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2020.05.18 Monday

君に捧ぐニーナナンナ 〔前編〕

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロのファンジンノベルの新シリーズ、

    「お姉さんと妹ちゃん」第2話アップでございます。

     

    今回はカルカノ姉妹にスポットを当てて、

    「君に捧ぐニーナナンナ」

    と題してお届けします。ブログでは前後編で公開だよ!

    pixivでは分割アップしてますので、こちらからどうぞ

     

     

    M029基地のカルカノ姉妹は仲良し……のはず。

    少なくとも姉の方はそう思っていても、妹は実のところは――。

    なんとか実戦に出れるように、基地の指揮官が招いたコーチ役とは?

    「恋慕のコランダム」で登場のあの人も出てきます。ご笑覧くださいませ!

     

    (本編は長くなるので折り返し〜)


     

     起動信号を受領して、ワタシの思考パルスが回路を駆けはじめ――

     センサを覚醒させながら、ゆっくりとコンテナから出た時。

     ワタシの認識領域に映ったのは二人の人物でした。

     

     一人は、黒と臙脂の制服を着こんでいました。

     最初は細身の男性なのかと思ったのですが、ややあって女性と気づきました。

     

     引き締まった顔立ちながら、柔らかい印象でした。

     肩で短く刈った黒髪と、切れ長の目に黄玉色の瞳がよく似合っています。

     メモリに登録された情報をサーチして、目の前の人物が誰か分かりました。

     

     ワタシが配属された、グリフィンM029基地の指揮官です。

     

    「あんたが新入りの人形かい。ここを預かるモルガナだ。よろしく頼むよ」

     ざっくばらんな、でも、いかにも親しみやすそうな声でした。

     

     ワタシは軽く一礼すると、パーソナリティ通りに挨拶しました。

    「初めまして、指揮官」

     淡々とした声で、笑みも見せずに、

    「見てのとおり、ワタシは明るい人形です。仲良くやりましょうね」

     

     そんなことを言うと、彼女は目を丸くして苦笑いしていました。

     

     問題は、もう一人の人物――いえ、人形ですね。

     朱色の髪に、快活そうな碧の瞳。端正な顔立ちの女の子でした。

     

     そして、なにより服装がとにかく派手です。

     髪と瞳に倣ったのか、同じく朱と碧を基調に金の差し色。

     やたら装飾のやかましそうな服ですが、儀仗兵か何かでしょうか?

     

     そして、妙に表情をきらきらさせながら、落ち着かなげにしています。

     実際、ワタシの近くで挙動不審にしていました。

     目をぱちぱちさせながら、ワタシをいろんな角度で見ては、嘆息しています。

     

     ――なんなのでしょう、この人? 

     そんなことを考えていると、指揮官が軽く咳払いをしました。

     それでようやく、ぶしつけな振る舞いを止めてくれました。

     指揮官の隣に立ち、軽く敬礼すると、彼女はこう名乗ったのです。

     

    「ここの副官を務めているカルカノです! 歓迎するよ!」

     

     そう言うや、ワタシの手をいきなり握り、感極まった様子で、

    「わあ……メーカーの人、ちゃんと送った衣装を着せてくれたんですね! 見てくださいよ、指揮官! この美人さんぶり! さすがワタシの妹だけはあります!」

     それはもう鼻息が聞こえそうなほどの興奮ぶりです。

     

     当のワタシはと言えば、目をぱちぱちさせて、改めて自分の格好を確かめました。

     

     ――なんですか? この無用なひらひらは?

     紫と黒を基調にしたシックな色使いではありますけれど……

     ケープは透けていますし、短いスカートは幾重もフリルが誂えられています。

     

     認識錯誤を起こしそうになって、ワタシはもう一度メモリを確かめました。

     グリフィンの戦術人形。武器を持って戦う、軍事転用されたガイノイド。

     だというのに、別の意味で“お人形さん”みたいなこの服は?

