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2020.03.20 Friday

スオミさんはお困りです ep.3 前編

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    おはようございます、Ticoさんです。

    天気が崩れると家人が話していた割に連休初日の今日は晴れでございますね。

    お布団が干せてなによりでございます。

     

    さて、なんか毎週定例になったドルフロのファンジンノベルをお送りします。

    pixivではこちらに昨夜アップしているので、アカウントお持ちの方はそちらでもどうぞ。

     

     

    というわけで「スオミさんはお困りです」ep.3 をお届けいたします。

     

    ちなみになんかブログの文字数制限を楽勝でオーバーらしいので、

    記事を前後編の二分割してお届けします。なんてこったい。

    後編へのリンクはこちらのほか、前編の最後にもリンクを張っています。

     

    suomi_in_trouble_03.jpg

     

    戦う雪の妖精たる戦術人形のスオミさん。

    困った人ながら思いを寄せる指揮官の指示でなんとも困った事態に陥ります。

    スオミさんと仲間たちを待つ異形の敵とは?

    そしてスオミさんと指揮官はいかに〔誓約〕を交わしたのか?

    今回もスオミさんが困りながらも奮闘する、ドルフロファンジンノベル、第三話です。

     


    えっこらせと書けました、シリーズ第三話。相変わらず実に読みにくい長さですが、

    今回は「キャッキャウフフ」6割、「シリアスバトル」2割、「ホラーテイスト」2割でお贈りします。

    いよいよ本シリーズを通してスオミさんの「敵」となる存在が出てきます……出てくるのか?

    今回もご笑覧くださいませ。

     

    次回はコメディタッチになる予定です。ドルフロプレイヤーなら誰もが知るあの人が登場予定。

    困った指揮官が困ったことにクビになるかもの危機にスオミさんはどう立ち向かうのか?お楽しみに。

     

    〔Specila Thanks!〕
    なお、作中の指輪の位置に関する意味付けについては、

    Hawk.Takaさんのこちらのツイートを参考にさせていただきました(本人ご諒解済み)。

    素敵なインスピレーションに負けない作品に仕上げたつもりです。誠に感謝!
     

     

    (本文は長くなるので折り返し〜)


     

    「ああ、ちゃんと来てくれたんだね。ありがとう……スオミ」

     この場所でわたしをみつけた時の指揮官の顔は、とても嬉しそうで。

     そして、どこかあどけなくて。

     この珍妙な人にもちゃんと女の子の時代があったのだと再確認することになったのは、わたしにとってはなんとも意外でした。

     グリフィン基地は基本的に強化鋼材と再生プラスチックで仕上げられた武骨な作りですけれど、緑の潤いを得られる場所がないかといえば、そんなことはありません。

     でも、わずかとはいえ天然ものの草花や木々を愛でられる空間は、いまの時代を生きるわたしたち――それが人間であっても人形でもあっても――にとっては、とても神聖なものに思えてしまって。だから、ここは特別な用事でしか使われません。

     ある時は、恋人になる二人の告白だったり。

     そしてまたある時は、人形が〔誓約〕を交わす儀式に使われたり。

     そう……わたしは、ここで、指揮官から〔誓約〕を受けるために来たんです。

     銃器と人形がリンケージするひとつめの烙印が、民生用の人形から戦術人形へと生まれ変わる儀式だとしたら。二つ目の烙印を受ける〔誓約〕は、わたしたち戦術人形がグリフィンという企業の備品から、自然人のパートナーとなることを受け入れる儀式。

     人形であること。人間に従う存在であること。

     そのことに変わりはないとしても、自然人のパートナーとなることは、人形にとって随分「生きやすくなる」ことにつながります。メンタルモデルの枠が拡大され、より自由な思考、のびのびとした感情を得ることができます。

     人を模して作られ、人らしく振る舞うことが行動原理といえるわたしたちにとってみれば、〔誓約〕を交わせる相手がいることは憧れであり、渇望かもしれません。

     とはいっても――わたしにとってみれば、ですよ。

     この人の申し出を受けるのに、少しためらいがあったのは確かだったんですが。

    「わたしが指揮官との約束を破ったことがありますか?」

     じっと彼女を上目遣いで見つめると、指揮官は自身の頬をなでながら、

    「いやあ……人形に〔誓約〕の指輪を渡すのって初めてだからね。ついつい舞い上がっちゃって。昨夜、その、ちょっときみをからかいすぎたかな、とか心配に……」

    「ご自覚があるなら謹んでくださいよ、もう――」

     ため息をつきながら、わたしは記憶メモリを呼び出しました。画像も音声もはっきり残っています。ありていに言えば、指揮官の様子は「明日、遊園地に行く予定の子供」と変わらない様子でした。一人ではしゃいでいるのならまだしも、こっちを巻き込んでキャッキャと喜ばれては、こちらの思考回路に過剰な負担がかかります。

    「いや、それは悪かった。ごめんごめん。想いがたかぶって、ついつい」

    「……いえ、記憶メモリを検索してみたら、あそこまで有頂天なのはあまりないとしても結構わたしにちょっかい出していますよね、指揮官?」

     あ、いけません。つい彼女を見上げる目線が険しくなってしまいます。

     そうなんです――この人はどうしようもなくお調子者で、イタズラ好きで、ありていにいえば変態の変人なんです。ことあるごとにハグをせまったり、整備中のわたしを舐めるようにじっくり見つめたり、まして損傷したときに「ンンン! やっぱりきみの循環液はイイ香りがするゥン!」とか口走ったり――本当に性癖がどうかしています。

