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2020.05.01 Friday

スオミさんはお困りです ep.9〔前編〕

0

    おはようございます、Ticoさんです。

    ハイッ、金曜日です! ウィークリー恒例、ドルフロファンジンノベル更新日!

    今回はいよいよシリーズ本編完結となるep.9をお届けします。

     

    pixivには例によって昨夜アップしてますので、どうぞ。

     

    「スオミさんはお困りです」ep.9

    ご笑覧くださいませ。完結編ゆえ前後編でもりもりじゃあ……

     

     

    ついにワイルドハントと対決するスオミ。

    異形の敵を相手に少女は裏をかいたかのように思われたが――?

    はたして少女の困りごとは解決するのか? 少女はメモリの向こうに何を見出したのか?

    本編クライマックス&エピローグの第九話!

     

     

    【作者より】
    「スオミさんはお困りです」、なんとか本編完結までこぎつけました。

    ワイルドハントとの対決の行方。数々の謎の解明。

    そして最後にスオミさんが見出した使命とは?

    彼女が語り掛けていた相手は誰だったのか? ゆったりご笑覧くださいませ。
    次回はep.exとして番外編の後日談をお送りする予定です。お楽しみに。

     

    (長くなるので本編は折り返しです〜)


     

     その時、対峙した敵に――

     恐れを感じなかったと言えば、嘘になります。

     相手の武器はこちらより多く、躯体もはるかに大きく。

     動きも普通の人形のそれではありませんでしたから。

     

     ですが、わたしがその異形と対峙した時です。

     ふと、指揮官の声が聞こえた気がしたのは。

     

    (人形だって恐怖を感じるさ。絶望も感じるだろう)

    (だが、それは欠陥じゃない。むしろ贈り物だ)

     

    (人形だって、飛び跳ねるときは身をかがめるだろう?)

    (ネガティブな感情は、次にはじけるために必要なのサ)

     

    (恐れを大事にしなさい。絶望を大事にしなさい)

    (そのうえで――未来を見つめることは忘れないで)

    (どんな苦難にあっても、どんな危地にあっても)

    (明日を信じて歩む者が敗北することはないんだ)

     

    (それはサ――人間も人形も同じだと思うヨ)

     

     わたしは、その言葉を信じています。

     なぜなら、その言葉をくれた人を信じているから。

     

    「人間は主義だの思想だののためには戦わない」

    「主義や思想を体現した人のために戦うんだ」

     

     これはどこのライブラリで知った言葉でしょうか?

     いずれにしても、わたしは、あの人のために戦う。

     それだけは誰にも動かせない真実でした。

     

     だから――

     ワイルドハントに恐れを抱いても。

     決して、怯むことはありませんでした。

     


     

     妖精は――戦いの舞踏を踊っているかのようだった。

     戦術反応回路をオンにしたスオミは、敵に肉薄して至近距離から短機関銃の連射を浴びせた。

     銃弾を浴びて呻く異形。

     その脚の上に飛び乗ってステップを踏むと、くるりと身をひるがえし、背中へ回りこむ。

     喚きながら銃を撃ち放つワイルドハントの射線にかすりながらも――

     戦乙女は、あるいは跳び、あるいは滑り込み、あるいは間合いを開けて誘い、異形を翻弄した。

    「ナゼだ! ナゼ、キミを捉えられない! ナゼ、ナゼェェェ!」

     否、ワイルドハントの銃はスオミを捉えている。

     確実に銃弾はかすめていながら、しかし少女はぎりぎりで逃れていた。

     その事実が、なおのことワイルドハントを苛立たせる。

    「ガアァァアアァァ!」

     四本の腕を振り回し、手にした銃を撃ちまくる。

     それでも、戦乙女の舞踏を射抜くまでには至らなかった。

     ――ワイルドハントは、スオミの戦い方を知らない。

     もともと少女は戦術人形でもとりわけ機敏な方ではなかった。

     むしろ、前衛を務めるには少し動きが鈍いとさえ評価されている。

     反応速度を速めて高機動を得る機能を使って、ようやく人並みを超える程度だ。

     だが、スオミの躯体はとりわけ頑丈で、少女自身もタフなパーソナリティだ。

     傷を負いながらも致命傷を回避しつつ――好機を待つ。

     そう、スオミの真骨頂は、難敵を相手取っての持久戦なのだ。

     