     

     そして、メモリを確認した際に、ワタシは別のことに気づきました。

     

     目の前の派手派手しい人形は、カルカノと名乗りました。

     そしてワタシもカルカノなのです――つまり、目の前の人形は……

     

    「やっぱり、さすがワタシの妹! 綺麗な衣装がよく似合うよ!」

     ああ、この妙に熱量の高い人が、ワタシの姉ですか。

     

     そう認識すると同時に――パーソナリティに妙な違和感も覚えました。

     姉ならすぐわかるはずなのに、なぜワタシは気づかなかったのか。

     

     その疑問をそっと押し殺して、ワタシは涼しい声で言いました。

     

    「ありがとうございます、お姉さん。会えて、とてもうれしいです」

     

     それが――

     

     ワタシが最初についた“嘘”でした。

     


     

     広大な訓練場は、土埃が舞っていた。

     空は太陽がじりじりと照りつけて、地にある者を焦がすかのようだ。

     

     カルカノ妹――M91/38は、眉をひそめながらも、狙いをつけた。

     岩陰から標的へ向けて、引き金を引く。

     軽い衝撃と共に、銃声が鳴り響き――的をかろうじてかすめる。

     

     自分の腕前にため息が出そうだが、そんな暇はない。

     リストバンドのタイマーがすぐカウントを始める。

     

    「……やる気の出る趣向で実に楽しいですね」

     嘘である。こんな仕様、むろん愉快なはずがない。

     

     タイムアウトまでに、次の岩陰へと進出せねばならない。

     紫と黒の華やかな意匠をひるがえして、駆けだす。

     

     ところどころ現れる赤いレーザースポット。

     敵の射線を示すそれらをなんとか避けていったが――

     電子音から察するに、一、二発ぶんぐらいはもらった判定らしい。

     

     うんざりしながらも、なんとか目的の場所へ駆け込む。

     リストバンドのカウントが止まったのを確認して、また岩陰から銃を構える。

     狙いをつけようとして――だが、排莢を忘れていたことに気づいた。

     

     あきれ気味に息をつくと、レバーを引いて弾薬を入れ替える。

    「本当に高性能な銃で、素敵なことです」

     

     これも嘘である。

     リンケージされた銃の、なんとも年代物で時代遅れなことか。

     こんなものまで使わざるをえないグリフィンの現状にあきれてしまう。

     

     カルカノ妹は、ちらと訓練場の別の端にいる姉の姿を探した。

     いや、探すまでもなく、目を向けるとすぐ視界に見つかったのだが。

     朱色の髪に、派手派手しい衣装は否が応でも目立つ。

     

     念のため、姉には訓練前に言ったのだ。

    「普段着ではいいとしても、実戦や訓練では別の服がいいのでは?」と。

     

     対する姉の返答は実にシンプルで、脳天気なものだった。

    「戦場は戦術人形の晴れ舞台だよ? 晴れ着を着なくてどうするの」

     虚勢ではなく、さりとて“かぶいている”わけでもなく――

     大真面目、かつ、当たり前だと言わんばかりの口調であった。

     

    「……お姉さんは、なにごとも積極的で素晴らしいですね」

     

     もちろん、嘘であった。

     姉ということになっている、この人は思考回路がどうかしてると思った。

     だが、当の姉――カルカノM1918は、妹の評価にとてもご満悦なのだ。

     

     ――その姉が、射撃姿勢を取っているのが見える。

     凛々しい表情で狙いをつけて、引き金を絞る。

     発砲音が高らかに鳴り響き、標的を射抜いた。

     ど真ん中とはいかないものの、まずまずの腕前だ。

     

     そんな彼女を見て、妹が疲れたようなため息をついた時。

     リストバンドが赤く明滅し、訓練場全体にブザー音が鳴った。

     

    『はい、タイムオーバー! M91/38、あんたの射撃タイミング逃しだよ。やれやれ、手のかかる子だね――まあ、ちょいと疲れたのかもしれない。いったん訓練は止めて休憩を入れよう。二人で食堂にでも行ってきな』

