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2020.05.11 Monday

恋慕のコランダム〔後編〕

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    おはようございます(/・ω・)/

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS、

    「恋慕のコランダム」後編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様

    こちらからどうぞ

     

    sis_01_02.jpg

     

    L211基地のリー・エンフィールドが示したジュピター砲無力化作戦。

    それに挑む97式と95式の姉妹だったが……

    危地に陥って明かされる意外な事実。

    姉が妹に隠したがっていた“あの夜の出来事”は、いったいなんだったのか?


    新シリーズ〔お姉さんと妹ちゃん〕第1話「恋慕のコランダム」後半です!

     

     

    (本編は折り返し〜)


     

    「お姉ちゃん、ホントにあの人の考えに乗るつもりなの?」

    「ええ。わたしだけで後方に退いても、どこかでバッテリーが尽きて動けなくなる可能性が高いもの。それなら、余力があるうちに活路をひらいた方がいいわ」

     改めてマガジンを装填しなおして、銃を鳴らしてみせる95式。

     

     すっかり覚悟を決めた表情の姉に、妹は眉をひそめてみせた。

    「そ・う・じゃ・なくて。信用していいのかってこと」

     

     腰に手を当ててねめつける97式に、95式はそっと笑んでみせた。

    「たしかに、つかみどころがないのは確かだけれど――」

    「でしょう? この役割分担、ちょっと納得いかないよ!」

     紅いリボンで彩られたツインテールを震わせながら、97式は気色ばんだ。

     

     アサルトライフル型の姉妹が前衛、ライフル型のエンフィールドが後衛。

     否、後衛というよりは、二人を盾にしながら狙い撃つ態勢だ。

     いきおい、給電設備を守る〔鉄血〕の圧力をおもむろに受けるのは姉妹になるだろう。

     それを考えると、いかにも危険を押しつけられた感がある。

     

    「だったらさあ……」

     頬をぷっくりふくらませる妹を、姉はじっと見つめたが、

    「――えいっ」

     しなやかな指でつんと妹のひたいを突いてみせる。

    「ひゃあ!?」

     不意をつかれた妹はといえば、軽く悲鳴をあげて目を白黒させた。

     

    「よく考えて。あなた一人だけじゃない。わたし一人で行くわけでもない。姉妹いっしょに戦うの。それは普段と変わらないわ。あなたとわたしは姉妹で、B373基地で最優の戦術人形のペア。そうでしょう?」

    「それは……そうだけど」

     妹がそっと顔をうつむける。

     

     表情を少し陰に隠しながら、上目遣いで何か言いたげに姉を窺っていた。

     その様子に――姉は愁眉を見せつつも、そっとつぶやいた。

    「わかってるわ。あなたには、ちゃんと話さなくちゃいけないことがある。でも、もうちょっと待って……わたし自身の心の準備ができるまで、猶予がほしいの」

     姉の目が、妹の目を覗き込むようにじっと見つめる。

     黒真珠の瞳が、かすかに揺れていた。

     

     そんな姉の様子を見て、妹は息をつくと――ぺしんと自分の頬を自分の両手ではたいた。

    「んんっ! わかった! とりあえず気にしないことにする!」

     そう声をあげた妹は、すっかり表情を改めていた。あどけないながらも戦士の面立ちとなった彼女が、マガジンを確かめ、薬室に銃弾を送り込んで、銃を鳴らす。

     

    「あの紅茶マニアがグウの音も出ないぐらい、敵をやっつけよう!」

    「ちょっと、それは言い過ぎよ……」

    「だって、飲むならジャスミン茶がいい! 硝子のポットで茶葉の細工がお湯で開いていくのをじっくり眺めるのが楽しいんだもの!」

    「そうね……基地に帰ったら、ジャスミン茶を一緒に飲みましょう。そうして、月餅でもつまみながら、お互いにわだかまりなしで話し合いましょう」

    「あは、楽しみにしとく」

    「そのためにもあれを陥とさないと……行きましょう」

    「うん、行こう!」

     

     姉妹はうなずくと、銃を構えて駆け出した。

     


     

    「ふむ、やはり良いペアですね。本番を前に素早く切り替えができる」

     スコープで姉妹を窺いながら、エンフィールドはひとりごちた。

     

    「良い戦士で、良い姉妹で、そして良い乙女です――これはきちんと二人とも主の元に帰してあげねばなりません。そうでないと指揮官どのに叱られてしまう」

     

