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2020.03.20 Friday

スオミさんはお困りです ep.3 後編

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    引き続きTicoさんです。

    なんてこったい、ブログの文字数制限にひっかかるとは。

    文字数の関係上、前後編にわけることになりました。

    というわけでこちらは「スオミはさんお困りです ep3 後編」になります。

     

    前半部分がまだな方はこちらのリンクからどうぞ。

     

     

    (後編本文は折り返し〜)


     

     凪いだ湖面のように静かな、しかし凛とした表情でスオミは壁に背を付けた。

     銃のセーフティを解除して、いつでも撃てる態勢のまま――空いたもう片方の手で携行プローブを敷地内に壁の端から敷地内へと滑り込ませた。

     戦術データリンクで、プローブの情報は皆にも伝わっているはずだが、

    「――動体反応なし。熱源なし。電磁波探知なし。不審埋設物の予測確率五パーセント未満。敵性予測はグリーン……大丈夫みたいだけど、みんな、気を引き締めて」

     隊長らしくテキパキと指示を出したものの、返ってきたのは、

    「いま一番気を引き締めなきゃいけないのはスオミだと思うなー」

     面白くないといった口調のヴィーフリの声だった。

     スオミがじろりとにらみつけると、こまっしゃくれた少女はにかっと笑んで、

    「さっきからアンタ、妙にお肌つやつやよ?」

    「〜〜〜〜ッ、い、行きますよッ!」

     スオミは言い返せずに、号令をかけた。

     実際、ついさっきまでは、ついつい感情パラメータが跳ねがちだった。

     外壁とはいえ、建物の一部に触れてからようやく足取りが落ち着いたのは確かだった。緊張感を取り戻せたときにスオミがふうと息をついた時、後衛として続いていたFALたちが大きくため息をついたのも、たぶんそのあたりが心配だったのだろう。

    (いけません、いけません……任務へと思考ロジックを切り替えるんです)

     自分に言い聞かせながら、スオミは感情パラメータにリミッターをかけた。

     銃を構えたまま敷地内へ侵入する。

     視界に入ってきたのは、なんともいいようのない光景だった。

     山高く積まれた鉄血の人形の残骸。

     再生用に使うには管理が杜撰すぎ、弔うにしては敬意の足りない有様だった。

    「とりあえず集めておいた――そんな感じですね」

     G36が不機嫌そうに口にすると、

    「末端の戦術人形の扱いなんて、鉄血ならこんなものだと思うけれど」

     FALが油断なく狙いながらも、銃で残骸の山を示してみせる。

    「ですが、それなら野ざらしにしている方が、彼女たちらしいですけどね」

     コンテンダーがそう続けながら、携帯端末を操作していた。

    上空の戦術指揮支援ドローンへデータを送っているのだ。

    「やはり推奨行動は、建物内部の探索ですね……どうします?」

     コンテンダーに促されて、スオミは改めて周囲を見渡した。

     駐車場にも見えるスペースのそこかしこに積まれた鉄血の人形の残骸。

     鈍色と錆色の山々の奥地にそびえる、黒々とそびえたつ建物。

     倉庫か、あるいは整備工場か――三階建てで決して背の高くないはずのそれは、色合いと壁面の材質があいまって、異様な威圧感があった。

     いやな予感がする、とスオミは思った。

     可能なら指揮官と連絡が取りたい。いや、なんとしてもそうすべきだろう。

     だが、先ほどから砂塵の影響で無線がかく乱されて回線はノイズで満ちている。

     ならば、この場で判断を下せるのはスオミだけだ。

     それが前もって与えられた指示の再確認だったとしても、だ。

     ……ただし、スオミは保険をかけておくことを忘れておかなかった。

    「戦術支援ドローンは上空で待機。帰還用ヘリコプターの要請を継続発信」

     そう言って、スオミは銃を構え直し、落ち着き払ってつづけた。

    「内部の調査をしましょう。G36、ヴィーフリ、コンテンダ―は建物の外で警戒待機。内部にはわたしとFALで入ります――分隊指揮をG36に、お願い」

    「かしこまりました」

     G36が簡潔に応えて、素早く見回すと、ハンドサインで指示を出す。

     コンテンダーとヴィーフリが、いつもの訓練通りに遮蔽物にできそうな物を盾にして、またたく間に配置についた。それを確認して、G36もおもむろにポジションにつくや、親指を立てて軽く振った――まかせておけ、ということだ。

