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2020.03.13 Friday

「スオミさんはお困りです」 ep.2

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    おはようございます、Ticoさんです。

    なんとかドルフロの二次創作第2話を書けました

     

    第2話を書くまでに、なんとなく、全体の見通しとか、

    まあシリーズ通しての敵とか、指揮官の因縁とか、いろいろ定まったので、

    あとは書きたいシーンをモリモリ盛っていけば書きつづけられるはず……

     

    とはいえ、なにか読まないと書くモチベが起こらないのはホントですね。

    ちなみに第二話も全年齢ですからご安心ください。

    まあモチベにしたのは18禁百合小説なんですけどネ

     

     

    それでは、困った指揮官に困らせられるスオミさんの細腕奮戦記

    「スオミさんはお困りです」ep.2をお送りします。

     

    雪の妖精を思わせる戦術人形のスオミさん。

    その上官である〔指揮官〕はとても性格の困った人。

     

    そしてスオミさんが困らせられる相手は、部隊の仲間にもいるようで……?

     

    お調子者の女性指揮官と、生真面目優等生のスオミさんのやりとり。

    二人に向ける仲間たちの暖かいまなざし。

     

    乙女たちのコミカルなストーリーをお楽しみくださいませ。
     

     

    長くなるので折り返し〜。

     


     

    「いいかい? 仲良きことは美しきかな。何事もラブアンドピースの精神よ?」
     戦うことが役割の戦術人形に、この人は何を素頓狂なことを言ってるのでしょうか。
     ……いえ、この人はそもそもがエキセントリックなのを忘れていました。
     思考回路が一人でボヤいて一人でつっこんでいると、名言らしきものを口にした指揮官は顔にかけたサングラスをくいっと直しました。黒いシェードに室内灯をキラリと反射させながら、眉をひそめ――彼女はちょっと落胆気味に訊ねてきました。
    「ちゃんと聞いてる? 二人とも。ねえ、スオミ? ねえ、ヴィーフリ?」
     そう言われて、わたしは直立不動の姿勢をわずかに正しました。
    言いたいことはもちろんあります。けれども、いまは口答えすべきじゃありません。
    それなのに、隣で同じように立ってるはずの子――ヴィーフリからは、
    「……はぁーい」
     ためいき交じりのうんざりとした声。
     それを聞いて感情パラメータが落ち着かなく変動するのを検知していました。
     ……本当に、これだからロシア銃の子はイヤなんです!
     どの子もこの子も、謙虚さとか慎みがないんですから!
     ええ、面白くないんでしょう。わかりますよ。
     こんな緊張感に満ちた時間を送るのは、人間でも戦術人形でもいやな時間です。指揮官はゆるゆるな性分でかなり人形には甘い人ですけど、それでも締めるときは締める人でもあるんです。
    だから、指揮官がめずらしくこんな状態のときは、しゃんとしてほしいですよ……もう。
    わたしは思考回路の中でパルスが乱れがちになるのを抑えつつ、あらためて視界に映る指揮官の姿を再確認して、気を引き締めました。
     黒と臙脂の武骨なコート。頭にベレー帽。袖口にほんのわずかにのぞくシャツはまばゆいほどに白くて――認めるのはなんだか負けた気がしますが、グリフィンの制服に身を包んだ指揮官は割と決まっています。
     そして彼女が制服をびしっと決めるときは二つしかありません。
     社長に会うときか、でなくては、部下の人形へのお説教どきぐらいです。
    「作戦行動中の私語は厳禁!――とまでは言わないけどさァ。それがもとで口論になって、迎撃するはずの敵を撃ち漏らすとはなんたること。まあ、幸い、予備の部隊が間に合ったから阻止線の手前で潰せたけど、時間を稼いでもらった人間の警備員さんから『壁の中にようやく避難できたのにこんなことで死ぬなんて俺イヤだぁ』と苦情が入ってるんだよ」
     指揮官は腕組みして、サングラス越しに鋭い視線でわたしたちをねめつけました。
    「きみたちをぶん殴りかねなかった、その頭のゆだった公務員サマをなだめるのにずいぶん苦労したし、こういうアクシデントはきっちりウチの会社への評価に返って来るんだからね――お給金と補給が細くなって、錆びた銃弾まじりで鉄血と撃ち合う来年度、とか考えたくないだろう?」
     ああ、この言い方です。
     指揮官は戦術人形を叱るときに、決して「自分の評価が下がってしまう」だの、「自分の給料が下がるだの」なんて言いません。グリフィンの評価が下がることが、結果的にわたしたち人形の扱いがどうなるかに結びつけて話してきます。
    考えてみれば、わたしたちが下手をうって一番困るのは指揮官のはずです。
     それなのに、この人ときたら。
    「……さて、きみたちに延々お説教してても仕方ないのは、私が一番よーくわかってる」
     指揮官がそう言うと、隣に立つヴィーフリが途端にそわそわしだしました。
     ああ、まったくもう、この子は――指揮官もなにか言ってくださいよ!
    「とはいえ、この場で仲直りしなさいと言っても、口ではどうとでもいえるよね……そこで」
     びしっと指を四本立てて、彼女はわたしたちに突きつけました。
    「いまから四日! 四日以内に、きみたちにタッグを組ませて前線に出しても、『ウン大丈夫だね!』と私が確信できるような証明をしなさい。それができなければきみ達を第一部隊からはずす決定をする――いいね?」
    「……ええっ!?」
     わたしは思わず声をあげてしまいましたが、
    「そ、そんなあ、アタシが? ホントなの指揮官!?」
     それはヴィーフリも同じでした。
     ちらと彼女を盗み見みると、驚きと落胆が顔に浮かんでます。
     ……そして、その表情は、たぶんこのわたしも同じなのでしょう。
    「はーい、もう決定、決定。ほら、四日しかないよ。急いだ急いだ」
     指揮官はそう言って、いとわしそうに片手を振ってみせました。
    「あ、あの!」
     手の振りように、さすがに心配になって、わたしは思わず指揮官に訊きました。
    「副官業務は……あの、そのままでいいんですよね」
     わたしの言葉に指揮官は、ムっと眉をひそめ、少し黙りこくったあと、サングラスをそっと下へずらしました。淡い紫の瞳をいつのまにか涙で潤ませながら、それでも、彼女が言った言葉は、
    「――事態が打開するまで、他の子に任せる。スオミは問題解決に専念、いいね?」
     ううっ、思ったより本気で怒ってました……まさかここまで言うとは。
    「――スオミちゃんを視線で撫でくり回して愛でられない職場とか、私、心がヤスリがけされるぐらいツライけど、でもスオミちゅあんのためなら、頑張れるからッ! 負けないもんッ!」
     そう言うや、指揮官はぐしゅぐしゅと鼻をいわせ始めました。
     ……なんか、もう。いろいろな意味で返す言葉がありません。
     わたしとヴィーフリはどちらからともなく敬礼をし、部屋をあとにしました。
     扉が閉まったあと、わたしたちはふと顔を見合わせました。
     視線が絡まるや、ヴィーフリは、華奢で小生意気な顔を苦笑させながら、
    「いいわね、指揮官のお気に入りは――あんなこと言ってても、結局アンタは部隊から追い出されないわよ、きっと」
    「あなたこそ指揮官がわかっていませんね。ああ見えて厳しいときは厳しいんです」
    「はーん、『わたしが一番あの人をわかってるのよ』アピールなの、それ?」
     自慢の長い三つ編みを指でまさぐりながら、ヴィーフリが言ってきました。
    「…………ッ」
     言い返したいのはやまやまです。
     本来ならさっそくこの子と、和解に向けての話し合いをしなくてはなりません。
     でも、いまはそんな〔気分〕じゃありません。
     感情パラメータが波打っていて、思考回路のパルスを阻害してどうしようもないんです。
     わたしにできたことは、キッと彼女をにらみつけると、きびすをかえしてその場から足早に立ち去ること。
     それがその時できた精いっぱいでした。
    「なによ! ちゃんと答えなさいよ! これだからアンタは――」
     背中の向こうでヴィーフリが不満げに声を荒げています。
     わたしは走り出したいのをこらえながら、ぐっと唇を噛みながら、立ち去りました。

