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2020.05.18 Monday

君に捧ぐニーナナンナ 〔後編〕

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS、

    「君に捧ぐニーナナンナ」の後編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

     

    リー・エンフィールドの実地訓練は実はとんでもない内容だった!

    意を決して実弾を装填する姉妹。二人きりで銃を構えつつ、自らの想いを振り返る姉。

    そして、思いがけない危地に陥り、頼りの解決策をことごとく失い――

    姉は意を決して、妹のために「マールスホルン」を吹き鳴らす。

    とても穏やかで優しい音色を。

     

    (本編は折り返し〜)


     

     その場所もまた、土埃が舞っていた。

     空は曇天に覆われているが、雲を抜けたおぼろな光が大地を照らしている。

     荒れ果てた大地はところどころ変色し、遠目にはうっすら斑に見えた。

     

     その荒野を、三つの人影が歩いていた。

     先頭を進むのは、赤銅の髪に、橙色の軍装を身にまとった淑女。

     その後を少し離れて、華やかな服装の朱の髪と紫の髪の乙女二人が続く。

     

      カルカノ姉妹は無言のまま並んで歩いていた。

     だが、隣り合ってというには微妙な間が空いている。

     妹は前を見て淡々と歩いているが、姉はといえば、妹の顔だの服だのをちらちらと見ては、眉根を寄せたり、目をしばたたかせたりとせわしない。

     

     そうこうしているうちに、かすかにうなずいたり、なにごとか呟きだしたので、

    「……何ですか、お姉さん?」

     冷ややかな声で妹が訊ねると、姉が目をぱちぱちさせた。

     

    「ああ、いや、ごめん……我ながら良い衣装だな、と思って」

    「お姉さんの手作りでしたね。ワタシも気に入っています――本当ですよ」

     

     何度となく繰り返してきたやりとりだ。

     姉が訊ね、妹が答え、そしてそれを聞いて、姉がいつも喜ぶ。

     だが、この時ばかりは、少し姉の様子が違った。

     

    「うん、アナタはいつもそう言ってくれるよね……いつも、そうなんだよね」

     なにやら歯切れの悪い言葉に、妹が不審そうに顔を向けると――

     姉は空を仰ぎながら自分の髪を撫でまわしていた。

     

     表情が読み取れないまま、カルカノ姉はぼやくように言った。

    「……しかし、エンフィールドさんも実地訓練とか急だよねえ」

     カルカノ妹もこくりと頷いて先を進む赤銅色の淑女をみやった。

     

     データリンクの件をもちかけてから、エンフィールドは姉妹を分けて訓練させていた。いったんプログラム通りの射撃訓練をさせてから、その結果をチェックしながらコーチングをする。それを姉妹でかわるがわる行っているのだ。おかげで妹の射撃もかなり磨きがかかっていた。数発撃たねばならない不便さはあるものの、“数発必殺”の勘所はかなりつかめたように思える。その一方で姉がどんな訓練をしていたかは、妹は知る機会がなかった。訓練場所は別々になっていたし、姉もことさら話すことはなかった。

     

     だが、ただでさえ溌剌とした姉が訓練を重ねるたびに目を輝かせて、単なる能天気にさえ見えていた笑顔に、どこかしっかりした芯が通ったように見えるあたり、なにか自信に繋がる成果を得たのだろう。

     

     そして、おそらくは――

     先ほどから、妙に妹を意識した素振りは、それについて話す必要が出たためだろう。

     その内容については、カルカノ妹はおおむね見当がついていた。

     

     姉妹の間で、いつのまにかタブーになっていたこと。

    「お姉さんの能力は――データリンクに関係しているんじゃないですか?」

     

     水を向けてみると、姉は目を丸くして見せた。

    「……よくわかったね」

    「もっと他のことなら、自慢げに話しそうですから」

     

     図星を突かれて、姉は自分の頬を指先でかきながら言った。

    「ああ、うん……端的に言えばさ、ワタシは一人じゃ役に立たない人形みたいなの」

     どこか照れくさそうに、姉は話し出した。

    「人形どうしの戦術データリンクを使って、お互いに射線情報をフィードバックしあって、他の人形の射撃能力を向上させられる。ついでにワタシ自身も射撃能力を引き上げてもらうことになるみたい。ワタシは初めからペア以上での運用を想定された戦術人形、ということみたいだね」

     

     そう言って、姉は懐からそっと黒いひも状の物を取り出してみせた。

     プライベートデータリンク用の有線接続ケーブル。

     それを見て、妹がわずかに目を見開くのを見て取って――姉は苦笑いした。

     