    「助かります――それじゃ、行きましょうか」

    「はいはい、あなたのお供はいつものことよね」

     仕方がないといった調子で言うと、FALがスオミの後に続いた。

     


     

     建物の中は――驚くことに灯りがついていた。

     ただし、赤っぽい色をした非常灯だ。メインの電源は切れているらしく、通路の途中の扉は無理やり引き開けねばならなかった。とはいえ、その扉も半開きのまま放置され、それほど苦労したわけではないが。

     煤か塵か油か――黒く薄汚れた通路を二人は進んでいった。

     しばらくは無言であった。

     二人が銃を構える音が、二人が歩みを進める足音が、妙に響く。

    「どんどん奥に進んでいるわね……」

    「たぶん奥だろうという方へ進んでますから」

     沈黙が堪えがたくなったのか、ささやき声で訊いてきたFALに、スオミが応えた。

    「パッシブセンサーには反応ありませんが、それだけにアナログなブービートラップがあってもおかしくないかもしれません。気をつけて」

    「というか、これゴーストとかミュータントが出る流れじゃない?」

    「崩壊液汚染された化け物なら、とっくに正規軍がここを爆破していますよ」

     スオミは答えつつ、万が一の可能性として思考回路にアラートを留めておいた。グリフィンとは比較にならない強武装の正規軍がようやく相手にできるという〔ELID〕が相手だった場合、即座に退散を考えた方がいいだろう。

     ――と、二人はひときわ大きな扉に突き当たった。

     完全には閉じていない。戦術人形なら通り抜けられる程度の隙間だ。

     スオミは隙間からプローブを放り込む。

     ややあって返ってきた反応に、スオミは緊張の面持ちで言った。

    「かなり広い空間ですね――ただし、床一面に何か置かれています。動体反応も熱源もありませんが、微弱ながら電磁波を検出。ただし、あちこちから出ています」

    「つまり……?」

    「何かの機器が複数置かれていて、スリープ状態に近いのではないかと」

    「それって……つまり、なんなのよ」

    「入って確かめるしかないでしょう。わたしがポイントマンです」

    「危なかったら悲鳴をあげてちょうだい、あなたをかかえて外へ出るわ」

     FALが軽くウィンクしてみせるのに、スオミも努めて軽口で答えた。

    「自分の足で走れるように気をつけます」

     スオミは扉の隙間に身体をすべりこませた。

     ほんの刹那、視界が扉の断面で塞がれる。

    (次に視界が開けた時にどんな光景が見えるのやら……)

     感情パラメータが、ネガティブな方向へひとつ跳ねるのをスオミは感じた。

     


     

     少女が目にしたものは……いわく言い難い、異様なものだった。

    「スオミ、どう? 生きてる?」

    「……生きてますよ。入ってきて。あなたの意見がほしいです」

     言いながら、スオミは自分の声があるいは震えていないかといぶかしんだ。

    「意見? 意見っていったいなにがあるって――うわあ、なによこれ」

     扉をくぐってきたFALが顔をしかめながら、あたりを見回した。

     元はなんらかのメンテナンスルームだったのだろう、かなり広い部屋だった。

     部屋の隅にははしごが設けられ、上へと続いている。

     通路などの配置からみて、屋上へ続いているのかもしれない。

     それよりも目を引くのは、〔広間〕の床一面に配置されたオブジェ群であった。

     血の色を思わせる赤い非常灯に照らされて、鉄血の人形の頭部がごろごろと転がっている。ところどころ不格好な機器が混じるのは、おそらく機械兵器のパーツだと思われた。そしてそれらを接続するように、いくつものケーブルがうねっていて、床に文様を描いていた。外周は不格好な円で。内周は直線を組み合わせた歪な星型で。そしてケーブルの文様の中心には、人形用のメンテナンスベッドが置かれていた。ベッドの上は端子がむき出しのままのケーブルが、その末端でだらしなくとぐろを巻いている。ベッドの上には誰もいない。だが、何が、誰が載せられるのかを考えると、感情パラメータがネガティブに振れて思考パルスを妨げるほどだった。