     



    「それで? 逃げていくスオミを罵倒しているうちに、自分が惨めな気持ちになってしまって、ここに逃げ込んできたというわけですか、ヴィーフリ?」
     モップ片手にため息まじりに言うメイド――随所にフリルをあしらった白と黒の衣装はどこからどうみてもまごうことなくメイド服だった――は、目の前でうずくまって、ぐすぐすとべそをかいている三つ編み金髪の戦術人形に言った。
    「なによ、なんでアンタがここにいるのよ。G36」
     G36と呼ばれた戦術人形は、すっと目を細めた。フレンチスタイルのメイド服。肩のあたりで切りそろえたプラチナブロンドの髪。すらりと均整のとれた、それでいて女性らしいまるみとやわらかさを兼ね備えた肢体。ご主人様がついつい手を出しそうな魅惑さにあふれていたが……ハチミツをかけたパンケーキにシナモンを添えたかのごとくに、彼女の目つきは険しかった。
    「予備宿舎といえども、いつ新入りが来るかわかりません。基地勤務の時は自主的にこうやって掃除をしているのです」
    「――物好きね、なにかもらえるわけじゃないのに」
    「掃除の帰りにご主人様――指揮官とすれ違うと、ぽんと肩をたたいてねぎらってくださいます。わたしにはそれで十分です」
     その言葉に、ヴィーフリが苦笑いを浮かべて、三つ編みをいじりながら言った。
    「ふん――アンタも結局指揮官大好きよね」
    「あら。それはあなたも同じだと思いましたが。ヴィーフリ」
    「何がわかるっていうの」
    「わかりますよ――だってあなたのその癖、寂しいときの定番ですから」
     ずばり指摘されて、三つ編みをまさぐっていたヴィーフリの指が止まる。
    「知っていますよ。あなたが隙を見てはバスタイムの後に指揮官のところへ行って、手ずから髪を編んでもらっているのは……人形の髪も痛むというのに――寝るときもそのままで、戦場へもそれで行くのですから、あなたも相当な入れ込み具合ですね」
    「うぐっ……」
     ヴィーフリはうつむいて、三つ編みをさすりながら言った。
    「……し、指揮官がさ。スオミがいないときにこっそり呼んでくれるの。それで、いつも歌いながら楽しそうにアタシの髪を編んでくれて。そうやってくれると、なんか、すごく元気が出てくるの……感情パラメータがはずむっていうの? だから、三つ編みをさわってると、その時の指揮官の指使いとか思い出してさ。なんだか、うれしくなっちゃうというか、守ってくれてる感じがするというか」
     恥ずかしそうにつぶやく少女の言葉に、G36はコツ、とモップの柄で床を突いた。
    「およそ人形らしからぬ言葉ですね。単に記憶メモリを再ロードして、感情パラメータを意図的に変動させて、思考回路のパルスを増幅させているだけです」
    「そ、そんな言い方ないじゃない!」
    「でも、気持ちはわかります。わたしもご主人さまにねぎらってもらったり、あるいは休日にお茶を淹れて差し上げたりしたときのことを大事にメモリにとってあります。それを呼び起こすと、自然と――そう、軽やかな心持ちになります――だから」
     G36はふわっと大きく目を見開いた。
     険がとれて、気遣いにあふれた優しいまなざしが現れる。
    「ヴィーフリが指揮官を困らせてしまって、すごく落ち込んでいて.……でも素直に謝れなかったことを悔やんで、ますます落ち込んでることもわかります」
     モップを手近なところへ立てかけて、G36はヴィーフリの隣にそっと近寄った。
     静かにかがみこむと、たおやかな指を伸ばしてヴィーフリの頭を撫でる。
     ヴィーフリの目から涙が――人形の視覚素子を守る保護液でしかないが、それでも女の子の涙には違いない――ぽろぽろとこぼれる。
    「……ありがと、G36」
    「なにがあったかは戦術リンクでわたしたちもモニターしていました――前衛に不測の事態があれば後衛のわたしたちがカバーすべきです。そこは力が及ばなくて申し訳なかったと思います……ですが」
    「うん、わかってる。G36の言いたいことわかってる」
    「ええ、そもそも発生しなくていいアクシデントでした。そしてそのアクシデントの引き金を引いたのはあなたですよね、ヴィーフリ」
    「わかってるよぉ……でも――」
    「――スオミが言い返さなければ、自分も言い返さなかった?」
     G36の問いにヴィーフリは黙りこくった。
     ふうと息をつくと、G36は泣き虫娘の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
    「分かってるはずでしょう? あの子は第一部隊の隊長で、敵の射線を一手に引き受ける役目も受け持っています。ただでさえ負荷の重い処理をこなしているのです。戦闘中は感情パラメータの制御が万全でないことぐらい、理解できるはずでしょう?」
    「……だからよ……」
     ヴィーフリが絞り出した言葉に、G36は怪訝な顔をした。
     頭に手を置かれながら少女は顔を上げ、自分を慰めるメイドの目をじっと見つめて言った。
    「戦闘中なら、あの子の本音が聞けると思って――指揮官のこと嫌いなのかって」
    「スオミが? ご主人様を?」
    「だって、そうじゃない! 指揮官があれだけ構ってくれるのに、つれなくしたり、邪険にあしらったり、たまに顔をしかめてるし!」
     ヴィーフリは三つ編みをきゅっと握りしめながら、言った。
    「あんなの、指揮官が可哀そうじゃないのよ……な、なにその目」
     思いのたけを打ち明けてから、ヴィーフリはG36のまなざしに目を丸くした。
     さっきまでの優しさはどこにいったのか、憐み半分呆れ半分の、気の毒そうな目つき。