     淑女はそっと笑んだ。あの紫の瞳の煌めきが思い出される。

     自分の頭が“柔軟ではなかった”頃、「人形は使い捨てにすべきでは」と進言した時。

     あの人が少し悲しそうに、だが、断固として口にした言葉があった。

     

    『きみ達は可愛い。そして、可憐な女の子はそれだけで価値がある。

     それは人形も人間も変わりないんだ。

     自分を犠牲にするな。戦友を犠牲にするな。

     もっと欲張りになれ。圧倒的な敵も、過酷な運命も、

     その執着で跳ね返してしまえ。

     強欲は罪だが、抗い難く魅力的で――

     そしてなにより克服する力の源だヨ』

     

     思い出しながら、薬室に銃弾を送り込む。

     使い込んだ愛用のライフルが小気味良い音を立てるのにうなずきながら、

    「おっしゃる通りです、指揮官。可愛いは、なによりも素敵なものです」

     

     静かにつぶやいて、姉妹に銃を向けようとする〔鉄血〕の一体に狙いをつけた。

     


     

     駆ける。駆ける。撃つ。

     

     そしてまた駆ける。そしてまた撃つ。

     

     視界に入る〔鉄血〕を素早く捉えながら、97式は引き金を絞った。

     鋼の人形がどうと倒れる間に、姉である95式がまた先を進む。

     

     時折、遠距離から狙いをつけるライフル型の〔鉄血〕が見えるが、すぐに遠雷のような射撃音と共に急所を撃ち抜かれて倒れ伏す。エンフィールドも的確な位置取りをしながら姉妹のカバーに入ってくれているようだった。

     

    「やるじゃない、あの人」

     そうつぶやきながらも、しかし。

     97式は感情パラメータがざわついて仕方がなかった。

     

     先程から、姉である95式の背中を追ってばかりだ。攻略にかかった当初は二人で並んで走っていたのに、いつのまにか姉がポイントマンで自分がバックアップになっている。勢い、敵の狙いは姉に集中してしまい、白いハーフコートは銃弾がかすめてところどころが裂けて黒ずみ、尾羽打ち枯らしたさまになっていた。

     

    (これじゃ……まるであたしが守られているみたいじゃない!)

     97式は歯噛みした。本来なら手数勝負の自分が前に出るべきだ。

     姉の射撃スタイルなら、むしろ下がって援護した方がいい。

     

     なのに、当の95式は急かされているかのように前に前に出ていく。

    「お姉ちゃん、待って!」

     たまらず声をあげると、95式がちらと振り向いた。

     妹の様子を認めると――少し微笑んだように見えた。

     

     その時。

     岩陰からダイナゲートの一群が湧いてきた。

     それほどの数はない。だが、先行していた95式は、たちまち取り囲まれてしまった。

     足元を這いまわり、ともすれば躯体に絡みつこうとする鉄血の蟲を、95式が一匹ずつ銃撃する。97式も追いすがって、厄介な邪魔者を排除していく。

     

     その一瞬の隙を――衝かれた。

     襲撃の機会をうかがっていたのだろう、〔鉄血〕の人形。

     そいつが飛び出してきて、銃を構える。

     

     短機関銃型のリッパーだ。

     動きを止めた95式を狙いすましている。

     気づいた95式が反射的に躯体をそらし――97式が必死に銃弾を撃ち込んだ。

     

     97式に頭蓋を撃ち抜かれながら、しかし、敵の銃弾は姉の膝を捉えていた。

     

     脆い関節部に痛撃をもらって、95式のしなやかな右脚があっけなく折れた。

     青い差し色で彩られた白のハーフコートがひるがえって、彼女がゆっくりと崩れ落ちる。

    「――ッ!」

     声にならない叫びをあげて、97式は駆けながら銃を連射した。

     

     たかろうとするダイナゲートも、続くリッパーも撃ち倒して、姉へと駆け寄った。

     牽制しながらも、姉の躯体をひきずって、岩陰に隠れる。

    「お姉ちゃん! 大丈夫!? お姉ちゃん!?」

     声をかける97式の嗅覚センサが、つんと甘い匂いを感知した。

     姉の躯体を流れる循環液だ――閉鎖が上手くいっていないのか。

     