     そして、ベッドを見下ろすように少し高い台の上にしつらえられた、拘束椅子。

     そこには、人形らしきものがしばりつけられていた。人形――鉄血のものではない、グリフィンの戦術人形らしきことは、身に着けている衣装から察せられた。だが、無事な様子にはとうてい思えなかった。その人形の頭部の上半分、ちょうど口から上はみっしりとケーブルが幾重にも突き立てられている。その処置がおそらく粗雑なものだったことは、溢れてべっとりと衣服に張り付き、血糊のように黒く変色した循環液の様子から明らかだった。人形の口は開けられていた。悲鳴をあげたのだろうか、それとも機械的な反射だったのだろうか――彼女へ行われた〔処置〕が「生きている」間に行われたのか、「死んでから」行われたのかは定かではないが、拘束具の食い込み具合からみると、どうも嫌な予測演算しか出てこないように思われた。

    「……スオミ……」

    「なんでしょう」

     問うFALの声も、答えるスオミの声も、どちらもこわばっていた。

    「可能なら、わたし、いますぐここを吹き飛ばして、見なかったことにしたい」

    「……指揮官に通信が通じたら、爆破を進言してみます。でも――」

     スオミはキッと眉をひそめると、静かに拘束椅子のほうに近寄った。

    「ちょ、何してんの、スオミ!?」

    「――助けられないなら、それなりに認識情報を持ち帰る必要があります。どこの誰かはわかりませんけれど、彼女にも帰りを待っている人がいるかもしれない」

     そういって、スオミが台に足をかけ、拘束椅子の人形に、右の手でそっと触れた、

     その時。

     バチっと白い火花が散って、床のオブジェ群がうなりはじめた。

     それぞれにてんでばらばらに灯りをともし、ちかちかと明滅を始める。

    「スオミ、さがったほうがいい、スオミ!」

     FALが切羽詰まった声で叫ぶ。

    (……せめてドッグタグだけでも――)

     スオミがそう思った矢先、ガクン、と椅子の人形が頭を揺らした。

     目を見張る少女の前で、頭に無数のケーブルを生やした人形が、カタカタと頭を震わせる。やがて、自由なままの顎をかちかちと噛み鳴らしながら、

    「……ァァァァァアアアア! アアアアアアァァァァ!!」

     金切り声で叫び始めた。スオミがはっと我に返り、短機関銃の狙いをつける。

    人形はきしんだ声で言葉を発した。

    「イヤダイヤダイヤダァ――ヤメテヤメテヤメテ――マッテルノニ、アノヒトガマッテルノニ……イヤイヤイヤイヤ――ワタシノナカカラアノヒトヲウバイトラナイデェ……」

     彼女の叫んでいる内容に、スオミは思わず呆然としてしまった。

     床に置かれている鉄血のパーツが明滅し、モニターに電光が散り、

     哀れな人形が無念の叫びを紡ぎ続け、そして――

    「スオミ、さがって! “BACK OFF!”」

     FALから発せられた、強制認識の指示ワード。

    スオミの躯体が反射的に飛び下がると、FALがアサルトライフルの斉射を拘束椅子の人形に浴びせた。

     銃弾でケーブルがはじけとび、被弾の衝撃が椅子ごと人形をなぎ倒した。

    「ア……ア……アァ――」

     ため息のような声を発しながら、倒れた拘束椅子の上から人形の残骸がずるりと滑り落ちた。そのまま動きを止めたかと思いきや、それまでが嘘であったかのように、電光も光の明滅も機器のうなりも消え失せ、しんと静まり返った空間が戻ってきた。

