、
    「また夜戦の演習してたのか」
    と、今度は神通ではない。男の声である。
    声の主は白い海軍士官の制服をぱりっと着こなしていた。
    年のころは三十に見えたが、より若い精悍さも感じさせたし、同時により老成した雰囲気も漂わせている。
    彼――この鎮守府の主にして艦娘たちを指揮する司令官である「提督」については、
    年齢はおろか、本名さえも謎に包まれている。
    提督の声があきれ気味だったのに、川内がじとりとした目を向けながら、
    「提督が夜戦につれてってくれないから自分で夜に練習するしかないじゃん」
    「限定作戦前の資源備蓄の時期にそうそう出撃させられるか」
    「わたし無役の待機組だから暇なんだよねえ。遠征とか夜戦の機会ないかなあ」
    腕ぐみして息をつく川内に、神通が人差し指をあごにあてながら、
    「那珂の“東京急行”は夜間も移動しますから、夜戦もあるかもしれませんね」
    「えー、いいなあ。夜戦いいなあ」
    座ったまま上半身をぐらぐらと揺らす川内に提督が冷ややかに言う。
    「代わらせてやってもいいが、“ドラム缶”をかつぐ覚悟はあるんだろうな」
    その言葉に川内の動きがぴたりと止まる。提督の方を向いて、きっぱりと、
    「あ、それムリ。あれ運ぶのだけはダメだわ」
    川内がそう言ったとき、神通が彼女の肩をぽんぽんとたたいてみせた。
    「姉さん、戻ってきましたよ」
    その言葉に川内がぱっと表情を明るくして立ち上がる。提督がいずまいをただし、神通が精一杯の笑顔を浮かべる。
    「――ただいまー!」
    海原の向こうから、衝突するかの勢いで那珂が突進してくる。
    出迎える三人が思わず身構えたものの、那珂は直前で大きく舵をきってみせた。
    波しぶきが三人にふりかかり、時ならぬ海水の雨が川内たちを濡らした。
    「わっ、那珂、何するのよ!」
    「もう、岸壁にぶつかったらどうするの!」
    「おいおい、勘弁してくれ」
    三人の抗議の声に那珂は、てへっと照れたような苦笑いを浮かべた。
    「ごめんごめーん、“ドラム缶”のせいでタイミングずれちゃった」
    そういう那珂の腰につけられたハーネスからはワイヤーが伸び、たしかにドラム缶に似た物体につながっていた。
    ただし、よく見るとただのドラム缶ではない。形こそよく似ているが、もう少し小ぶりで、
    なにより表面に明滅する操作盤のようなものが見えた。
    「本体は……まあ、無事のようだな」
    提督が見やった先には、海原をゆったりと近づいてくる本物の船の姿があった。
    那珂を含めて艦娘が六人、無人の快速輸送艇が十隻。それが那珂が指揮してきた船団の全容である。
    那珂が身に着けているドラム缶のような物体は、これら無人の快速輸送艇の誘導ビーコンである。
    艦娘の速度と軽快な機動性についてこれるように設計された輸送艇は、
    小型船団でピストン輸送を行う「鼠輸送」作戦のために大本営が開発したものだが、
    これの操作には専用のビーコンが必要となる。その形がドラム缶にあまりにも似ていることから、
    無人快速艇を使う遠征任務に駆り出されることを「ドラム缶を背負う」と俗に艦娘たちは呼んでいた。
    「――もう、ちょっとは落ち着きなさいよ」
    遅れてやってきた叢雲が提督たち出迎えの様子を見てあきれた声を出す。
    「だってー、あんなことがあった遠征からやっと戻ってきたんだもん」
    那珂は皆が着いたことを確認すると、“ドラム缶”をはずし、桟橋に駆け上がった。
    程なく叢雲たち随伴の艦娘も那珂に続き、そろって提督の前に整列する。
    「那珂指揮下、第四艦隊、東京急行の任を終え、帰投いたしましたっ」
    ぴしっと声を整えてみせるものの、最後の最後で声が弾んでしまうあたりが、
    那珂という艦娘の性格が如実に現れていた。隣に立った叢雲が、一瞬じとっとした目線を送る。
    「ご苦労――無事の帰還、なによりだ」
    「おつかれさま。どう夜戦の機会はあった?」
    「おかえりなさい……誰も怪我がなくてよかったです」
    提督の言葉に、川内と神通が続く。那珂は頭をかきながら照れ笑いを見せ、
    「いやー、今回はいろいろとハプニングがあって、那珂ちゃん大ピンチ、みたいな」
    その言葉に川内も神通も思わず首をかしげたが、提督は軽く咳払いして、
    「まあ、それはきちんとした報告をもらうとしよう。まずは甘味処で何か食べてくるといい。
    みんな疲れているだろう。疲労には甘いものが一番だ」
    そういうと、提督は懐からチケットのつづりをとりだした。
    それを見た那珂たちの顔が、ぱあっと明るくなる。
    「間宮券だ!」
    「存分につかってくるといい。ああ、川内と神通も食べてきてかまわんぞ。
    お互いにひさしぶりだから積もる話もあるだろうからな」
    「わーい、やったー! みんな、行こっか!」
    那珂と同時に艦娘たちから歓声があがった。走り出した一行だったが、
    しかし叢雲だけはかぶりを振って、静かに言った。
    「わたしは後から行く。あんたたちは先に行ってて」
    その言葉に、一瞬考え込むような顔をした那珂だったが、すぐにこくりとうなずき、
    他の艦娘たちの背中をぽんとたたき、声をあげた。
    「うん、叢雲ちゃんは後から来るから、行こっ」
    そう言って駆けていく。
    残された形になった提督と叢雲だが、先に動いたのは叢雲である。
    桟橋に近づき、頭の両脇に浮かぶアンテナに似た艤装をかすかにうごめかす。
    ドラム缶の操作盤が一斉に明滅を繰り返し、快速艇が慎重に岸壁に並び始めた。
    「おい、叢雲? そのあたりは控えの艦娘にまかせても……」
    「ちゃんと後始末までしてからが遠征よ。まったく、相変わらず甘いんだから」
    「一緒に行かなくていいのか?」
    「那珂があの様子でしょ。誰か締めないとだめになるのよ、この編成」
    叢雲は真剣な様子でそう言ったが、提督の方を見てにやりと笑ってみせた。
    「最近はどうよ、提督?」
    「見てのとおりだ。辺塞に安寧なし、その将は押して知るべし、さ」
    提督はそういうと、やはりにやりと笑ってみせた。そこへ、
    「これは……叢雲どのではないですか!」
    凛とした声がかけられる。長い黒髪を流した武人ふうの面立ちの艦娘が目を見開いて近寄ってきた。
    提督にやや軽く敬礼をすると、叢雲に向き直り、姿勢を正して改めて敬礼をしてみせる。
    「遠征任務、おつかれさまです」
    それを見て、叢雲は返礼をしてみせたが、すぐ照れ笑いを浮かべ、
    「もう、毎回それはやめなって、長門(ながと)。
    艦隊総旗艦ともあろう艦娘が、一介の駆逐艦ごときに丁寧にする必要はないってば」
    「そうは言いましても」
    長門は引き締まった表情のまま、敬礼を崩そうとしない。
    「艦隊総最古参どのを無下に扱うわけにはいきません」
    「ただの初期艦だって。そんなにえらいものじゃないわよ」
    叢雲はそう言うと、提督の方をみやりながらいたずらっぽく言った。
    「まあ、新米の頃の提督のあんな話やこんな話は尽きないけどね」
    「叢雲さん、それだけはマジ勘弁です」
    「くふっ……あはは」
    提督まで言葉遣いが変わって顔がひきつるのを見て、叢雲は愉快そうに笑った。