     

     

    「いいですか、ヴィーフリ。ひとつ教えてあげましょう――ある戦闘で、スオミがはじめて重傷を負って基地へ運ばれてきたとき、指揮官はそれはそれは心配そうでした。修復の様子をこまめに見に来たり、いったんボディが直ってもメンタルモデルが再起動するまでベッドのそばに付き添ったりしていたそうです。そして、彼女の思考回路が十分なパルス強度を回復させて目を覚ました時、やは傍らに指揮官はいらして、寝起きの彼女にそれはもう満面の笑みでこう言ったそうです――」
     刹那、G36の声が変わった。

     

    「『ンンン! 入れ替えたばかりのスオミちゅあんの循環液、イイ香りィィン!』」
     煮込んだシロップのような、ねばりついて熱く甘ったるいオンナの声。

     

     たちまち、ヴィーフリの顔が青ざめた。
    「……い、いまの指揮官?」
    「――こほん。スオミがメモリ保管してたボイスデータを共有してくれました――話してくれた時の彼女の顔は、それはもう気の毒そのものでしたよ。『変なところがあるなと思っていたら、本当に本物の真正のヘンタイだとは思いませんでした』と」
    「そ……そのときだけだけでしょ?」
    「わたしが聞いただけでも類似ケースはダースで数えられますよ……話すにはあまりに恥ずかしいこと、または話すほどでもないくらい細かなことまで含めると、たぶん百倍のボリュームにふくらむかと」
    「そっか……指揮官、そこまでアレなんだ」
    「ええ。アレです。むしろ、アレというかナニです」
    「指揮官……女なのに女の子が好きなの?」
    「いまの時代ではそうめずらしい嗜好でもないですが、ご主人さまの場合はちょっと特殊にすぎているというか――まあ、スオミに執着しているのは確かですが」
     G36は立ち上がると、左の手を腰に当てながら、言った。
    「戦闘状況による負荷。そのうえでの、あなたの質問と過去の記憶メモリとのリンケージ。あの子もついつい抑えが効かなくなったのでしょう」
    「そっかあ……」
     ため息をついて膝に顔をうずめるヴィーフリ。
     そんな彼女を見て、G36はくすりと笑みを浮かべた。
    「まあ、でもそうですね。スオミはもちろん、あなたも、わたしも……いえ、第一部隊のメンバーは全員、ご主人様と〔誓約〕済みですから、ヴィーフリがちょっと妬く気持ちも少しはわかります」
     G36が右手をすっと掲げて、薬指にはめられた指輪をきらりとみせる。
     それをちらと見てこくりとうなずくヴィーフリの指にも同じものがあった。
     第二の烙印システムで結ばれた絆。自分たちがグリフィンの備品ではなく、指揮官の所有物であることを示す証。人形はどこまでいっても人形でしかないが、法人の資産であることと、自然人のパートナーであることとでは、権利の範囲が大きく違う。
     それだけに受け入れる人形の側にも覚悟が必要なものではあるのだが――
    「……決めた。アタシ、ちゃんとスオミに謝る。でも……」
     ヴィーフリは膝にうずめていた顔をあげて、決然として言った。
    「……スオミが本当はどう思ってるのかも、ちゃんと聞きたい。そうじゃないとアタシの気持ちが……思考回路のノイズがすっきりしないもの。あと指揮官にも、ちゃんと仲直りしたって認めてもらわないと。だけど、どうすれば――」
    「――それならいいものがありますよ、いよいよ開催が迫ってきましたね」
    G36がヴィーフリの手をそっと握るや、信号パルスが走った。
    プライベートデータリンクのリクエスト。
    ヴィーフリが承認を選ぶと、視界の端にある〔告知〕が映った。
    それを認識して、ヴィーフリが目を見開く。
    「これって月に一回の……これにあの子と一緒に出るの!?」
    「仲直りしたことを『実践的に』に認めてもらうにはぴったりでしょう」
     G36はそう言うと、立ち上がってヴィーフリに手を差し伸べた。
    「さあ、お立ちなさい、リトルミス。決心がついたらスオミを探しにいくのですよ」
     静かな、淡々としてさえ聞こえるG36の声。
     しかし、ヴィーフリには、それがとてもやわらかなものに感じたのだった。

     



