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2020.04.03 Friday

スオミさんはお困りです ep.5〔前編〕

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    おはようございます、Ticoです。

    はい、金曜日でございます。あの日ですね、すっかりウィークリー恒例、

    ドルフロのファンジンノベルの掲載日ですね。

     

    というわけで本日は、

    「スオミさんはお困りです」ep.5をお送りします。

     

    Blogは例によって前後編になっております。

    pixivには昨夜アップしてますので、こちらからどうぞ。

     

     

    【あらすじ】

     先の戦いでスオミが失った銃が見つかった!?

     消えたグリフィンの戦術人形の謎を追って、スオミたちは暗闇の中へと踏み出す。

     ついに対峙することになる〔敵〕とは? 

     絶対絶命の危機を〔指輪の乙女〕は凌げるのか? 

     スオミと指揮官の初遭遇の思い出、そしてサウナでのサービスシーンなどもありつつ、

     ストーリーがいよいよ展開していく第五話です!

     

    【作者から】
     今週も木曜にお届けしました。なんとか間に合ってホッとしています。

     いよいよシリーズでの敵と直接遭遇するスオミ達、ここから終盤に向けて

     ストーリーがガンガン展開していきますので、お楽しみに。
     ちなみに前回の指揮官がイケメンすぎたので、今回は本来のヘンタイ寄りに戻したんですが、

     ちょっとシリアス風味がはいってきたのでなんでございますね。

     

     次回第6話も来週後半にお届けできればと考えています。

     シリーズは本編全9話、後日談1話の全10話の構成になりそうです。がんばります。

     

    それではご笑覧くださいませ。

     

    (長くなるのでノベル本文は折り返し〜)


     

    「スオミKP-31、着任します」

     格納コンテナで目を覚ましたわたしの、外界に出て最初の言葉。

    「指揮官の部隊で使命を果たします」

     精いっぱい背を伸ばして、目の前の人間に敬礼をしました。

     第一印象が大事だということはパーソナリティに刻まれていました。指揮官たる人にはしゃんとした姿勢を見せたいというのは、どの戦術人形でも当たり前でしょう。

     ただ、この基地の主は、民間軍事会社のコマンダーらしからぬ印象でしたが。

     紅いリボンで大雑把に束ねただけの、色素の薄い、白っぽくて長い癖毛。

     ちょっと肉付きが薄すぎる、スレンダーな体つき。

     服装は黒と臙脂のグリフィンの制服ではありません。ラフなシャツにホットパンツを履いて、脚はニーハイソックス、足元は黒っぽいスニーカー。

     白と黒のジャケットはサイズが合っていないのか、少しぶかっとして見えます。

     一番ぴったりくる表現は、アカデミーの学生みたいな姿でしょうか。

     だらしない人――その印象が一番強かったのは、彼女の目でした。

     靄のかかったような、覇気の感じられない紫の瞳。

     灰をかぶって光を失った、くすんだガラス玉のようでした。

     彼女の視線が、わたしを頭の先から足の先まで一往復してから、

    「あ、うん……私、ここの基地の指揮官……よろしく」

     そう言って、彼女は手を差し出してきました。

     ああ、握手を求めているんですね――そう思って、なにげなく。

     左の手で前髪を少しかきあげて、右の手を差し出しました。

     その矢先です。

    「……ンンン!?」

     目の前の無気力人間が、突然、熱のこもった声をあげました。

     驚いて、わたしが瞬きひとつすると――彼女の印象は一変していました。

     紫の瞳はイルミネーションが灯ったように輝いていました。

     もうガラス玉じゃありません。煌めきを秘めた宝石のような瞳に変じています。

     ずい、と前のめりにわたしの顔を覗き込んでいます。呼吸が荒くみえるのは、認識領域のエラーなんかじゃありません。むふー、という鼻息を触覚センサでたしかに感知していました。

    「い、いまの! いまの、もう一回やってみて!」

     目がアブナイです。はっきり怖いです。

     路上パフォーマンスに喜ぶ子供の目に見えなくもないですが、それにしては目の本気度が高すぎて、率直に言ってなにやら身の危険を感じるほどです。

     感情パラメータがこんなふうに振れるなんて初めて知りました。

     何がもう一回なのか、私が戸惑っていると――

     彼女が左で髪をいらうような仕草を無言でやってみせました。

     ああ……髪をかきあげる仕草がどうかしたんでしょうか?

     わたしがうなずいて、もう一度、左手でそっと髪をかきあげてみせると。

    「ンンンンン――――ッハァ!」

     彼女は感極まる様子で両手を握りしめながら、今度はガッツポーズです。

     理解不能です。演算不能です。

     なんなんですか。なんなんですか、この人は!?