     ……もしかしたら。

    いまのうちに無かった話にしたほうがいいかもしれません。うっかり〔誓約〕を交わして、法的にこの人の所有物になったら、それを利用されてどんな目に合うか。

     わたしがそんな益体もない思考パルスを回路の中でぐるぐる巡らせていると。

     すっと、ごくさりげなく――指揮官が片膝をついて、身をかがめました。

     わたしの前で、目を閉じて、ひとつ、大きな深呼吸。

     彼女が息をつくときに、白っぽい癖毛がふわっと揺れました。

     そのとき、光の粒が舞ったように見えたのは――視覚素子のエラーでしょうか。

     今度はわたしを見上げる形になって、指揮官がすっと目を開きます。

     綺麗な紫の瞳。微妙に黄色い彩りが混じる、パープルタイガーアイ。

     その瞳に――とても真摯な光が宿っているのを見て取って……

     ……わたしは、感情パラメータが、とくんと跳ね上がるのを感じていました。

    「KP-31。いえ――わたしのたいせつなスオミ」

     彼女がわたしの右の手をそっと握ります。

    「どうか、わたしのパートナーになってくれませんか? “MY DEAR DOLL”」

     最後の言葉が、〔誓約〕を始める起動ワードだというのはすぐわかりました。

     指揮官からその言葉を聞いた途端、記憶領域からぶわっと過去のメモリが噴きあがり、思考回路を駆け巡っていきました。それにつられて感情パラメータが一瞬のうちに激しく揺れ動きます。

     恥ずかしい思い出。腹立たしい思い出。

     情けなかった思い出。あきれかえった思い出。

     そしてそれ以上に。

     優しい言葉をかけてもらった思い出。

     おおげさに、あるいはさりげなく、気遣ってもらった思い出。

     指揮官の笑顔が。

     髪をなでるときの優しい指使いが。

     わたしの名前を呼ぶとき少しかすれ気味の声が。

     たくさんのメモリがいくつもいくつも繰り返されて―――

     ――永遠にも思える、けれども一瞬の刻。

     その間にメモリと感情の嵐が通り過ぎ……思考回路に残った、たったひとつの質問。

    『目の前のこの人に、最後まで寄り添えますか?』

     誓約を受けた人形は……きっと、誰しもこの問いを受けたのでしょう。

     そして、メモリを再確認し終えた後のわたしにとって、答えは自明でした。

    「――“YES MY DEAR. I Make Loyalty For You. With Sincerely. With My Love.”」

     わたしのコードワードを聞いた指揮官が、はっと目をみはって、そして。

    「“Thank You. MY DEAR PARTNER.”」

     指揮官は涙で目を潤ませながら、か細い声で言いました。

    「ありがとうね、スオミ……ありがとう」

     そんな彼女を見ながら、わたしは――不思議と、思考回路がよりクリアになり、感情パラメータが前にもまして跳ねるのを感じていました。自分が広がった感覚。センサーから受けるものがより豊かになった感覚。これが――〔誓約〕の効果なのでしょうか。

     わたしは自然と、空いている左の手を伸ばしました。

     涙ぐむ指揮官の髪を、くすぐるようにそっと撫でます。

     彼女は目を細め――穏やかな表情でうなずきました。

     そして、懐から指輪を取り出すと、私の右の手をとりました。

    「――左手、じゃないんですね」

    「そう。勘違いじゃないよ……ちゃんと意味があるの」

     優しく銀の指輪をはめさせながら、彼女は言いました。

    「左手の薬指につけるのは『想う』力を示すんだ。でもね」

     まばゆい銀の光がともったわたしの右手。

     その手を、指揮官の細くしなやかな手がそっと包みます。

    「右手の薬指につけるのは『現実』の力を与えてくれる。目の前の障害を乗り越える力。難関を突破する力――どんなときでもあっても、生きて帰ってくる力」

    「生きて……帰って、来る……」

    「そう。戦術人形のきみにこんなことを言うのはおかしいよね。でも、おかしいと思っていても、わたしは、君に戦場から生きて帰ってきてほしい――この指輪と共に」

     指揮官の声は、優しくて、包み込んでくれるようで。

     それでいて、どこか震えていて、消え入りそうにも聞こえて。

     わたしはにっこりとほほ笑むと、左の手で、ひざまづく彼女の頭をそっと抱き寄せ、自分のおなかにぴったりとくっつけて、抱きしめました。

     抱きすくめられて、指揮官がくすくすと笑いました。

    「……ふふ、あは……ありがとう。スオミ」

    「いいんですよ……わたしの愛しいあなたなら」

     エアコンディショナの風がそっと木々の葉を揺らします。

     そのざわめきは、あるいは妖精たちの祝福だったのかもしれません――

     


     

    「――どうして、あの時は自然とあの人を抱きしめられたんでしょう」

     スオミは眉をひそめながら、右手の薬指に光る指輪を見つつ、ふとつぶやいた。

     いまいる場所は、妖精たちの祝福とはずいぶんと遠い場所だった。

     空は一面の濁った曇天が広がり、だだっ広い荒野に廃墟が点在している。

     かつての大戦で爆撃を受けた街並みの一画であるが、汚染された風雨にさらされた結果、すっかり変色してしまい、悪夢から切り取ってきた造形物と化していた。

     そして、そこかしこに転がる鈍く光る金属の光沢。

     弾痕がいくつも空いたその人形たちは、彼女たちの敵。

     そう、『鉄血』の戦術人形。

     ほんの十数分前まで、ここは戦場だったのだ。

     スオミもまた戦術人形だった。その姿がどんなに可憐で愛らしく、雪の妖精の現し身に見えたとしても、銃をたずさえて戦うことが使命のアンドロイドにすぎない。

    「……ちょっと、なにほうけてるのよ。スオミったら」

     不意に声をかけられて我に返ると、FALが呆れ顔でこちらを見ていました。

    「もう、指輪なんて見つめちゃって――愛しい指揮官のことでも考えてた?」

     FALが口の片方をにやっとつり上げた。

     人の悪い笑い方に、たちまちスオミの顔が紅潮する。

    「そ、そ、そんなことはないです!」

    「そうかなあ。それ、結構あなたの癖になっているわよ。なんだったらわたしが見ただけでも、ここ二週間ぶんをカウントしたら百回は超えるわねえ」

    「……う、数えていたんですか」

    「数えていたというか、まあ副隊長としては、気になるじゃない?」

     FALはスオミに歩み寄ると、ぽんと少女の頭に手を置いた。

     スオミの方が背丈は小さい。見下ろす形になったFALはすっと目を細めた。

    「頑張り屋の隊長さんのコンディションは、ね?」

    「またそうやって年下扱いするんですから……」

     撫でられる形になったスオミはぷうと頬を膨らませた。

     FALは肩をすくめると、やれやれとかぶりを振ってみせる。

    「まあ、戦闘後のクールダウンにはいいのかもだけれど。でも思い出の指輪なんていっても、戦闘で腕が吹き飛べば失くしちゃうものじゃない。現にわたしだって、いまのは三つめだったりするし――」