    「みんなーっ、お楽しみの時間だよっ」
    甘味処に着くやいなや、那珂がそう言うと、仲間の艦娘たちから歓声があがった。
    いずれも小柄な駆逐艦たちである。四人揃いで席に着くと、かき氷、三色団子、わらび餅と、思い思いに注文を出し始める。
    「間宮さん、わたしは桜餅と麦茶ちょーだい。あといつものお願いね」
    那珂の注文に、甘味処の主人である間宮が笑顔でうなずく。
    「いつものってなに?」
    川内が首をかしげてみせたが、那珂は笑顔のまま、あえて答えようとしない。
    甘味にはしゃぐ様子の艦娘たちを見ながら、神通がやや憂い顔で言った。
    「叢雲さん、よかったんですか? ご一緒に来なくて」
    「まあまあ、叢雲ちゃんは提督と積もる話があるんだよ、きっと」
    那珂は照れ笑いを浮かべながら、頭をかいた。
    「それに叢雲ちゃん、後片付けまでやらないと気がすまないたちだから」
    「……それ那珂がやらなくていいのか?」
    川内がじとりとした目で見つめると、連れ立った駆逐艦の艦娘たちから、
    「叢雲さんはずっとあんな調子ですよ」
    「自分にも皆にも……厳しい」
    「なんだかんだで面倒見はよいのだがな」
    「今回、最後の最後にしか、笑った叢雲さん見ませんでしたねえ」
    口々に挙がる評価に、那珂が我がことのように苦笑してみせる。
    「いやー、あはは……まあ叢雲ちゃん怖いからなあ」
    「そんなにですか?」
    神通の問いに、那珂がうんうんとうなずいてみせる。
    「そうだねえ。たとえば、出発したばかりのことなんだけどぉ――」