     わたしが思わず――そう、当初の思いに反して、思わずにらんでみせると。

     そんな目つきなど意に介さない様子で、彼女はすっかり喜色満面でした。

    「スオミちゃん! あ、スオミちゃんと呼んでイイ?」

     呼ぶも何も、もう決定事項みたいなんですが、それは。

    かろうじて、うなずいてみせるわたしに、彼女は宣言しました。

    「見ててね! 私、きみに認めてもらえるように頑張るから!」

     開戦の狼煙か。

     眠れる竜の目覚めか。

     それとも、地獄の釜の蓋が開いたのか。

     客観的にわかっている事実は、三つだけです。

     底辺を這い回っていたL211基地の戦果が急にトップランクになったこと。

     証言によると、急に指揮官が精力的に指示を出すようになったこと。

     そして。

     早々に副官にされたわたしが、様々な迷惑に遭うようになったことです。

     犯人はもちろん、初対面で変態ぶりを垣間見せた指揮官。

     わたしの受難は――何気なく見せた仕草から始まったのかもしれません。

     


     

    「……デフラグしていたら、イヤなものが出てきました……」

     湯気のたちこめるサウナで、スオミはそっとひとりごちた。

     民間軍事会社、グリフィン。その麾下にあるL211基地。

     要員のほとんどはアンドロイド――女性型だから正しくはガイノイドだが――すなわちIOPの民生用人形をカスタマイズして軍事転用した戦術人形とはいえ、その人形たちが必要とする施設は意外と人間と変わるところがない。

     宿舎は居心地がよくておしゃれなのに越したことはないし、食堂や温浴施設も必要なのだ――メンタルモデルのリフレッシュのため、そして表皮を覆う疑似生体のメンテナンスのために。

     ただ、シャワー止まりがほとんどで浴場があれば上等なたぐいと言われるグリフィンの基地で、サウナまでしつらえているのはそうそうない――そして、ここの指揮官はそんな施設をわざわざ備えつけるほど、珍奇な人物なのだ。

     人形たちの多くは時間があれば広々した浴場を使うが、たまにメンタルモデルに刺激がほしくてサウナを使う人形もいなくはない。

     そして、スオミはといえば、もっぱらサウナを重点的に使う少数派だった。

     少女の好みとして、サウナは一人きりで楽しむのを常としている。

     敢えて他の人員と鉢合わない時間をねらって、広々ゆったり楽しむ。

     湯気にまじった成分が表皮の疑似生体にしっとり浸透していくのを感じながら、索敵センサはオフにして、認識領域も半ば待機状態にして、記憶領域のデフラグをする。それが基地で平和な時間を送る際の少女の大事な日課であった。

     ミストサウナであるため、白い湯気が立ち込めている。

     スオミは胴にはタオルを巻きつけてサウナに入っていた。

     それだけに四肢はむきだしになっていて、湯気をじっとりと纏っている。

     少女は自分の左腕を、そっと右手でぬぐってみた。

     透明なしずくが、波打つようにあふれる。

     認識領域に留めておいたタイマーはまだ予定時間に達していなかったが……

    「あんなものを思い出しちゃうと、もう一回リラックスとはいかないですね」

     スオミはぷうと頬をふくらませた。最近、記憶領域のデフラグ中に指揮官とのメモリがよく出てくるようになってきたのは、ちょっと戸惑うところではあった。最奥のアーカイブ層に封じ込めたはずのメモリが零れ出てくるのはどうしたことか。

    (……次回の定期点検で思考回路のチェックをお願いしましょうか……)

     そんなことを思いながら、両腕をあげて、ぐぐっと背を伸ばした、その時。

    「……ンンンン! しずくのしたたるスオミちゃんの腋、とても眩しイイ!」

     変態的な言葉が、これまた実に猟奇的な声音でサウナに響く。

     スオミはぎょっとし、同時に背筋におぞけが走るのを感じた。

     感情パラメータが、びくんと跳ねる――なぜ、ここに。いつのまに。

     湯気のカーテンがふわりとめくれて。はたして、スオミの向い側には――

     ――くだんの指揮官が、あからさまに裸体をさらしながら座していた。

     腰のあたりは、さすがにタオルを巻いているが、そこ以外はまったく隠していない。

     不健康に白い肌はかすかに上気して、なにかぬめっとした印象を与える。両手を座面に当てて体を支えつつ、ぴんと背を伸ばした姿はいっそ堂々したものだが……スオミの腋を直視している紫の瞳は、煌めきを通り越して、爛々と輝いている。

     変態さんのまなざしである――まごうことなき痴女の凝視であった。

    「〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

     悲鳴が出そうになるのを押し殺しながら、スオミは自分の身体を抱きすくめ、恨みがましい視線で指揮官をにらみつけた。

     当の痴女はいうと、満足げにむふーと鼻息をつき、言った。

    「ふむ、めったに見れないからこその眼福。あ、絶景かな絶景かな」

    「……どこ見てるんですか、なんでいるんですか、いつからいたんですかッ!」

    「ああ、そんな顔しないしない。女どうしだからノーカンノーカン」

    「指揮官は立派なカウント対象ですッ」

    「何を言うんだい。私の方が裸体をあらわにしてるじゃないの。露出具合からすると、むしろきみの方が、私のあんなやこんなを目にしてるんじゃないかな?」

     指揮官の言葉に――意図せず、少女の視覚素子が認識した像を認識領域に描きだす。しずくをまとい、艶やかささえ感じる指揮官の肢体。スレンダーながらも女性らしいゆるやかな輪郭。ささやかながら張りのある双丘のふくらみ。その先端で淡く色づく……

    「……あわわわわわ!」

     そこまでしっかり見てしまって、スオミは顔を赤くした。温度のあがった疑似生体を冷却すべく循環液が発散されるはずだが――このサウナでは湯気となってのぼりたつはずもなく、スオミの髪をいたずらに湿らせて、いくつもの水滴となってぽたぽたと落ちた。

