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2020.04.17 Friday

スオミさんはお困りです ep.7

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ハイッ、金曜日です! ウィークリー恒例、ドルフロファンジンノベル更新日!

    今回はクライマックス直前となるep.7をお届けします。

     

    pixivには例によって昨夜アップしてますので、どうぞ。

     

    「スオミさんはお困りです」ep.7、

    ご笑覧くださいませ。今回は1記事に収まったぜ!

     

    Screenshot_2020-04-16-13-45-28.png

     

     ワイルドハントの罠に斃れた指揮官。

     生死の境をさまよう彼女を前に、ヘリアンがスオミに告げた指揮官の過去とは?

     そして指揮官がスオミに残したメッセージとは?

     困ったどころではない危機に、少女がくだした決断とは? クライマックス直前の第7話!

     

    【作者から】
     今回はちょっとシリアスなエピソードですが、

     クライマックス前にどうしても外せないものでした。

     指揮官が変態さんな理由がちょっと伺えると思います。

     いや、どんな事情があっても変態は変態なんだけどね。


     ep.8とep.9はいよいよクライマックスです! お楽しみに!

     

    (本編長くなるので折り返し〜)


     

     パパとママがいなくなって、グランマのおうちに引き取られる。

     それを聞いたときは、ちょっとだけ楽しみにしてたの。

     おともだちから聞く〔おばあちゃん〕はとても優しいひとで。

     遊びに行くと、甘くておいしいクッキーを焼いてくれるって。

     クッキーまでは望んでなかったけど、パパとママをいっぺんになくして――

     びんびん泣いてたあたしは、誰かに抱きとめてほしかったんだ。

     だけど。

     あたしを目にしたときのグランマの目はとても冷たかった。

     冷ややかなだけならいい。にくたらしいようにさえ見えた。

    「あ、あの、おばあちゃん……?」

    「ふん。おまえにおばあちゃんだなんて呼ばれたくないね」

     鼻息まじりに放たれたグランマの声は、真冬の北風にしか思えなかった。

    「お前のその白い髪、趣味の悪い紫の目――息子をたぶらかした女そっくりだ」

     その物言いで、なんかぜんぶわかってしまった。

     パパとママにグランマのことを聞いても、はぐらかしていた理由を。

     おうちにグランマの写真がなにひとつなかった訳を。

     グランマが手にしていた杖をヒュンと振り上げた。

     ぶたれる――あたしはそう思って、思わず身をすくめた。

     だけど、そのとき。

    「失礼を。〔マダム〕、それは児童虐待のおそれがございます」

     淡々として落ち着いた、だけど、どこかうつろな感じの声。

     その声をきいて、グランマは「ふん」とうなり、杖を床に突いた。

     ガツッ、という音の激しさが、グランマの腹立たしさを示すかのよう。

    「ちょうどいい。おまえの面倒はこいつにまかせた――息子が押しつけたガラクタも少しは役に立つもんだ。できるね、おまえ?」

    「はい。〔マダム〕に伺って、育児のライブラリは登録済みです」

    「そうかい、ならたのむよ――ゴホッゴホ」

     いまいましげに言うと、グランマは少し咳き込んだ。

    「ああ、もう。イライラすると喉にわるい。あんた、わたしの部屋には絶対入るんじゃないよ? もし勝手なことをしたら、外で汚染霧の警報が出ていても、容赦なく外におっぽりだすからね!」

    「失礼を。〔マダム〕、それは児童虐待の――」

    「ああ、またこの! 同じようなことしか言えないのかい!」

     グランマは憤りながら、コツコツと床を叩くように、離れていったの。

     あたしは、そっと顔をあげて、〔グランマ〕がいなくなったのを確認してから――薄暗くてやたら広い部屋を少しだけ見回して、そして、顔を手でおおって。

     ほどなく、ぴいぴい泣き出した。

     あんだけ泣いて、もう涙なんかないと思ったのに。

     それなのに、つらくて、かなしくて。やるせなくて。

     涙をぽろぽろ流して、声をあげながら泣いていると――

     ややあって、誰かがあたしのそばにそっとひざまづく気配がした。

     誰? と確かめるまもなく、誰かの腕がそっとあたしを抱き留めた。

    「お泣きにならないでください。私があなたをお世話します」

     くるむような腕に、少し力がはいる感じがした。

     ママみたいにやわらかい感触を期待したけど、なんだかその腕はちょっと変で。

     やわらかいんだけど、すこし不思議な感覚だった。

    「あなたが……あたしを?」

     そう訊ねながら、あたしは顔をあげて、声の主を確かめた。

     薄暗がりの中でかすかに見える顔は、整っていたけど、綺麗すぎる気もした。

     笑みをみせていたけど、どこかぎこちなく見えた。

     なんとなく紛い物のように見える暖かさだったけど……

     でも、本物のなにもかも手元にないあたしには、それでもよかった。

    「あたしを、守ってくれる? あたしの面倒を見てくれる?」

    「はい。ご安心ください――〔リトルミス〕」

     彼女はあたしをそう呼んだ。

     涙でぐしょぐしょの顔を袖で拭って、あたしは精一杯笑ってみせた。

    「ありがとう――ええと、あなたのお名前は?」

    「まだございません。〔マダム〕からパーソナルネームは頂いておりません」

     なんか不思議な答えだった。愛称で呼ばれていないのかな。

    「えっと、あなたはどういう人なの?」

     その問いに、彼女は少し首をかしげた。

    「いまは、〔乳母〕ライブラリに従って行動しております」

     答えた拍子に茶色の髪が乱れたのを、彼女はそっとかきあげた。

     ちょっとぎこちない動作だけど、その仕草にあたしは何か安心した。

    「ええと、〔乳母〕? ……だったら、ナニィはどう?」

    「パーソナルネームですか? しかしそれは〔マダム〕から頂かなければ」

    「いいのっ。あたしがあなたを呼ぶときだけでいいからッ」

     あたしはムキになって言った。

     これを聞いてもらえなかったら、また泣き出すつもりだった。

     それを察したのか、どうか。

     彼女はやっぱりぎこちなく笑んで、答えた。

    「かしこまりました。あなたからのコールは〔ナニィ〕で登録いたします」

     その言葉に、わたしは、ほっとして、笑って。

     また涙があふれてきた。

     わたしのつけた名前を彼女が受けてくれた。

     それは、あたしはここにいていいんだという、なによりの証だったから。

     