    「それじゃあ、お仕事の時間だよっ!」
    隊伍の先頭を行く那珂が声をあげる。
    それに続いて、「おー」と、やや力ない声がばらばらと続く。
    南方海域輸送遠征任務。通称、「東京急行」。
    快速の艦娘と“ドラム缶”誘導での無人輸送艇による物資のピストン輸送である。
    島嶼地域に展開する人類の防衛部隊に補給物資を届け、代わりに艦娘の維持に必要な資源を受け取る。
    効率はお世辞にもよいとはいえない任務ではあるが、
    鎮守府のある本土といまなお深海棲艦の跋扈する南方海域をつなぐ重要な役回りである。
    「声が小さいよー!」
    那珂がそう呼びかけたが、今度も応じる声は小さかった。
    那珂が少し頬をふくらませて後ろを振り返ると、長い黒髪に眠そうな目の艦娘と目があった。
    那珂の視線を受けて、眠そうな目をさらにじとっとさせて、彼女――初雪(はつゆき)が言う。
    「もっと休憩しときたかった……鎮守府かえってお布団入りたい」
    気だるそうな口調から、いかにも遠征にはいやいやという感じである。
    「もう、初雪ちゃんはいつもそんなんじゃないですか」
    初雪に並んで海面を疾駆する艦娘――白雪(しらゆき)が言う。
    短めの黒髪をふたつおさげにし、セーラー服を着込んだ姿は艤装さえなければ、ただの女学生にみえる。
    「でも、そうですね。こういう輸送任務じゃなくて前線には出てみたいですね」
    その言葉に、白く透けるような髪の艦娘――菊月(きくづき)がうなずきながら、
    「そうだな、われら艦娘は戦うための存在。
    やはり前線に出て砲雷撃戦をやってこそ本領を発揮できるというものだろう」
    菊月は手にした砲をなでながら言った。本来は脚には魚雷発射管の艤装が取り付けられているところだが、
    いまははずされ、代わりに腰のハーネスから“ドラム缶”を曳航させられている。
    彼女にとってはいささか不本意な状況なのだろう。
    「わたしは待機組だったから、こうして出動の機会をもらえてうれしいけど……」
    菊月の後ろからついてくる艦娘――村雨(むらさめ)がそう言う。
    明るい亜麻色の長い髪をツインテールにまとめた姿が印象的であるが、
    黒を基調にしたセーラー服に似た衣装から、やはり女学生に見えてしまう。
    「みんな、そんなに輸送任務がいやなんですか?」
    村雨の言葉に、初雪、白雪、菊月の三人の視線がいっせいに集まり、口々に、
    「一回やってみれば……わかる」
    「気を張ってなきゃいけないし、結構ハードですよ」
    「敵の勢力圏下での輸送だから、小競り合いもあるからな」
    三人の言葉に、村雨が目を丸くする。
    「本当ですか……あらら、わたしにつとまるかしら」
    不安げな言葉を口にした村雨に、笑顔でうなずいてみせたのは那珂である。
    「大丈夫だよ。村雨ちゃんは今回はじめてだけど、他のみんなは何回も成功させているから。
    先輩にまかせておいてだいじょうぶ、だいじょうぶ」
    つとめて明るい声を出してみせた那珂に、先輩駆逐艦三人は声を低めて、
    「そうですね、前のメンバーと違うからちょっと心配ですね」
    「アクシデント……あるかも」
    「村雨の練度がもう少しあればいいんだがなあ」
    三人の言葉に村雨も那珂もさすがに表情が曇る。と、そこへ。
    どかん、と唐突に砲撃音が響き渡った。
    全員がはっとして身構える――が、その砲撃音が隊伍のすぐ後ろから響いたのに皆が気づいたのと同時に、
    精一杯張り上げた声が、大砲の音に負けじと発せられた。
    「そこ! 暗い話で暗く盛り上がらない!」
    隊伍の最後尾につけていた叢雲が空砲を鳴らしたのだ。
    ただでさえ勝気そうな顔が、いまはさらに目じりを吊り上げ、眉をしかめて、鬼の形相である。
    「鎮守府近海をそろそろ抜けるわ! もう最前線なのよ!」
    「は、はいっ!」
    那珂を除く四人がいっせいに声をあげて応じる。もっとも、姿勢を正した後に、
    「今日も……叢雲ちゃん厳しい」
    「……前は二発目が実弾でしたよね」
    「最古参どのはあいかわらずだ」
    「ひええ、くわばらくわばら」
    四人が四人とも聞こえよがしに言ってみせたのを那珂は聞き取ったが、
    同じく聞こえたはずの叢雲は険しい表情のまま、しかし、何も言わない。
    那珂はふっと微笑んでみせると、あえて暢気に明るい声をあげた。
    「わたしたちの頑張りで鎮守府のみんながごはん食べられるんだもの。
    艦隊のアイドルとしては地方巡業だって頑張らないとねっ」
    手を独特の形にしてポーズをとってウィンクしてみせる。
    叢雲の一喝で引き締まったものの、少し硬くなった感のあった空気が、それでふわっとやわらいだ。
    「こんな地味なステージ、不本意じゃないか?」
    菊月がそう冷やかしていうと、那珂は涼しい顔で答えた。
    「お客さんがいる限り、那珂ちゃんはどこにだって行くのです!」
    その言葉に、白雪がくすりと笑ってみせる。
    「深海棲艦が待っているかもしれないのに?」
    「那珂ちゃんの歌はきっと深海棲艦にも通じるのです。可愛いは正義!」
    「それはない……それだけはない」
    初雪がじとりとした目で言うと、村雨が笑みを浮かべながら、
    「やっぱり皆さん慣れているのね。勉強させてもらうわ」
    誰からともなくさざめき笑いが起こる。
    場がすっかりなごんだところへ、叢雲が大きく咳払いをし、
    「はいはい、親睦もいいけど。気を締めて行きなさいよね!」
    「わかりましたー」
    四人が四人とも声をあげた。先頭の那珂と最後尾の叢雲の目がふと合う。
    目を細めて笑ってみせた那珂に、叢雲は少し照れくさそうにそっぽを向いた。