     

     指揮官――モルガナの、ややあきれ気味の声がスピーカーから流れる。

     

     途端に、砂と岩の訓練場は、白とグレーのフィールドに変わった。

     ごろごろと転がっていた岩は、灰色のオブジェに変わると、変形して床の一部へと戻っていく。空と太陽も消えてなくなり、全天井型のスクリーンは穏やかなクリーム色の照明に転じていた。そして、訓練ルームの壁に備えられたフィルターが土埃を吸い上げて回収していく。

     

     そう、土埃! いまいましいことに、これだけは本物なのだ。

     M91/38は眉をひそめながら、衣装についた土埃を手で払った。

     服の色が黒と紫だけに、砂っぽい粉塵が余計に目立ってしまう。

     手で払って払っても、みっともない様子がいっかな解消されないところへ、

     

    「おーい、だいじょうぶ? けがしていない?」

     なんとも見当はずれな声をあげながら、姉が駆けてきた。

     自分も土埃にまみれて、なんともくたびれた様子だというのに、

    「あらあらあら、せっかくの美人さんが台無しだよ、もう」

     妹の様子を見るや、その髪や服についた土埃を払おうとする。

     

    「……お姉さん、心配なく。この程度は別に気にもなりません」

     またしても嘘。もう鬱陶しいこと、このうえない。

     さっきから感情パラメータがネガティブ方向に波打っている。

     

     妹の涼やかな声に、姉は目をぱちくりさせたが、

    「うん。でもお互いにシャワーを浴びて、さっぱりしてから着替えた方がいいと思うな。ちょっと指揮官にお願いして、休憩時間を伸ばしてもらおう。そうだ、食堂でパスタでも食べよう、うん!」

     そう言って、姉がにぱっと太陽のような笑みをみせる。

     

    「……リラックスできるのはうれしいですね。お姉さんはいつも優しいです」

     もう何度目になるかの、嘘。

     

     本当はゆっくりなどしていられない。

     もっと射撃の腕をあげなければいけない。

     なぜなら、自分は戦術人形なのだから。戦うことが役割の道具なのだから。

     

     だというのに、この姉の世話焼きぶりときたら――

    「ほら、替えの服は用意してあるんだ! さっさとカラダ洗っちゃおう」

     手をぶんぶん振りながら、先をさっさと姉が歩き出す。

     

     あわてて妹はついてくと、そっとささやいた。

    「こんなに素敵なお姉さんをもって、ワタシはシアワセ者ですね」

     

     口をついて出るのは、やっぱり嘘。

     こんな人が姉とか……煩わしいことこのうえない。

     そんな妹の本心などまるで気づいていないのか――

     

     朱色の髪の彼女は、妹を振り返ると、朗らかに笑ってみせた。

     


     

    「まあ、がんばっているし、ベストは尽くしているとは思うんだが」

     モルガナはモニタで姉妹の様子を窺いながら、ため息まじりに言った。

    「それで、コーチ役としては、あの二人をどう見る?」

     ちらと後ろを振り返って、モルガナは黄玉の瞳を背後の人物に向けた。

     

     赤銅の髪に、端正な顔立ち。そして凪のような表情の淑女。

     着ている服は、かつての戦列歩兵のいでたちに似ている。

     そして、肩から提げているのは年代物のライフルであった。

     よく手入れが行き届いたそれは、軽々に骨董品扱いできない鋭さを感じさせる。

     

    「……ベストを尽くした、とは、往々にして成果を出せない者の言い訳です」

     片眉さえ動かさず、赤銅の髪の淑女は断言してみせた。

    「求められた仕事には結果を出し、それが戦いであれば勝たねばなりません。努力や過程の重要性を否定はしませんが、それはすべて、最終的に成功の果実を手にするための段取りでなくてはなりませんから」

     