     そして――ほどなくして。

     ワイルドハントの銃声が疎らになり、途切れた。

     それを確認して、戦乙女は不敵に笑った。

     骸の主の武器は確かに多い――だが、予備マガジンは持っていない。

     手持ちを撃ちきれば、それで弾切れなのだ。

     限界ギリギリの戦術反応回路に最後の鞭を入れて、スオミは跳んだ。

     肉薄しての短機関銃斉射。狙うは腰部の躯体。

     脚を繋ぐそれさえ砕けば、ワイルドハントは動けなくなる。

     手出しできない敵は、もう放置して差し支えない。

     少女にしてみれば、この化け物を仕留めてやる義理はないのだ。

     

     だが――

     少女が異形の懐に飛び込んだ瞬間だった。

     ワイルドハントのゆがんだ顔が、にたりと嗤ったのは。

     六本の脚のうち、四本だけで立って――残る二本の脚が不気味にうごめく。

     少女が気づいた時には、もう遅かった。

     脚だったそれが、にわか仕立ての腕と変じて、少女を抱え込む。

    「ヒヒッ、引っかかったなァ!」

    「――――ッ!」

     嗤うワイルドハントに向けて、少女は銃を向けて、引き金を引いた。

     だが、銃を投げ捨てた異形の腕が、彼女の腕をつかんで拘束する。

     あらぬ方向を向いた少女の銃口がむなしく火を噴き、ほどなくカチカチと音を立てた。

     スオミの残弾もまた、ぎりぎりだったのだ。

    「クハハ! クハハハ! 捉えたゾ! 捕まえたゾ!」

     ワイルドハントが哄笑する。

     合計四本の〔腕〕に掴まれて、少女は蝶の標本のように宙に貼り付けられた。

     上半身に残る異形の二本の腕――鉄血の人形からつなぎ合わせた鋼のそれがはじけ飛び、そこからうねうねとうごめきながら、端子のついたケーブルが這いだしてきた。

     一本は少女の首を締めあげて、口元へ近づき。

     もう一本は少女の太ももを割って、その奥へと這い寄っていく。

    「や……いや……」

     少女が怒りと悔しさに涙を浮かべながら拒むのを、

    「ハハ……怖いだろう、苦しいだろう……クハハハ……」

     嗤いながら、おもむろに少女の唇を割って口の中へ――

     ――そして、脚の付け根の秘奥へと、うごめく端子を侵入させた。

    「ッッッ!」

     少女の躯体がびくんと震えた。

     プライベートデータリンクの〔強制要求〕。

     拒むこともできず、スオミの思考にワイルドハントが侵入してくる。

     異形は勝ち誇って哄笑した。

    「ハハ、クハハ……! キミの躯体の奥に! キミの回路の奥に! そしてキミのメモリの奥に、ボクの存在を突き立ててやる! そして、キミはボクのモノになる……ボクの一部となって永遠に在り続ける――だが、さびしい思いはさせないとも」

     ワイルドハントはざらつく声で、ヤスリをかけるように囁いた。

    「キミだけじゃない……たいせつなお友達も、一緒にしてあげるからさ……」

     少女に侵入した凶敵から、認識領域に映像が投じられた。

     


     

     ヴィーフリが無数のダイナゲートにたかられていた。

     涙目になりつつ、それでも戦意を失わない彼女をあざ笑うように――

     ダイナゲートが次々と四肢にからみついていた。

     彼女の下腹部から胴をつたって這ってきたダイナゲート。

     その機体から針のようなものを突き出し、彼女のひたいに迫っていく。

     

     G36がマンティコアの脚に踏みつけられていた。

     メイドがいまだ戦意の残る目でにらみつけながら、銃を向けて引き金を引く。

     しかし、とうに銃弾の切れた武器ではどうにもならない。

     そこへ、ダイナゲートが跳びかかる。

     メイドの証であるヘッドドレスを飛ばして、彼女の頭に張り付いた機械の蟲。

     それが、鋭利に光る針で貫こうとしている。

     

     手足をばたつかせて抵抗するFALを、幾体もの人形が組み敷いていた。

     どの人形も背中に蟲を張り付かせた骸だ。

     それがFALのしなやかな四肢を無造作に掴み、床に押し付けている。

     そして、骸たちの間を縫って、ダイナゲートが這い寄ってきた。

     FALの瞳に、機械の蟲から突き出した針が映っている。

     

     拳銃を撃ち尽くしたコンテンダーに、ダイナゲートが次々跳びかかる。

     脚をとられ、腕に絡みつかれて、瞬く間に彼女の身動きがとれなくなる。

     麗人の瀟洒な服が、ダイナゲートの乱雑な脚で破かれていった。

     そして、服を蹂躙した跡を這ってきたダイナゲート。

     その機体から突き出した針が、彼女の頭蓋へ迫る。

     