     顔をゆがめながらも、姉は目を見開き、そっとほほ笑んだ。

    「大丈夫よ――わたしは大丈夫。でも、もう走れそうにないわね」

     そう言うと、姉は、妹の腕をぎゅっとつかんで言った。

    「あとはあなたに任せるしかないみたい。わたしがここから援護するから、あなたは給電設備へ急いで――たぶん、あなたの全速力なら、そうかからないだろうから」

     

    「でも……でも!」

     妹は瞳を揺らして、声をあげた。

    「お姉ちゃん、動けないじゃない! こんなところに置いていけないよ! もし〔鉄血〕が近づいてきたら、どうするの!?」

     

    「なんとか、がんばってみるわ」

    「そんなの、答えになっていないよ!」

     97式はぶんぶんとかぶりを振った。

     豊かなツインテールと紅いリボンが乱れて舞う。

    「お姉ちゃんはちゃんと無事に帰らなきゃ! だって指揮官が待って――」

     

    「――いいえ。違うのよ、97式」

     気色ばむ妹に、姉は儚げな笑みを浮かべて、言った。

    「指揮官が待っているのは、あなた。あの人が〔誓約〕の相手に決めたのは、あなたなの」

     姉の言葉に――妹は言葉に詰まった。

     

    「な……ッ?!」

    「気づいてなかったでしょう? でもね、あなたがいつも賑やかしく、楽しげにしているのを見て、あの人の心はいつも助かっていたのよ。軍から身を退いて、グリフィンに入って、何のために戦うのかわからないときに、いつも97式の笑顔が支えになったって――ふふ、あなたは全然その気がなかったでしょうけれど」

    「そんな。そんな――!」

     97式はまたかぶりを振りながら、岩陰から銃を突き出して、撃った。

     

     近寄ってきていた〔鉄血〕がたちまち倒れるのを確認して、そして叫ぶ。

    「お姉ちゃんは! あなたはそれでいいの? お姉ちゃんもあの人が好きじゃないの!? じゃないと、キスなんかしない! わたしはてっきり、お姉ちゃんが〔誓約〕の相手に選ばれたと……」

     

     妹の言葉に、姉は大きく息をついてみせた。

    「あの人も悩んだみたい。指揮官の職務をささえてくれる人形にこそ、指輪は捧げるべきじゃないかって――それで、よりによって、当のわたしに相談してきたのよ。『俺は一体どうしたらいいと思う?』って。二人いっぺんに愛を注げないから、どちらを選んだらいいだろうって――ふふっ、もう、本当に不器用な人……」

     姉の声がわずかに震えたのを耳にして、妹は彼女の顔を見た。

     

     黒真珠の瞳から涙があふれて、しずくが一筋、頬を伝って流れた。

     人形は、正確には泣かない。涙に見えるそれも、視覚素子を包む保護液にすぎない。

     それでも――想いが満ち堰を切って流すのであれば、まぎれもなく乙女の涙であった。

    「わたしは正直に答えたわ。わたしも、指揮官を想っていると。そして、もしかなうことなら、わたしを選んでほしいとも……」

     

    「だったら――っ!」

     銃を再び構えて撃ちながら、97式が叫ぶ。

     発砲音にまじってあげる声は、いまにも泣き出しそうだった。

     

     そんな妹に向けて、姉は静かに言った。

    「でも……あの人が、最初にあなたにと決めた選択には意味があるはずだから。あの人の意思を曲げたくなかった。いったん振れた天秤を勝手に動かしたくなかった……だから、諦めるつもりで、最後に口づけだけを願ったの」

     

    「あああ、もう! なんで! なんで!」

     97式が叫びながら銃を撃ち、空になったマガジンを捨て、再装填した。

    「そんなときまで、お姉ちゃんぶらないでよ!」

     

    「……仕方がないじゃない。あなたのお姉さんなんだから」

     苦笑気味に言うと、95式は岩陰を支えに、残った脚と両手で態勢を整えた。

    「ここからわたしが援護するわ。あなたは給電設備を叩いて」

     

    「でもっ!」

    「わたしを想ってくれるなら……わたしの覚悟を認めてちょうだい」

     穏やかな、しかし、断固として譲らない声。

     それを聞いて、97式は目に涙をあふれさせそうになり――

     だが、腕でごしごしと拭うと、キッと表情を改めて、言った。

    「――なるべく急ぐから。なんとか持ちこたえて!」

     