    「――いえ、違います。これは指揮官にいただいた時のもののままなんです」

     スオミが顔をあげて、FALにきっぱりと言い切った。

    断言されたFALは目をぱちくりさせ、ほんの一瞬、視線をさまよわせた。

    「……ああ、いま軽く検索したけど。たしかにあなたの損傷時って右手右腕は割と無事なこと多いわね――え、なに? 指輪を失くしたくなくて、かばってるの?」

    「そんなことはないです……被弾がまぬがれないときに、銃を握る右手よりも、左手を盾にしてしのぐことが多いので、結果的に――た、たぶん」

    「ふーん。まあ、そういうことにしておこっか」

     FALはそう言うと、指で梳くようにスオミの髪をなでた。

    「でも、あまりこだわらないほうがいいわよ。指輪惜しさにあなたが戻ってこないほうがきっと悲しむから、あの人――失くしたってすぐに代わりをくれるわよ」

    「あの……それなんですけれど、普通に渡してくれるか、ちょっとあやしくて」

    「……はい?」

     FALが怪訝そうに眉をひそめると、スオミは口元を手で覆いながら、

    「だって、考えてみて下さい。あの人のことだから、交換用の指輪をキャンディみたいに口の中でさんざんねぶっておいたやつを目の前で取り出してみせて、よだれまじりでトロトロになったのを『ンンン! 私の愛情、たっぷり注いでおいたよ! スオミちゅあんの分身だから舌でたっぷり撫でくりながらネ!』とかやりそうで――」

     早口にまくしたてたスオミは、自分の頭に置かれたFALがギギッと指を立てたのに気付いた。そっと上目遣いでうかがうと、FALの顔は完全にひきつっていた。

    「……ないわぁ」

    「はい?」

    「スオミ。その予測演算、気持ち悪いわ」

    「はあっ!?」

    「いや、間違ってはいないわよ? 最悪のパターンならやりそうだなあって思うわよ? でもそういう演算がさくっとできちゃう、あなたのロジック経験値が怖い」

     FALは気の毒そうなまなざしで、スオミの顔をじろりと撫でた。

    「大丈夫? メンタルモデル、汚染されていない? 指揮官のヘンタイっぷりにつきあっているうちに、あなたの思考回路まで変な具合に開発されちゃっていない?」

    「な、な、ななな……」

     スオミの顔が見る間に赤くなる。表皮の疑似生体が過剰に熱を帯びたため、冷却目的で発散された循環液の一部がたちまち湯気となって立ち昇る。

    「なんてこと言うんですかぁ! 言って良いことと悪いことがありますよ!」

    「いや、でもあなたが演算した指揮官の言葉、ホントにそのままだったもの――あ、音声合成してちょっと具体的に出力してみようか?」

    「結構です!」

     ひとしきり湯気をあげたところでスオミがぷいっとそっぽを向いた。

     すっかりむくれてしまった少女に、FALはくすりと笑みをこぼす。

    「まあ、それだけあなたは指揮官との時間が長い証拠かもね……」

    「……あの、FAL。前から聞きたかったんですけれど」

     そっぽを向いていたスオミが、横目でちらとFALを伺いながら訊ねた。

    「FALは――妬いたりしないんですか? 指揮官がこんなにわたしにべったりで、その、なんというか……」

    「……あら、独り占めされてるなんて思わないわよ」

     FALはきょとんとした顔で答えた。

    「わたしはわたしで、指揮官にちゃんと構ってくれる時間、もらってるもの」

    「えっ。それって、いったい――」

     スオミが訊きなおそうとした矢先。

     二人の耳の中でコール音が鳴った。FALが目を丸くしてつぶやく。

    「――あら。悪魔の話をしていたら、悪魔の羽ばたきが」

    「天使じゃないんですか。その格言……」

    「あの人はどちらかといえば堕天してるもの――ほら、応答なさいよ」

     うながすFALに、スオミはしぶしぶうなずいて、右の耳に手を当てた。

     


     

    『こちらロスロリアン。エルフ、応答願う――状況を知らされたし』

     どこか飄々とした調子が隠せないハスキーボイスが通信回線に流れる。

     彼女の声を聞くだけで、戦術指揮用のディスプレイを通じてこちらをじっと見守っている、きらめく紫の瞳が想像されて――スオミは不本意にも感情パラメータが跳ねるのを感じた。軽く咳払いして落ち着かせると、つとめて平静な声で応答する。

    「こちらエルフ。状況報告です。該当ポイントの敵性をすべて排除。部隊に目立った損傷はなし、携帯のキットでカバー可能です。弾薬もバッテリーもまだありますが、じゅうぶん安心な量とはいえません――モニタリングされているから分かるとは思いますが」

    『ウン、でも指揮官の私が気にしているのは、きみ達の士気なんだよ。スオミ』

     彼女――スオミたちを率いるグリフィンの女指揮官は真面目にそう言っと思いきや、

    『ほんとにだいじょうぶ? スオミちゃん、声硬いよ? 疲れた? 元気ない? 人生楽しんでる? 私が一曲歌ってあげようか? ンン?』

     あっというまに、おちゃらけた口調になる指揮官に、少女は大きく息をついた。

    「いや、指揮官が歌って、どうして私たちがやる気になるんですか……そもそも戦術人形に精神的なものを期待してどうするんですか」

    『いや、人形にだって大事だよ、メンタルの健康ってやつはさ。それに私だけが歌うんじゃない、きみ達も一緒さ。そうだねえ……かの“玉ねぎの歌”とかいいかもしれない。みょーに元気でるよ?』