     遠慮のない評価に、モルガナは苦笑いを浮かべた。

    「やれやれ。手厳しい言葉だね。それにしても、“カサンドラ”のお嬢ちゃんにライフル型のコーチ役を頼んだら、まさか43地区の英雄が来るとは思わなかったよ」

     

     その賛辞に、淑女は口の端をそっと持ち上げた。

    「働いてくれたのはわたしの部隊のメンバーです。わたし自身は、敵の脆い箇所を見抜いて指示したまでですよ。実際、撃った弾の数なら副隊長が断然多いのですから」

     

    「ほう? しかし、隊長自らこんなところまで出張って大丈夫なのかね」

    「副隊長が頑張り屋さんでしてね。いまごろ隊長不在に文句を言いながら、存分に働いてくれているでしょう――まあ、張り切りすぎるのが常ですから、あまり長期間不在にすると抱え込んでまいってしまうのが難しいところですが」

     澄ました顔に涼しい声で言うと、淑女は翠の双眸でモルガナを見つめて言った。

     

    「なにより、うちの指揮官――“カサンドラ・ロロ”自身が、モルガナどのの依頼なら、とわたしを指名したのです。ローズ指揮官がグリフィンに入る前、ヘリアンさんから見せられた貴女の兵站レポートがとても勉強になったので、恩を返せるなら、と」

     ライフルを携えた淑女が、すっと目を細めた。

     それまでの凪のような表情がさざめいて、かすかな笑みが浮かんでいる。

     

    「……なに、『誰でも自分の仕事を一番よく知っている』というだろう。あたしはもともと後方幕僚。あんたのとこのカリーナ嬢ちゃんと同じ専門だ。それが何の間違いか、たまたま動けなくなった指揮官の代わりに、作戦の面倒を見たら存外上手くいって、抜擢されたというだけでしかないさ」

     モルガナは肩をすくめてみせた。

    「家庭持ちの女なのに、旦那と息子から離れて単身赴任とはね。それなりに自宅ヘは時々帰してもらっているし、給料は上がったから息子が進みたがっている芸術スクールの学費も助かっているんだが……あたしの料理の味を家族が忘れていないかが、いつも心配さね」

     

    「帰るべき家がある、というのは良いことです」

     淑女は、ふっと軽く笑うと言った。

    「うちの指揮官にもぜひ見習っていただきたいところですね」

     

    「“カサンドラ”の嬢ちゃんは、自分の城を築いているじゃないか」

    「まあ、さながら領地で好き放題の伯爵夫人、というところですね」

    「ははは、違いない」

     モルガナは、からからと笑うと――

     

     きりと表情を改めて、言った。

    「あんたはどう見る? どうも最近のIOPから来る人形は調整がなってないんじゃないかと思うよ。たしかに烙印システムで銃とリンケージされているが、肝心の腕前が十分な水準になっていないんじゃないかと思うんだが」

     

    「それはたしかに。ローズ指揮官も懸念されていました。ただ――」

     赤銅の髪の淑女は、コツコツと足音を響かせて、制御卓に近づいて操作した。

     

     先ほどのカルカノ姉妹の訓練の様子がモニタで再生される。

     二人の動きを見つめながら、エンフィールドは言った。

    「この訓練はグリフィンの標準カリキュラムですが、行うに際しては二通りの目的があります。ひとつは互いに競い合わせて、個々の能力を引き上げるもの。そしてもうひとつは、ツ―マンセルでの行動を訓練させて、ペアの相性を高めるもの。ですが……」

     赤銅の髪の淑女が振り向く。翠の双眸がモルガナをじっと見つめた。

    「今回、あなたは敢えて、二人に“どちらなのか”言いませんでしたね」

     

    「……なるほど、コーチ役の眼は確かなようだ」

     モルガナは腕を組むと、モニタに映る訓練記録を眺めた。

    「問題が明らかになると思ってね。姉の方は妹にずいぶん世話を焼いているし、妹も表向きは姉に感謝してなついているように見えるが……どうもね」

     