    「だいじょうぶ。データリンクしようとか言わないよ」

    「……でも、エンフィールドさんには試してみるようにと言われたのでは?」

    「それがね――これはあくまでもお守りだから、使うかどうかは任せる、って」

     そう言うと、姉はそっと目を細めて、穏やかな声で言った。

     

    「アナタが良いと言うまで、これは使わない。無理じいはしないって約束する」

    「……ワタシは、別に、構いませんけれど」

     空色の瞳を揺らしながら妹が言うと、姉はかぶりを振ってみせた。

     

    「無理にそんなこと言わなくていい。データリンクしたくないんでしょう?」

    「……そんなことは……」

     

    「うん――嘘だね。わかってる」

     姉が、碧の瞳を静かに潤ませながら言った。

    「最初から分かっていたんだ――アナタがワタシに対して妙に壁を作っているのは。たぶん会った時から、これが自分の姉だと思えなかったんでしょ?」

     

     穏やかな口調ながら、彼女の言葉はそれまで薄氷のような絆に敢えてひびを入れていくかのようだった――妹は感情パラメータが不安定に波打つのを感じていた。何か感じていなかったわけではない。自分の嘘がとっくにバレているのではという予感は、実はあった。だが、それが特に問題にならなかったのは、姉が適当に合わせてくれていたからにすぎない。その不自然さに薄々気づきながらも、嘘を重ねてきたのは――

     

     つまりは、自分の甘えかもしれない。だとしても……

     

    「……どうして、気づかないふりをしていたんですか?」

     

     そっと訊ねた妹に、姉は静かに答えた。

    「うん、たぶんアナタのお姉さんでいたかったからだと思う」

     静かに吹いた風が、姉の朱色の髪をかすかに揺らした。

     

    「知ってる? 『妹は生まれながらに妹だけど、姉は姉たることを学んで育つ』って。シッター時代の育児ライブラリで見たんだったかな。人間の姉妹だとさ、妹は生まれた瞬間から姉という存在がいることが当たり前だけど――姉は、いきなり現れた妹という存在に戸惑ったり、悩んだりしながら、姉である自分を形作っていくんだって」

     

     穏やかに語る彼女の言葉に、妹は耳を傾けていた。

    「だから、アナタのお姉さんになるには、ワタシも努力が必要だと思った。アナタが嘘をつくなら、その嘘を守ってあげるのが、姉の役割だと思っていた。けどね――」

     そこまで言って、姉は笑った。

     どこか痛々しい笑みだった。いまにも泣き出しそうで、切なそうでさえある。

     

    「――エンフィールドさんに言われちゃった。『むしろ貴女こそ、姉という立場に甘えていませんか?』ってさ。線を引いて自分を守っているのは、妹であるカルカノM91/38の方ではなくて、実はカルカノM1918の方……このワタシじゃないかってね」

     

     そこまで言って、朱色の髪の乙女はふわりと目を細めた。

    「だからさ。この演習の間は、“お姉さん”とか“妹ちゃん”とかナシにしよう。お互いに名前はカルカノだけど――ワタシはM1918。アナタはM91/38。お互いにそう呼び合おう。なしくずしの関係はナシにしてやり直してみよう。そうじゃないと……」

     M1918の碧の瞳に涙があふれ、一筋の涙が頬を伝って流れた。

     

    「……きっと、ワタシ達、いまいる場所からどこへも行けない気がする」

     

     そこまで言うと、M1918は朱色の髪を揺らしながら、先を進むエンフィールドの方へと駆けて行った。残されたM91/38は、思わず立ち止まった。紫の髪を無遠慮な風がなぶって乱していく。空色の目を見開きながら、彼女は震える声で言った。

     

    「そんなこと――そんなこと、いまさら言われても……」

     感情パラメータが跳ねる。こみ上げる何かを感じながらも、しかし、自分の眼から涙があふれることはない――その事実が、M91/38はなにより悔しかった。

     


     

    「まあ、こんなところでいいでしょうか」

     エンフィールドが示した場所は、半壊したトーチカの残骸だった。

     すでに天井は抜けてしまって、残った壁がかろうじて身を隠せる程度だ。

     

    「東に向けて射界を確保できるように。同時に、互いをカバーしあえる配置を取ってください。もう間もなく、標的――いや、獲物が来るかと思います」

     