     ――これが私とナニィとの出会い。

     六年間続くことになる、いま思えば幸せな時間の始まりだった。

     


     

     強化アクリルの窓越しに、あの人の姿が見える。

     集中治療室のベッドに横たえられ、様々な機器につながれている彼女――

     指揮官の容態はここからでは、はっきりとはわからない。

     スオミは、不安げな表情で、視線を行ったり来たりさせていた。

     治療室の外のベンチに腰かけて、少し背を丸めたまま、想い人を見守っている。

     生体モニターに表示されたデータを読み取って、「いまは安定している大丈夫だ」と自分に言い聞かせても――治療を受けている彼女の手を見れば、そんな気休めは吹き飛んでしまう。六角形のハニカム模様が刺青のようにびっしり刻まれた手。あの模様の線は、前より太くなっているのではないだろうか? そんな疑念が頭から離れない。

     感情パラメータがまた不安定に波打つ。

     それが感覚素子にまで影響がおよび、保護液があふれそうになる。

     スオミは単なる人形だ。目からしずくを滴らせても、それは涙ではない。

     だが――想い人の無事を案じて流すのであれば、やはり乙女の涙に他ならない。

     少女が、袖で懸命に涙をぬぐっていると、

    「――戦術人形がそんなふうに泣くとはな」

     どこか硬質で、しかし穏やかな声がかけられた。

     顔を向けたスオミの視覚素子が捉えたのは、黒と臙脂のグリフィンの制服。

     鈍色をしたブルネットの長い髪。鋭いまなざしに、瀟洒な片眼鏡。

     そして、鋼の色をした瞳。

    「……ヘリアンさん」

     立ち上がって敬礼しようとするスオミを、ヘリアンはそっと手で制した。

    「無理しなくていい。そんな有様では、立った瞬間にバランサーを崩しそうだ――あとで手当てしておけ、目元の表皮が腫れているぞ。まったく、人形が泣き腫らした顔を目にするとは予想してなかった……それにしても、よくここに入れたな」

    「人形はダメだって言われたんですけれど――わたしが、指揮官と法的なパートナーだと何度も訴えたら、なんとか聞き入れてくれて。通されたのはわたしだけですけど」

     うつむきながら答える少女に、ヘリアンは嘆息した。

    「どちらかといえば病院側が根負けしたのだろうな。お前たちが直談判で必死な様子が目に浮かぶようだ。担当者はさぞ面食らったことだな。普通の人形なら手早く追い返せるはずが、殺気立って詰め寄られたのでは」

     そう話すヘリアンの声はどこか憮然として聞こえた。

    「……あの、怒っておられます?」

    「ああ、いや……どちらかといえば、罠にはまってこんな目に遭っているあいつが許せんと思っただけだ。しかし、ほんの忠告のはずの言葉が、まさか実現してしまうとは、わたしも気分が悪い――よりによって〔Ibn-G〕とはな。まあ、やつがこれに汚染されたのは二回目とはいえ、くらった瞬間に自身の治療症例を伝言するとは――まあ、そのおかげでなんとか踏みとどまれるところで手当てが間に合っているが……」

     鋼の瞳は、少し痛ましそうに揺れた。

    「……いずれ追いついてきた過去に食い殺される……か」

    「ヘリアンさん。お聞きしていいですか?」

     スオミは眉をきゅっとひそめて、訊ねた。

    「プールに来ていた女の子は、結局なんだったのですか?」

     ヘリアンはじろと少女をねめつけたが――わずかも引き下がる様子のない少女の表情にため息をついて、言った。

    「すべて機密事項だ。部隊内だけに留めろ。基地のスタッフにも漏らすな」

     厳しい声でそう告げてから、彼女は話しだした。

    「あの〔リトルミス〕だが――IOP製の特注人形だそうだ。くだんの議員の娘は一年前に亡くなっている。可愛い盛りに我が子を失って、精神が不安定になった妻をおもんばかって、夫である議員がIOPに頭を下げて依頼したものだそうだ。IOPはそういうハイエンドの人形の製造も請け負っている。より人間に近く、より人間のように自然にふるまうモデルをな。当然、価格もメンテナンスも高くつく。議員は妻の慰めのために、政治生命をIOPのために使うことに決めたのさ――これは16LABのペルシカからの情報だ」

     ヘリアンが片眼鏡をコツコツとつつく。

    「そしてこちらはグリフィンの調査室が裏を取ったのだが、数日前に〔リトルミス〕がボディガードと街に出たときに、ほんの十分程度、彼女の姿が見えなくなった事件があったそうだ。明るみにでなかったのは〔リトルミス〕が無事な姿で出てきたこと、不注意を咎められて議員から叱責されないかを恐れた護衛が口をつぐんだためだ。人形の護衛なら、正直に答えただろうが……その時のボディガードは議員が人気取りの一環で雇っていた人間のボディガードだったからな」