    「なるほど……二人と少し話してみた方がよさそうです」

    「それなら、この資料をちょいと目を通してくれないかい」

     モルガナはそう言うと、制御卓を軽く操作して、エンフィールドを手招きした。

     

     淑女然とした人形が認証パネルに手を載せる――データリンクの要請。

     彼女のメモリに、IOP製のドキュメントが転送される。

     それを認識フィールドに展開した淑女は、こくりとうなずいた。

     

    「……なるほど、悪くない。なおのこと、会話の必要がありますね」

     翠の瞳が、興味深そうに煌めいていた。

     


     

     どのグリフィン基地にも人気のメニューというものがある。

     

     おかしなことに基地ごとに“推し”が違うので、社内フォーラムではしばしば「どこの基地の何のメニューが一番か」で論争になるのだが、結論は出ずに終わるのが常である。「社内でコンクールを開いて決めてはどうか」という提案がしばしばなされるが、ことごとく却下されている。あるいは「食べ物の遺恨ほど怖いものはない」という警句の重みを、軍隊上がりの社長が一番わかっているからかもしれないが。

     

     さて、M029基地でお勧めの一皿といえば、ペンネアラビアータである。

     大地の実りを連想させる艶やかなペンネに、その紅も鮮やかなトマトソースが絡まり、冴えるような緑のバジルが添えられた料理は、見た目が華やかなだけでなく、フォークひとつでちょいと食べられる手軽さが魅力となっている。

     

     はたして、カルカノ姉妹が選んだ食事もこれであった。

     正確には、「これ美味しいから!」と姉が強引に二人分を注文した次第なのだが。

     

     妹のM91/38が膝の上にハンカチを広げて、ちまちまとペンネをひとつずつ食べている様子を、姉のM1891はにこにこしながら見つめている。姉の皿はとうに空っぽだった。

     

    「……お姉さんは健啖家ですね」

     向けられる視線に、戸惑い気味に目をぱちぱちしながら妹が言う。

    「食べ足りないなら、おかわりされてきたらどうですか?」

     澄ました声で提案してきた妹に、

     

     姉はにんまりと笑んでみせた。

    「んー、そしたら、可愛い妹の食事風景が見られないんだもの」

     碧の瞳が妙にきらきらしながら、フォークと、その先の唇に向けられている。

     

     妹はまた目をぱちぱちさせると、かすかに眉をひそめてみせた。

    「……お姉さんには、ワタシの食事姿もエンターテイメントなのですね」

     澄ました声で、軽く言ってみたものの、

     

    「うん!」

     間髪入れずに首肯されてしまっては、どうしたらよいものか。

     

     ペンネをフォークでつつきながら、妹は気になっていた疑問を投げてみた。

    「……お姉さんも、あまり銃の腕前がよくないですね。基地でもベテランなのに」

     発せられた問いに、姉は目を丸くすると――

    「あはは、見られちゃっていたか。うん、そうなんだよね」

     

     朱色の髪を恥ずかしそうにかきながら、彼女はあっさり認めた。

    「出身の関係もあって、事務のスキルもあったから副官仕事が多くて、実はそんなに実戦経験はないんだ――モルガナさんも、『人形にだって向き不向きがあるから、別にいいだろ』って言ってくれてね」

     

    「出身……って、お姉さんはIOPからの直送ではないのですか?」

    「うん、民生用からの転換組。もとはベビーシッターの派遣業で働いていたんだ。まあ、小さな会社だったし、本業のシッター以外にいろいろ雑務とかやらされたけどね」

     

     姉の思わぬ過去に、妹はふたたび目をぱちぱちとさせた。

    「……お姉さんなら落ち着いていますから、ぴったりかもしれません」

     言いながらも妹の認識領域にはなんとなく、グリフィン入社前の姉の様子がイメージされていた。やはり派手なフリルたっぷりのエプロンをつけたまま、子供と一緒になって、きゃいきゃい遊んでいる姿しか思い浮かばないのはなぜだろうか。

     