    「いや、戦場でいきなり歌いだす戦術人形とかバカみたいじゃないですか」

    『よく言うだろう? 同じアホなら歌わにゃ損損って』

    「……そのアホは踊る方では……」

    『あ、“フニクニフニクラ”というのも良いなァ』

    「ちょっと――指揮官!」

     ふざけた様子がいっかな消えない様子の相手に、たまらずスオミは声をあげた。

     通信回線が静かになったかと思いきや、クツクツと笑う声が流れる。

    『……くくくっ、ふふっ。そうやってちょっとムキになってる方がきみの本音が透けるね。その調子ならきみ自身も部隊の皆もまだまだいける、かな』

     回線の向こう側のにやにやした笑みが目に見えるようだ――またもしてやられたとスオミはほぞをかんだが……感情パラメータがクリアになって、思考回路のパルスがスムーズに流れているのは否定できなかった。

     こわばっていた何かが、ぽんとほぐれたような心持ち。

    「……あの、わざわざ通信を入れてきたのは、なにか指示があるからでは?」

    『ああん、すぐお仕事の話にすり替えるスオミちゃん、つれないわァ』

    「おしゃべりしたいだけなら、通信切りますよ?」

    『わかったわかった――じゃあ、本題。ちょっとデータ送るから見てほしいんだけど』

     指揮官からデータリンケージの要請。スオミが承認すると、ここから徒歩行軍で数時間の距離にあるとおぼしき座標情報と、短い動画データが送られてきた。

     ――鉄血の人形に違いないだろう。動力コアを撃ち抜かれているそれは、手にしたライフルから、長距離射撃でしばしば手を焼かされる〔イェーガー〕型と見られた。

    ただ、動画の中のそれは動いていた。

    動力コアに致命的損傷を受けているのに、だ。

    背をくの時に曲げ、ライフルをひきずりながら、よろよろと歩くその背中に何かが張りついているのが見える。なにか……小型の戦闘機械に見える、虫のようななにか。

     スオミの背にぞくっと悪寒が走った。

     記憶メモリとの照合の結果、感情パラメータがネガティブに振れたのだ。

    「指揮官……これ、ひょっとして、十日ほど前に遭遇した――」

    『――待った。そこから先は憶測でしかないし、分析をするためには情報が少ない。資材探索に出ていた別の部隊が目撃してね。あまりに気持ち悪いので念のため、と定例報告のおまけについていたのを見落とさなくてよかったよ。精度はよくないが、空撮ドローンの映像だと、そいつが目撃された近くになんらかの施設があるみたい』

    「……わたしたちはどこまでやれば?」

    『優先順位としては――目撃された鉄血とおぼしき人形の実地確認。くだんの施設に向かっているようなら、そこの調査。ただし、施設自体が敵性で危険と判断した場合は、情勢偵察だけして撤退。いずれもきみ達の安全最優先で』

     飄々とした口調は変わらないが、指揮官の声にはかすかに緊張が混じっていた。

    『私個人としては、戦闘を終えたばかりのきみ達にあまり追加のお仕事を命じたくない。それにどうも、うなじがチリチリする感じがする。不吉の知らせってやつだよ。とはいえ放置して後々大事になっても困る。とすると、一番信頼のおける部隊にまかせたいのも確かだ――あぁ、このジレンマ!』

     回線の向こうで彼女の嘆く顔が目に浮かぶようだった。

     きっとあの白っぽい癖毛をかきむしりながら、考えた結果なのだろう。

     ふと、スオミは右手を上げ、薬指に光る指輪をみつけた。

     “MY DEAR PARTNER.”

    ――そう呼んでくれたからには、応える義務がある。

     スオミは努めて声を張って、応えた。

    「大丈夫ですよ。指揮官――作戦指示を受諾しました」

     雪の妖精は、双眸に熱意の光を灯して言葉を添えた。

    「わたしたちにおまかせください。期待以上の成果を持ち帰ってきます」

     


     

    「それで? 余計な仕事引き受けて、わざわざガラクタを確かめに来たわけ?」

     第一部隊で前衛を担うヴィーフリが不満げに声をあげた。

     地面に転がる残骸に向けて装備の短機関銃を油断なく突きつけながらも、彼女はせわしくなく自慢の長い三つ編みをいらっている。

    「そんなことを言うものではありませんよ、ヴィーフリ。ご主人様の命令ならわたしたちが従うのは道理。隊長としてのスオミの判断は間違っていません」

     不平たらたらのヴィーフリを、メイド姿の戦術人形がたしなめた。装備のアサルトライフルからG36と呼ばれる彼女は、いまは銃を肩に背負い、代わりに計測器を地面に転がる鉄の骸につないでいた。

    「……やはり電力が切れていますね。目的地へ向かって歩いていく途中で力尽きて、というところでしょうか。友軍と合流するつもりだったとしたら不自然な行動とも思えませんが――ただ、向かっていた先があそこだとすると奇妙に思えます」