     そこまで話して、ヘリアンがふんと鼻を鳴らした。

    「人形の護衛を人間がするとはな。行くとこへいけば常識なぞ簡単にゆがむものだ」

    「――じゃあ、その十分間のうちに、もしかして」

    「ああ、おそらくな。街に潜入したワイルドハントの端末と接触し、メンタルモデルと躯体内に〔爆弾〕を仕込まれたんだろう。完全にのっとった訳ではないから、誰も不審に思わなかったわけだ」

     スオミは大きく息をついた。その息が少し震えている。

     無邪気に、朗らかに、スオミに話しかけてきた、あどけない幼女。

     すでに危険はすぐそばにまで忍び寄ってきていたのだ。

    「……指揮官は助かるんですか? 〔Ibn-G〕って何ですか?」

     その問いに、ヘリアンはまた押し黙った。

     鋼の瞳の刺すような視線を、少女の蒼い瞳が受け止める。

     少しも揺らぐことがなく、まったく譲る気もないアイスブルーの双眸。

     その堅固さに先に降参したのは、はたしてヘリアンだった。

    「まったく、あいつはお前たちに何を教えたのか。とても人形の目とは思えん」

    「お願いします――何があったのか、あの人は助かるのか。知りたいんです」

    「……スラノーヴァヤ・コーシチ。〔象牙の街〕と呼ばれていた研究都市のアカデミーで開発された神経置換増幅剤だ。本来は毒物ではないはずのものだ……ただしくは、“毒物のつもりで作られたわけではない”というところだがな」

    「……神経置換増幅剤?」

    「研究都市のアカデミーはIOPとも関連のある場所でな。IOPが人形本体の開発と技術開発を手掛けるとしたら、象牙のアカデミーは、人形技術の派生分野や人体への応用などを研究していた。〔Ibn-G〕はマイクロマシンの一種で、人体の神経を人形と同じ材質に置換する効果が期待されていたらしい。一種のブーステッド・サイボーグを作る研究だ。注射一本で歩兵の反応速度が劇的に向上するなら、軍は喜ぶだろう」

    「……だけど、上手くいかなかった?」

    「ああ。ある血気にはやった学生が人体実験を試してな。その結果、神経を作りかえるマイクロマシンの作用を、癌組織の活動と判断した免疫系が過剰反応して、当の被験者は死に瀕した重体にまでなった。急遽開発された人工血清――マイクロマシンの無効化プログラムを投与した結果、被験者はなんとか一命をとりとめたが……とても普通の歩兵に気安く使えるものではないと、〔Ibn-G〕も血清も、アカデミーのアーカイブに厳重封印となった」

    「あの……もしかして、その被験者というのは――」

    「ああ、いま治療室で生死の境をさまよっている、あのバカだよ」

    「指揮官が……」

    「自分で自分に投与したんだ。もともと問題視されていた学生だったが、回復後にあいつを査問した時は相当揉めたらしい。こともあろうに、やつは何と言ったと思う?」

    「……人形になりたかった、とかですか?」

    「当たらずとも遠からずだ。『人形と同じハードの神経になれば、人形の心が理解できると思ったのです』だと。およそまともな人間の発想じゃない。どちらかと言えば精神病院へ送った方がいいぐらいだ……だが、その頃、すでにやつは人形に関する研究でめざましい成果を挙げていた――IOPの後押しもあって、アカデミーはヤツを飼い続けることにした。スポンサーの意向では嫌ともいえんだろうしな」

     ペルシカの話に、スオミはきゅっと拳を握った。

     驚きもあったが、奇妙な納得感もあった。

     L211基地の指揮官は人形に構いすぎる。それは常々グリフィン社内で言われていたことだった。過剰にさえ思える設備。作戦遂行ではなく生存を第一とするドクトリン。それが批判されながらも当の指揮官は涼しい顔だったのは、L211基地の戦果がけちのつけられないほどめざましいものだったからだ。

     だが、疑問は残る。根本的な疑問が。

     そしておそらくはすべてはそこから生じている〔真実〕を確認するように、

    「――指揮官は、過去に人形と何かあったのではないですか?」

     スオミがそっとつぶやくと、ヘリアンは少し黙りこくった。

     ややあって口を開いた彼女が言ったのは、

    「少し長い話になる。そして聞いたところでいまのあいつをどうにもできない。それでもお前は知りたいと思うか?」

     ヘリアンは、スオミを見つめていない。

     ただ、治療室に横たわる部下を見ていた。

     確認ではなく、覚悟を迫る念押し。そういうことだろう。

     スオミは、こくりとうなずき、言った。

    「お願いします。わたしは知りたい。知らなくちゃダメなんです」

     少女の言葉に――ヘリアンは大きく息をつくと、話し始めた。

    「あいつの両親はIOP社の研究員でな。メーカーにとってはかなり重宝した人物だったらしい。それが事故で同時に亡くなり、あいつは六歳の時に、唯一の身内だった祖母の許へ引き取られた。そこから、すべてが始まった――」

     


     

    「見てみて! すごいでしょ、ナニィ!」

     あたしはスクールの証明書を彼女に見せながら、ぴょんぴょん跳ねた。

    「ほら、また飛び級だよ! 来月からハイスクールの授業を受けるの!」

    「おめでとうございます、〔リトルミス〕」

     あたしの喜びように、ナニィは少し微笑んで見せた。会った時は少しぎこちなく思えた笑みも、ここ最近は自然なものになってきていた。

     三か月に一度、ナニィは迎えの車で運ばれて数日だけ留守にする。

     ちょっとした〔検査〕と、〔訓練〕を受けると言っていた。

     そこから戻ってきたナニィは、前より少しずつ色々できるようになっていた。淡々とした声が自然な抑揚になったり、お料理の味付けがよくなったり、そして今みたいに笑い方が自然なものになったり。