    「FAL……」

     爆風に虚をつかれて、ぺたんと座り込んだスオミに、FALが駆け寄ってきた。

     彼女は、涙をうかべながら少女をにらみつけると、襟首をつかんで無理やり立たせた。思わずスオミがぎゅっと目を閉じると、張り手打ちが跳んでくるわけではなく、代わりにFALが折れんばかりに少女を抱きしめてきた。

     震える声で、彼女は怒鳴った。

    「まったくもう! あなたはいつもそう! 変なところで真面目にふるまおうとして! あんな薄気味悪いの、見なかったことにすればいいじゃない! いっつも無茶するあなたをわたしがフォローして余計な苦労するんだから! ほんとに、ほんとにもう――」

     まくしたてるFALの目から涙が――人形の視覚素子を守る保護液にすぎないが、仲間を案じて流すものなら、それは乙女の涙にほかならない――いくつも流れ、スオミの服をじっとりと濡らした。

    「ごめんなさい、FAL。大丈夫ですから、ほら、大丈夫……」

     そう言って、スオミがFALの背中をぽんとたたいた直後だった。

     耳の奥でコール音が鳴り響く。

     G36からの呼び出し、同時に戦術データリンク要請。

     それが意味するところは明らかだった。

    「――状況を」

    『敵性レッド。種別はダイナゲート。脅威度は極めて大――大群です』

    「猶予は」

    『ここの門に来るまで五分あるかどうか』

     G36のレポーティングを聞きながら、スオミは広間をさっと見回して、言った。

    「分隊はその場から撤収、屋内へ。広間の梯子と上の通路で阻止線を引きます」

     


     

    「ダイナゲートなら梯子登ってこれないよね? ねえ?」

     ヴィーフリが今にも泣きだしそうな声で銃を広間に向ける。

    「来るのが鉄血の虫どもだけならよろしいのですが……」

    「これ以上何が来るって言うのよ!?」

    「隊長、確認しました。通路の奥は屋上へと通じています。グリフィンのヘリなら上空でホバリングしながら回収も可能かと」

    「ヘリの到着は?」

    「ドローンが座標リンク済み、あと十分!」

     コンテンダーの報告に、スオミはふうと息をついた。

    「ダイナゲート相手に地の利があればなんとかなりそうですね」

    「……スオミ、帰還したら反省会だからね? わかってるわよね?」

     榴弾をセットしながら、FALがじろりとにらんでくる。

     スオミが肩をすくめてみせると、ヴィーフリが目をむいた。

    「えっ、まさか何かやったのアンタ?」

    「関係がない――という割にはタイミングが悪すぎますね」

    「ちょっと、やめてよ、本当に……」

    「お静かに――来たようですよ」

     G36がたしなめる。部隊は一斉に銃を構えた。

     ダイナゲートは四足歩行の機械兵器。梯子は登れないはずだ。

     有効な打撃は与えられなくとも、時間稼ぎに追い散らすことはできる――

     ――だが、来たのは、ダイナゲート「だけ」ではなかった。

     わずかに開いていた扉のへりに、「鉄血の人形の手が」かけられる。

     いくつもいくつも手がかけられ――扉をこじ開けていく。

     一行が目をみはって見つめる先、扉が開くと同時に。

     下水の蓋を開けたようにダイナゲートの群れがなだれこみ、それに混じって、背中にダイナゲートを張り付かせた鉄血の人形――体に錆を浮かせ、スクラップ同然に敷地に積み上げられていたのだろう、それらの骸――が、何体も駆け込んできたのだ。

    「牽制射撃開始! FAL、梯子を爆破して!」

     スオミの号令で、G36とヴィーフリとコンテンダーが射撃を開始する。

     広間にあふれかえる鉄血の虫と骸の軍勢がバタバタと倒れるが、次から次へと押し寄せてくる。ダイナゲートも、人形もどきも、尽きることを知らない。

     爆音と共に爆風が、スオミたちの髪をなぶった。

     FALが梯子を榴弾で爆破したのだ。

     いち早く梯子にとりついていた人形もどきが、ばらばらと落ちる。

     ――だが。

    「なによ、あれ……キモい! きもちわるっ!」

     ヴィーフリが悲鳴を上げた。

     鉄血の人形タイプが、次々と押し寄せて、あるいは台座になり、あるいは支えになり、組体操のように積みあがっていく。人形の骸をくみ上げた奇怪なオブジェが、まるで触手のように、スオミたちがいる屋上付近の通路へ伸びてくる。それをつたって、背中にダイナゲートを張り付かせた人形もどきがよじ登ってくるのだ。