    「はい、スオミ。リクエスト通りのコーヒーですよ」
    「――リクエストとかしましたっけ」
    「いえ。でも、薄めにつくって、ミルクとシュガーは無しのブラックです。いつもこうでしょう?」
     その戦術人形はマグカップを差し出しながら、そっとほほ笑んだ。
     ただでさえ端正で中性的な顔立ちが、その微笑で魅力倍増しになる。
    (……この子と街に出た時に周囲の視線がすごかったですね、主に女の子からの……)
     スオミはカップを受け取りながら、過去のメモリ―をぼんやり呼び起こしていた。
     基地にはカフェテリアがあるが、スオミが彼女をみつけたのは射撃訓練場の前だ。
     話がしたいとつかまえると、人影のないミーティングスペース――基地の非常時には防衛拠点早変わりするのだが――にはへ来たものの、肝心のスオミがひとしきり話し終えると黙りこくってしまった。なんともしがたい沈黙を打開するために「なにか飲みましょうか」と当の相談相手は気遣いしてくれたのであった。
    「ありがとう――コンテンダーさん」
    そう呼ばれて、彼女――コンテンダーの微笑が苦笑いに変わる。紫のメッシュがはいった短い髪をかきあげると、もう片方の手でトントンと軽くテーブルをつつく。カフェテリアの椅子に腰かけたその姿はモデルと言っても通用するほどで、先ほどの仕草がなおのこと決まって見える。
    「さん付けがなかなか取れませんね、われらが隊長どのは」
    「……あ。ごめんなさい。つい……」
     ばつの悪そうなスオミの表情に、コンテンダーは軽く手を振ってみせた。
    「いえ、新参者とはいえ、何度か戦闘を共にして、隊長のポリシーは理解しています――『よき垣根がよき隣人を作る』、さしずめそんなところでしょうか」
     コンテンダーの指摘に、スオミは少し黙りこくって……そして、軽くうなずいた。
     その様子に、コンテンダーは軽く息をつくと、自分の分のコーヒーに口をつけた。目を閉じてゆっくりと飲むさまは、センサーで香りを味わっているのか、それとも思考回路でパルスを巡らせているのか。
     ややあって、コンテンダーは言った。
    「……ですが、わたしはこう思うのですよ、隊長」
     そうして、つんと立てたしなやかな指を振りながら、こう続けた。
    「今回については、『ファッジは甘くてナッツが入っている』というものではないかと」
    「ファッジって……あのキャラメルみたいなお菓子?」
    「そうです。この言葉が何を示しているかわかりますか?」
     コンテンダーの問いに、スオミは少し考えこんで……いぶかしげに答えた。
    「友人よりも甘い、親密な関係――――家族……ということですか」
    「はい、よくできました」
     自分のマグカップを両の手でそっとくるみながら、コンテンダーは言葉を続けた。
    「家族というものはとても親しくあたたかいけど、しばしば軋轢もあったりする――今回の一件はつまるところ、ファッジを食べていてナッツが歯に挟まったということかと」
     彼女の解説を聞いて、スオミはなんとも言えない微妙な表情をした。
    「……か、家族ですか?」
    「あのヴィーフリも同じ家族なのか、というのが許しがたいようですね」
     コンテンダーはくすりと笑うと、そっと右の手を差し出してみせた。
    「この薬指の指輪――指揮官との誓約の証。第一部隊はみなこれを与えられた、〔指輪の乙女〕――ガールオブリングスなどと呼ばれているのはご存じでしょう? 法的な所有権を指揮官がお持ちである以上、わたしたちは同じ家族といえるのでは」
    「う……そう来ますか……」
    「まあ、この場合、指揮官をどう捉えるかが難題ですが。親というにはあの人はいささか威厳に欠けますし、伴侶と思えるかといえば――」
    「……は、伴侶……ッ」
     コンテンダーが伴侶という言葉を使った途端、スオミが顔をひきつらせた。
     そんな少女の様子を見て、コンテンダーはくすっと笑った。
    「おかしなものです。客観的なデータでいえば、指揮官に一番目をかけてもらっているのはあなたなのに、当のあなたは指揮官につれなくさえあります」
    「だって……あの人ったら――!」
    「ああ、例のボイスデータなら共有してもらってますよ」
     そう言うと、コンテンダーは喉に手をあてがってみせた。
    「なんでしたらロードして、再生しましょうか」
    「いやああ! やめてやめてやめて! あのデータは記憶メモリーの深部アーカイブにロック付きで封印してるんです!」
    「ふむ、聞きようによってはすごく大事にしているようにも思えますが」
    「そんなことはないです!」
     スオミが頬をぷうとふくらませて非難がましい目でコンテンダーをにらみつける。
     にらまれた方は肩をすくめて、言った。
    「まあ、ヴィーフリはおしゃまな子です。それなのに指揮官からは“ちっちゃい子”扱いされているのはあなたもご存じでしょう?」
    「……たしかに指揮官はあの子には甘いです……」
    「一方、あなたはセクシャルな意味も含めて指揮官にアプローチをかけられている……まあ当事者になればヴィーフリも考えを改めるかもしれませんが、えてして『隣のりんごは赤く見える』ものですから」
     コンテンダーの説明に、スオミは顔をうつむけた。
     マグカップの中でかすかに揺れる黒い水面を見つめながら、そっとつぶやく。
    「……どうして指揮官はロシア銃の子を部隊に入れたんでしょう……わたしがロシア嫌いなのはわかってるはずなのに……」
    「さて。指揮官のお考えはときどき計り知れないことがありますから、真意がどこにあるかはわかりませんが。それでもわたしたちの部隊にあの子は必要不可欠だとは思います――前衛でヴィーフリとあなたが頑張ってくれるからこそ、後衛のわたしたちは効果的な打撃を敵側に与えることができます」
     そう言うと、コンテンダ―はマグカップのコーヒーを一口飲んで、言った。
    「しかし意外でした。こういうお悩み相談はてっきりFALの担当だと思いましたが」
    「……あの子、いま指揮官の臨時副官になっているんです」
     スオミはカップをくゆらせながら、力なく言った。
    「とても相談にのってあげられる状態じゃない、スオミがいないから指揮官の目線がさっきから怖い、早くなんとかしてよ、って――ああ、FALが何かされてたらどうしよう」
    「……何かされていたら、妬きますか?」
    「妬きません!」
    「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
     コンテンダーはマグカップのコーヒーを飲み干すと、席を立った。
    「さてと。わたしに相談したのは、単に感情パラメータの安定化がしたかったんでしょう?」
    「えっ……」
    「聡明な隊長のことです。最初からどうすべきかは、基地を歩き回っているうちにとっくに分析と結論は終えているはず。あとは一歩だけ足を踏み出せるかどうかでしょう」
    「コンテンダー……でも、踏ん切りがつかなくて――」
    「――踏ん切りは作るものですよ。たとえば……」
     スオミに向かってコンテンダーはふわっと微笑んで、言った。
    「……そのカップのコーヒーを飲み干したら、ヴィーフリに連絡を取るとか――さてと、ちょっと腕の調整が必要なので、整備に行ってきますね。それでは」
     そう言い残して、コンテンダ―は立ち去って行った。
     スオミはしばらくカップの中のコーヒーを見つめていたが、決然とした表情を浮かべるとカップのコーヒーをぐいっと飲み干した。冷めたコーヒーは味覚センサーに苦みを強調してきたが、いまの少女には、その苦さはむしろ好ましいものに思えた。