     97式は駆けだした。駆けながら、声をあげる。

    「帰る時は、二人一緒なんだからね!」

     泣きわめくような、叫ぶような声。

     

     妹の“わがまま”を聞いて、姉はそっとほほ笑んだ。

     岩陰から銃を突き出し、射撃を開始する。

     

     派手に、騒がしく――そう、獲物はここだと言わんばかりに。

     


     

     走る。走る。走る。

     関節をできる限りの勢いで回し、人工筋肉に鞭打って――

     

     躯体の限界まで稼働させて、97式は走った。

     

     遠く背後で銃撃戦の音がする。

     姉が――あのお節介屋が、頑張っている。

     自分が囮になるために。自分が盾になってかばうために。

     妹である97式を、メモリを保持したまま帰還させるために。

     

    「――ばかぁッ!」

     小さく叫んで、97式は銃を構えた。

     給電設備はもうすぐそこだ。

     

     張り付いた〔鉄血〕の人形を視界に捉えるや、すかさず撃つ。

     狙いと引き金の速さなら、自分にかなう者はいないのだ。

     

     撃ち倒した敵には目もくれず、ひたすらに走る。

     給電設備は思ったよりも大きい。

     普通の作戦なら、時間をかけてクラッキングするところだ。

     だが――いまは時間が惜しい。

     

     まごまごしているうちに、姉の砂時計が尽きてしまう。

     

     彼女こそ、記憶を持ち帰るべきなのだ。

     想いを残してのキスなら、そのメモリは永遠の宝物だ。

     失わせてはいけない。揮発させてはいけない。

     なぜなら、想い人と唇を重ねたとき――姉は、ひとときでも幸せだったろうから。

     

     認識領域に、給電設備全体を捉える。

     予測演算をフルに稼働させながら、97式は決めた。

     躯体に銃弾がかすめながらも、残る〔鉄血〕を立て続けに撃つ。

     

     狙いは、制御モニタ。

     正確には――その奥のコントロールユニット。

     

    「あぁぁああああ!」

     叫びながら、懸命に97式は引き金を引いた。

     肉薄しながら銃弾を叩き込む。

     モニタが砕け散り、流れ弾がパーツを弾き飛ばし。

     

     そして、ほどなくして、給電設備の稼働音がやんだ。

     

     遠くで――ずしんと何かの響く音がした。

     振り返ると、睥睨していた巨砲が、その砲身を力なく天に掲げていた。

     

     それを確認して――

     はあっと息をつき、97式は身をひるがえした。

     

     豊かな黒髪のツインテールと紅いリボンを千々に揺らして、姉の元へ急ぐ。

     


     

     引き金を引いても――空しい音が鳴るだけだった。

     

     弾切れになったのを待ち受けていたかのように、〔鉄血〕が数体、潜んでいた岩陰から姿を現した。無表情な鋼の顔が、じりじりと迫ってくるのを、95式はにらみつけた。

     

     遠くで響いた音からして――ジュピター砲の無力化には成功したのだろう。

     誇らしい気持ちだった。やはり自分の妹だと。頼れるパートナーだと。

     だが、あの子でも、限界はある。

     

     給電設備を止めて、ここまで引き返してくるまでの時間。

     敵にしてみれば、自分をスクラップにするには充分だろう。

     

     人形は死なない。停止した時点でしかるべき措置をすれば、予備の躯体を覚醒させれば蘇る。記憶も引き継ぐ――ただし、バックアップした時点でのものだ。

     

     復帰した自分は、きっとあの夜の指揮官の顔をおぼえていないだろう。

     彼が悩みながらも、相談を持ち換えてきたときの、まるで迷い子のような顔。

     普段の精悍さとのギャップに驚きながらも、彼の選択を揺らしてはならないと思った。

     

     だから、せめてキスをねだって、それをメモリの奥にしまい込んで。

     そうして、自分で一線を引こうと思ったのだ。

     それが――あの人と妹の幸せにつながるのであれば。

     

    「ああ……」

     95式は嘆息した。乱れた髪が一筋、疲れ切った顔にかかった。

     

     あきらめたはずなのに、どうしてだろう。

     

     ここに及んで、あの夜のメモリばかり浮かんでくる。

     彼の顔、彼の吐息、彼の声。そして、思いのほか柔らかな唇の感触。

     

     敵が銃を構えるのが見えた。

     想い人の顔を認識領域に浮かべつつ、95式はそっと目を閉じた。

     