    「ンンン、そんなに冷や汗かいて恥ずかしがらなくてもいいのに」

    「あなたは慎みというものがないんですか!」

    「時として、人は心にまとう甲冑を脱ぐ必要があるのサ……」

    「なんだか名言みたいなこと言ってもダメですッ!」

     スオミは噛みついてみせたが、もとより口八丁で勝てたためしはない。

     とりあえずノーカウント。そういうことにしておこう。

     少なくとも、向こうはちゃんとした女性だ。嗜好がアレなのは確かではあるが。

    「……いったい、いつからそこにいたんですか。というより」

     少女はじろりとにらみながら、彼女の主に訊いた。

    「先の騒動でコンテンダーのセンサを欺いたのも、どうやったんですか」

    「ンンン。そうだな――きみになら話してもいいかな」

     そう言うと、指揮官はスオミの額を指さしながら、

    「ねえ。人形の持つ自己領域について考えたことはあるかい?」

     爛々と輝くまなざしが、いつのまにか星のような煌めきに変わっている。

     知性と興味に溢れた、真摯なパープルタイガーアイの瞳。

    「ええと、認識領域とか記憶メモリとかの話ですか?」

    「その通り。人形の自己意識は人間と似ていて非なるものだ。まあ、人形の自己領域――その人形自身も含めた、世界のありよう。つまりメンタルモデルだね。これは、人形の内にあっては〔認識領域〕と〔記憶領域〕、それらを橋渡しする〔思考領域〕から成り立っている」

     にわか講師は少女をさした指をひっこめると、指を三本立ててみせた。

     それぞれをふるふると動かしつつ、彼女は言った。

    「外界との窓口になるのが〔認識領域〕だ――周囲の環境をセンサで知覚した情報や内から生じた欲求や意志をここで並べて処理する。ここは人形自身も理解しやすい、いわば情報の舞台といえる場所だね」

    指揮官の説明はなめらかでよどみなく――そして活き活きとしていた。

     その熱に促されて、少女はいつの間にか聞き入っていた。

     ……まあ、これだけ真面目な指揮官というのが珍しいのはあったが。

    「かたや、〔記憶領域〕は人形の一番奥にあるものだ。深層意識というより、現在のパーソナリティを構成するための人格的な雛形や記録が保管してある場所になる。戦闘経験はもちろん、日々の生活で蓄積した様々な雑多なメモリの数々も、きみ達のメンタルモデルには影響を与える。たとえば他の基地にも、スオミと同じ型の戦術人形はいるよね? でも皆それぞれに似通っているように見えて実は結構異なるのは、このためなんだ。記憶を長く蓄積した人形ほどメンタルモデルを豊かにしていき、徐々に変化を遂げていく――まあ雛形から大きく逸脱することはないから、姉妹程度の違いで落ち着くけどね」

     そう言って、指揮官が今度は両の手を軽く握ってつきだしてみせる。

    「右が〔認識領域〕、左が〔記憶領域〕としよう。この二つをつないで、情報や行動をやりとりする場が存在する。それが〔思考領域〕だ」

    「……思考回路とは違うんですか?」

     首をかしげてみせるスオミに、指揮官はかぶりを振ってみせた。

    「それは電子頭脳とニューロンネットワークをハードウェアから捉えた俗称でしかない。私が指しているのは、思考が展開する場のことサ。いわばソフト面の話といっていいかもしれない。ただ、〔思考領域〕はプログラミングじゃない。それは人形のもつ〔認知〕と〔記憶〕のキャッチボールが織りなす、虹のようなものだと言える――どこから根が生じているか分からず、近寄って掴むことのできないものでありながら、確かな彩りを持って現れる現象、かな」

     説明に熱がこもってきた指揮官にうなずきながらも、少女はハッと気が付いた。

     いつの間にか聞き入ってしまったが、本来訊ねるべきは別のものだ。

    「あの……それが指揮官のストーキング技術とどう関係が?」

    「オゥ! 講義もいいところなのに鋭いツッコミィイイ!」

     指揮官が髪をかき上げる。

     色素の薄い白っぽい癖毛から、しずくがいくつも滴った。

    「あー、かいつまんで言うとだネ。センサでわたしを捉えていても〔思考領域〕で正しく情報を処理できない以上、それを何かの行動の対象として扱うことができなくなるわけさ――そうだね、『思考と認知の盲点に滑り込む』といったところかな」

    「……なんだか胡散臭い話になってきたんですけれど」

     スオミが疑わしげに眉をひそめると、にわか講師はくすくすと笑った。

    「そりゃあそうさ。これはどちらかといえば、かのニンジャのスキルと言った方が適切だろうね――ほら、そんな目で見ないの。わかりやすく言えば、だよ。実際のところ、このテクニックはサ」

     指揮官が紫の瞳をきらりと煌めかせた。

     頬が上気して艶めいて見えるのは、はたしてサウナのせいだけか。

    「〔人形心理学〕という立派な科学研究の応用編と言えるんだからネ!」

     ドールズサイコロジー。

     実に聞き慣れない言葉に、少女は疑わしげな上目遣いで講師を見つめた。

    「それ、〔いま指揮官がでっち上げた〕にコイン百枚賭けます」

    「ンンン! ひどいな。ノヴシュコルニグラードのアカデミーにもちゃんと認められた、立派なアンドロイド研究分野の一つだよ。疑わしいならあとで検索してみなさい。学位授与者のリストに私の名前が燦然と輝いているからネ!」