     


     

     それから少し経ってからの、とある通信回線にて。
    「……ヴィーフリ。ヴィーフリ? 聞こえますか?」
    「うえっ、びっくりしたぁ。スオミ? アンタ、位置情報をプライベートにしたまま、どこ行ってたのよ! さんざん探したんだから。いまさら通信なんか入れてきて……」
    「プライベートモードにしてたのは、あなたも同じでしょう――それより、いまモードを解除したから、わたしの居場所がわかりますね。10分後に待ち合わせです」
    「へ……? 訓練シミュレーター室……?」
    「完璧に合わせるまであと二日ちょっとしかありません。出場のエントリーは、今夜が締め切りなので、あなたとわたしで変更申請だしておきます」
    「それって……スオミ、アンタも同じこと考えていたの?」
    「ということはあなたもこのトーナメントで指揮官に証明する気だったのですね」
    「うん、まあ、その――」
    「――いまさら躊躇う状況でもないでしょう、まずはきちんと認めてもらうことです」
    「アンタ、あたしと組むのが嫌じゃないの? いつもならFALと……」
    「……その話はあとにしましょう。今はベストを尽くすときです」
    「……わかった、やろう」
    「ええ、証明してみせましょう――月に一回の訓練実績のペアトライアルで」
    「目標は?」
    「やるからには総合スコア一位です――〔指輪の乙女〕の名にかけて」

     



     そしてまた少ししてからの、とある通信回線にて。
    「――『鷲は舞い降りた』。二人の座標を確認しましたよ」
    「シミュレータ―室ですね。まあ、今回のトラブルがなければ、実戦を共にしている前衛どうしです。それなりに仕上げるのは難しくないでしょう。問題はトーナメントでどこまでいけるかですが……」
    「……当然、トップを狙うでしょう。隊長はそのあたり妥協しませんから」
    「あぁ、二人ともお疲れさま。ホント、世話が焼けるわね、あの子たち」
    「隊長をあの子呼ばわりするのはどうかと思いますが……妙に生真面目なところや変に頑固なところは、メンタルモデルがむしろ未成熟だからこそかもしれませんね」
    「その割に優等生のありようも知っていて、変に気張って礼節を守ろうとするから、ご主人様にちょくちょくいじられるんです。まったくもう……」
    「あら、少しうらやましそうじゃないの。そこのメイドさん?」
    「スオミにやられていることの千倍希釈であれば、望むところですが」
    「はは……指揮官は劇物か何かなのですか……」
    「うーん、そんなに遠くないと思うけど? 少なくともわたしはさっきまで一緒の部屋で仕事してて、いつのまにかあの人のデスクに向けて対人地雷を仕掛けたくなっていたわ――自衛用に」
    「……ご主人様、どんな様子でいらっしゃいますか?」
    「トーナメントのエントリーが発表されて基地内のフォーラム覗いてるみたい……すっごく楽しそうよ。オッズがみるみる書き変わっていくのを見てキャッキャ喜んでるわ」
    「――まさか、狙っていたんでしょうか、指揮官」
    「ご主人さまのことです。仕込んではないものの、予期していても不思議ではないかと」
    「まあ、そうでないと、あんな恰好した動画つきのメッセージなんか送ってこないわ」
    「あのラウンドガールの衣装、どこから調達したんですかね……」
    「後方幕僚のカリーナさんに頼めば、なんだって用意してきますわ」
    「必要ならじゃんじゃん払うでしょうしね――それにしても、『お姉ちゃんズ、カワイイ妹ちゃんたちのフォローよろぴく!』とか言いながら投げキッスとか……もぉ何というか、あきれたわ、ホントに」
    「何というか、ナニというか。むしろアレでございますよ。ご主人様という方は」
    「はは、そんな方に指輪をもらって誓約しちゃった、わたしたちはいったい……」
    「……考えちゃダメ、考えちゃダメよ。メンタルモデルがおかしくなるわ」

     