    「……ブライアン……」

     ため息のように、そっと彼の名前をつぶやくと同時に。

     乾いた発砲音が、立て続けに響いた。

     

     ――予想していた衝撃も、痛みもない。

     代わりに聞こえたのは、ガシャガシャと人形たちが崩れ落ちる音だ。

     

     乙女は、恐る恐るまぶたを開いた。

     

     寸分のくるいもなく急所を撃ち抜かれた〔鉄血〕が、揃って転がっている。

     そして、すぐ近くの岩陰から、硝煙を立てた年代物のライフルが突き出ていた。

     

    「お待たせして申し訳ありません。連中が出そろうのを待っていました」

     凪のような穏やかな声と共に、赤銅の髪の淑女が姿を現した。

    「簡易ですが、手当はできます……少しお待ちいただけますか?」

     エンフィールドはそう言うと、95式に駆け寄った。

     

     窮地を救われた95式は、大きく息をつくと、不満げに軽くこぼした。

    「もう少し早くてもよかったのに――人がわるいですよ」

     

    「英国人の気質を受け継いだパーソナリティですから」

     悪びれもせずに淑女は答え、乙女の脚に手早く保護テープを巻いた。

    「脚は取り替えないといけないでしょう。ですが、大切なものは守れたようですね」

     淑女はそう言うと、すっと目を細めた。

    「もう少し、ご自分に正直になられてもいいと思いますよ」

     

    「……なんのことですか?」

    「あなたが、最後に呼んでいた名前のことです」

     淑女があっけらかんと言ってみせるのに――乙女は微笑んだ。

    「ふふっ、やっぱり人がわるいわ……改めた方がいいですよ」

    「考えておきます――おや? さては指揮官どの、狙っていましたね」

     

     エンフィールドが空の一点を見つめた。

    「聴覚センサを最大にしてごらんなさい。ほどなく迎えが来るようです」

     淑女が、穏やかに微笑んでいる。

     

     乙女は耳をそばだてた。

     遠くかすかに、ヘリの羽ばたきが近づいてくるのを感知し――

     そして、もっと近くから、自分の名を呼ぶ妹の声が聞こえた。

     


     

    「あたしが支えてあげる――どう? 立てそう?」

    「うん……大丈夫よ、ありがとう」

     

     あたしの言葉に、お姉ちゃんは穏やかに微笑んでみせる。

     お姉ちゃんが立てるように、あたしが半ば抱きしめて――姉妹二人でそろそろと迎えのヘリから降りた。

     

     エンフィールドはここにはいない。やってきたヘリには彼女の部隊が乗っていたの。

     澄ました顔の淑女に、副隊長らしい人形が不満顔をして、ずいと予備の弾薬を押し付けて言っていた。

    『隊長さん、まだまだお仕事よ。〔鉄血〕を背後から鴨撃ちにするんだから』

     

     それを聞いたエンフィールドは、肩をすくめながら、すっと微笑んだ。

    『それは悪くない考えです』

     そして、代わってヘリに乗り込んだあたし達に、目の冴えるような敬礼で見送ってくれた。

     

     あの人はそのまま戦場に戻ったけれど――たぶん、大丈夫だと思う。

     あんな食わせ者の人形が、そうそう〔鉄血〕にやられるはずがないもの。

     

    「――お前たち、無事だったか!」

     懐かしい声。精悍だけど、優しい声。

     あたしたちの指揮官が、息を切らせながら走ってくる。

     

     彼の姿を認めて――あたしは心を決めた。

     ちゃんと、言わなきゃ……自分の気持ちを。

     

     駆けてきた彼が、あたしたちの目の前で立ち止まった。

     息を整えるのも、もどかしそうに、彼が懸命に言葉を紡ぐ。

    「とりあえず……修復して、休んでくれ。まずは――」

     

    「――指揮官!」

     彼の言葉をさえぎって、あたしは声をあげた。

    「だいじなお話があります!」

     目を白黒させる彼を、じっと見つめる。

     この人の想いは嬉しい。かなうなら、受け入れたい。

     でも――あたしより、もっとふさわしい人がいる。

     準備ができていないあたしより、ずっとこの人を想っていた彼女が。

     

    「あの、お姉ちゃんから聞いたんですが、その……」

     言いかけて、でも、肝心なところを言う前にわき腹をつつかれた。

     お姉ちゃんがじっとこっちを見つめている。

     