    「…………そうします」

     スオミはため息まじりにそう応えると、座っていた腰を浮かせた。

     このまま一緒にいたら、これ以上どんな与太話を聞かされるか分からない。

     ――そう思った矢先だった。

    「……ごめん。ちょっと待って……」

     指揮官が、どこかけだるげな声で言いながら、少女の手をつかんだ。

     スオミが彼女の顔を見ると、なにやら目つきがとろんとしている。

    「あ、あああ……指揮官!?」

     考えてみれば、自分たちの格好はといえば。

     お互いに半裸なのだ。

     その上にミストサウナで艶めく肌になっている。

     とてもアブナイ。危険がアブナイ。具体的には貞操がアブナイ。

     スオミは自分の迂闊さをのろった。

    「だ、だめですからね! サウナはそんなことする場所じゃありません! そういうことをするのなら、もっと照明の穏やかな部屋で、お星さまとお月さまが出ている時間に、お互いにゆったりした気持ちでやるもので――」

     言いながらスオミは思わず口走った自分の言葉に驚愕し、次いで、羞恥のあまり顔を真っ赤にした。熱を帯びた表皮の疑似生体を冷やそうと循環液が放散され、サウナ以上に熱を持った湯気が頭からあがる。自分は、いったいぜんたい、いま何を。

     それどころか、そんなことを聞いたら指揮官が、ますます――

     と思っていたのだが。

     当の指揮官は、少女以上に赤い顔で――というか完全に茹だっている――鼻からたらりと鼻血を流したかと思うや、その場にぱたりと倒れ込んだ。

    「あッ! 指揮官、あれ? ちょ、ちょっとどうしたんですか!?」

    「ふ、ふふふふふ……ううっ」

     笑い声を発したかと思いきや、なにやら苦しそうな呻きがこぼれた。

    「ス、スオミがちゃんと認識するまで、ずっと鑑賞モードで見ていたから、さすがに長居しすぎたみたい――ああ、目が回るぅ……へ、へるぷ。へるぷみー」

     呂律まであやしくなった指揮官の様子に、

    「ちょ、ちょっとしっかりしてください! 誰か、誰か来てぇぇぇ!」

     さすがに恥じらっているわけにもいかず、少女は人を呼んだのであった。

     


     

    「聞いたよ。やるじゃない、スオミ」

     しなやかな指が少女の頬をつついている。

    「あの指揮官が鼻血を出して倒れるまでキャッキャウフフするなんて……生真面目なふりしてムッツリさんなんだから。この、このっ」

     にんまりしながらからかうFALだったが、声には多少の棘が感じられた。

     FALだけではない。作戦会議室に集まった部隊のメンバーそれぞれが、スオミに向かってなにやら含んだ目つきになっているのは、決して気のせいではない。

     お互い、指揮官と〔誓約〕を交わした戦術人形どうし。

     自分たちを〔指輪の乙女〕と名乗って結束が固いのも、互いをけん制しあう一種の協定の意味合いもあったのだ。それが、自分たちのリーダーが“やらかしたらしい”とあっては、感情パラメータの穏やかならざる変動にもなろう。

     だが、スオミはいつものように気色ばむ元気がなかった。

    「だから、そんなんじゃないです……あの人の自爆ですってば……」

     それだけ答えるのがせいぜいであった。

     少女の頭には、氷水をたっぷり含ませてから絞ったタオルが載せられていた。

     冷水を含んだタオルと頭の間から、湯気にかすかに立ち昇っている。

     サウナに長くいすぎたのは、スオミだって同じだったのだ。

     ただ、第三者が見る限り、臨時の学術講義があったとは到底思えない。

     それよりは、もっと下世話な話題の方が、噂も盛り上がるというものだ。

    「基地内のフォーラムがいつになく賑やかですね」

     端末でなにやらチェックしていたG36が、どこか憮然とした声で言った。

    「主要な話題は二人がどこまでやったのか、とか。どっちが攻めでどっちが受けか、とか――あ、いま正式にオッズが出ました。スオミが7.5で攻めですか。これは皆さん逆張り狙いなのか、案外本気なのか……あら、仕事の早い方がいますね、『再現! 指揮官と副官の秘蜜のサウナ!』というタイトルの再現小話の投稿が――」

     そこまで言うと、G36は黙り込んで、じっと端末を見つめた。

     どうやらなかなか読ませる作品らしい。G36の視線がなにやら熱を帯びている。

    「ははは。まあ、かねてからひそかに噂にはなっていましたから。スオミと指揮官が〔そういう仲〕になっても、納得はあっても疑問は誰も持たないでしょう……しかし前の事件の後でお見舞いに来てくれた時、わたしがちょっと積極性を見せたら、即座にこの行動とは――『恋愛と戦争では手段を選ばない』ですか、感服しましたよ」

     いつもより饒舌に話しながら、なぜか拳銃を磨いているコンテンダーである。

     キュッキュと鋼を磨く手に、妙に力が入っているのはなぜだろうか。

    「ちょっとぉ、スオミったら! 黙っていないで正直に言いなさいよ! 指揮官とどこまでやっちゃったの? 同じ〔指輪の乙女〕として内緒にするなんて許されないわ!」

     ヴィーフリが不満げに頬をふくらませながら、スオミの肩をつかんで、がたがたと揺すった。当のスオミは「わああああ」と情けない声をあげながら、タオルが落ちないように手で押さえながら、しょぼくれた目つきで答えた。