    「遅滞戦闘に移ります! 牽制しつつ、順次後退!」

     スオミが号令を出す。

    「屋上の出入り口を“ホットゲート”にして迎撃!」

     人形たちは、迫りくる異形の軍勢に向かって銃を撃ちつつ、じりじりと退いた。

     


     

     敵の数と、稼ぐべき時間を考えれば、残弾はいかにも心もとない。

     普通の鉄血相手なら、余裕のある時間設定かもしれない。

     だが、この「敵」に限ってはそうはいかないことは明白だった。

     本来なら致命的な弱点になりうる動力コアを撃ち抜いてもなお動く。

     脚をつぶしても、手が残っていれば、這いずって近寄って来るのだ。

     運よく背中のダイナゲートを狙い撃てれば、一撃で動作を止められたが――

     こちらに向かってくる敵の背中を撃つなど、そうたやすくできるものではない。

     やむなく、スオミとヴィーフリ、それにFALが弾幕を張って敵をけん制し、G36が足を狙い撃って転ばせ、コンテンダーがダイナゲートをしとめる戦法になったのだが。

    「キリがないよ、もお!」

     ヴィーフリが憤懣やるかたない様子でマガジンを交換する。

    「これでもう残りストック一本だけ! ヤバいよ!」

    「わたしも心もとないわ……どんだけ来るのよ、あいつら!」

    「これは通常の戦闘手当では割に合いません――ご主人様にお説教ものです」

    「無事に帰れたら皆で談判に行きましょう!」

     弱音を吐く皆に向かって、スオミは大きく声を張り上げた。

    「ええ、五股の件も含めて問い詰めてあげるんですから!」

     少女の言葉に、一同がどっと笑い、士気を取り戻す。

     とはいえ、これでもう何度目の励ましか――スオミはぎりと奥歯を噛んだ。

     そこへ。

     急速に近づいてくる爆音が響き渡った。

     コンテンダーが声をあげる。

    「来ました! 迎えのヘリです!」

     信号弾を彼女が撃ちあげると、ヘリから発光信号が返ってきた。

     〔回収を試みる〕の合図だ。

     ほっとするのもつかの間、スオミは矢継ぎ早に指示を出した――過去に経験した訓練シミュレーターのプロセスと結果を予測演算したものではあったが。

    「回収順はG36、コンテンダー、FAL、ヴィーフリの順! わたしがしんがり!」

     スオミは休みなく鉄血の人形もどきを撃ち倒しながら、声を張り上げた。

    「ヘリに乗った子は順次、屋上に向けて援護です!」

     少女はアイスブルーの瞳に戦意を灯しながら、叫んだ。

    「いいですか? われら、〔指輪の乙女〕!」

     妖精が声を張り上げる。

    これまで危地に遭って、いつもそうしたように。

    「指揮官のもとにあって最精鋭の人形! ゆえに――」

     戦乙女と化した妖精の言葉に、仲間たちの唱和が続いた。

    「――その名に恥じることなし! その誓いに悖ることなし!」

     


     

     一人回収するごとに、十歩下がるようだった。

     屋上に残るはスオミ一人。

    ヘリに上がったメンバーが懸命に援護するものの、やはり頭上からでは手足を狙うのは難しい。スオミの戦いは、もう半ば格闘戦がまじっていた。戦術反応回路のクロックを限界まで上げ、鉄血の人形もどきを蹴り倒すと、背中のダイナゲートを撃ち抜く。服を破かれ、表皮の疑似生体にいくつもの痛々しい引っかき傷を作りながらも、戦乙女は懸命に死の舞踏を舞ってみせた。