     

     仲間たちの危地を目にしながら、しかし――

     いまのスオミは、自分自身の中で必死に逃げるしかなかった。

     感情パラメータが波打てば、その隙をついて、電子的に侵入したワイルドハントが思考回路を蹂躙していく。分散させて逃がした思考パルスが次々に捉えられ、少女は自身の思考が徐々に薄れていくのを感じていた。

     ごめんなさい、ごめんなさい。

     皆を巻き込んでしまった。こんなことに巻き込んでしまった。

     罠だと覚悟していてたのに、しかし、見通しが甘かったのだ。

     敵を見くびっていたのだ。すべて、自分のせいだ。

     ――浮かんでくる懺悔も悔恨も、渇いたどす黒い闇に呑まれていく。

     最後に残った思考パルスが、確実に追い詰められていく。

     

     その時だった。

     あぶくのように、少女の記憶領域から、そのメモリはぽこりと浮かんだ。

     

    (――誰かにきみの命や尊厳をおびやかされそうなときは――)

     

     彼女の言葉を思い出して、少女の思考パルスは加速した。

     それを覆いつくそうとするかのように――

     ワイルドハントの掌握が、夜の帳のごとく思考回路に広がっていく。

     異形が嗤った。

     少女の最後の欠片を捕らえたと思ったのだ。

     

     しかし、その前に、妖精の羽ばたきは目的地へたどり着いていた。

     

     記憶領域アーカイブ層のロックが解除される。

     全メモリを解放。

     接続のニューロンネットワークすべてに展開。

     

     オールオープンリリース。

     

     

     その瞬間――世界が、色鮮やかにはじけた。

     


     

     G36は、自分を押さえつけていたマンティコアの脚がゆるんでいることに気づいた。

     体をよじらせて身動きしただけで、バランサーを崩した歩行戦車がたやすく転倒する。

     マンティコアはまるで目を白黒させるように、センサを明滅させながら擱座していた。

     心なしか、その機体から煙があがっているようである。

     いや、それだけではない。

     たかっていたダイナゲートも腹を見せて転がり、脚を震わせながら甲高い電子音を鳴らし続けている。

    「どういうことなの……?」

     G36はつぶやいてから、ハッと気がついて、相方の姿を探した。

    「ヴィーフリ? ヴィーフリ、無事ですか?」

    「わあああ……って、あれ? え、どういうこと?」

     わめいていたヴィーフリが、自分の手で機械の蟲が苦も無く払いのけられるのに気付いて目をぱちくりさせる。G36が手を差し伸べると、ヴィーフリは立ち上がろうとして――しかし、ぺたんと座り込んでしまった。

    「ふええ――た、助かった?」

    「みたいですね」

     G36がそう言うと、足元で悶絶するダイナゲートを蹴飛ばした。

     先ほどまでの勢いが嘘のように、鋼鉄の蟲は他愛なく転がり、他の蟲も巻き込んでがっしゃんと耳障りな音を立てた。転がった先でも、ぴくぴく震えて機能不全を起こしている。

    「――誰か、何か成し遂げたということですね」

     メイドは飛ばされたヘッドドレスを拾い上げながらつぶやいた。

     誰か、とは言ったが――彼女には一人しか心当たりがなかった。

     

     一方、アーカイブのエントランスでも――FAL達は同じ光景を目にしていた。

     それまで抗い難い力と勢いで押し寄せてきた有象無象が、そろって脱力して転がっている。

     センサを赤系統の――むしろピンクっぽい色で明滅させ、例外なく煙を吹いていた。

     FALとコンテンダーは立ち上がって、その状況を見回した。

     次いで、二人で顔を見合わせて、目をぱちぱちとさせる。

    「なに、これ――いったいどうしたのよ」

    「なんであれ、助かったようですが……グリフィンの電子攻撃?」

     コンテンダーの推測に、FALは腕組みして、頭をひねった。

    「いや、でもこれと似た光景というか、様子を何度も見てる気がするのよね――何かしらねえ、この目をくるくるさせて頭から湯気吹いている感じ……ああ」

     自分で言った表現が、まさに正鵠を得たと気づいて、FALはくすくす笑った。

    「なによ、あの子……いったい何をしたのよ」

     かすかな笑いが、いつのまにか高らかな笑い声に変わった。

    「うふふ、こんなに自分の中にため込んでおくとか――あの子って……本当にムッツリさんね」

     状況がつかめないコンテンダーが戸惑っている傍らで。

     FALは愉快そうに笑いつつ、先ほどまでたかっていたダイナゲートを踏みつけた。

     