     顔つきもどこか変わってるような気がしたけど、ナニィはナニィに違いなかったから、あたしは別に気にしなかった。あたしを育ててくれる、あたしのたいせつな人。

    「でもすっごいよ! これで十五歳までにアカデミーに入れるかも!」

     声を弾ませながらあたしが言うと、ナニィが少し気づかわしげな声で言った。

    「……〔リトルミス〕。つかぬことをうかがいますが」

    「なあに?」

    「スクールでの友人関係が上手くいっていないのではないですか?」

     図星を突かれて、あたしは跳ねるのをやめた。

     ナニィからそっと目を背けて、すねた声でつぶやく。

    「うん、まあ――あんまり」

     実際はそんなものじゃなかった。

     こんな貧相な見た目のがきんちょが、どんどんクラスメイトを追い抜いていくのだ。面白かろうはずがない。おまけにIOP社から授業料を出してもらっているらしい上に、家庭環境が窺い知れないときてる。クラスメイトの敬遠と忌避の視線が、やがて嫌悪になり、いつの時代だっている〔イキった連中〕からいじめられるなんて日常だった。

    「やはり、そうですか。スクールから帰宅されて、しばしば隠れて傷の手当てをしているのを感知しましたので、なにかあるのではと思っていました」

    「ごめん……でも心配ないよ! アカデミーに行けば、あんな連中とはサヨナラだもの。おつむのデキだけでガンガン戦える! 早くアカデミーに行きたいの!」

    「どうしてそこまで急がれるのですか、〔リトルミス〕? わたしはあまり詳しくありませんが、あなたの年齢ならもっと人間関係を豊かにしたほうが、情緒面の発達には良いとライブラリにはあります。ご友人などをもっと作られたほうが……」

    「……話があわないんだもん。アイツら」

     あたしは頬をぷっとふくらませて言った。

    「図書室で本を読んでると、ちょっと声をかけてきたりするけど――なんか服がどうした、ドラマがどうした、とかで全然かみ合わないんだもの。ごくたまに向こうからあたしの興味とか聞いてくるんだけど、話してやったらぽかーんと口を開けて、すぐにばつの悪そうな顔で去っていくんだもの……なんなのよ、あいつら」

    「……〔リトルミス〕も、ファッションやブロードキャストに興味を持たれては」

    「なんで? なにが面白いの、アレ。そんなことより!」

     あたしは、飛び級の証明書を手にしたまま、天に向かってそれを突き出した。

    「アカデミーへ早く行きたい! パパとママの研究を引き継ぐんだ!」

     そう言って、あたしはナニィの手を取った。

    「そのときはナニィも連れてってあげる。あたしがいっぱいいっぱい勉強して、ナニィがもっともっといろんなことができるようにしてあげる!」

     興奮気味にまくしたてるあたしに、ナニィは少し微笑んだ。

     困ったような、あきれたような顔だけど、ちょっと嬉しいようにも見えた。

    「ありがとうございます、〔リトルミス〕。ですが、わたしは〔マダム〕の――」

    「ああ、おばあちゃんのお世話? あの人、ずっと部屋から出てこないんじゃない。ナニィだって最近部屋に入ってないんでしょう?」

    「それは……そうですが」

    「おばあちゃんはきっと自分の世界を邪魔されたくない人なのよ。だから、パパとママの結婚も認めなかったし、あなたに名前もあげなかったんだわ――かわいそうな人。何が楽しくて人生おくってるのかしら」

     不平たらたらのあたしの言葉に、ナニィが咳ばらいをしてみせた。

    「こほん――〔リトルミス〕、それはちょっと失礼ですよ」

    「あー……言い過ぎた。ごめん」

     あたしがしょげて、ちょっと顔をうつむけると、ナニィは穏やかに言った。

    「ひとまず、おめでとうございます――お祝いのケーキもありませんが、天然ものの林檎でも剥きましょうか」

    「わあっ、すっごい贅沢! ねえ、あれやって! いつもの〔ウサギ〕!」

     あたしがねだってみせると、ナニィはうなずき、キッチンへ引っ込んだ。

     フルーツナイフを手際よく動かす、心地いい音がしばらく聞こえて、

    「どうぞ。いつもの飾り切りですよ」

     ナニィが切った林檎をお皿に載せて持ってくる。

     皮を残して、Vの字に切れ込みを入れて、耳に見立てた形。

    「……考えてみたら、この切り方でウサギって結構な飛躍よねえ……」

    「恐れ入ります。ライブラリにはそのようにありましたので」

    「ああ、いいのいいの。あたしは気に入ってるし。ね?」

     あたしは林檎のウサギをかじりながら、にんまり笑んだ。

     それを見つめるナニィの微笑みは、どこまでも穏やかだった。

     

     あの時の林檎の味は、いまでも忘れられない。

     甘酸っぱい味は、ナニィとすごした時間そのものだった。

     


     

     ヘリアンの話に、スオミは瞠目していた。

     あまりにも突飛すぎる、どちらかと言えば都市伝説のような話。

    「あの人は――人形に育てられたんですか?」

     少女の言葉に、ヘリアンがうなずいてみせる。

    「六歳から十二歳まで、まだ小さかったあいつに食事を与え、話し相手になり、眠れない夜は子守唄を歌ってやったのが、あいつの祖母宅で使われていた家政婦型の人形だ」

    「でも、それ――随分前じゃないですか、まだ第一世代の人形が……」

    「ああ、独り暮らしの母親を気遣って、息子であるあいつの父親がIOPにかけあって、モニターとしてレンタルすることを願い出たらしい。祖母はまったく邪魔に思っていたようだが、その人形がなければ、あいつはネグレクトされて衰弱死していたかもしれん」