    「ちょっと話し込んじゃっただけですよ……本当に、それだけです」

    「……ほんとのほんとに?」

     疑わしげな四対のまなざしに、スオミはこくりとうなずいた。

    「もしそんな事件があったら、こうして平然と出てこれるパーソナリティじゃないことぐらい、みんなも知ってるでしょう?」

     少女の言葉に、うーんと考え込む四人である。

    「それもそうよね。あなたなら宿舎のベッドでまるまって寝込んでそうだもの」

    「たしかに。ご主人様なら、せっかくのご馳走を美味しくいただくのに、もう少し雰囲気や演出を選びそうです。短絡的にサウナで事に及ぶとは思えません」

    「ふむ、『人生は短い。だから友よ、空騒ぎしたり、争ったりする暇なんてないんだ』というところですね。からかうのはこのへんにしておきましょうか」

    「――で、本当のところはどうなのよ?」

     部隊の〔お姉さん〕たちの気遣いで疑惑が棚上げになりそうなところを、興味津々なヴィーフリによっておじゃんにされて、たまらず少女は会議テーブルにつっぷした。

    「……それはそうと、一応、時間通りに来ましたけど」

     つっぷした顔をFALの方に向けて、スオミは弱々しい声で言った。

    「ブリーフィング、本当にあるんでしょうか?」

    「隊長のあなたが何を言ってるの。指揮官が出てこれないようなら、とっくにカリーナさんあたりから連絡くるはずよ。それがないってことは、やっぱやるんでしょう」

     肩をすくめてみせたFALが、おとがいに指をあてて言った。

    「でも指揮官がわざわざ作戦前にちゃんとしたブリーフィングやるとか、あんまりないことよね。普段は『とりあえず行っといで』って送り出してから、行きのヘリの中で指令を開封ってパターンが多いから」

    「……それはまあ、そうですけど」

    「ということは。わざわざ説明しなきゃいけない、ややこしい状況か危険な現場ってことじゃない。ほら、しゃきっとなさい。あなた、隊長を任されているんだから」

     ぽんと肩に手を置くFALに、スオミは苦笑いを浮かべてみせた。

    「そうでした、ね。しゃんとしないと」

     そう言うと、少女は顔を上げ、頭に載せたタオルを手に取った。

     まだひんやりとした湿ったタオルに、いったん顔をぼすっと埋めて――そこから再び見せた顔はきりと引き締まって、いつもの頑固な優等生の澄まし顔であった。

    「うん、ナイスリカバリーよ」

     スオミの様子に、FALがにっこりと笑んでみせた時。

     作戦会議室のドアが開く音が背後からした。

     コツコツと律動的な足音。

     人形たちにとって誰が来たかはたちどころに分かった。

     一斉に乙女たちが立ち上がり、敬礼の姿勢をとろうとした時。

     彼女たちの視界に、作戦ボード前に立った指揮官の姿が視界に入った。

     紅いリボンで彩られた白っぽく長い癖毛。煌めく紫の双眸。

     そして隠しようのない、額に貼られた冷却シート。

     とどめに、両方の鼻の穴に詰まった、白いティッシュの栓。

    「あー……みんな、集まってくれてご苦労さま」

     指揮官の鼻声が最後のダメ押しだった。

     人形の誰かが「ぷっ」と吹き出して――

     やがて隠しようのないくすくす笑いが一斉に会議室に響き始めた。

     


     

    「……こら。私の格好がいささか美人を損なう有様は自覚してるけどネ」

     指揮官はめずらしく不機嫌そうな目つきで人形たちをねめつけると、

    「きみ達にそんな愉快そうに笑われると……さすがにちょっと傷つくナァ」

     なかなかに憮然とした口調であるが、やはり鼻声は隠しようがない。

    「指揮官……くくく……だめよ? 自分の健康をもっと考えないと」

     FALが笑いをこらえながら、そういうと、同じく、口の端がゆるんでいるG36が、

    「まあ、ご主人様にとっては、可愛らしい少女に看取られながらあの世へというのは……くっ、ふふふ、本望かもしれませんね」

    「くふ、たしかに。『何も後悔することがなければ、人生はとても空虚なものになるだろう』と言いますしね。指揮官にとっては満足のいく最後かも、くふふ」

     コンテンダーが憐みと苦笑が半々の声で言う。

     ヴィーフリはというと、指揮官の顔を見てはけらけらと笑い、胸をおさえて息を荒くしていた。呼吸が落ち着いたかと思えば、また彼女の顔を見て笑い出している。

     そしてスオミは――慈悲と諦観がないまぜになったアルカイックスマイルを顔に張り付かせていた。端的に言うと、参拝者を見下ろす仏像の顔である。

    「理想の死に方? ハッ、冗談言っちゃいけない!」

     指揮官がひときわ大きな声をあげるや、指揮ボードをどんと拳でたたいた。

     人形たちが黙りこくるや、彼女は額の熱さましと鼻のティッシュを手早く取り去り、丸めて部屋の隅の屑籠へ放り込んだ――見事なホールインワンである。

    「いいかい、きみ達。よく覚えておくんだ。私の理想の死に方はッ」

     じろ、と人形たちを見渡すと、彼女は高らかに告白した。

    「百合の花びらを散らしたエンペラーサイズのベッドに、一糸まとわぬ乙女を五人はべらせて、お互いに汗だくでまぐわいながら、恍惚と快楽と甘い香りに包まれての頓死なんだからネ!」