     G36は鉄血の人形の足跡を見やり、次いで反対側に目を向けた。

     靄がかかってはっきりとは見えないが、遠景に指揮官の言っていた施設が見える。

    「整備所か倉庫でしょうか――ただ、鉄血の拠点とはタイプが違うようですね」

    「ねえ……あの中に鉄血の人形がうじゃうじゃとか、イヤだよ、アタシ」

    「どうです、スオミ? なにか伺えますか?」

     G36は立ち上がると、双眼鏡ごしに施設の様子を伺う少女に声をかけた。

    「――施設はたぶん軍のものですね。でも、いまのものじゃないです。大戦時に廃棄されたものでしょう。おそらく。鉄血は……いないこともないんですが」

    「いないこともないって、なにそれ?」

     ヴィーフリが不審そうに問うと、スオミは双眼鏡をさげた。

     地面に転がる鉄血の人形、その残骸を見下ろしながら神妙な口調で言う。

    「全部、これと同じ、機能を停止しているらしいものばかりなんですよ。整備所にしては不自然です。たとえるなら廃棄場というか、あるいは……」

    「……墓地?」

     G36が眉を吊り上げながら発した言葉に、スオミはこくりとうなずいた。

    「そう呼んでさしつかえないとしたら」

    「……いささか詩的にすぎますね。鉄血が自分たちの墓を持つはずがありません」

    「詩的じゃないよ、ホラーじゃん! やだなあ、あそこ行くの?」

    「行くとしても、ドローンから投下された補給物資で〔腹ごしらえ〕してから、です」

     スオミはそう宣言すると、地面に転がる骸をじっと見つめた。

    「やっぱり、あのマンティコアと同じなの……?」

     動力コアが撃ち抜かれている、本来なら動くはずのない鉄血の人形。

     不自然に折り曲げた背中には、鉄血の小型戦闘機械――虫にもハイエナにもたとえられるダイナゲートが一匹、まるで羽化を待つ蝉のようにしがみついていた。

     


     

    「ピクニックにしては、目的地の景観がよろしくないですね」

     加熱用のトーチに火を入れながらコンテンダーが言うと、部隊の皆に補給を配っていたFALが肩をすくめてみせた。

    「一応、作戦行動中だもの。ピクニックのたとえはないんじゃないの?」

    「はは、たしかに。ですが、こうしてトーチを囲んで〔食事〕をする以上、少しは風情など感じたいところですから」

    「……コンテンダーさんは肝が据わってますね」

     二人の会話にスオミがため息交じりにつぶやくと、

    「こんな時ぐらい、軽口のひとつもいいでしょう」

     当の拳銃使いは、ふっとウィンクしてみせる。中性的で端正な顔立ちのことだから、そんな気障な仕草も妙に決まってみえるのが、スオミにとっては少し羨ましい――人形のパーソナリティはそれぞれだとはいえ、自分は妙に生真面目で気難しい。そして、そのことに無自覚でも無反省でもいられるほど、スオミは察しが悪いわけでもなかった。

    (われながら、難儀なパーソナリティですね……本当に)

     第一部隊は、くだんの鉄血の骸が岩場の影になって見えない場所まで移動してから、小休止と補給をとることにした。第一目標はクリアしたものの、見つけたのがスクラップ同然のガラクタでは満足な収穫とはいえない。例の鉄血の人形が向かっていたとおぼしき施設へ接近し、できれば内部を探索する――そのためにも、継続稼働に必要な電力と弾薬は補給しておく必要があった。そして、補給物資の中には、グリフィンの戦術人形には欠かせない、ちょっとした食事も含まれていたのだ。

     戦術人形の補給は、本来、弾薬と電気で十分なのだが、あわせて人と同じような食事を摂ることもある。栄養として必要かと言われれば、内部で分解されて表面を覆う疑似生体の維持に回される程度でしかないが――人を模して作られ、人と同じようにふるまうことを求められるメンタルモデルには、こうした〔無駄な手間〕は必要なものだった。

     


     

     スオミは、トーチを囲むメンバーを見渡した。

     こまっしゃくれた顔立ちで口を開けば生意気が飛びだす、ヴィーフリ。

     美しいというより格好良さが際立つ一撃必中の拳銃使い、コンテンダ―。

     メイド姿が板についていてどんな時も慇懃さを忘れない、G36。

     そして服は煽情的ながらも親しみやすいお姉さん気質の、FAL。

     それぞれが手にたずさえ、あるいは身体から離そうとしない、名前と同じ銃器の存在を除けば、街中のカフェの方がよほど似合いそう一行だが――このちぐはぐさ、よく言えば多様性こそ、グリフィンという民間軍事会社に属する戦術人形の特長なのだった。

    「あーっ、アレが見えないだけでだいぶスッキリするわね!」

     せいせいした口調でヴィーフリが言う。補充用のバッテリーを腹部に接続しながら、手には淹れたてのスープが入ったマグカップを持っている。カップから一口すすると、彼女は感嘆きわまる様子で喜びの声をあげた。

    屈託のない笑みに、心なしか、部隊の皆の表情もほぐれたようだった。

    「せっかくの小休止だから、明るい話がしたいわねえ」

     FALがそうつぶやくと、ヴィーフリがにたっと笑って訊ねた。

    「じゃあ言い出しっぺから何か話してよ? 何かないの?」

    「えー。何がいいかしらねえ」

     頬に人差し指を添えながら視線をさまよわせるFAL。なにか笑い話のたぐいでもないのか記憶領域をサーチしているのだろう。そんな彼女を、スオミはもじもじしながら見つめていた。ふっとサーチを中断して、FALがスオミに向かって首をかしげてみせる。

    「どうしたのよ?」

    「あの……できればFALに訊きたいことがあって」

    「どんなこと?」

    「指揮官から通信が入る前に言いかけた――その、FALはちゃんと指揮官にかまってもらう時間をもらっている、っていう……」

     スオミが言うや、残る三人がハッとした顔でスオミを見たかと思うと、ついで一斉にがばっとFALに顔を向けた。スオミも加わって詮索のまなざしが四対、FALの顔をスキャンするかのようである。