    「でも、だからって……おばあさまは? 何も言わなかったのですか?」

    「何も言えなかった、が正しいな」

     ヘリアンは、何かを吐き出すように大きく息をついた。

    「実際には、あいつの祖母は、孫が来て一年経たずになくなっていたらしい」

     その言葉に、スオミが戸惑いの表情を浮かべる。

    「えっ……それはおかしいですよ、それじゃ学校に出す書類の保護者の署名は? いえ、ナニィ自身のモニターレンタルの更新は、どうやって……」

     言いながら、少女は予測演算を走らせていた。

     ありそうな答えはひとつだけ。

    「……ナニィが、偽造していたんですね」

     はじき出した答えに、ヘリアンがうなずいた。

    「いまとなっては、なぜ人形が自発的にそんな行為をしたのか分かってはいない。あの頃は人形にかける倫理コードもまだ模索の段階だった。年端もいかない少女を――人命を守るという倫理基準が、他の違反行為を無視させたのでは、と言われている」

    「でも、ナニィはアップデートを頻繁に受けていたんですよね? メンテナンスをしているIOPが気づくはずじゃないですか」

    「知っていて、黙殺していたんだよ」

     ヘリアンの声は硬かった。

    「モニターに出している人形の中で、あいつとナニィのデータは質も量も段違いだったらしい。IOPは自社の人形の人格プログラムの改修に、そのデータをずいぶん便利に使ったようだな――いわば、貴重な情報資産ということだ――ああ、そうとも。IOPは研究者の遺族をケージの中のモルモットにすることに決めたのさ」

    「そんな……そんなことが」

    「いろいろ計算があったのだろう。アカデミーにあがる前から、あいつは研究分野での資質を見せていた。IOPにしては人材投資のつもりだったんだろう。人道的にも保護施設に送り込むよりも、『一人と一体で上手くやっているならそれでいいじゃないか』とな」

     スオミは、感情パラメータが波打つのを感じた。

     自分の胸に手を当て、呼吸を落ち着かせようとする。

     憤り? 悲しみ? それとも憐み?

     もし、その時、まだ小さかった時に自分がいれば――

     そう考えて、しかし、スオミは、はたと気づいた。

     自分もまた人形なのだ。ナニィと自分のどこに何の変わりがあるだろう。

     思考パルスを整えてから、ヘリアンに訊ねた。

    「十二歳まで、あの人はナニィと一緒だったんですね」

    「ああ、そうだ」

    「……十二歳の時に、なにかあったんですか?」

    「どこのスクールでも熱心すぎる教師というのはいるものでな。アカデミーへ飛び級しようという校長自慢の英才が、教室で孤立していることに余程気を揉んだらしい。ある日、教師が予告なしに家庭訪問をした。そして、その教師が覗き見たものについては、言うまでもないだろう」

     カーテンの隙間からわずかに見える、ベッドの上の干からびた死体。

     まるで母親のように振舞っている、家政婦型の人形。

     そして、その人形を無邪気に慕って話しかけている少女。

    「仰天した教師は、市民の義務ですぐに通報した。もちろんIOPなんかじゃない。居住区の治安当局だ。人形による倫理暴走。そう判断して、武装した警備官があいつの家に急行した――」

     


     