    「――ンンーッ、いい天気! 絶好のトーナメント日和だね!」
     色素の薄い白っぽい色の癖毛をした、紫の瞳が印象的な女性は大きく伸びをしながら満足げに言った。細身のスレンダーながら、ゆるやかな曲線の肢体。だが、人形ほど端正な輪郭でもないあたりが、ある種の生っぽさ――人間らしさを示していた。
    ラウンドガールの衣装を着ていれば体の線はなおのこと際立つ。
    「……上機嫌でございますね、ご主人様……そんなものまで着て」
     彼女の背後に控えていたメイド姿の少女が、憮然とした口調で言うと、
    「いいでしょー。G36も着てみたい? 実はもう一着あって――」
    「――わたしにはこのメイド服が制服です。謹んでご辞退申し上げます」
     G36がきっぱりと断ると、くだんの女性――この基地のグリフィン指揮官にして人形たちの上司は顔だけで振り返ってみせると、にかっと笑ってみせた。
    「うん、いいねえ。その物言い。慇懃に断りながらも、『これぐらいすげなくしても大丈夫よね』という安心感アンド信頼感。そしてほんのわずかな声の震えから、万が一命令されて着る羽目になっても、とハラをくくっている覚悟のあらわれ……とってもイイ!」
     喜色満面の指揮官に応えたのはG36のひときわ大きな咳払いだった。
    「こほん! ――ご主人様? 想像をたくましくして勘繰るのは結構ですが、あまり荒唐無稽なことを放言していると、正気のほどを疑われますよ?」
    「そうかなァ? 私が何の準備もなしにこんなことを言う女だと思ったの?」
     言うや、どこからともなく指揮官は携帯情報端末をとりだしてみせた。
    「さっきからきみの思考ロジックパターンと感情パラメータの変動具合をモニタリングしていて……じっくりねっとり解析すれば造作もないこと――」
    「――およこしなさい、ご主人様!」
     G36がすかさず手を伸ばすも、指揮官は身をひるがえして避けてみせる。
     次いでからからと笑いながら、かぶりを振ってみせた。
    「ウソ。ジョーク。そんなことしないよ――だってさ」
     指揮官は訓練場にでかでかと張り出されたオッズ表を見上げて言った。
    「いまの私にはこっちが断ッ然、面白いからね!」
     この基地恒例、月一回のペアトライアル訓練。
     戦術人形が二人一組で本番さながらの演習プログラムに挑み、標的の撃破数、ゴール到達のタイム、その他道中のフラッグボーナスなどなどで総合スコアを競い合う
     実戦形式で行われるそれは、訓練の名目ではあったが――事実上、「この基地で誰がトップの人形か」を決める勝負の場であり、そして、勝敗と順位をめぐって人形も人間も投票券に給料をつっこむギャンブルの場でもあった。
     つまるところはお行儀のよくないお祭り騒ぎ、レクリエーションなのである。こんなこと上級指揮官のヘリアンに見つかれば、発案者の誰かさんなどは譴責処分ものだが、いまだにバレていないのは、この基地の七不思議のひとつとされている。なお、誰かさんが何者かは言うまでもない。
    「――いやあ、今回はイイ感じにオッズがバラけたなあ! スオミとヴィーフリの出場を告知してから、急遽エントリー締め切りを二時間延長したら、まあみんな出場者を変更してくること。今回こそはトップを取れるとみて、みんな勝負に来たよ!」
     朗らかにそう言うや、指揮官はオッズ表を見渡しながらつぶやくように言った。
    「まあそれも、スオミとFALのペアが半年間、絶対王者だったからねえ……みんなちょっとお白けムードだったのはあるかな。今度からレギュレーションを見直したほうがいいかもね。なにはともあれ、いまはこれでよし! 私によし!」
     実に満足げな指揮官の様子に、G36はこめかみに手をあてがいつつ、息をついた。
     戦術人形に頭痛はないはずだが、話を聞いているだけで回路になにやら負荷がかかる人間というのはたしかにいるのである。実際、彼女の前にいるラウンドガール姿の上官がそれだ。
    「――ご主人様はどのペアに賭けたのですか?」
     訊ねてからG36は愚問だったとほぞをかんだ。
     この女性がスオミ以外の戦術人形に肩入れするはずがない。
     ところが、指揮官の回答は予想の斜め上をいった。
    「もっちろん、スーヴィペアに五万ポイント」
     その言葉を聞いてG36は桁を聞き間違えたかと思った。
    「――はい?」
    「すごいねー。スーヴィが勝ったらみんなの給料巻き上げられるよ!」
    「いや、あの、ご主人様? それはさすがに問題になると思いますけれど?」
    「大丈夫。そしたら、出した賭け金に応じて人形と職員に私から臨時ボーナスが出るから」
    「……負けたらどうされるんですか」
    「そしたら、わたしの退職金の積み立てが臨時ボーナスに化けるだけだよ」
     G36は大きくため息をついた――おかしい。
     人形は頭痛を感じないはずなのに、この思考パルスの乱れはなんだというのか。
    「……ご主人様? あなたは人間なのですから、少しは将来設計というものを――」
    「年老いてから後悔するより、刹那の『なう』を楽しんだ方がいいじゃん」
     あっけらかんと答えた指揮官に、G36はふたたび大きくため息をついた。
    「……あの二人がトップを取ると、そこまではっきり予測されておいでですか」
    「予測じゃないね。確信だね」
    「スオミが出るからですか」
    「スオミとヴィーフリが、二人で出るからだよ」
     いつのまにか指揮官はG36に向き直っていた。
     両の手を腰に手をあって、射すくめるような視線でG36の目を見つめてくる。
     束の間あきれ返っていたメイドは、そのまなざしで我に返った。
     普段はおちゃらけ全開で、言動のことごとくが韜晦のヴェールで包まれているかのような彼女が、真摯に言葉を紡ぐときの――そして、メイド姿をした一介の戦術人形が、この人になら忠を尽くせると決心させたときの――まなざしだった。
     内側の魂の輝きが光となって溢れるような、パープルタイガーアイの輝き。
    「〔指輪の乙女〕には、誰ひとりミスキャストはいないからね!」
     彼女の声は力強くゆるぎなく――その圧に、メイドはかすかに身を震わせた。

     