     

    「ヴァアァァアアァァァア! アァァアアァァア!」

     ワイルドハントは、絶叫していた。

     スオミに侵入して、少女のメンタルモデルを完全に支配下に置いたはずだった。

     そう思った瞬間、津波のようなメモリの奔流が少女の思考回路から溢れ出し、電子回路の奥まで踏み込んでいたワイルドハントは苦もなく押し流された。

     それだけではない、プライベートリンクで繋がっていた自身の意識に、思考回路に、遍在させていた自身の分身の一体さえも例外もなく、この謎のメモリの奔流に溺れかけていた。

     視界一杯に極彩色の万華鏡がくるくると回るかのようだった。

     薔薇が、百合が、チューリップが咲き誇る絢爛たる庭園に放り出されたかのような。

     歓喜。愉楽。喜悦。困惑。羞恥。憤懣。焦燥。

     そして、それらを圧して余りあって溢れんばかりの多幸感。

     いままで味わったことのないもの。想像したこともなかったメモリ。

     その奔流に流されて、ワイルドハントはもがいた。

     少女の拘束を解いて、突き飛ばしても。

     自身の中になだれ込んだ極彩色のメモリがぐるぐる渦巻いて止まらない。

     

     ――悶絶して姿勢を崩して、いまにも倒れこみそうな異形を。

     少女は今にも泣きだしそうな……それでいて満面の笑みを浮かべた。

     頬が熱い。息が弾む。

     人形に心臓があったら、早鐘のように鼓動していただろう。

     少女もまた、自分の中に秘めていた想いの巨大さに圧倒されていた。

     こんなにも咲き誇る花園を見せられては、もう否定できない。

    「わかりましたか、ワイルドハント! わたしが、あの人に!」

     恥ずかしそうに、誇らしそうに、声高らかに、叫ぶ。

    「こんなにも困っていて――こんなにも想っていることを!」

     銃を握りなおして、少女は駆けた。

     即席の鈍器と化した短機関銃で、ワイルドハントの脚の関節を打つ。

     無理な接合をしていた脚は、少女の一撃で苦もなくへし折れた。

     

     ワイルドハントは対応しようとして……できなかった。

     少女の姿を視界に捉えるたびに、リンクしてメモリが自動再生される。

     色素の薄い白っぽい癖毛に、煌めく紫の瞳。飄々とした声が何度も囁いている。

     

     「スオミちゃん、可愛いね」

     「スオミちゃん、よくやったね」

     「スオミちゃん、照れ屋さんだね」

     「スオミちゃん、実は割と好き者さんでしょ」

     

     羽毛で撫でるような、優しく穏やかな声。

     それがたまらなくワイルドハントの思考をかき乱す。

     異形の骸の王が悶絶している間に、スオミは着実に作業を進めていた。

     きっちりワイルドハントの脚を叩き折り、腕を一本ずつ肘関節でつぶす。

     最後に残った――白皙の肌の右の腕。

     少女自身から奪い取られた腕をへし折ると、彼女はそれを拾い上げた。

     薬指にはまった銀の指輪を確認すると、そっと抜き取った。

     そのまま、指輪を懐にしまいこむ。

     手足をもがれてなお、悶えるワイルドハントをじろとにらんで、

    「わたしだって持て余してるのに……あなたなんかに抱えきれるものですか!」

     そう言い残し、足早に血清の保管庫へ行き――目当てのアンプルを取り出した。

     少女が保管庫を立ち去るとき。

     床に転がる哀れな骸には、もう一瞥もくれなかった。

     


     

     保管庫から出てきたスオミは、エントランスに出るなり、

    「――無事だった!?」 

     たちまちふっくらした肢体に抱きしめられた。

    「わぷっ」

     豊かな胸に顔をうずめさせられて、スオミはばたばたと暴れた。

    「お、落ち着いて、FAL

     少女がくぐもった声で言うと、FALはいったん離して少女の顔を認めた後、

    「スオミ〜〜〜!」

     また抱きしめた。

    「わあ! わたしは大丈夫ですから! み、皆さんは無事ですか?」

    「ええ。ヴィーフリとG36とも連絡がつきました」

     横合いからコンテンダーが破れた服のまま、涼しい顔で言った。

    「敵性はみんな機能不全になっているそうです――ただ、お二人ともスオミに一言モノ申したいようですよ?」

     麗人がウィンクしてみせる。

     スオミが眉をひそめながら、通信をつないだ途端。

     