    「それがどうして、銃を取ることになったのですか?」

    「うーん、やむを得ず半分、夢をかなえたい半分かな」

     姉が頬づえをついて、少し遠くを見るような目をしてみせた。

     

    「正直に言うと会社がつぶれてさ。負債整理の一環で、ワタシ達も売り払われることになったんだ。でも社長さんが気の毒がって『どこへ行くかは選べるように頑張るから』と言ってくれてね」

    「……それで、戦争でもしたくなったんですか?」

     

    「まさか、これのためだよ」

     姉はにまっと笑むと、指を三本こすり合わせた。

    「純粋に、お金。グリフィンは危険な職場だけど、頑張って務めればお給金がかなり貯められるからね。今度は市民権を買って、自分でベビーシッターの会社を興したいんだ……まあ、市民権持ちでも、人形の起業はかなり制限多いんだけど」

     “夢”を語る姉の顔は少し恥ずかしそうで、しかし怖じることはなく。

     

     碧の瞳が煌めくさまに、思わず妹が見とれていると――

    「――なるほど、道理であなたのパーソナリティが豊かなわけです」

     不意に、姉妹のどちらでもない、誰かの声がかけられた。

     

     二人が目を向けると、赤銅の髪の淑女がいつのまにか姉妹のすぐ隣に座っていた。マグカップには紅茶をなみなみと注いで、サンドイッチをつまんでいる。ぽかんとして見つめる姉妹に向かって、淑女は言った。

     

    「サンドイッチはなかなかの出来ですね。シンプルなようで、上手に作るのはなかなか難しいですから。ただ具が多めなのはよろしくない。ランチ用のしっかりしたものと、お茶請け用の軽いものと、分けてメニューに出してほしいところです。あと、紅茶がパウダーからお湯で薄めるタイプなのはどうにも。戦場では充分ですが、せめて基地の食堂なら茶葉から淹れたものがほしいところです」

     

     しゃあしゃあと言ってのける淑女に、姉妹は目をぱちぱちさせると、顔を見合わせた。

     目配せとひそかな仕草で確認しあう――明らかにこの基地の人形ではなかった。

     

     カルカノ姉が愛想笑いを浮かべながら、そっと訊ねた。

    「あの――どちらさまですか?」

     おそるおそるの問いに、淑女は一瞬、愉快そうな笑みを浮かべたが――

     

     すぐに、きりと表情を改めると、座ったままで軽く敬礼してみせた。

     背の伸ばし方から、額に添えた指先まで、目の冴えるほど整った敬礼である。

     

    「申し遅れました――モルガナ指揮官の要請で、L211基地からまいりました」

     翠の瞳が姉妹を見つめている。どこか韜晦めいた、霧がかかったような光。

     

    「リー・エンフィールドと申します。お二人のコーチ役を仰せつかりました」

     


     

    「えっ、じゃあ、先ほどの訓練、見ていたんですか?」

     気恥ずかしそうに声をあげる姉に、淑女はうなずいてみせた。

    「ええ。たまたま予定より早く着いたので、ちょっと拝見したまでです」

    「あ、なーんだ、そうですか。ははは……」

     姉は呑気に笑っていたが、妹は警戒心全開でこのコーチ役を見つめていた。

     

     嘘つきは、嘘つきを知る。

     この人形は自分と同類か――それ以上のくらまし屋だと直感していた。

     事実を織り交ぜて嘘を語る分、うわてかもしれない。最初から二人の訓練があることを把握して、一部始終をとっくり見たうえで自分たちの元へ来たのだ――証拠があるわけではない。だが、エンフィールドと名乗る人形が語る口調の端々からにじむ何かが、妹にそう確信させていた。

     

     いま、三人がいるのは、ごくごく普通の射撃訓練場である。

     レーンごとに仕切りが設けられ、銃を構えて立つと射線の先に標的ドローンがある。標的は静止させたままはもちろん、予め定められたプログラミングや、あるいは自律判断でも動くことができる。本来は、リンケージした銃をこういうところで充分に使いこなしてから、先ほどのような応用訓練に移るのが常であった。