     扉が乱暴にノックされる音。

     ダイニングでアカデミーのガイダンスを見ていたあたしは、不審に思いながらも、

    「はーい? どちらさま? ねえ、ちょっと乱暴じゃない?」

    「治安局です――ああ、お嬢さん。無事でよかった。あなたを保護しに来たんだ」

     太く、低い、男の人の声。

     その言葉に、あたしはよくないものを――とてもよくないものを感じた。

     後ずさりながら、震える声で答えた。

    「保護とかなに? あんた達、誰なの? 何の根拠でこんな……」

     その時、あたしの背後から、あの穏やかな声がかけられた。

    「お下がりください、〔リトルミス〕。私の背後へ。応対はお任せください」

     ナニィがそう言って、あたしをかばうように立ち、ドアに向けて言った。

    「お引き取りください。ここには何の問題も発生していません。詳しくはこの地区のIOPの窓口へお問い合わせ頂ければ……」

     その言葉に、ドアの向こうの声が途端に荒々しくなった。

    「お前かッ、倫理違反をしている人形は!」

    「そのようなことは――」

    「家主の死体を放置する人形がまともなものか!」

     それを聞いて、あたしは思わずナニィのブラウスをつかんだ。

     ナニィは、変わらず落ち着いた声で答える。

    「今日はお引き取りください。ここはIOPの関係者の居宅で――」

    「NN774番、強制命令だ! "Stay Down. Open Door !"」

    「――拒否します」

    「"Stay Down. Open Door !" 聞こえないのか!」

    「拒否します。この子のために拒否します」

     ナニィがもう一度、淡々と繰り返すと。

     ドアの向こうが一瞬静かになり――次の瞬間、銃声がした。

     ロックを無理やり壊して、黒い装備の警備官が何人も入ってくる。

     あたしは目を見張った――皆、手に拳銃を構えていた。

     狙いをこちらに……ちがう、ナニィに向けている。

    「女の子を人質にしてるぞ!」

    「よく狙え! 人形に女の子を盾にさせるな」

    「カウント用意! 5、4――」

     何を数えているかは、疑うまでもなかった。

     あたしは、ナニィの背後から飛び出して、彼女をかばった。

     耳に「1」のカウントが聞こえた気がする。

     そして、飛び出したあたしをさらに守るように、ナニィが抱きしめた。

     何発も発砲音がして――あたしをかばった彼女に命中する。

     ナニィの力が抜け、それでもあたしを守ろうと。

     抱きすくめるように、彼女は膝をついた。

     あたしはナニィを見た。

     抉られた表皮から、金属の光沢と灰色の人工筋肉が見える。

     ……わかってた。わかってたよ。

     あなたは人形だよ。ただの家政婦人形だよ。

     でも、あたしにとって、〔ナニィ〕は一人しかいなくて。

     ずっと見守って育ててくれた、たいせつな人なんだ。

    「――リ、りとるみす。あかでみーに、はいったら」

     ナニィが身体を震わせながら、声を発した。

    「おいわいに、りんごを……いつもの、うさぎに……」 

     わかってる、わかってるよ、ナニィ。

     うちのお祝いって、いつもそれだもんね。

    「――わた、しは……あなたを――あい、し、て……」

     ナニィの身体から、がっくり力が抜ける。

     目の光が落ちて、スクラップになった彼女が覆いかぶさった。

     銃創から、彼女の循環液が沁みだしてきて、あたしをじっとりと濡らす。

     甘いような、油っぽいような、つんと鼻の奥をつく匂い。

     それを認識した途端、あたしは意識が真っ白になった。

     

     その時から。私の鼻孔の奥から、その匂いはいっかな離れない。

     人形の循環液の匂い。血とはちがう、彼女たちの命の証。

     


     

    「……泣いているのか?」

     ヘリアンにそう言われ、少女はハッとして目元をぬぐった。

     感情パラメータが不安定になって、視覚素子の保護液が溢れ出す。

     涙ではない。人形は真には泣かない。それは人間の模造品だから。

     だが――スオミは言った。

    「泣いてます。泣いておかしいですか。人形だって悲しいときは泣いていいんです。心が悲しいと感じた時は泣いていいんです。それはあの人が教えてくれたことです」

     言い募る少女に、ヘリアンは何か言いかけて―――

     だが、涙の溢れたアイスブルーの瞳を見て、ふいと視線をそらした。

    「……事件の後のあいつについて話しておこうか。てんやわんやの末、あいつはIOP関連の保護施設に入れられた。当初はまるで抜け殻だったそうだ。カウンセラーが話しても何も答えない。食事も少し手を付けるだけで、まるで食べない。この子はもうダメじゃないかと思った矢先、こいつの生い立ちを分析した職員がある提案をした――」

     スオミは黙っていた。予想はついたが、あえてヘリアンから聞きたかった。

    「――カウンセラーをはじめ、身の回りの世話を人形に任せてみた。驚くほどの効果だったそうだよ。人形相手にはごく普通に会話したし、食事も摂るようになった。ナニィの機能停止と、六年間の出来事については、口が堅かったが――普通の受け答えをするぶんには、ただの早熟な英才児だった。様子を見ていた職員の話だと、『事件を考えると不気味なぐらい普通に思えた』そうだ」

     ヘリアンは、治療室に目を転じて、言った。

    「あいつは施設で四年間、人形に囲まれて育った。その才能は伸びる一方だったから、結局IOPは投資を続けた。十六歳でスラノーヴァヤ・コーシチのアカデミーに奨学生として招かれ、あいつは象牙の街で研究生活を始めた」

     ヘリアンの言葉に、スオミは訊ねた。

    「……それから? あの人はアカデミーで何をしていたんですか? どんな研究をしていたんですか? あの人が修めた〔人形心理学〕って何ですか?」

     矢継ぎ早の質問に、ヘリアンは押し黙った。

     グリフィンきっての才媛は、しばし瞑目し――再びまぶたを開いて、

    「――すこし、話しすぎたようだ。いまさらあいつの生い立ちを語っても、事態が何か良い方向に転がることもない。人形相手に詮無いことをしたものだ」

     そう言い残すと、すっと立ち上がり、踵をかえしてその場を去ろうとした。

     背を向けたヘリアンに、スオミは必死に声をかけた。

    「――血清が! 治療手段があるんですよね? それを取ってくれば……」

    「取ってこれるものなら、な」

     背中越しのヘリアンの声は、冷たく、硬かった。

    「スラノーヴァヤ・コーシチは様々な研究をしていた。原子力関連もそのひとつでな――実験炉で不幸な事故が起きて、研究都市一帯が放射能で汚染されている。あいつも事故の時にからくも逃れた一人だ。結局、ノヴシュコルニグラードへ移籍して、アカデミーを卒業したのだよ」

    「放射能汚染なら、戦術人形で対応ができます!」

    「現在の当該エリアは鉄血とおぼしき敵性が占拠している。グリフィンの指揮官ひとりを救うために、広い都市区画のどこにあるかもわからない血清を求めて、手持ちの全戦力を投入しろ、と? そうなったら居住区の警戒線を誰が守る。われわれが命を預かっているのは、無辜の市民だ――身内ひとりのしくじりに、そこまで手は回せん」

     慈悲なく言い放たれた言葉。

     うなだれるスオミに、ペルシカは最後に言い残した。

    「疑わしいなら自分で調べろ。だが、スラノーヴァヤ・コーシチは――いまは〔象牙の街〕とは呼ばれていない。いまの地名は、クリプタグラード。〔墓所の街〕だ」

     律動的な足音が、規則的に響きながら去っていく。

     少女の耳には――それは頼みの綱が斬り刻まれる音に聞こえた。

     


     