    「ロープ、おろすわよ! スオミ、掴んで!」

     FALの言葉とともに、回収用のロープがおろされる。

     スオミはそれをちらと確認すると、逆に敵の群れへ突っ込んだ。

     接敵して、虚をつかれた敵へ、ゼロ距離からの斉射。

     途端に、群がってきていた人形たちがどうと倒れ伏す。

     その間隙を縫って、スオミは飛び立つかの勢いで、後ろに跳びのいた。

     左手でロープのフックを握りしめ、右手は銃を構えたまま。

     それを確認したG36が操縦席へ合図を送る。

     ヘリがスオミをぶらさげたまま、空高く上昇しようとする――だが。

     人形もどきが何体か、身をかがめて這いつくばったかと思いきや、手足をばね代わりにして跳ねてきた。

     数は四体。

     スオミは三体まで撃ち落とし――そこで、マガジンが空になった。

     スオミの銃に、右腕に、すがるように鉄血の人形もどきはしがみつく。

     屋上ではさらなる加勢が手足をたわめている。

     虚ろな視覚素子が、そろってぎょろりとスオミを見据えて――跳んだ。

     一体、さらに一体とスオミにすがりつき、広間でそうしたように自らを巨大な腕としてスオミごとヘリを引きずり降ろそうとしていた。

     躯体の耐久ゲージが悲鳴を上げている――痛覚フィルターを切ってなお、限界を超える力にスオミは激痛をおぼえていた。もう両方の腕が耐えられそうにない。

     否、耐えれば耐えるほどに仲間たちを巻き添えにする可能性が増すのだ。

     ならば――別れの挨拶代わりに微笑もうかと思った矢先。

     FALが少女に向けて、銃を構えながら叫んだ。

    「スオミ――ごめんッ!」

     次の瞬間、アサルトライフルが撃ち放たれた。

     狙いは――スオミの右腕。

     比較的脆い肘の関節への狙撃。命中した複数の弾丸に、限界に近かった少女の腕が耐えられるはずもなかった。

     腕がちぎれ飛び――

     すがっていた鉄血の人形が支えをうしなって、ぼろぼろと崩れ落ちていく。

     重荷のなくなったヘリは急上昇した。

     飛び去って行くヘリを、恨めしそうに人形の骸の群れが見つめている。

     やがて、ロープが引き上げられ、仲間たちが少女をヘリに乗り込ませた。

     機内に収まった瞬間、スオミはFALに抱きすくめられた。

    「ごめん――ごめん! なんとかしたかったけど、あれしかなかった!」

     泣きじゃくりながら言うFALに、スオミは疲れ気味にため息をつきながら、答えた。

    「いいんです……いい判断でした。あの場合は、たしかにベストな選択です」

     言いながらも、スオミは失ってしまった右腕から、視線を外せなかった。

     銃も指輪も、烙印によるリンケージを更新すれば、替えが効く。

     けれども……スオミは思考回路のパルスが答えの出ない問いをぐるぐると繰り返すのを止めることができなかった。

     必ず持ち帰ると決めたはずの指輪なのに。

     どうして。どうして失くしてしまったのかと――

     


     

     基地にようやく戻って、なんだかんだと片付いた頃です。

     わたしは、思い出の場所へと来ていました。

     グリフィン基地内の数少ない贅沢な場所。

     天然ものの緑がわずかながら備えられている聖域。

     あの日、あの時、誓いを交わした樹を見つけると――

     わたしは、ぺたんと座り込んでしまいました。

     感情パラメータが乱れ、目から涙がこぼれてきます。

     どうしようもないのに。悔やんでも仕方ないのに。

     わたしの目はどうしようもなく、右腕に向けられてしまいます。

     新しいものに交換したばかりの、きれいな右腕。

     すでに銃とのリンケージ更新も済ませて、すぐにでも戦える右腕。

     でも、その薬指に銀の光は宿っていません。

     持ち帰れなかったから――誓いの半分を果たせなかったから。

    「うっ……えぐっ……うくっ……」

     涙があふれるだけで我慢できず、我知らず嗚咽が漏れだしたとき。

    「見ぃつけた……ンン、泣いてるのかい? 私のパートナーは?」

     相変わらず軽薄な声です。お調子者な声です。

     疎ましく思いつつ、決して離れがたい人の声です。

     わたしは答えられませんでした。

     指揮官は黙ってわたしのそばにかがみこむと、指先でそうっと涙をぬぐってくれました。いつもの強引さがどこにいったのか、傷のつきやすい果物でもあつかうように、細くしなやかな指先で、繊細に、優しく。