    「――という感じでね」
    那珂が出発時の様子を話してみせると、聞いていた神通はほほえましそうに言った。
    「良いコンビじゃないですか。那珂と叢雲さん」
    神通の言葉に、川内が腕組みしながらうなずいてみせる。
    「厳しい鬼軍曹に、極楽トンボの隊長か。釣り合い取れてるじゃないの」
    「ちょっ! ひどーい、極楽トンボって誰のこと?」
    不平の声をあげる那珂に、くすくす笑いで応じたのは駆逐艦たちである。
    「那珂さんは明るいのが取り柄ですから」と白雪。
    「極楽トンボ……言いえて妙」と初雪。
    「まあ、前にひっぱる馬力だけはあるな」と菊月。
    「楽しい隊長さんでよかったです」と村雨。
    四人の言葉はそれなりに褒めているように聞こえなくもない。
    那珂は複雑な顔をしながらも、照れ笑いを浮かべ、ぽりぽりと頬をかいてみせた。
    「いや、まあ、あはは……それほどでもないよ」
    「――それにしても、叢雲さんといえば、艦隊総最古参ですよね」
    神通が不思議そうな顔をしてつぶやいた。
    「たしか、提督が指揮した最初の艦娘、“初期艦”だったはず」
    その言葉に、川内もうなずいてみせる。
    「うん、提督が新米の頃からのつきあいだってね」
    「それなら、教官組に回って新人の艦娘の面倒を見たり、
    そうでもなくても鳳翔さんみたいに第一線を退いて待機組になってもおかしくありません。
    どうして、大変な輸送任務に就いていらっしゃるのでしょう?」
    神通の疑問に、白雪たちも首をかしげてみせた。
    「そういえば那珂さんが隊長に来る前から遠征組ですよね」
    「遠征組でも……最古参」
    「なにかこだわりがあるのだろうか」
    「うーん、気になりますねえ」
    四人がそれぞれに声をあげるのに、那珂はにんまりと笑ってみせた。
    それを見た川内が目を丸くしながら指差して、
    「あんた、何か知ってるね?」
    「ふっふーん、那珂ちゃん聞いちゃった」
    ポーズをつけて決め顔で笑ってみせる那珂の肩を川内はがしっとつかんで、
    「なに? なんなの、ねえ、聞かせてよ」
    「わっぷ、話すからゆさぶるのはやめて〜」
    神通が川内の腕をそっと押さえて、ようやく止まる。
    那珂は束の間、目をぐるぐると回していたが、気を取り直すと麦茶を一口のみ、話しはじめた。
    「道中、島に立ち寄って夜営したときの話なんだけどね――」