    「な、なによ、その興味津々な目は! 話すから、はい、話すから――」

     慌てた様子でFALがそういうと、ひとつ軽く咳ばらいをして、そっと手を伸ばした。

     プライベートデータリンクの要請。ほかの四人がそれぞれ手を伸ばしてFALの手に触れると〔内緒モード〕の通信でいくつもの画像が送られてきた。

    「服屋さん……ですか、ここ?」

    「えっ、アンタ知らないんだ? 街で結構有名なショップじゃないの」

    「お似合いですね、お二人とも。特に指揮官にはびっくりですよ」

    「――驚きました。ご主人様は磨けば光ると思っていましたが」

     口々にあがるかしましい声に、FALが自慢げに言ってみせる。

    「ふふふ、わたしのコーディネートはどうよ?」

     画像は、FALと指揮官のツーショットの自撮り写真だった。

     フェミニンな服からガーリーなものまで、様々な姿で二人は「決めて」いる。

     FALがモデルも務まるぐらいスタイルも顔もいい美人なのに対し、指揮官はスレンダーで美人というにはやや癖のある顔つきだったが――おそらくはFALの見立てなのだろう、女性らしいファッションに身を包んだ人形たちの上官はなかなかの麗人に化けていて、隣に立つFALと張り合えるほどだった。

    「指揮官ったら、ワードローブにあきれるほど私服がなくてね。それでデート代わりに一緒にショップを回って服を見てあげようと思って。いざ繰り出すと指揮官もなかなかセンスがいいし、最近はむしろあの人からわたしにチョイスしてくれるぐらいなのよね」

    「……つまり、お買い物デート、と」

     スオミが若干低くなった声で言うと、FALは特上の笑みでうなずいた。

    「ふふっ、オフの日はいつも出かけてるわよ」

    「……そうですか……」

     それを聞いたスオミの声がさらに低くなったが、FALは笑みをうかべたままである。

     と、そこへG36が声をあげた。

    「あら――ここは食器店ですわね」

    「そうよ。いつもそこに立ち寄るわね、指揮官」

    「なるほど……ご主人様がティーカップをどこで調達するか、いつも謎でしたが。こういうところで探しておいでだったのですね」

    「いつも? いつもってどういうことですか?」

     スオミが目を丸くして訊ねると、G36が軽く咳払いした。

    「これは、わたしの順番ということでございましょうか――皆様、こちらを」

     そう言ってG36が手をさしのべる。メンバーそれぞれが触れると、同じくプライベートデータリンクでいくつもの画像が共有される。

    「……えっ、どこなんですか。このおしゃれで品のある家具と内装は」

    「あっ、ここにある番号、予備宿舎のひとつじゃん!」

    「これは……見事なアフタヌーンティーセット一式ですね」

    「えっ、テーブルに指揮官はいるとして、あなたはどこにいるのよ」

     FALの疑問に、G36はうなずいて――口元に軽く笑みを浮かべつつ、言った、

    「それはもちろん――メイドとして本分を発揮しています。五枚目のこちら。指揮官が撮ってくださったものです」

     G36に言われて、その場の皆がくだんの画像を見た。

     優雅と上品が形となって表れたかのような仕草で、一人のメイドが紅茶をカップに注いでいる姿だった。穏やかで優しい眼差しは注ぐ紅茶にむけられつつ、ちらと撮影者を伺っていることが見てとれた――かすかな目配りに込められた色気は、たおやかな芳香さえ感じさせる。

    「……G36がこんな優しい顔をするなんて……」

     スオミがぷるぷる身を震わせながら言うのに、G36は軽くかぶりを振った。

    「わたしがこんな表情を見せるのは、ご主人様がもっと優しい表情をくださるからですよ。わたしはたしかにメイドですが、仕えるに足ると思う人にしか、この身を捧げたくはないですから」

    「でもこれだと、あなたはお茶を注いでばかりなの?」

    「いえ、ご主人様がお茶を一杯召し上がったあとはご相伴にあずかっています。私がティーセレモニーのスキルをお持ちだと知った後に、それならオフの日に一緒にお茶をしようとおっしゃってくださいまして」

    「……なによ、その一緒にお茶を飲んでる画像はないわけ?」

    「わたしにも慎みがございます。さすがにそれは内緒の内緒ですよ」

     G36が人差し指を立てて唇に当てながら、ふわと目を開けた。

     いつもの険のあるまなざしが消え失せ、優雅なレディのまなざしが現れる。

     そんな彼女にスオミは、何か言いたげにもじもじしていたが。

    「ふむ……お時間をいただいていたのは、わたしだけではなかったのですね」

     さらっとコンテンダーが口にした一言に、スオミがぽかんと口を開けた。

     何も言い出せないでいる少女に代わって問いただしたのはヴィーフリである。

    「えっ、なに、アンタも指揮官に何かしてもらっているの?」

     ヴィーフリの言葉に、今度は尋問めいた視線がコンテンダーに注がれる。

     見つめられた当人は端正な顔に苦笑いを浮かべながら、

    「お二人ほど華やかなものではありませんよ――記録なら、こちらに」

     コンテンダーが手を伸ばすや、他の四人がすばやくタッチしていく。コンマ秒の速さで共有された画像を見るや、他のメンバーからあがった声は、やや当惑気味だった。

    「これって射撃訓練場ですよね? あなたも指揮官も普段通りの格好ですし」

    「あっ、でもコンテンダーが持ってる銃、いつもと違うじゃない!」

    「ご主人様も同じモデルをお持ちですね」

    「……ひょっとしてスコアを競い合っていたの? 二人で?」

     FALの問いに、コンテンダ―は大きくうなずいた。

    「ええ、『ともに親しく、ともに競いつつ』ですよ。まあ、わたしの射撃プログラムの調整につきあっていただいているだけですが」

     おそらくは監視カメラの画像をあとで取り込んだものだろう。射撃訓練にいそしむ二人の姿が映っていた。指揮官が前線に出るなどまずないので、彼女が銃を撃つ様子など普段は見られないものだったが――モデル顔負けに決まっているコンテンダーに対して、なかなかどうして。指揮官の構えも堂に入ったものだった。

    「……で、でも、戦術人形と人間が競い合っても結果はわかっているのに……」

     スオミが――なぜかわなわなと肩を震わせながら――発した問いに、

    「いえいえ、それがそうでもないのですよ」

     コンテンダーはあっさりと否定してみせた。

    「いつもの銃みたいに〔烙印〕システムでリンケージされてはいませんからね。その点では民生用人形と人間の競いあいです。経験が豊富なぶん、わたしが有利ですが――普通の撃ち合いならまだしも、早撃ちとか跳弾前提とかちょっと変わり種になると、油断したら指揮官にスコアをもっていかれます」