     コーチ役の言葉に、M1918とM91/38はそれぞれ位置についた。

     朱の髪のライフル銃手が北側、すなわち対して左手。

     紫の髪のライフル銃手が南側、つまり右手。

     二人のいつもの配置だったが、確認はお互いにちらと視線を交わした程度だ。

     

     M1918が銃に弾倉を装着させながら、訊ねた。

    「獲物――って何ですか?」

    「いや、たいした相手ではありません……〔ワンダラー〕ですよ」

     

     さらりと言った淑女の言葉に、M1918は目を丸くし、M91/38は息を呑んだ。

     〔鉄血〕の個体だが、なんらかの理由で指揮系統から外れてしまったもの。

     それが〔ワンダラー〕と呼ばれるものだ。

     

     グリフィンが相手にしている〔鉄血〕は、指令本能である〔エルダーブレイン〕の指示に従っている。全にして一、一にして全であるのが、彼らの特徴と言える。それは、それぞれ個性があるように見えるエリートタイプでさえ、例外ではない。

     ただ、エリートタイプはある程度の自律判断ができるものの、末端の個体はそうはいかない。なんらかの事情で指揮系統から外れてしまう個体も存在する。その場合、彼女たちは一定範囲内を周回しつつ、指揮系統下にある別の戦闘群と接触して命令系統の網に再度組み込まれるまで、戦場をさまよい続けるのだ。

     

     とはいえ、単なる“敗残兵”と片付けるには危険すぎる存在だった。ともすれば、自己保存の要求に従い、電力や弾薬を奪い取ろうとする。グリフィンの補給線を散発的に襲撃したり、後方支援任務に出ている部隊を攻撃することさえある。その意味では、放置するわけにはいかない〔敵性〕に違いなかった。

     

    「“迷子狩り”なら、それ専門の部隊を組むべきではありませんか?」

     M91/38が空色の目で怪訝そうな視線を送る。

     

     棘まじりの眼差しを、コーチ役はかぶりを振って、こともなげに払ってみせた。

    「なに。偵察ドローンが確認した限りは、大した数ではありません。ライフルの射程ならここから鴨撃ちにできるでしょう。まあ、そうですね――訓練場ではやはり緊迫感がありませんから、ちょっとスリリングの味付けをした程度に考えてください。お疑いなら、貴女がたに届いている演習指示を確認なされるとよろしい。ちゃんとモルガナ指揮官も諒解済みのことですよ……さてと。では、わたしはちょっと外しますから」

     

     さらりと言って踵をかえした彼女に、配置についた二人はそろって目を剥いた。

    「あの、ちょっと――三人で狩るんじゃないんですか!」

    「外すって、どちらへ行かれるつもりですか?」

     

     不満げに声をあげる二人に、淑女は手袋に包まれた白い手をひらひらと振った。

    「なに、そのへんを見回ってくるだけです。万一がありますからね。〔ワンダラー〕がそこまでの判断ができるとは思いませんが、あなた達が頑張っている間に背後から来られては厄介でしょう? では、お二人のベストを願っていますよ」

     

     素早く、そして鮮やかに、目の冴えるような敬礼をしてみせるや――

     エンフィールドはすたすたと歩み去ってしまった。

     

     碧の目も、空色の目も、思わず丸くしてその様を見送ったが……

     赤銅の髪が見えなくなると、二人して大きくため息をついた。

    「……あの人、どうにも食えないところがあるよね。ホントにもう……」

    「L211基地の人形はクセモノしかいないと聞いています。その通りでしたね」

     

     互いに愚痴をこぼすと、どちらからともなく顔を見合わせた。

     真顔で見つめ合いながら――先に相好を崩したのは、朱の髪の乙女だった。

     

    「仕方ないね。生き残るために頑張ろう――M91/38

     その言葉に、空色の瞳を少し揺らして、紫の髪の乙女は答えた。

     

    「そうですね。おね……いえ、M1918

     いつもは涼やかな声は、しかしこの時、かすかに震えていた。

     


     

     碧の瞳が獲物――いや、敵を捉えたのは、三十分ほど経過してからであった。

    「来た! イェーガー型、数は十体余り!」

     自分の声に、M91/38がうなずいてライフルを構える。

     

     それを確認したM1918は、きりと表情を引き締めると、同じく銃を構えた。

     視界に、おぼろげに歩いてくる鋼色の人影が見える。

     

     それを認めて――彼女は銃を構える手が震えそうになっていることに気づいた。

     感情パラメータにリミッターをかけて、落ち着かせる。

     

    「待て(テナー)」

     そっと相方に声をかける。視界の端で紫の髪がかすかに揺れるのが見えた。

     