    「叢雲ちゃんはなんでこんなところにいるの?」
    何気なく聞いてみた那珂の言葉に、叢雲はすごく怪訝そうな顔をした。
    「なんでって、任務だからに決まっているじゃない」
    そう答えた叢雲は、再び夜の海原に目を向けて見張りをおこたらない。
    沖合いには、輸送艇が固まって浮かんでいる。
    艦娘たちは島に上陸して休憩を取れるが、まさか船まで陸にあげるわけにはいかない。
    不測の事態にそなえて夜間も三交代で監視するのが常であった。
    那珂と叢雲にはさまれて、小さな焚き火がちらちらと燃えている。
    那珂たちは三交代目の最後、夜明け前の一番危ない時間帯だ。
    だからこそ、隊長の那珂と、いわば副隊長の叢雲がそろって見張りについているのだが――
    「うーん、そういう意味じゃなくてね」
    「じゃあどういう意味よ」
    叢雲の言葉は相変わらずそっけないまま、視線は沖合いに注がれている。
    焚き火に照らされたその横顔は凛としてしていて、那珂はいつもかっこいいなあと感じてしまう。
    「叢雲ちゃんみたいな艦隊総最古参がどうしてこんなドサ回りしてるのかってこと」
    「……ちゃんとドサ回りだって自覚はあるのね、アイドルさん」
    そう言って、叢雲がちらりと目線を送ってくる。
    那珂が照れ笑いを浮かべると、叢雲がじとっとした目つきになって言う。
    「あんたのその笑い方、ずるいわ」
    「えっ、なんで?」
    「なんか、『ああ、それなら仕方ないか』って思えちゃうあたり」
    叢雲は肩をすくめて、つぶやくように言った。
    「わたしにはない可愛げよね。ときどきちょっとうらやましい」
    「叢雲ちゃんだって笑えば可愛いと思うよ?」
    那珂がわずかに身を乗り出して言うと、叢雲はむすっとした顔になって、
    「わたしまでへらへら笑ったら誰がこの隊を締めるのよ」
    その言葉に那珂は頭をぽりぽりとかきながら、さらにゆるんだ笑みを浮かべて、
    「あはは……面目ないです」
    「自覚があるなら、もうちょっとしゃんとなさいな」
    「うーん、隊長としてしっかりしなきゃと思うんだけどね。
    叢雲ちゃんみたいにうまく怒れないんだよねえ。もっとこう、みんな頑張ろうよ、みたいな気持ちになっちゃう」
    その言葉に、叢雲がふうっと息をついた。
    「まあ、あんたがそんな性格だから、こんな任務でもみんなそれほど暗くならなくていいのかもしれないけどね」
    叢雲の声には張り詰めた調子がにじむ。
    潜水艦を警戒しながらのジグザク航行、常に空に目をやりながら対空迎撃の準備、水平線に目を凝らしての敵影警戒――
    「敵の勢力圏下で注意しながら物資を運ぶ」と一言でいってしまえば簡単だが、
    実際には常に決まり手がなくアドリブを強いられる緊張感に満ちた任務、それが「東京急行」だ。
    鎮守府近海で暢気に演習したり物資を運んだりするのとは、心身の疲労が違う。
    「そう、だから、それ!」
    那珂が叢雲を指差して言う。
    「だから、なんで『こんな任務』に叢雲ちゃんがいるのかってこと」
    その問いに叢雲が横顔をみせたまま、振り向かずに答えた。
    「求められたから……って言えればかっこいいんだけどね」
    「提督から?」
    「うん、でも違う。実際には必要とされたいから、かな」
    叢雲が少し眉根を寄せる。那珂には、それが心なしかさびしそうな顔に見えた。
    「那珂はさ……駆逐艦や軽巡ができる仕事ってなんだと思う?」
    その問いに、那珂は首をかしげながら、指折り数えてみせた。
    「護衛任務でしょ、潜水艦掃除でしょ、トンボ釣りでしょ……」
    「そっ。艦隊決戦には出番のない裏方かお付きの仕事。
    戦局が決まる重要な戦闘は、戦艦や空母や、まあ頑張って重巡の出番よね。わたしたちには縁が遠いわ」
    叢雲の目線は沖合いに向いたままだ。それが船団を監視しているのか、
    それともどこか遠くを思い浮かべているのか判然としづらい。
    「提督のこと、“大艦巨乳主義”だっていう評判あるでしょ。
    まあ、たしかにあの人はスタイルの良い艦娘を重用したがる悪いくせがあるけど……
    同時に、艦娘の戦力重視のリアリストでもあるのよ」
    そう言葉をつづると、叢雲は肩をすくめた。
    「戦艦や空母が重宝されるのは当たり前。
    そして駆逐艦や軽巡も改二をこなせるくらいの性能がないと見向きもされない。冷酷よね」
    「そ、そうかなあ」
    「そうよ。あの男、冷たいんだから。そうは見えないかもしれないけど」
    叢雲はどこか乾いた、しかし、懐かしむような声で言った。
    「最初に鎮守府に来たとき、なんて醒めた目をした人なんだろうって思ったわ。
    まあ、長門さんが来てから、それもちょっとマシになったけど。
    あの人の優しさは女性に対する優しさだけじゃない。手駒を大事にする優しさの方が強いわ」
    「……提督とつきあいが長いだけはあるね」
    那珂はこくりとうなずいてみせた。
    提督は優しい。それはたしかにそのとおりなのだが、言われてみれば、たしかにどこか距離を感じる優しさでもあった。
    それを乗り越えて提督に近づける艦娘といえば、鎮守府にも両手で数える程度しかいないだろう。
    「だから、よ」
    そう言って、叢雲がようやく那珂に顔を向けた。
    その表情は思った以上に穏やかで、誇りに満ちていた。
    「わたしはわたしが頑張れるところで頑張ってやろうと思ったのよ。
    提督が戦艦や空母を使い出した頃から、わたしが第一線で出してもらえることはないとわかったから。
    それでもあの人の役に立とうと思ったら、できる範囲でやれることをやるしかない」
    叢雲は目を閉じ、そっと自分の胸に手を当てた。
    「あいつにまかせておけば遠征は安心だ、あいつをまぜておけば新人の面倒も見てくれる……
    少なくとも、そう思われたい。どんな形でも現場に立ちたかったのよ。
    だから、いまわたしはここにいる。わたしが戦える戦場はここだから」
    そう言い終えると、叢雲は目を開け――次いでぎょっとした表情になった。
    はたして那珂は、話を聞きながら、涙をだばだばと流していた。
    「叢雲ちゃんは……えっぐ……提督のことが……ぐすん……好きなんだね」
    「べ、別に好きとかそういうのじゃないから! プライドの問題よ!」
    そう言うと、叢雲はふいと横を向いてしまった。
    沖合いに目を向けつつ、心なしか頬が赤くなっている。
    そんな叢雲を見て、那珂は涙をぬぐいながら微笑んでみせた。

    「――ということがあってね。あ、これ叢雲ちゃんにはナイショだよ?」
    那珂がそう語り終えて、ふと回りを見回すと、川内も神通も、連れの駆逐艦娘たちもみな押し黙っていた。
    ややあって、お茶をすする音がした。沈黙を破ったのは菊月である。
    「初期艦の意地、だな」
    その言葉に白雪がうなずく。
    「叢雲さんがそんな気持ちでいるなんて初めて知りました」
    初雪が手元のわらび餅を楊枝でつつきながらつぶやく。
    「そんなに頑張る……わたしには無理」
    村雨はというと、目と口を丸くして、片頬に手をあてていた。
    「まぁまぁ、びっくりな話ですねえ」
    駆逐艦娘の思い思いの感想を耳にしながら、川内がずいと身を乗り出す。
    「那珂、良い副隊長をもったじゃないか」
    「そうですよ、そこまで誇りを持って遠征任務に就いている艦娘はなかなかいません」
    神通も同意してみせる。那珂は照れ笑いを浮かべながら、
    「いやー、那珂ちゃんにはもったいない仲間だよ。
    今回のことだって、叢雲ちゃんがいなかったらどうなってたか分からなかったし」
    「今回のこと……って?」
    「そういや『那珂ちゃん大ピンチ』って言ってたね」
    神通が首をかしげ、川内がぽんと手を叩く。
    那珂はよくぞ聞いてくれたとばかり、身を乗り出して、話しはじめた。
    「そうそう、目標の島まであともう少しってところでね――」