     第二部隊のペアが過去最高スコアをたたき出した。
     人形と人間が一緒くたになって一斉に歓声をあげるのを、スオミとヴィーフリは控え室で聞いていた。スオミは目を閉じたまま、静かにベンチに腰かけたまま。ヴィーフリはモニターで先ほどのペアのハイライトを見ながら、そわそわしていた。
    「ちょっと――まずいよ、アンタとFALのスコアを抜いちゃったよ、この子たち!」
    「――どうということもありません。わたしたちで塗り替えればいいだけです」
     スオミの声は落ち着き払っていて少しも動じていない。
     そんな彼女の姿に、ヴィーフリが眉をしかめて不平の声をあげようとしたところ。
     スオミからデータリンクのリクエストが不意にきた。怪訝に思いつつもチャンネルをオープンにすると、規則正しいシグナル音が聞こえてきた――スオミの思考回路のパルスタイミング。
     合わせろ、ということだろう――ヴィーフリが同期させると、徐々に感情パラメータの乱れが収まっていくのを感じた。
     雪に閉ざされた山脈の深くで水をたたえた湖の波紋だ――見たことがないはずの光景なのに、なぜかヴィーフリにはそのイメージが自然と浮かんだ。
    「なるべく、戦闘前にはこうしてあげればよかったですね」
     スオミが、ささやくように言った。
    「前衛は被弾することも多い。わたしが敵の注意をひきつけていても、被害のいくばくかはあなたにいってしまう。そのことをもう少しおもんばかってあげるべきでした」
     ヴィーフリが目を開けると、スオミもまた閉じていたまぶたを開けていた。
     アイスブルーの瞳がじっとこちらを見つめてくる――深山の湖に住まう乙女の瞳。
    「わたしの方こそ、至らなかったと思っています。ごめんなさい、ヴィーフリ」
     ヴィーフリは口ごもった。言うなら――スオミに謝るなら、いまが好機だ。
     しかし。
    『最終ぺアのスタートタイムです。猶予時間は30秒。READY?』
     無機質な合成音声が告げると、スオミが決然と立ち上がった。
    「いきますよ、ヴィーフリ」
     有無を言わさないその口調は――いつもの〔指輪の乙女〕のリーダーのそれだった。

     



     歓声とともに、スオミとヴィーフリのペアがスタートを切る。
     開始のランプと同時に、全速力で走りだした二人の少女。
     たずさえているのはどちらも短機関銃――射程の短いサブマシンガン。
     いつもなら戦場で受けられるはずのアサルトライフルの援護はない。
     だが――二人はステージを駆け抜けるスピードを落とさず、射程にはいった標的を撃ち抜いていく。中にはジャミングパルスを撃ってくるものもあったが、前衛型の戦術人形らしく、素早く跳んではかわしていく。
     その快進撃に歓声がひときわ大きくなる。
     そして、二人が途中のフラッグを確保せずに、走るスピードを落とすことなく駆けていくのを目の当たりにして、より一層どよめきと歓声がわきあがった。
     ――オールラン・オールデストロイ。
     標的を取りこぼすことなく撃破して、ゴールタイムで新記録を出してスコアを稼ぐ戦法。
     理論上は最高点を取れるやり方だが、しかし、めったに使われないのは、終盤に近付くほど標的側の迎撃が激しくなり、足を留めて突破口を開く必要があるからだ。必然、タイムはそのぶん遅れる。だから、ここ数回のトーナメントでは、フラッグを無理なく回収するルートの最適化が目標になっていた。
     ――そのセオリーを打ち破ろうというのだ、この少女たちが。
    「ひょっとして……やれるのかな」
    「わかんないよ、いくらサブマシン型の前衛だからって」
    「スオミとロシア娘のチームワークじゃ、しんどいってば」
    「でも――〔指輪の乙女〕だよ?」
     ささめきあう人形たちは、そおっと観客の後方に控える指揮官をうかがった。
     指揮官は、笑うでもなく、顔をこわばらせるでもなく――
     スクリーンに映し出される、少女たちの戦の舞いをじっと見つめていた。

     



    「ラスト100メートル!」
     スオミが叫ぶ、叫びながら足は止めない。
     ヴィーフリも必死にくらいついた。
     敵陣の強行突破――いや、突破しつつの殲滅。
     およそ無謀とさえいっていい。
     現にジャミングパルスを何度か受けて、躯体のあちこちが痺れている。
     それでも、だからこそ、ヴィーフリはへこたれるわけにはいかなかった。
     リズミカルに短機関銃を鳴らしながら、標的を撃ち抜きつつ走る。
    「――スオミ、こないだはごめんッ!」
    「こんなときになんですかッ!」
    「ちゃんと謝っておきたくて!」
    「謝る暇があれば撃ってください!」
     スオミが短機関銃を撃ち放つ。
     撃ち漏らした標的が彼女をジャミングパルスで狙うのをヴィーフリが仕留める。
     その間も二人の駆ける速度は鈍らない。
     ヴィーフリより前を進むスオミは、もっと多くのジャミングを受けているはずなのだ――
     ――それなのに、動きが鈍る様子がまるでない。
     ぎりぎりのところまで予備の回路をつないで躯体を動かしているのだろう。
     スオミは決して身軽な戦術人形ではない。
     むしろ被弾しない方がめずらしいほどだ。
     彼女は常にそのタフさゆえに、精鋭部隊のリーダーを務めてきたのだ。
     なぜ、そこまでこらえられるのか。なぜ、そこまで頑張れるのか。
     そうだ――あの時の疑問は、そもそもそこだったのだ。
     なぜ――アンタはそんなに一生懸命になれるの?
    「ねえ、どうして――」
     ヴィーフリは叫んだ。撃ちながら。駆けながら。
    「――どうしてアンタは指揮官のために、そんなに何もかも賭けられるの!?」
     不意に出た言葉。
     だからこそ、本当に聞きたかった言葉。
     スオミがその気になれば誓約も解消できるし、副官の任から外れることもできるし。
     なんだったら異動だって申し出ることもできるはずだ。
     なのに、あの指揮官にちょっかいを出されて、時にむくれ、時にあきれながら、なんだかんだ相手にしているのだ。そこまでの荷物を負う必要はないはずなのに。
    「そんなの、決まっています!」
     スオミが叫び返した。
    「わたしにとって指揮官は――」
     不意に標的が両袖から飛び出してきた。
     五体すべてがジャミングパルス持ち。
     左の二体をヴィーフリが撃ち抜き、スオミが真ん中の二体を撃ち抜き――
     ――そのために残った右の一体の対処が遅れた。
     耳障りな音と共にジャミングパルスが放たれ、スオミを射抜く。
     スオミが後ろざまに倒れそうになり――
     ヴィーフリが駆け寄って、すんでのところで受け止めた。
     スオミは――屈してはいなかった。
     苦痛と興奮で紅潮した顔のまま、短機関銃を構え、不届き物の標的を撃ち抜く。
    「――指揮官は、愛しさ余って、鬱陶しさ千倍なんです!」
     ヴィーフリに背を押されて、スオミはまた走り出した。
     なんというバイタリティの強靭さか。
     観客たちはいつのまにか息を呑んで見守っている。
    「あの人を失望させたら――わたし、スクラップにされてネジになっても、きっと後悔します!」
     叫びながらスオミが走って、続いて、
    「はは、あはははは!」
     ヴィーフリが笑いながら、ラストランを駆ける。
    「―――――ッ!」
    「あははは!」
     あられもなく乱れた様子で―-少女たちはゴールラインを踏んだ。
    『FINISH!! スオミ、アンド、ヴィーフリ、ゴール! New Record!』
     ディスプレイの総合スコアが塗り替わり、スオミとヴィーフリが逆転一位となる。
     一斉に嵐のような歓声が上がり、ステージ全体を包んだ。