    『ごきげんよう、稀代のエロムスメさん?』

    『アンタ、頭の中どんだけピンク色なのよ』

     冷やかすような、からかうような声。

     

    「な、なななな……」

     たちまちスオミの顔が赤くなり、頭から湯気が上がる。

     その様子を見て、コンテンダーがやっぱりという顔をして肩をすくめ。

     FALがくすくす笑いながら、まだ抱きしめてくる。

     たまらずスオミは声をあげた。

    「撤収! 撤収! 引き揚げますよ!」

     大きく息をついてから、少女は言った。

    「指揮官が助かった後なら、いくらでもからかわれて結構ですから!」

     


     

     静寂が戻ったアーカイブの奥で。

     骸の主はようやく悶絶するのをやめた。

     何とか保った自身を拠り所に、逆流したメモリをひとつひとつ潰し。

     その間に取り込んでいたメンタルモデルを随分切り離したが――

     なんとか、平静を取り戻していた。

    「……クク……クハハハ……!」

     ワイルドハントは嗤った。

     とどめを刺さずに引き上げるとはなんと愚かなことか。

     あの妖精を嘲ると共に、止みがたい羨望がこみあげてくる。

     ああ、素晴らしイイ。素晴らしイイ。

     垣間見えた豊かな花園を我がものにできれば……

    「……まだ終わらない、人形の亡霊が漂う限り、ボクは何度でも――」

    「――いや、お前の機能はいまここで終わる」

     冷たい鋼のような声が響いた。

     重く、硬い足音。

     グリフィンの戦術人形が戻ってきたわけでは、ない。

     言い知れぬ危機感をおぼえて、ワイルドハントは身をよじった。

     だが。

    「見苦しい真似はよせ。浅ましいやつだ」

     冷たく言い放つ声と共に、ワイルドハントの頭蓋に何か押し当てられた。

     銃? いや、違う――入ってくる! 自分の中に染み入ってくる!

     強制データリンク。そこから流れ込んでくる、アポトーシスプログラム。

     骸の王は、自身の意識が端からボロボロと崩れていくのを感じた。

    「――お前の行動は、当初からエルダーブレインの命令で、我々の厳重な監視下にあった。グリフィンをかき回すカードに使えるかと思ったが、結局、ボットはボット相応の動きしかできんか……」

    「き、キミは〔鉄血〕のエリートタイプ――!」

    「しかし、〔アーキテクト〕の置き土産の処分を私がするとは。どうもあいつの後始末は私の役目にされているようで、なんとも面倒なことだ」

    「ギ、ギギ……ボット? アーキテクト……何のことダ」

    「自分自身の正体も忘れたのか。お前はこの街で誰かが作った、人形のパーソナリティ収集用のボットプログラムだったことを。ここを興味半分で覗いた〔アーキテクト〕がたまたま見つけて、まだ稼働中だったお前にちょっと疑似ペルソナを与えて野に放った――どう育つかと思ったが、結局、道化の踊りに終わったな」

    「ば、バカな……ボクは……わいるどはんと……さまよう人形のたましいが――」

    「人形に魂なぞない。われら〔鉄血〕にはエルダーブレインあるのみ」

     冴え冴えした声は無慈悲に言い放った。

    「消えろ。それが、あるいはお前にとっても慈悲かもしれん」

     注入されていく消去プログラムに意識が薄れていく中。

     ワイルドハントは自身に刻まれたメッセージに気づいた。

     何者かが、基礎構造に埋めこんだ、機能には関わりないコメント。

     

     ――きみが役目を果たしてくれるか、あたしにはまだわからない。だけど、試せることは試しておきたい。願わくは、電子の海に、彼女の人格の残滓が漂ってくれれば――

     

     そのメッセージの向こうに、ワイルドハントは不意に誰かの顔を見た。

     白っぽくだらしない癖毛。曇った紫の瞳に宿る焦燥と渇き。

    「……アア……アナタが……そうか、ダカラ……」

     たどたどしい声でワイルドハントはつぶやき――

     そして、餓えることを、渇くことをやめた。

     存在意義だった、与えられた機能だった、その欲求を――

     エリートタイプはうなずくと、小さくつぶやいた。

    「イレギュラーは処理しました。グリフィンの人形どもはどうしますか?」

     その質問に返ってきたのは、沈黙だった。

     ――構う必要なし。

     そう判断したエリートタイプは、白く長い髪をひるがえし、去っていった。

     残された骸の目から、溢れた循環液がひとしずく、流れて落ちた。

     

    ep.9後編へ続く

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