     色ボケの欲望、ここに極まれり。

     紫の瞳がひときわあやしい光を放って、人形たちをじっくり見渡す。

     顔を、瞳を、唇を、鼻筋をなぞるかのような。

     服を透かして、その内のすべらかな肌と肢体を見抜くような。

     ねっとりとした視線が双眸から放たれる。

     一糸まとわぬ乙女が――五人。

     この場にあって、それが誰を指すのか言うまでもない。

     FALは口元を手で押さえながら。G36は軽く咳払いしつつ。コンテンダーは頬をかきつつ俯いて。ヴィーフリは口をぱくぱくさせながらなぜかおなかをおさえて。

     人形たちは一様に頬を紅に染めていた。

     そんな反応に、指揮官は満足そうにふんと鼻息をついたが、

    「――あれ、きみはびくともしていないネ?」

     そう、この手の話題には一番羞恥をおぼえそうなスオミはといえば。

     観音様か、はたまた女神アナーヒータのような、超然とした顔のままである。

    「え、なに? このナイスビジョンには魅力を感じない? ンン?」

    「いえ、あの……わたし、それ前に聞いたことありますから」

     スオミの発言に、他の四人が目を丸くして少女を見る。

    「というか、たぶん同じぐらいインパクトがあるシチュエーションを……ええ、いまメモリをサーチしましたけど、他に六パターンほど聞いたおぼえがあります」

    「えッ。ウソ……初お披露目と思ったのに」

    「指揮官室で仕事しているのかしてないのかよくわからないときに、たまに口から駄々洩れていますよ。あれ聞き流しながら事務仕事するの、大変なんですからね」

     少女がそう答えると、たちまち部隊のメンバーがこぞって手を握ってきた。

     プライベートデータリンクの要請。

     〔指揮官の臨終シチュの情報シェアリング〕のリクエスト。

     スオミは――期待のまなざしのメンバーたちを一瞥してから――あきれたようにため息をついて、時限式ロックをかけた状態で共有した。さすがにこの場で確認されて、作戦会議が艶笑めいた井戸端会議になるのは避けたい。

    「本来の、作戦ブリーフィングをお願いします、指揮官」

     スオミが仏像の笑みをやめて。きりと表情を引き締める。

     メンバーたちは情報の共有方法に何か言いたげではあったが、さすがに場を再確認したのか、それぞれに表情と姿勢を正した。

     そんな様子に、指揮官がにっこりと微笑んでみせる。

    「さっすが、私の副官ちゃん。締めるのが上手いね」

    「指揮官がゆるゆるなだけです。そろそろ頭を切り替えてください」

    「はいはい、それじゃ始めようか――このどうにも不愉快な作戦の説明をサ」

     そう告げた指揮官の声は、打って変わってどこか苦々しげであった。

     


     

     指揮官のしなやかな指が会議端末の上で踊る。

     壁面モニタに次々と情報が現れ――「EH11」の文字と同時にある地点がポイントされる。そこから模式化された地形図が展開していき、何かの矢印があちこちふらつきながら〔警戒区域〕をさまよっていき――ある座標でバツマークを置いて止まった。

     それを目にした人形たちが息を呑む音がした。

     スオミはふと気になって、コンテンダーを窺った。端正の顔の麗人は、表情こそ冷静を保っていたが……膝においた拳をぎゅっと握りしめている。

    「まあ、きみ達のことだ。だいたい察しはつくだろうけど、説明しておこう――これは先日にグリフィン本部から懲戒を受けた挙句、捕縛の手から逃げ出したEH11基地の野郎の足取りとなっている。彼の容疑は、指揮官としてあるまじきものさ。物資の横流し、人形の不適正管理、そして利敵行為だ――彼の直近三か月の戦果の六割近くが、実は出来レースだったらしいことがグリフィン本部の解析で明らかになった」

     そこまで神妙な顔で言って、指揮官は肩をすくめてみせた。

    「まあ、結果的に私もヤツの悪事に一部加担していたことになっててサ。きっちり訓戒もらったんだけどね。ひさびさに社長と話したけど、あの人黙っているときの方が百倍おっかないヨ」

    「……ヘリアンさんにお知らせした座標から、また移動してますね」

     G36が指摘すると、指揮官はこくりとうなずいた。

    「それなりに警戒も準備もしていたようだネ。逃亡の際は、ご丁寧に〔個人的に忠実な〕人形を二人連れていったそうだ。彼女たちに守られながら、身の安全が保証される場所までなんとか、というところかな」

     その説明に、コンテンダーがすっと目を細めて、言った。

    「逃避行の末に、くだんの座標で最期を迎えたわけですか」

    「その通り……心が痛むかい?」

     優しくかけられた指揮官の言葉に、コンテンダーがかすかに笑んだ。

    「まさか。あの男についてはいまさら何の感慨もわきません。ただ……」

    「ただ?」

    「彼に付き合わされた人形の最期を思うと、悲しいな……と」

    「ンンン。きみは慈悲深い子だね、コンテンダー」

     指揮官は目を閉じてうなずいてみせたが――ぱっと目を見開いた。

     彼女の紫の瞳が、煌めいている。内なる怒りの炎を映し出して。

    「そう! まさにそこが問題――見つかったのは、野郎の遺体だけなのサ」

     指揮官の言葉が意味するところを理解して、乙女たちは目を丸くした。

     指でバツマークをつつきながら、乙女たちの主は言葉を続けた。

    「現場の写真は各自の端末に共有しておく。あとで見ておくように――このボードに出すのは控えておくよ。見ても愉快なもんじゃない。三挺の銃で、頭と、胸と、股間をボロボロに撃たれた逃亡野郎の遺体というものは見苦しいこと、このうえない」