     



     ゴールした途端、スオミもヴィーフリもフロアにばたりと倒れこんだ。
     メンテナンススタッフが駆け寄ってくる足音を聞きながら、ヴィーフリはくすくす笑っていた。
     笑いながら、つうと涙が一筋こぼれるのを感じていた。
     過度な機動で保護液があふれただけかもしれない――
     それでも、その雫に思いが宿っているとしたら、それは確かに女の子の涙だといえるだろう。
    (なによ、あの答え。ぜんぜん答えになっていないじゃないの)
     思考回路の中でパルスを巡らせながら、しかし――
     ――ヴィーフリはそれで十分だと思っていた。
    (言葉にできないほど、大きくて大切な何かなんだね、アンタのは)
     同じ思いだから、同じ人へのものだから。
     だから、ヴィーフリにもわかったのだ……スオミのあの叫びで。
    (だからって――負けないんだからッ)
     ヴィーフリは左手で三つ編みを握りながら――
     ――右手を宙に手を伸ばし、ぎゅっとつかむ仕草をした。
     いまは届かなくてもいい。けれど、いつかは。
     こまっしゃくれた少女の顔は、その時、ほんの少し大人びて見えていた。

     



     手当してもらって、妨害解除してもらったとはいえ、ですよ。
     ジャミングパルスで撃たれた痕は、じんじんと躯体が痺れている感じがしました。
     急あつらえのステージにまっすぐ立ってるだけでも、結構な負荷です。
     過去スコアを塗り替えての堂々一位。
     隣ではヴィーフリがにっかり笑いながら並び立っていて。
     後ろでは第一部隊の後衛メンバーが微笑みながら見守っています。
     トップを逃がした第二部隊の子は感嘆の笑みでこちらを見ています。
     でも目は笑っていませんから「次は見てなさいよ」ということでしょうか。
     そして――
    「うん、さすが私が見込んだ子たちよね!」
     ――歓喜極まるボイスデータが必要なら、まさにいまの彼女が絶好のサンプルでしょう。
    「よくやった! えらい! それを見抜いていた私、もっとえらい!」
     指揮官はこのうえなくご機嫌でした。
     マイク持ったまま歌いだしてもおかしくない様子です。
     というか、なんですか。そのラウンドガール姿。
     いつの間に司会の役目をぶんどっているんですか。
     やはりこの人に私が釘をさしてあげなきゃ、色々とダメな気がします――
    ――あれ? 
     わたし、いま何を考えちゃいました?
     わたしがいないとこの人はダメって、どう見ても悪い人に引っかかるパターン!
     なんてこと。なんてこと。いけません。
     すぐにセルフスキャンして、思考回路と記憶メモリーのデフラグをしないと。
    「さて――本来であれば、ここで優勝者のインタビューをいただくところだけど――」
     ああ、そうですね……その義務がありますね。
    「――ンンン! ここは指揮官の独断と偏見とお茶目と愛に従って、スオミちゃんのあっつーい告白ボイスを改めてリピートしたいと思います!」
     ……は?
     考える間もなく、次の瞬間。
    『――指揮官は、愛しさあまって、鬱陶しさ千倍なんです!』
     わたしがうっかり叫んだ声がスピーカーから流れていました。
     ご丁寧に、エコー処理までかけて。
    『あの人を失望させたら――わたし』
     はわ、はわわ、はわわわ。や、やめてください!
    『スクラップにされてネジになっても、きっと後悔します!』
     あああああああ!
     周囲からどっと歓声があがります。
     誰ですか!? 指笛吹いてるの誰ですか!
     感情パラメータが跳ねまわります。
     思考パルスが乱れて、恥ずかしくて、もう……
    「――スオミ、はいこれ」
     ヴィーフリの声と同時に、わたしの手にズシっと重い何かが渡されました。
     シャンパン代わりのソーダ水のボトル。
     高級感を出すために、今では珍しいガラス製です。
     中身がたっぷり詰まったそれが、私の手に。
     そしてヴィーフリの手に握られていました。
     こちらをじっと見つめて、次いでヴィーフリがにやりと笑いました。
     わたしは、たぶん苦笑いだったと思います。
     ええ、苦笑いだったですとも。決して暗い喜びの笑みなんて浮かべていませんよ。
    「ンンン! いい告白! アッツゥい! 録音さん、もう一回よろ―――あれ、なにかなあ、きみたち。ダメだよ、それはこのあとシャカシャカ振ってシャワーにするんだよ。あの、ねえ、ちょっと――あああ、やりすぎた! ごめん、ごめんって!」
     わたしの倫理回路が、指揮官は言葉と裏腹にちっとも反省していないと分析しました。
     だって、すっごくいい笑顔のままなんですもの。
     これからお仕置きされる人がこんなにうれしそうな顔するはずありません。
    「せーの!」
     わたしとヴィーフリはちらと目配せすると、重い瓶を同時に振り上げ、
    「――あがっ!?」
     よいしょっと振り下ろしました。どこにとは言いませんけど。
     いまのうめき声が誰のとも言いませんけど。
     それにしても……ええ、重かったでしょうとも。
     だって、女の子二人ぶんの思いが詰まっていますからね!

     

     

    つづく

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