    砲声に次いで、海面に水柱があがったのは、突然のことだった。
    「きゃっ!」
    至近弾でもないが、水しぶきをまともにかぶる形になった白雪が悲鳴をあげる。
    「砲撃!? どこから!?」
    菊月の顔がこわばる。ただちに指示を出したのは、那珂と叢雲だった。
    「面舵いっぱい!」
    「全艦隊、回避行動!」
    隊伍が大きく弧を描いて進路を変える。
    その間も断続的に砲声が響き、海面に水柱があがる。
    「敵発見! ――戦艦ル級Flagship!」
    村雨の報告に一同が思わず息を呑む。
    軽巡と駆逐艦の艦隊にとっては、災厄としか呼べない、それは脅威であった。

    「――戦艦ル級、一隻だけみたいだね」
    放った水偵からの報告を受けて、那珂がつぶやく。
    叢雲がいまいましげに応じて、言った。
    「だけど、Flagshipよ。わたしたちで太刀打ちできる相手じゃないわ」
    那珂たちは近くの島まで退避していた。
    輸送艇を島影に隠し、こっそりと相手の様子をうかがっていたのだ。
    駆逐艦娘たちには休息をとらせ、那珂と叢雲は善後策を相談していた。
    退避して三日、ル級は動こうとしない。たまたま遊弋していた深海棲艦に出くわしただけかと思ったのだが、
    あのル級は那珂たちの目標の島の沖合いに陣取り、通せんぼをしているのだった。
    本格的な艦隊ではないのが不幸中の幸いだったが、ル級一体といえども、最高クラスの敵性と判定されるFlagshipである。
    「救援を呼んだほうがいいわ。鎮守府からちゃんと戦える子を派遣してもらって――」
    叢雲の言葉を、那珂はかぶりを振ってさえぎった。
    「その救援が着くのはいつ? 足の速い那珂ちゃんたちでも何日もかかったんだよ?」
    「何が言いたいのよ」
    叢雲はいらいらした様子を隠せない。
    「基地の人たちの物資がもたないんじゃないかってこと」
    那珂の言葉に、叢雲が舌打ちする。実のところ、彼女にも分かっているのだ。
    分かっているものの、分かっているからこそ、あえて言わずにはいられない。
    「基地には予備の物資だってあるはず……わたしたちの一回ぐらい遅れたって……」
    「南方海域の基地はいつもぎりぎりで回してるって知ってるでしょ?」
    真剣な那珂の言葉に、叢雲はため息をついた。
    「どうしても退く気はないっていうのね」
    「当たり前でしょ。そこにお客さんがいるんだから」
    そう言って、自分の胸をたたいてみせる那珂に、叢雲はまたもため息をついた。
    「基地の人と、ル級、どっちがお客さんなんだか」
    叢雲はぼやくと、きりと表情を引き締めた。
    「作戦、なくもないわ。かなり危険だけどそれでもやるのね?」
    「もちろん」
    那珂の返事に迷いはなかった。

    日がとっぷり暮れると、曇天だったこともあり、夜は真っ暗になった。
    輸送艇の面倒と万が一の指揮を白雪に任せ、那珂と叢雲は身を寄せていた島を発っていた。
    本当は艦隊全員でかかりたいところだが、白雪たちは武装をおろして“ドラム缶”を背負っている。
    どうにか贔屓目に見ても、戦う能力が十分にあるのは、那珂と叢雲の二人しかいなかった。
    「手はずどおり、いいわね?」
    主機をいっぱいにあげて叢雲が声をあげる。
    暗闇の中では相手の姿はおぼろげにしかみえないが、那珂はうなずいてみせた。
    「うん! 那珂ちゃんにまかせて!」
    「無理だと思ったらすぐに逃げるのよ!」
    「叢雲ちゃんこそ!」
    その言葉に返事は来ない。那珂はごくりと唾をのみこみ、正面に向き直った。
    やがて、進行方向でちかちかと光ったかと思ったかと思うと、那珂たちの近くに大きな水柱があがった。
    舞い上げられた海水が雨と降り注ぎ、夜の海面を駆ける二人に浴びせかけられる。
    電探射撃。
    先の交戦でもそうだが、目視範囲外からル級にはこちらが見えているのだ。
    しかし、那珂たちは舵を切って回避行動をとらなかった。それどころか主機をさらに上げ速度を増し、
    ル級めがけて矢のように突撃していく。水雷戦隊の全速――電探の助けがあるとはいえ、
    夜間の戦闘で戦艦級の砲でその快速を捉えきるのは困難だ。
    那珂は主機を目一杯にあげて、突っ込んだ。
    ル級とぎりぎりにすれちがうように海面を駆けながら、
    「こんなのが相手でも、那珂ちゃんは絶対、路線変更しないんだから!」
    自分を鼓舞するようにそう叫んで、手元の砲を立て続けに放った。
    砲撃炎にル級のシルエットが浮かび上がる。
    至近距離からの砲撃、直撃はあったもののル級の装甲を抜けるほどではない。
    ル級が咆哮をあげ、那珂に向けて報復の砲撃を浴びせる。
    立て続けに水柱があがるが、しかし、全速で去っていく那珂は捉えきれない。
    その間隙を縫って、那珂が攻撃を浴びせた反対側から叢雲が急接近していた。
    速度はあくまでも全力全速。勝負の機会は一瞬。
    だが、その一瞬で彼女には十分だった。
    「ここからが、わたしの本番なのよ!」
    ル級の至近距離から、砲撃と魚雷を同時に浴びせる。
    逆落とし戦法――水雷戦隊とっておきの、禁断の戦術。
    叢雲は一瞬のうちにすべての魚雷をはなつと、主機を最大にしたまま、全速で駆け去っていく。
    遠ざかる背後で爆音が響き、ル級の断末魔の呻きが聞こえてきた。