     吐き捨てるかのような指揮官の言葉に、ヴィーフリが首をかしげてみせた。

    「三挺ってなんでわかったの? 〔鉄血〕の襲撃なら区別なんてつかないんじゃ……」

    「そうね……〔鉄血〕ならね。でも、グリフィンの銃だったらどう?」

     FALが腕組みをして、ふうと息をついた。彼女の指摘にヴィーフリが息を呑む。

    「ええ!? それじゃあ、もしかして……」

    「ああ、きみ達の想像通りだ。頭と胸の銃創から、逃亡指揮官が連れていたはずの護衛の戦術人形の銃から撃たれた弾が摘出された。認識はしっかりグリフィンの制式弾だったよ――ヤツを殺したのは〔鉄血〕じゃあない」

    「……と、おっしゃるからには、残る三挺めも、グリフィンの銃なのですね?」

     G36が険しい目つきをさらに鋭くして言った。

     彼女の視線を受け止めて――指揮官はG36を、次いで、スオミを見て言った。

    「使われた銃はKP-31。スオミが例の戦闘で失ったものと同一の可能性が高い」

     その言葉に、少女が大きく目を見開いた。

    「使われる銃弾の認識スタンプが失った日付の期間と一致した。つまり、だ」

     指揮官は声を低めて、珍しく真剣な口調で言った。

    「きみ達が二度も見た異形の敵。そして、警戒区域へ逃げ込んで逃亡指揮官が落ち合おうとした相手。これは同じ存在か、あるいは何らか繋がりがあるとみるべきだ――まあ、遺体が見つかったシェルターに、〔複数の足が生えた何か〕が多数這いまわった跡があるという時点で、答えはわかりきっている感じだけどネ」

     そういうと、彼女はきりと声を引き締めて、告げた。

    「L211基地隷下第一部隊に命じる。第一目標、失踪したグリフィンの人形の捜索。第二目標、〔鉄血〕ではない正体不明の敵性の確認。脅威は遭遇次第、実力を持って排除。ただし、きみ達の無事な帰還を常に頭にいれておきなさい――心配だからとかじゃない。今回はいわば強硬偵察の性格が色濃い。持ち帰ってくるナマの情報が必要だからネ」

     そう言うと、指揮官は出席している戦乙女たちを見渡した。

    「さて、何か質問はあるかな?」

     その呼びかけに――すっと手を挙げたのはスオミである。

     指揮官がうなずくと、少女は少し黙っていたが、やがて決然として、

    「今回の任務……指揮官はご自分から立候補したんですか?」

    「さあね、なぜかヘリアンさんが“優先的に”情報をくれた。あとはご想像におまかせ」

     彼女はそう言うと、にっこり笑んでみせた。

    「他はなさそうだね。よろしい。では四十分後にヘリで出発だ。ただちに準備にかかって。必要な装備はカリーナが手配済みだ――私のかわいいきみ達に、幸運があらんことを」

     指揮官が敬礼をすると、部隊の人形たちは一斉に立ち上がり返礼する。

     乙女たちが部屋を立ち去ろうとした時。

    「スオミ、ちょっと」

     呼び止められて、少女は振り返った。

     少女の主は、紫の瞳を揺らしながら、言った。

    「失くした指輪が見つかるといいけれど――無理はダメだよ。わかったね?」

     気づかわしげな、本当に心配そうな声。

     少女は微笑んで、リボンが巻かれた右手の小指を立ててみせた。

    「あなたがくれた、祝福と約束ですよ。大丈夫です、必ず帰ってきます」

     


     

     崩壊液汚染事件に端を発した環境汚染と大恐慌。

     残った生存リソースを巡って、全世界規模の混沌たる戦い。

     それが、第三次世界大戦だったと言われている。

     戦争が終結して15年以上が経った今日でもなお、大戦中の施設は残っているのだが――実のところ、グリフィンの基地などはこれらの「ほとんど廃墟」になった施設を格安で払い下げられて再生利用しているケースが実に多い。それは敵である〔鉄血〕も同じで、廃棄された施設を自分たちなりに改造して使っているのだ。

     扉を開けてみるまでは何が潜んでいるか分からない、いわばダンジョン。

     いまスオミたちの目の前で出入口を晒している、この待避所もそのひとつだ。

    「指揮官の無茶ぶりはいまに始まったことじゃないけどさあ」

     銃は構えつつも、苦笑いを浮かべながらヴィーフリが言った。

    「手がかりほとんどなしで探しものをやれ、とか。指揮官ってさあ、割とわたしたちに無茶を言うよねえ――あーあ、こんなことより、スオミから聞いた“南国のビーチで水着姿の乙女たちと戯れているうちに幸せすぎて溺死”ってやつを、指揮官にちょっと詳しく聞きたいわ、ホント」

     不平三割、賑やかし七割といったヴィーフリの言葉に、スオミも含めて部隊のメンバーが思わずくすりと笑う。ヘリの中ではさんざん話し合ったものだが、向こう一か月はこの話題で盛り上がれるだろう。