    「……搦め手になると強いのはご主人様らしいですね」

    「あの人の十八番だもの。まさか射撃までそうだと思わなかったけど」

    「ふーん、コンテンダーも指揮官もいい顔してるじゃないの――ふうん」

     ヴィーフリが半分羨ましそうに、半分納得した様子で言う。

     そんな彼女の様子に、スオミがぎこちなく顔を向け、おそるおそる聞いた。

    「えっと、ヴィーフリ? なんだか落ち着いていますね」

    「だってねえ、わたしはねえ――んふふふ」

     問われたヴィーフリは含み笑いをしてみせると、他の三人のように手を差し出したりはしなかった。代わりに自慢の長い三つ編みを優しく撫でながら、さえずるように歌いだす。

    「……あ、言わないつもりだわ、この子」

    「まあ、わたしは存じあげていますけれど」

    「ふふっ、秘め事にしたい人もそりゃいますよね」

     お姉さん役三人がくすくすと笑ってみせるのと対照的に。

     スオミは膝を抱えて、そこに顔をうずめていた――目だけは仲間たちをじいっと見ていたのだが。あきらかに羨望と嫉妬のまなざしである。

    アイスブルーの瞳が炎を宿してメラメラ燃え盛っているようであった。

    「ちょっと――怖いわよ、スオミ。どうしたのよ、いったい」

    「わたしだけ……ないんです」

    「えっ?」

    「わたしだけ、こんなふうに優しく構ってもらっていないんです! いつもいつも指揮官は変なちょっかいばかりかけてきて、これじゃわたしだけ全然だいじにされていないじゃないですかあ!」

     座ったまま、ばたばたと地団太を踏んで声をあげるスオミ。

    「ちょっと、そんな騒いじゃダメだってば!」

     FALがあわててなだめる。ヴィーフリはますます上機嫌で歌をさえずった。

     


     

     スオミがだだをこねている、そのかたわら。

     G36とコンテンダーが顔を見合わせて、ひそひそと話したかと思いきや、

    「ねえ、皆さん。画像についている日時データをよくご覧いただけますか?」

    「特に日付です。一目瞭然だと思いますが――ほら、隊長もご確認を」

     促されて、部隊の他のメンバーは共有された画像をそれぞれチェックした。

     ほんの一瞬の後、

    「ああ――ッ?」

     FALも、ヴィーフリも、半分涙目だったスオミもぽかんと口を開けている。

     G36がじとりとした目つきになって、ふんと息をついた。

    「FALの話で、もしかしたらと思ったのですけれど――これ、同じ日ではなくて?」

    「うまくかぶらないようにタイムシェアしてますね……プロットすると、ほら」

     コンテンダーが携帯端末で即席のスケジュール表を映してみせる。

     FALとのデート時間、G36とのティータイム、コンテンダーとの射撃訓練。色分けされたグラフが綺麗に並んでいる。ヴィーフリが目をぱちくりしながら、朝の空白タイムをじいっと見つめているのは、つまりそういうことなのだろう。

    「すごいプレイガールぶりね……さっすが指揮官だわ」

    「ご主人様に五股されていると知って、納得感があるのも大概ですけれど」

    「ははは、それだけぞっこんということですかね、わたし達……」

    「指揮官ってば、器用よねえ――ってどしたのよ、アンタ」

     ヴィーフリがつつくと、端末の画面に表示された色分けを恨みがましそうに見つめながら、スオミがまたもや涙を目に浮かべてうるうるしていた。

    「わたしだけ……わたしだけ構われていません……」

     消え入りそうなスオミの言葉を聞いて、ヴィーフリが怪訝そうに眉をしかめた。

    「何言ってんのよ。この日付ならアンタ、朝からご機嫌だったじゃない」

    「そうよ。指揮官のオフの日に夜から時間を取れた、って」

    「ええ。隊長のお気に入りのコンサートにお出かけだったはずですよ」

    「というか……そもそもご主人様がこの日をオフにされたのは、スオミがチケットを予約してしまったので、合わせてくださったはずですよ」

     メンバーが口々に言うのに、スオミは目をぱちくりとさせた。

     指で涙をぬぐうと視線をふと宙にさまよわせる。

     記憶領域から行動ログと記録画像をロードしつつ、

    「たしかに街へ出かけた記録があって――指揮官の車に載せてもらって……あれ、でも記憶領域のアーカイブにロックしてある……どうして…………ぅあッ?」

     つぶやきながら記憶領域のロードをしていたスオミは、途端に頓狂な声をあげた。

     不思議そうに自分を見ている視線を感じて、少女はたちまち顔を赤くした。

    「あっ、はい、うん、行きました。たしかに行きました、はい、いいでしょう」

     頬を赤らめたまま、両手をぶんぶん振るスオミ。

     彼女に向けられる気遣いの視線が、途端に好奇と不審のそれに変じた。

    「観念して白状なさい、スオミ」

     真っ先に行動したのはG36だった。険のある目つきがさらに鋭くなっている。ぐいと身を乗り出すとスオミの手を取って握った――プライベートデータリンクの要請。

     つづいてほかのメンバーも次々とスオミの手を取った。

     四人分のアクセス要請に少女は、ぶんぶんとかぶりを振っていたが、

    「――あの、どうしてもなら〔鍵開けツール〕もありますが」

     本来、非常時用の強制アクセスコードの存在をコンテンダーが口にするや、スオミはしぼむかのように「くぅぅぅぅ」と泣き声かため息か判然としない音を口から漏らしながらアクセス要請に応じた。