     いったん姉妹でいることをやめよう、と言ったのは自分だ。

     妹が来てくれて嬉しかった。パーソナリティ上、そのように認識できる人形がいることは誇らしく、そして安心できることだった。民生用の人形でベビーシッターをしていた頃にはそんな存在はいなかった――面倒を見ている人間の子供たちの“そういう関係”が微笑ましく、そして羨ましくさえあった。

     

     だから、妹に当たる人形が来ると聞いて、感情パラメータは大きく弾んだ。

     趣味の裁縫を活かして、彼女の顔に似合う服まで作って、可愛がった。

     そういうことができる存在があることが、心地よかった。

     

     お姉ちゃんぶることは、快楽でさえあった。

     

     だから、妹が嘘をついてまで自分に合わせているのに、見てみぬふりをした。

     妹が――紫の髪と空色の瞳が綺麗な子が、実は自分を姉だと認識できないことに。

     気づいていても、認識領域の片隅に追いやっていた。

     そうして、都合のよい虚像を彼女に投影していたのだ。

     

     エンフィールドと交わした会話が、いやでも思い出される。

     

    『どうして、ワタシには、あの子の才能が見抜けなかったのでしょうか』

     その問いに、赤銅の髪の淑女は冷ややかな声で言ったのだ。

    『簡単です――貴女は、本当の彼女に向き合っていない』

     碧の双眸に射すくめられて、言われた。言い放たれてしまった。

     

    『仮面をかぶっているのは、貴女も同じ。そうではないのですか?』

     

     妹が嘘つきなら、自分はもっと嘘つきだ。

     ピノッキオである人形は、むしろ自分の方なのだ。

     

     姉でいたいためだけに、形だけの姉妹を演じていた。

     でも、そのことが彼女の真価を見抜けずにいたのなら……

     自分は、彼女の姉を演じ続けるべきではないと思った。

     

     だから、同じカルカノの名前を持っていたとしても――

     敢えて別々の存在になってみようと思ったのだ。

     離れてこそ、見えることもあるだろう。そう考えて。

     

     ――だが、このような事態になるとは。

     M1918は、ひそかにエンフィールドをのろった。

     コンビネーションが何よりも問われる戦闘状況。

     形だけでも姉妹のままの方が、よい結果を出せるのではないか。

     

     思考パルスが論理回路をぐるぐると巡り、「しかし」と結論する。

     姉妹のままでいても、状況は変わらなかっただろう。

     空色の瞳の彼女が――M91/38が応じなければ、データリンクは使えない。

     

     この期に及んでも、彼女からの申し出はない。

     そして、自分から彼女に求める勇気も出てこなかった。

     

     情けないな、と我ながら思う。

     恰好だけの姉をやめた途端、自分の弱さが痛感された。

     

     それでもなお――できる限りのことはしよう。

     彼女だけは無事であるようにしよう。

     それが、姉という以前に、先任である自分の役目だ。

     

     迷い迷った思考パルスが結論を出すまで――ほんの数瞬。

     

     M1918は再度、声をあげた。

    「……待て(テナー)」

     そう言った瞬間、じわじわと歩いていた敵が、不意に足を止めた。

     提げていたライフルを両の手で携えようとしているのを見て――

     

     彼女は鋭い声で、叫んだ。

    「撃て(スパーラ)!」

     号令と共に、自分の銃と彼女の銃、二挺ぶんの銃声が鳴り響く。

     

     銃弾が鋼の人形の足元の地面を抉り、その躯体の表面をかすめる。

     出鼻をくじかれた敵は、わずかによろめいたが、次々に態勢を立て直した。

     

     〔鉄血〕の武骨なライフルがこちらを狙っている。

     自分の銃弾は相変わらず、有効な命中弾を与えられずにいる。

     

     思わず唇を噛んだ瞬間――

     隣で何度目かの銃声が鳴り響くや、敵の一体がばたりと倒れた。

     

     胴体の動力コアへの、正確無比な一撃。

     鷹の目のように鋭く、虎の牙のように重い。

     

     そんな銃弾を撃ち放った彼女は、空色の瞳をちらとこちらに向けた。

     どこか硬い声で、M91/38は言った。

    「アナタは牽制を。ワタシが仕留めます。この距離なら間に合います」

     

     落ち着き払った声。

     そして、空色の瞳に込められた強い光。

     