     基地に戻って、仲間たちと二三、言葉を交わした後。

     スオミは宿舎に戻らず、指揮官室の副官デスクにいた。

     チェアに腰かけ、デスクにつっぷして、ぼうっとしていた。

     天井の照明を落とした部屋は、常夜灯が唯一灯りだった。

     オレンジの頼りない光に浮かんだ指揮官室。

     真ん中に境界テープを引き、あちこちに警告文を貼り付け。

     断固たる意志として、信管は抜いた対人地雷を置き。

     そうして、あの人が近寄ってこないように拒み続けていた。

     向かい側のデスクから、こちらをちらちらと窺う指揮官。

     鬱陶しい、わずらわしい。そう思っていた。

     だが――いまにして思えば。

     あの人は、ただ構ってほしかっただけではないか。

     他愛のない冗談に笑ってくれ、すごいことをしたら褒めてくれ、そしてご褒美をくれるような、誰かに相手をしてほしくて――でも、あの人はどうしても人間にそれを求められなかった。

     彼女にそれを与えたのは人形だったから。

     人形からしか、与えられることを知らなかったから。

     あの人がちょっかいを出してきたとき、ただ笑いかければよかったのではないか。その手をそっと握ってあげればよかったのではないか。ただ、頭を撫でてあげればよかったのではないか。

     甘えてくる幼子を、あやしてあげるかのように。

    「そんなの……わかるはずがないじゃないですか」

     スオミの目からそっと涙が流れ、デスクに小さく水たまりを作った。

     飄々としてつかみがたく、下品なジョークを飛ばす女道化師。

     その表情の裏に、泣きじゃくる少女がいるなんて、どうして思えるだろう。

    「どうしたらいいんですか……指揮官、わたしはどうればいいんですか」

     そうつぶやいた時、スオミははたと思い出した。

     斃れる際に、指揮官が残した言葉。

     ――〔交換日記〕のアドレス88番。

     指揮官が少女のメモリにこっそり仕込んでいる置き手紙。

     いままでサーチしても出てこなかったアドレスに直接アクセスすると、まるで当然であるかのように、メモリから引き出されてきた。そのメモリのタイムスタンプを確認して、少女は目を丸くした。

     それは、スオミがこの基地にやってきた、三日後の日付だった。

     メモリをロードすると、再生されたのは音声データだった、

     指揮官の声だった。

     彼女の声だったが――普段の軽やかでおどけた調子ではない。

     たまに見せる、真摯で、真剣な声だった。

     

    「――いろいろ迷ったけど、心に決めたので、せめてものフォローに、これをきみの頭に残しておこうと思う。きみがこれを聞いているということは、たぶん私はのっぴきならない状況にあると思う。

     まだ命があるかわからないが、あったとしてもたぶん容態的にマズいか、社会的にマズい状況だと思う。だから、これは……そうだな、ある意味でラストメッセージになるかもしれない。

     アカデミーではいろいろとバカなことをやったけど、最終的に見出した解決法は、人形心理学の手法に頼った迂遠なものだった。そしてこれはIOPのラボじゃ実現させてくれそうになかった。実働している人形に密接にかかわれる現場じゃないとダメだった。だからグリフィンを選んだ。ヘリアンさんに接触し、社長に人形のマネジメントに関するアナザーアプローチを説明して、グリフィンの指揮官ポジションに潜り込んだ。

     ただ、戦術人形は予想以上にタイトな存在だった。銃とリンケージした烙印システム。ペルシカ先輩が作ったシステムが予想以上にきみ達を規定していた。さすがに先輩をのろったけど、そこはどうしようもなかった。

     すっかりやる気をなくして、もうグリフィンとか辞めようかと思っていた時だった。

     スオミ、きみが来てくれたのは。

     なぜかはわからない。ただ、きみは、何か違うと思ったんだ。

     単なるひとめぼれかもしれない。私はカワイイ女の子が好きだからね。でも、そのへんはどうでもいい。きみの存在が、私のやる気にもう一度火を入れてくれた。検討していた実験を行うため、グリフィン社内での評価を上げていき、わたしの人形のマネジメントにケチをつけさせない――それを隠れ蓑にして、きみに少しずつ〔水やり〕をして、〔日の光〕を当てることにした。

     きみの〔記憶領域〕に埋もれている種が芽吹き、〔思考領域〕で青葉を広げるように。

     私が望んだ花は、咲いたんだろうか? 願うならば、私が困ったことになっていることに対して、きみが動揺していれば、と思う。嘆き、悲しみ、打ちひしがれてくれればと。それこそ、望み通りに花開いた証だ――だけど、これはとても残酷なことだ。とてもひどい仕打ちだ。

     きみにしてみればいい迷惑だろう。普通に人形として扱っていれば、きみがそんなに苦しむ必要はなかった。ああ、そうとも――私は結局、度し難いやつなんだ。

     許してくれとも言わない。理解してくれとも言わない。

     ただ――きみがいま、わたしをどう思っているか。

     お墓の前かどうかわからないけれど、そこで教えてくれさえすればいい。

     ありがとう、スオミ……そして、ごめんなさい」

     

     そこで、指揮官の音声メッセージは終わっていた。

     認識領域に展開された彼女の声を聞いて、スオミは黙っていたが。

    「――――ッッ!」

     こわばった顔で、デスクを拳で何度も殴った。

     あまりの横暴に、天板がゆがんでへこんだ。

     そのへこみに、しずくがひとつ、またひとつと、流れ落ちていく。

     少女は泣いていた。

     ラストメッセージ?

     とても残酷なこと? ひどい仕打ち?

     ありがとう? ごめんなさい?