    「……で、本当にやるの?」
    叢雲があきれ顔でたずねるのに、那珂はポーズをとって笑ってみせた。
    「もちろん! お客さんがいるんだもの!」
    その言葉に、叢雲はやれやれといった調子で肩をすくめてみせた。
    ル級を退けて翌朝、那珂たちは“ドラム缶”を背負って目的地へ到着した。
    はたして基地の物資は底を尽きかけており、そのうえル級が沖合いにいるためか通信も妨害され、
    助けを呼ぼうにも呼べない事態にあったという。
    見事ル級を退け、物資を届けた那珂たちを、基地の要員は大歓迎し、
    その夜、心ばかりのちょっとしたセレモニーを開こうといったのだが、
    要員が暇つぶしにと持ち込んでいる楽器を見て、那珂がライブを行うと言い出したのだ。
    基地の要員はもちろん大喜びだし、連れ立ってきた駆逐艦娘たちも緊張がほぐれてぜひにとせがんだが、
    叢雲だけは敵の増援が来るかもしれない状態でどんちゃん騒ぎをするのはどうも落ち着かないものがあるらしい。
    「言っとくけど、あんな無茶、そうそう成功しないんだからね」
    「大丈夫だよ、さっき電文打ったし、いざとなったら長門さんか金剛さんが助けに来てくれるって!」
    「はいはい」
    それ以上なにを言っても無駄だと思ったのか、叢雲がため息をついて返事をする。
    那珂は、にっぱりと笑ってステージへ向かった。
    叢雲は観客にまじる。腕組みをし、不機嫌そうな顔のままだ。
    スポットライト代わりの探照灯に照らされて、那珂は大きく声を張り上げた。
    アンプなどはないから、自分の声量で勝負するしかない。
    アイドルを名乗るだけあって那珂の声は大きく響き渡り、よくとおった。
    「みんなー、今夜は那珂ちゃんのライブに来てくれてありがとー!」
    観客から一斉に拍手が起きる。口笛を吹いてみせる要員もいる。
    「みんながここにこうしているのは、みんながそれぞれにがんばったからです!
    那珂ちゃんもがんばりました! でもみんなもがんばりました!
    誰かががんばらなかったら、きっと今夜ここでこうして歌えなかったと思います!」
    那珂は大きく手を広げて、言った。
    「ここでこうして歌えるのは、すっごく素敵な奇跡です!」
    そうして、彼女はすっと息をすうと、声をはりあげた。
    「それじゃあ、聞いてください! 『恋の2−4−11』!」
    要員達が楽器を鳴らし始める。
    那珂は身体を動かしてダンスをしながら、歌いだした。
    ――気づいているわ みんながわたしを
    ――ハートの視線で 見つめているの
    観客から手拍子が起こり始める。那珂は叢雲をちらとみやった。
    最初は仏頂面でステージを見ていた叢雲が、
    じきに顔をほころばせ、リズムに合わせて身体を動かしているのが見えた。
    那珂はそれが無性にうれしかった。さらに声を張り上げ、歌い続けた。