    「泣きたければ、お泣きなさい。人間だって悲しいときは泣くんだ。人間を模して作られたきみもまた、悲しいと思ったら泣いていいんだよ」

     やわらかに撫でるかのような、ハスキーボイス。

     いつもの女の子人形大好きなダメ人間ではなくて――

     いくばくかの人生経験を積んだ、大人の女性の声。

     たまらず、わたしは指揮官にすがりつきました。

     泣きじゃくるわたしを指揮官はそっと抱きしめて。

     そして、あやすように背をさすってくれました。

     ……どのくらい、そうしてくれていたんでしょうか。

     わたしが泣き止むと、指揮官はそっと耳元にささやきました。

    「用意してあるものがあるけど、どうするかはきみに任せるよ」

     そして、指揮官はわたしを少し離して、じっと目をのぞき込んできました。

     内側に魂のきらめきが見えるような、パープルタイガーアイの瞳。

     その紫の瞳に誓いなおすとしたら、わたしにはひとつしかありませんでした。

    「――指輪は取り返します。絶対に、かならず」

     わたしの言葉を聞いて、指揮官はちょっと目を丸くして――

     次いで、ふっと口の端で微笑んでみせました。

    「それでは、願いを果たせるようにお守りをあげなきゃね」

     そう言うと、彼女は自分の髪を束ねていたリボンのひとつを、しゅるりと引き抜き――そして、わたしの右手の小指にくるくると結んでくれました。

    「ピンキーリングの代わりだよ――思いを遂げる力をくれる」

     指揮官はつぶやくように言うと、わたしの小指に、そっと口づけました。

    「これでいいかな? "MY DEAR PARTNER."」

     指揮官がささやく……今となっては言葉だけの認証ワード。

     でも、わたしにとっては、新しく聞こえたんです。

     ――もう一度、誓いを交わすかのように。

    「……"YES,MY DEAR. With Sincerely. With My Love."」

     わたしはささやき返すと、精いっぱいの笑みを浮かべました。

     


     

     ヘリと共に人形たちが去ったあと。

     くだんの建物の屋上には、人形たちの骸が折り重なっていた。その背からダイナゲートはすでに離れ、動くはずがなかった死者は、さも当然であるかのように死者へ戻っていた。

     そんな骸たちを踏みしめながら、影が――ただ一体の影がぎこちなく歩いてきた。

     全身にぼろ布をまとい、その端から見える足は――

     はたして、右と左で違う型の人形のそれだった。

     否、それだけではない。

     差し出した両の手もまた、右と左でそれぞれ異なる型の鉄血の人形のものであった。

     影が手を伸ばして、骸たちに囲まれていたそれを拾い上げた。

     なめらかな白磁のような、疑似生体の肌。

     しなやかな薬指に光る、銀の指輪。

     妖精が手放した――右腕だった。

    「ククッ……【指輪】……指輪だァ……ククク」

     影が笑い声をあげた。少年のような、老婆のような、漠としてつかめない、何人もの声が重なって発せられる、どこかざらざらとした声だ。

    「想っている者、想われている者……すばらしイィ……すばらしイィ……」

     影が右腕を撫でまわす。なぶるように。なめるように。

    「【スオミ】……スオミというのか……ボクは、キミを【おぼえた】……」

     影は笑った。

     愉悦に悶えるように、あるいは、苦痛に法悦するように。

     そして、その笑い声に応じるかのように。

     影の周囲には、不気味な光をたたえたダイナゲートの群れがひしめいていた。

     

     

    〔つづく〕

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