     そのまなざしを見て――あたしは息を呑んだ。

     なぜなら、彼女の瞳がいつになく煌めいていたから。

     

    「――指揮官……いえ、ブライアン。お話があります」

     お姉ちゃんは、静かに、でもはっきりとした声で言った。

    「な、なんだ?」

     戸惑い気味の指揮官に――彼女は静かに言葉を紡ぎだした。

     

    「人形に関わる行動倫理コード。その二十八条四項をご存じですか?」

    「……なに?」

    「つい先日、更新されたそうです。そっと議会を通されたそうなので、あまり広く知られていません。使用主の自然人と、人形との〔誓約〕に関する、新しい取り決めです」

     

     お姉ちゃんが目を閉じて、歌うようにそらんじてみせた。

    「――なお、パートナーとなる自然人のもとで、当該の人形が対等とみなしうる立場において一定期間その義務を全うし、その事実をパートナーとする自然人と同格の自然人の証明することを条件として……人形から自然人へ〔誓約〕の申請を可能なものとする――」

     

     あたしは目を見開いた。

     当の指揮官は理解しようとして――やっぱり目を丸くしていた。

     

     お姉ちゃんがそっとまぶたを開いた。

     黒真珠の瞳に涙を浮かべながら、はずんだ声で彼女が言う。

    「L211基地のローズ指揮官が証人役を請け負ってくださいました」

     まなざしにも、声にも――遠慮も我慢も、みじんもなかった。

     

    「ブライアン……わたしはあなたのパートナーになりたいのです……これまでと同じように。いえ、これまで以上に……わたしのわがままを、どうか――」

     穏やかで、そして、断固たる乙女の告白。

    「――受け入れてくださいますか?“MY DEAR.”」

     

     〔誓約〕の始動ワードを口にして、お姉ちゃんがにっこりと微笑んだ。

     あたしは、感情パラメータが跳ねるのを感じた。

     

     きっと、あの紅茶好きの淑女がなにか言ってくれたのだろう。

     そして、お姉ちゃんは自分に向き合って、自分の想いを決めたのだ。

     

     だから、あたしの心も自然と決まってしまった。

     姉妹一緒だったら――それなら逆に、もう悩んだりしない。

     同じ人を取り合うライバルでも、きっとうまくやっていけるよ。

     

    「ねえ、ブライアン」

     あたしは、敢えて指揮官を名前で呼んだ。

    「たぶん、あたし達を修復ルームに送る前に、やることがあると思うよ?」

     

     にんまりと笑むあたしと、隣でにこやかに微笑むお姉ちゃん。

     紅いリボンと、青い差し色の、二人の乙女をかわるがわる見て、

    「――くそっ、俺はそんなに器用じゃないぞ」

     そう言って、顔をくしゃりとさせて、その太い腕を大きく広げた。

     

     それから、あたしとお姉ちゃんをいっぺんにぎゅっと抱きしめてきた。

     

     彼の体温に包まれながら、姉妹二人でくすくす笑いながら、

    「あら。もちろん、これから器用になってもらいますよ」

    「お姉ちゃんとあたしとで、しっかり訓練してあげるからね」

     姉妹二人して、彼の耳に熱っぽくささやいたんだ。

     


     

     そのあとの休暇は、三人一緒に過ごすことになった。

     

     指揮官――ブライアンは、〔誓約〕のために特注の証を贈ってくれた。

     

     お姉ちゃんには、小さくサファイアをあしらった指輪。

     あたしには、おなじくささやかにルビーが輝く指輪。

     

     名前はそれぞれ違う宝石でも、同じコランダムという鉱物だって教えてくれた。

     青玉は慈愛を、紅玉は情熱を表すんだって。

     元は同じ石なのに、不思議だね。まるで、わたしたち姉妹みたい。

     

     指輪をくれたときのブライアンは、とても照れくさそうだった。

     そんな彼にお姉ちゃんがキスを迫って――

     ――あたしはそこへ抱きついて、もろともにベッドに押し倒したのだけど。

     

     熱い一夜をどう過ごしたか、とか。

     その後、彼を巡って姉妹でどんな遣り取りがあったか、とか。

     

     それはまた、別のおはなし。

     

     

    〔「恋い慕うコランダム」 End

     

    〔Next Ep. ―― 「君に捧ぐニーナナンナ」

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