     しかし、ヴィーフリがそんな話題を口にしたのは、漂う不穏な空気を晴らしたかったのかもしれない。

    「それにしてもイヤな感じよね、ここ。なんというか、ほら。前にわたし達がでくわした〔鉄血〕ゾンビの湧くお化け屋敷。あれに似た雰囲気を感じるわ」

     自分自身を抱きすくめるかのように、FALが左の手で右腕をつかんで引き寄せた。

     そう、現地の来たスオミたちは、なんともいえない妙な気配を感知していた。

     センサで何か不審なものがあったわけではない。

     ただ、妙に感情パラメータが不安定にぶれて落ち着かないのだ。

     ヴィーフリが茶化してみせたのも、ネガティブな気持ちをまぎらわすため。

     そしてコンテンダーが拳銃を抜いて油断なくあたりを警戒しているのも、おそらく同じ理由によるものだろう。

    「それで? とりあえず目的地に着いたけど。わたしは罠の可能性にコイン百枚賭けるわ」

    「……ですよねえ」

     スオミは腕組みして、うなった。

     自分の銃がこれみよがしに使われた。間違いなく〔誘い〕だ。

     そして前の経験から、予想される敵性の主力はダイナゲートだと思われた。

     一体一体なら何の苦もなく撃ち抜ける、〔鉄血〕の猟犬。あるいは蟲のたぐい。

     だが、そのサイズゆえに容易に遮蔽物に隠れてセンサをごまかせる。機動力も高いために集結も分散も容易だ。指揮官の説明では、ダイナゲートが這いまわった跡があったと言っていた。

     ならば、その戦闘機械の群れはいったいどこへいったのか?

     スオミたちを遠巻きに窺いながら、襲撃の好機をねらっているのかもしれない。

     入った途端に囲まれては、退路を断たれるのだ。

     それはそれで〔敵〕と接触できそうだが、生還できなければ意味はない。

     少女が考え込んでいると、不意に落ち着いた声がかけられた。

    「――わたしは中に入るべきだと思いますよ、スオミ」

     落ち着いたG36の声。いつも冷静なメイドは、この場でも泰然としていた。

    「おそらくですが。敵性はまだ中に潜んでいます」

     そう言って、彼女はスオミに携帯端末を渡した。

     少女が受け取ると。戦術情報ドローンのサーチ結果が表示されていた。

    「あなた――ずっとこれを分析していたんですか?」

    「最初は勘のようなものですが……人形が使うにはふさわしくない言葉ですね。予想された状況と実際が異なったので、そのズレを説明するために演算を繰り返していた、というところでしょうか」

     G36は携帯端末を指さしてみた。

     部隊のメンバーが覗き込み、あっと声をあげる。

    「この周囲のダイナゲートの移動痕のパターン解析?」

     FALがつぶやくと、コンテンダーがうなずいてみせる。

    「そのようですね。なるほど……これはおかしいです」

    「えっ、なに? ダイナゲートがどこにいるのか分かったの?」

    「はい。少し信じがたいことですが――解析によると、この待避所になだれこんだダイナゲートは四十体余り。出て行ったのも同じ数に見えますが……」

     G36が端末をちょっと操作すると、二通りの移動痕が色分けされる。

    「出ていった数は実のところ推定十体前後。カモフラージュのための機動をして同じ数にみせかけているだけです――つまり、この待避所の中、もっと深いどこかに残り三十体が潜んでいる計算になります」

     そこまで説明して、メイドはスオミの目をじっと見て言った。

    「そしてここが肝要ですが、“歩いて出ていった人形の足跡”がありません。ダイナゲートが四十体なら群れで運び出すこともできますが、十体ではさすがに無理です。そして、“歩いてきた何者か”の足跡もありません。つまり――」

    「――わたしの銃を使った敵は、ダイナゲートに担がれながらやってきて、群れのほとんどにグリフィンの戦術人形を運ばせて、この奥に潜んでいる……」

     スオミが口にした結論に、G36はこくりとうなずいた。

     話を聞いていた他の三人の目つきが、途端に厳しいものになった。

     重苦しい沈黙が一瞬、乙女たちを覆いかけたが――

     コンテンダ―がポンと叩いてみせた手の音が、それを払いのけた。

    「覚悟を決めましょう。『冒険なしに得られるものなし』、月並みな言葉ですが、ここは先人の知恵に従うべきです」

     きりと表情をあらためた麗人に、他のメンバーが次々と応じてうなずく。

     四対の視線が、スオミに注がれる。

     少女は、大きく一呼吸すると、ぺしんと両の頬を自分の手ではたいた。

     決然として改まった彼女の表情は、もはや愛らしい少女の顔ではない。

     戦意で滾る、戦乙女がそこにいた。

    「行きましょう――どんな危険が待っていても、わたしたちなら切り抜けられます……なぜなら、わたしたちは〔指輪の乙女〕だから」

     戦乙女が差し出した手に、仲間たちが次々と手を重ねる。

     FALがふっと笑った。いっそ不敵にさえ見える笑みで、続ける。

    「L211基地の主のもとにあって最精鋭の戦術人形だもの。だから――」

     危地に臨むときの、欠かせない儀式。部隊全員が唱和して声をあげた。

    「――その名に恥じることなし! その誓いにもとることなし!

     

    後編へ続く

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