     

    「あー。ここからやり直しということですか」

     カルカノ姉が残念そうな声をあげてみせると、エンフィールドはかぶりを振った。

    「いえ、どちらかといえば“確認”の意味合いが強いですね」

     

     淑女はそう言うと、不意に妹の方へ顔を向けた。

     翠の双眸に見つめられて、空色の瞳がひるんで揺れた。

    「ワタシが……なにか? 腕前なら、問題ありません」

    「まあまあ。試しに撃ってみてください――ただ、ちょっとアドバイスはしますが」

     エンフィールドはそう言うと、手袋をはめた白い手で、そっと促してみせた。

     

     カルカノ妹がレンジに立つ。狙いをつけて、引き金を引こうとした矢先、

    「頑張って狙いをつけなくていいです。ライフルで指さす感じであたりをつけて、ピンと来たら引き金を絞って。外しても気にせずに撃ち続けてください」

     当のコーチ役から、なんともアバウトな指示が来た。

     

     妹はそっと横目で窺った。姉は目をぱちぱちさせて、エンフィールドと自分をかわるがわる見ている。そして、当のコーチは翠の瞳でじっとこちらを見つめていた。

     

     思わず、ため息がでる。

     本人は大真面目のようだが――なんと大雑把でいい加減な教え方だろう。

     ただ、最初から当てろと言われなかったのは気楽かもしれない。

     

     妹はそう思い、“的を差して”引き金を引いた。

     一発目の銃声が鳴り響く。放った銃弾は標的をかすりもしない。

     

     続いて引き金を引く。二発目の銃声。最初とは別の方へと逸れていく。

     

     ちゃんと狙った方がいいのではないか?

     そんな疑念がよぎったが、しかし、あの翠の眼差しがじっと注がれているように思われて、いまさら狙いをつけ直すのもはばかられるように思われた――まあ、弾倉を撃ち尽くすまで目立った成果がなければ、このコーチも違った指導をするだろう。

     

     そう思って、三回目の引き金を引いた――銃弾が、わずかに標的をかすめる。

     

     もう少しで当たったのに……落胆しながら、ため息まじりに四度目の引き金。

     

     それを引いた瞬間、何かがカチッとはまった感覚があり――

     銃弾は、まるで吸い込まれるように標的のど真ん中を貫いていた。

     

    「――――あっ」

     思いがけない結果に、妹が空色の目を、姉が緑の目を、それぞれ見開いた時。

     

     ただ一人、翠の目の淑女は満足げにうなずき、軽く拍手してみせた。

    「グッド。もう少し調整すれば、おそらく三発で必中となります」

     

     こともなげに言ってみせるエンフィールドに、カルカノ姉が目をしばたたかせて、

    「あの……どうしてこうすれば当たるとわかったんですか?」

    「大したことではありません。彼女の射撃の癖から、大昔の戦艦を連想したのですよ」

     

    「戦艦……ですか」

     カルカノ妹が小首をかしげてみせるのに、コーチ役は答えた。

    「ミサイルのようなお利巧さん兵器が出現する前は、戦艦の大砲は何度か撃って位置を調整しながら命中弾を得ていたのです。手前に逸れたら、奥へ撃つ。相手の向こう側に砲弾が落ちれば、手前に調整し――砲弾の散布界が敵船を捉えたら、もうこちらのもの。あとは何度も繰り返し撃って、命中弾を得られれば良い」

     

     エンフィールドはそう言うと、自身のライフルを肩から下ろしてみせた。

     年季の入った銃は、カルカノ姉妹の銃と負けず劣らずの旧式だ。

    「実はわたしの撃ち方も似たようなものなのです。ただ、妹さんと違うのは、これまでの戦闘経験と、自分なりに調整を重ねてきた射撃プログラムが、予測射線をはじき出してくれるだけにすぎません。十発撃てば、八発は命中させられると自負していますが、実は予測演算上で幻の銃弾を数十発は放っているのです」