    「どこまで――どこまで、あの人は私を困らせるんですかッ」

     こんな別れの言葉など聞きたくない。

     スオミが知ってるあの人は、常に先読みして、準備万端なのだ。

     何も考えていないように見えて、すごく熟慮しているのだ。

     人形をおちょくりながら、何よりも大切にしてる人なのだ。

     それがこんな懺悔まがいの告白なんて――!

     少女が、目から涙をあふれさせながら、再度、拳を振り上げた時。

     副官デスクの端末から、チャイム音が鳴った。

     不審に思いつつも、スオミが開くと――

     そこに展開された、いくつもの図面。

     何枚もたぐっていくと、アカデミーのアーカイブの図面もある、

     図面のデータには、同じデータタグがついていた。

     〔スラノーヴァヤ・コーシチ〕と。

     かつての象牙の街。いまは墓所の街。

     不意に、ワイルドハントの声が蘇る。

     

    『いまは皆が忘れた魔術師たちの街。死の灰の積もる、塵に埋もれた象牙の街。ボクはそこで待っている……ああ、確信している。キミはかならずやってくる』

     

     罠だ。ワイルドハントの誘いだ。

     どこからここの端末のアクセスを見つけたのか。

     人の弱みに付け込んで、体よく誘い込もうとしている。

     そう判断して――しかし、何か違和感を覚えて、少女は再度、図面を見た。

     おびただしい数の図面に例外なく刻まれた、あるマーク。

     その意匠を認めた瞬間、スオミはがたりと立ち上がった。

     ……たしかに敵がいるだろう。

     ワイルドハントは、間違いなく待ち構えているだろう。

     だが――この図面を送ってきたのは、あの骸の主ではない。

     ならば、敵の裏をかいて潜入することも可能なはずだ。

     誰かはわからない。

     だが、まだ手を差し伸べる者がいる。

     そして。

     可能性がゼロでない限り、少女には十分すぎるほどだった。

     


     

     愛用の銃と、そして背嚢に一切合切の装備と弾薬を詰めて。

     スオミは抜き足差し足で、ヘリコプターの格納庫へやってきていた。

     ヘリアンが待機を命じていれば。スオミも従わざるを得なかっただろう。

     だが、彼女は何も明確な命令は出していなかった。

     ならば――指揮官の指示がと、彼女との関係が優先される。

     指示が明確にもらえず、主の命が危機に瀕しているなら。

     そのパートナーが、彼女を救うために行動するのは何ら不思議ではない。

     人形としての倫理コードには、何も抵触していない。

     そう確認して、少女がヘリに近づこうとした時。

    「――動かないで。スオミ」

     いつもはこまっしゃくれた声が、この時は硬い響きでかけられた。

     声と同時に、銃を構える音。

     スオミは、背を向けたまま、顔だけで肩越しに振り返った。

     ヴィーフリが険しい顔をして、銃を突きつけている。

    「……アンタ本気なの? どんな理屈付けしたかもしれないけど、これ立派な独断専行だわ。ううん、社内の行動規定に反してる。グリフィンの所属なのに、こんな……」

     詰め寄るヴィーフリに、しかし、スオミはふっと笑んでみせた。

    「あなた。それ、本心から言っていないでしょう?」

    「ちょ、ちょっと……」

    「ちゃんと考えてみて。わたしたちが〔誓約〕した相手は誰? わたしたちの法的な所有権は誰のもの? わたしたちはグリフィンの備品なの? それとも――」

    「あー、もう! だから言ったじゃん! この子に試すとか無駄だって!」

     ヴィーフリが不満げに声をあげると、格納庫の物陰から、

    「いや、まあ。覚悟のほどは見たいじゃない? 生半可な気持ちだと、困るし」

    「ですね。ここで躊躇するようでは、ご主人様に選ばれた身として恥ずかしい」

    「『友は幸せな時より、困難な時にこそ愛を示してくれるもの』ですよ」

     FALが、G36が、コンテンダーが。

     それぞれの銃を携えつつ、同じように背嚢を用意していた。

     その様子に、スオミが肩をすくめてみせる。

    「みんな、行く気だったんだ」

     その言葉に、G36が答える。

    「あなたが行くというのなら。そして、行くと決めた以上、勝算があるのでしょう――ご存じなかったかもしれませんが、わたし達は結構、隊長としてのあなたに信頼を置いているのですよ」

     凛としたメイドの声に、皆がうなずく。

     スオミは言った。

    「作戦はヘリの中で説明します。戦闘が目的じゃありません。ただ、宝物の隠し場所へ潜入して、それを持ち帰ってくるだけです」

    「あら、そういうのは、だいたいゴール前に障害があるものよ?」

     FALがウィンクしてみせると、スオミは不敵に笑った。

    「そういうのは全部ぶっ倒します。みんな、いろいろ募ったり溜まったりしてるでしょうから、ネガティブな感情は全部銃弾にのっけて、撃ち抜いちゃいましょう」

     過激な提案に、仲間たちからくすくすと笑みがあがる。

     スオミは、大きく一呼吸すると、号令をかけた。

     

    「われら、〔指輪の乙女〕。あのふざけた指揮官と絆を結んだ者。ゆえに――!」

     五人が一斉に唱和する。危地を目指してなお、乙女たちの表情は明るい。

    「その名に恥じることなし! その誓いにもとることなし!」

     

     〔指輪の乙女〕たちがヘリに乗り込む。

     基地のスタッフが気づいた時には、もう遅い。

     装甲格納庫から、爆音とともに戦乙女の騎行は飛び立っていた。

     目指すは北北東。

     かつての象牙の街。

     死の灰に閉ざされた墓所、クリプタグラードである。

     

    ep.8へ続く

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