    「――ということがあったんだよ」
    那珂の話に、川内が顔をうつむけ、ふるふると肩を震わせていた。
    居合わせた一同がそろって首をかしげていると、川内はがばりと顔をあげ、那珂の手をとって、
    「夜戦やったのか! しかも逆落とし戦法! いいなあ、いいなあ!」
    「……川内姉さん、本当に夜戦好きなのね」
    神通が困り顔で言ったものの、すぐに那珂に向き直り、
    「でもすごいですね。軽巡と駆逐艦でル級Flagshipを沈めるなんて」
    「いやー、那珂ちゃんおとり役だし。決めたのは叢雲ちゃんだし。それに――」
    「それに?」
    「ライブの方が緊張したなあ。那珂ちゃんはそっちの方がドキドキだったよ」
    「ドキドキって、普通、戦闘の方が大変じゃないか?」
    川内が言ってみせた言葉に、那珂はかぶりをふってみせた。
    「ううん。戦闘は敵がいてやっつけるだけでしょ?
    でもライブはお客さんがいて、お客さんの反応見ながら一緒に盛り上げなきゃいけないんだもん!」
    那珂の自信満々な言葉に、川内も神通もややあきれ顔である。ただ駆逐艦娘たちは、
    「そうよね、那珂ちゃんのライブすごかったよね」
    「なんか……身体熱くなった」
    「戦闘とは違う、心地いい高揚感があったな」
    「またもう一回聞きたいです!」
    と、さざめき笑い合っていた。
    そのとき、不意にノックの音がした。
    那珂が振り返ると、店の入り口まで叢雲が来ていた。
    「おーい、那珂。そろそろ出てきなよ。提督が報告よこせって」
    「えーっ、もう?」
    那珂は不満そうに声をあげたが、桜餅をほうばり、麦茶で流し込むと、あわただしく席を立った。
    それを見て、間宮がぱたぱたと駆けてきて包みを渡した。
    「はい、那珂さん、いつもの」
    「ありがとー……じゃあ、お姉ちゃんたち、ごめんね。ちょっと行ってくる」
    そう言って那珂が叢雲に駆け寄り、包みを渡す。
    「はい、叢雲ちゃん、いつもの豆大福」
    「ん――ああ、ありがとう」
    「じゃあ、いってきまーす!」
    那珂は笑顔を手をぶんぶんと振ると、足早に駆け去っていった。
    叢雲はと言うと、包みの中を覗き込むと、少し照れくさそうに、
    「まったく、余計な気遣いしちゃって……」
    そう、ひとりごちた。包みから顔を上げると、川内、そして神通と目が合った。
    川内はにやりと、神通はにこやかに、微笑んでみせる。
    「那珂のこと、よろしくたのんだよ」
    「ふつつかな妹ですが、お願いします」
    二人揃って深々と頭を下げる様子に、駆逐艦娘たちがおおっと声をあげる。
    肝心の叢雲は頬を染めてなにやら口ごもっていたが、軽く咳払いすると、
    自分の胸をこぶしでとんと叩き、誇らしげに言ってみせた。
    「まかせておきなさい。艦隊最古参として皆のことは守ってみせるから」
    そういって、彼女は誇りに満ちた満面の笑みを浮かべてみせた。

    〔了〕

    --------------------------------------------------------

    いかがだったでしょうか?

    書きながら、「とにかく那珂ちゃんは良い子に!」「叢雲はツンデレに!」と念じましたが
    成功しているかどうかさてはて。

    ちなみに、これを書き上げた昨日に築地俊彦先生の「艦これ 陽炎抜錨します!」の3巻が出ており
    ただでさえ駆逐艦の泥臭くも熱い戦闘では定評があるのに加えて、
    初期艦ポジションで叢雲がでると聞いて思わずひいと顔が青くなったものです

    まあ実際に読んでみて、筆力の違いにうちのめされたのですが、同時に自分が書きたい路線とは
    違っていたので安堵したのもここだけの話です。

    さて、次回の艦これSSは日常回として、「エース駆逐艦の集い」を書いてみようかなと考えています。
    これまでもちょい役で出ていた、夕立、時雨、雪風、島風たち四人のお話です。お楽しみに。

    最後に動画紹介ですが、まあ那珂ちゃんといえばこれを取り上げねばなりますまい。

     
    コメント
     また随分と遅くなりましたが今回の感想をば。まず細かい部分として装備の
    「ドラム缶」を無人輸送艇が自動追従する誘導装置としてあるのは、なかなか
    面白いと思います……想像しますと夕張さんが大変そうな気もしますが……。
    あとル級flagshipの性能は、実はタ級flagshipを凌駕してたりもします。ただ
    elite までタ級はル級より攻撃面は劣るものの防御面が優ってたのが、なぜか
    flagshipでル級に全面的に劣ってしまってるようです。この辺りゲーム内での
    それぞれの戦艦から受ける印象とは異なるのが謎と言えば謎なんですが……。

     お話本編についてはお題は地味(?)ながらも遠征に従事する艦娘の気持ちが
    丁寧に描かれていて、加えて戦闘シーンもあって気持ち良く読めました。また
    一見平穏そうな遠征にも、こうした危険が潜んでいる事を考えますと、遠征に
    よって戦闘経験も積める理由付けにもなってそうに感じます。まぁ、さすがに
    電探に加えて偵察機をも搭載しているル級flagshipに実際に遭遇するようでは
    遠征もままならないとは思いますけど(笑)。そして川内型軽巡洋艦姉妹の仲の
    良さや那珂ちゃんのアイドルっぷりも目下放映中のアニメと較べても遜色なく
    描かれてて、遠征艦隊の面々と良い対比になっているように感じられました。

     なお、叢雲さんは私の見る範囲では最初の秘書艦に選んだ人が非常に多くて
    思い入れがある方も多いようです。私は最近になって、やっと起用しました。
    • Lumina
    • 2015.02.08 Sunday 18:51
    >Lumina殿

    感想ありがとうございます。
    ドラム缶の描写は悩んだのですが、艦娘が人間サイズと考えるとそのまんま使うと物資が泣くほどの量しか運べないので思いついた策だったりします。このあたり、「陽炎、抜錨します」では身の回り品だけ持っていく描写になってますね。

    那珂ちゃんは東京急行を任せることが多いのですが、燃料と弾薬がぎりぎりまで減っていることが常なのであるいはこういう危険もあるのでは?と思って今回書いてみました。

    川内姉妹の仲の良さを描こうというのがそもそもの発案だったので、そのあたりがうまく受け取られたらもっけの幸いでございます。
    • Tico
    • 2015.02.08 Sunday 21:52
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