     おそらくはアーカイブに閉じ込めていたであろう、スオミの視覚素子が捉えていた指揮官のあれやこれや。それが人形たちの認識領域にぶちまけられると、

    「……あー……」

     異口同音に、あきれと羨望と納得と「お気の毒さま」が錬成された声があがった。

     行きの車内で。コンサート会場で。帰りしなのダイナーで。また帰りの車中で。

     あるいは腕組みを求め。あるいはハグをねだり。あるいはキスを迫り。

     お気に入りの妖精さんにさんざんスキンシップとボディタッチを試みる指揮官の姿が、これでもかと山盛りだった。むろん、どれもすごく活きのいい笑顔である。

     目つきがいささかアブナイので、どちらかというとデビルスマイルなのだが。

    「――ホテルの写真がありませんね」

     あっても不思議でないと言いたげなコンテンダーに、

    「そんなのありません! そこまで許していません!」

     スオミがむきになって声をあげた。そこへヴィーフリが口をとがらせながら、

    「やっぱりいいわね、アンタはこんなに構ってもらってさ」

    「あんなタコの触手がからみついてくるようなモーション、イヤです!」

     別の意味で涙が浮かんできたスオミに、今度はコンテンダーが、

    「でもアーカイブにロックしておいたのはそれだけ嬉しかったのでしょう?」

    「違いますよ! 恥ずかしかったから、思い出したくなかっただけです!」

     答えつつも、スオミは頭を抱えて、やんやんやんとかぶりを振った。

     そんな少女の様子を見ながら、FALがどこか醒めた口調で言った。

    「まーあ……でもスオミったら、むっつりさんだもの」

    「そんなんじゃないですッ!」

    「あら、じゃあ、指輪を見つめて物思いなんてしてたのはなぜなのかしらん」

     からかう調子の指摘に、スオミがうぐっと言葉を詰まらせる。

     周りのメンバーが「おおーっ」と納得したような声をあげた。

     雪の妖精の白皙の顔が、いまや紅潮して噴火寸前である。

     かたや、この一連の会話――という名の「スオミいじり」から少し距離を置いていた人形がいた。G36である。

    彼女は無言で画像ファイルの数々をサーチしていたが、ややあって言った。

    「……これ、隠し画像がついていますわよ」

     とんでもない爆弾発言に、スオミはもちろん他のメンバーも目をぱちくりとさせた。

    「それって――それって、ヴィーフリに見せて大丈夫なんでしょうね?」

     念押ししながらも何かの期待を隠しきれない様子でFALが訊ねる。

     G36は軽くかぶりを振って、答えた。

    「ご想像の色をしたものではありませんよ」

    「なあんだ」

    「誰かが――まあ、本来はスオミを想定していたのでしょうが――この時のコンサートの時の画像を全検索して、符号を合わせていくと……ほら、展開しました」

     どうぞ、と言わんばかりに、G36が手を差し伸べる。

     部隊のメンバーが興味津々で手に触れてアクセスしていく中――スオミは慌てて自分の認識領域で画像メモリを展開し、G36の言った「パズル」を解きにかかった。

     やがて。

    「あら……これはこれは」

    「スオミの視覚じゃないわよね、これ」

    「だとすると、この画像の撮影者は一人しかいませんよね」

    「ご主人様でしょうね、間違いなく」

     ひと足先に秘匿画像を確認した彼女たちは口々に言うと、そろって同じ動作をした。

    「……な、なんでわたしを見るんですか、皆さん……」

     パズルの解読処理をしながら、慄きつつスオミが問うと、

    「いいからいいから。大丈夫、心配するものは映っていないわよ」

     FALがにっこりと笑んで答えた。

     スオミが不思議そうに眉をひそめた直後、彼女の認識領域でも画像が展開された。

     はたしてそこに映っていたのは――

     行きの車中、コンサート会場が見えてきて、目を輝かせるスオミの横顔。

     ヘヴィメタルの音の洪水に、興奮を隠せないスオミが跳び跳ねる様子。

     すげなくあしらったはずの指揮官を、自分から腕を抱き寄せるスオミの笑顔。

     帰りに寄ったダイナーで食事もそこそこに、感想を話すスオミの熱を帯びた頬。

     そして、帰りの車中でいつの間にか寝入ったらしいスオミが頭を預ける様子。

     ――そして、それらの画像をチェックし終えるや、さらに仕込んでおいたらしい音声メッセージが再生された。

     

    『ンンン! 今夜のスオミちゃん、とっても輝いていた! 私も存分にちょっかい出せたし、スオミちゃんが機嫌を損ねても、すぐコンサートに夢中になるから、いろいろはかどったしネ! きみによし、私によし、つまりすべてよし! 今度またコンサート行こう! あ、ホテルでお泊りも私はオッケーオッケーだから、ウン!』

     

     とんでもなく朗らかで能天気なボイスがスオミの頭いっぱいに響いた。

    「あ、あ……あの人はいつの間にこんな仕込みを――」

     スオミは頭を抱えながらうめいたが、はっと我に返って顔をあげた。

     仲間たちが妙に生あたたかい視線で自分をじっと見つめている。

     きょとんとするスオミに、彼女たちは口々に言った。

    「美味しいスイーツ、ごちそうさま」

    「さしずめ『人生は愛という蜜をもつ花である』というところでしょうか」

    「ご主人様から素敵なプレゼント、いいですわね……本当に」

    「やっぱり、スオミが一番構ってもらっているじゃないの。ちえっ」

     スオミは口をぱくぱくさせた。

     何か言おうとして、黙りこくり、頬を赤らめ――何かを確かめるか味わうかのごとく口をもごもごさせると……すうっと大きく深呼吸した。

     にやにや笑いの仲間たちに彼女がようやく言えたのは、

    「機密事項ですからね! 部隊内機密! 休憩すんだら出発準備!」

     顔を真っ赤にしながらの言葉に、はいはいと応えてみせる仲間たち。

     スオミはそれ以上何も言えず、ひゅーひゅーと唇を鳴らしながら息を整えた。

     感情パラメータが跳ねて跳ねて仕方ない。

     そして、それ以上に――

     思わずゆるんでしまう表情をこらえるのに、スオミは必死であった。

     

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