     

    「……エンフィールドさんの理屈はわかりました」

     妹は、空色の目をそっと伏せながら、言った。

    「でも、実際に数発撃たなければ当たらないのでは、実戦で使えないのでは……」

     

     その疑問に、翠の瞳の淑女は、口の端を軽く持ち上げてみせた。

    「それはどうでしょう――標的を見てみましょうか」

     エンフィールドが傍らの制御卓で軽やかに指を踊らせる。

     

     ドローンが近づいてきて、標的が三人にはっきりと見える位置まで来た。

     そこに残された弾痕を見て、姉妹はそろって目をぱちぱちさせた。

     

    「うそ……そんな……」

     思わず漏れた妹の言葉に、姉が続く。

    「すごいよ……きれいにど真ん中じゃないか」

     

     それぞれに驚嘆の声をあげるのに、エンフィールドは言った。

    「ええ、わたしもここまで見事な“ブルズアイ”は見たことがありません。妹さんの射撃は数発必中というより、“数発必殺”と呼ぶべきでしょう――最初の数発は“偽り”だとしても、後に控えるのは“ヘルメスの仮面”をかぶった致命の一撃、というわけです」

     

     エンフィールドの言葉に、カルカノ妹の空色の瞳が揺れた。

     唇をきゅっと噛んだ表情は、なにかをこらえているかのようだった。

     

    「あの、あの――エンフィールドさん、いえ、コーチ!」

     妹の様子には気づかずに、カルカノ姉が興奮気味に声をあげた。

    「ワタシはどうなんですか!? あんなふうにできるでしょうか!」

     

     碧の瞳を輝かせながらの質問に、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

    「残念ながら、貴女には彼女のような才能はありません。射撃の腕が中の下なのは単なる練度不足です。地道に経験値を積んで補正をかけていくのが一番ですね」

     

     コーチ役のきっぱりした言葉に、軽くしょげてカルカノ姉は言った。

    「あはは、やっぱり、そうですか……まあ、うん、ですよね……」

     しぼんだ声になってしまう彼女に、しかし、エンフィールドはポンとその肩に手を置いた。

    「ですが、IOPの仕様によると貴女は別に面白い機能があるようです。他の者の協力が必要ですが、試してみますか?」

     

     すっと目を細めて訊ねてくるコーチに、姉はたちまち表情を明るくした。

    「はい、ぜひに! ワタシだって、戦いで役にたちたいですから」

     

    「よろしい……ですが、これを試すにはプライベートデータリンクをする必要があります。ふむ、姉妹なら遠慮はいらないでしょう――ご協力いただけますか?」

     

     エンフィールドの翠の双眸が、カルカノ妹をじっと見つめる。

     握られていた白い手袋が開くと、両端に端子をそなえた一本のケーブルがあった。

     

     人形同士が肌で触れ合えない状況で使う、リンク用のアイテムだ。

     

     それを見た妹は――空色の瞳を揺らし、わずかにかぶりを振った。

     じりじりと後ずさると、ぷいと姉たちから顔を背けて言った。

    「……お姉さんの性能とか――そういうの、興味がありませんから」

     そう言い残すと、踵を返して訓練場から足早に去っていった。

     

    「ああ、ちょっと!」

     カルカノ姉が声をかけても、妹がパタパタと走り去る音しか聞こえない。

     

    「……すみません、変なところで意固地な子で……」

     姉が苦笑いを浮かべて言うのに、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

    「……いえ。あそこまで露骨に嫌がるとはちょっと意外でしたが――すんなり応じてくれるとは最初から思ってみませんでしたし」

     そう言うと、翠の双眸が、姉の碧の瞳を射すくめた。

     

    「貴女達ですが――プライベートデータリンクはもちろん、手をつないだりして肌を触れ合わせたことも、ないのではありませんか?」

     

     淑女の言葉に、姉は言葉を詰まらせ……そっと顔をうつむけた。

     

    後編へ続く

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