     これまで見たことのない目の輝きを見て、M1918はうなずいた。

     ああ、そうだ――おそらくこの場では、彼女の方こそ強い。

     すっかり守る気でいた自分が、なんとも情けない。

     むしろ、彼女に守られるのは、自分ではないか。

     

     自嘲気味に口の端をあげて、M1918は射撃を再開した。

     牽制というなら話は早い。敵の足を止めさせ、銃の狙いをそらせるのだ。

     何発も何発も銃弾が鳴り響き、その合間に鋼の人形が倒れていく。

     

     そして――最後の一体が、どうと地に倒れ伏した。

     二人の足元には、排出した薬莢がいくつも転がっていた。

     

     抑えきれない感情パラメータが、波打っている。

     朱の髪の乙女は、隣の乙女へと顔を向けた。

     かすかに頬を上気させながら、空色の瞳が、かすかに潤んでいる。

     

     そして、彼女がゆっくりとこちらを向く。

     端正で整った、そして、感情を表に出さない、澄ました表情。

     その口が、わずかにほころんでいるかのように見えた。

     

     M1918の感情パラメータが大きく跳ねた。

     たまらずこみあげてきた衝動にかられて、彼女に抱きつこうとした――

     

     その時、だった。

     瓦礫の山にしか見えなかった、そこから。

     

     咆哮にも聞こえる鋼の軋みをたてながら、巨体が姿を現した。

     


     

     それを目にして、二人ともに声を失った。

     

     日の光を遮った影が長く伸び、彼女たちの足元まで達していた。

     大地を踏みしめる四本の太く頑丈な脚。

     隆々とそびえんばかりの躯体。

     そして、底部から突き出された機関砲。

     

     マンティコア――無人四足歩行戦車。〔鉄血〕の飼う、獰猛な鋼の獣。

     

     銃撃戦に刺激されて再起動したのか、それとも〔ワンダラー〕の仕業か。

     目を覚ました猛獣は、ゆっくりと大地を踏みしめながら近づいてくる。

     

    「――ッ! 撃て(スパーラ)!! 撃て(スパーラ)!!

     

     図体が大きいだけに、命中弾を得るのは容易だった。

     だが、人形とは桁違いの装甲が、あっさりと銃弾を弾く。

     

     数発を撃った後――空色の瞳が捉えた射線に乗って、必殺の銃弾が翔ける。

     

     しかし、それはマンティコアの脚の関節部を貫き――それだけだった。

     一瞬、鋼の巨獣は脚を止めたが、少ししてからまた移動を再開する。

     

     仕返しとばかりに機関砲がぐるりと動き――紫の髪を狙った。

     朱の髪の乙女が即座にとびついて、狙われた彼女を地面に伏せさせた。

     人形のライフルとは比べ物にならない、凶悪な銃撃が空を切り裂く。

     

     その一部が、M1918の背中をわずかにかすめた。

     

    「――クッ」

     かすかに呻きが漏れる。即座に痛覚リミッターをかけてなお、焼けるようだ。

     猛獣の爪の威力に、感情パラメータがネガティブに跳ねる。

     肝が冷えるとはこのことだ――あんな化け物、どうすればいいのか。

     

     M1918が思わず歯噛みした時、か細い声でM91/38が言った。

    「データリンクなら――」

     廃墟の壁に身を隠しながら、そろそろと二人は躯体を起こした。

     

     空色の瞳が揺れながら、ためらいがちに彼女は言った。

    「データリンクを使って――二人でフィードバックしあえば、有効な攻撃を与えられるかもしれません。それができる能力があるのでしょう? M1918なら――」

     

     そこまで言って、紫の髪の彼女は、かぶりを振って言い直した。

    「――いえ、ワタシのお姉さんである、アナタなら」

     すがるような声。空色の目に涙を浮かべ、いまにも泣き出しそうだ。

     

     M1918は――いや、姉は、懐からデータリンクのケーブルを取り出した。

     自分の頚椎に備えられたスロットに端子を差すと、もう片方を妹に手渡す。

     妹がうなずいて、端子を同じく彼女の頚椎のスロットに刺そうとした瞬間。

     

     再び、猛獣が咆哮を上げ、機関砲の無慈悲な斉射が行われた。

     

     思わず、二人それぞれに地面に躯体を伏せた時――

     

     妹の手から宙に放り出されてしまったケーブル。

     それを機関砲の弾が撫でていった。

     端子がたちまち砕かれ、ケーブルは寸断され、衝撃で彼方へ消し飛ぶ。

     

     妹は、倒れ込んだまま、空っぽになった手のひらを見つめていた。

     

     わずかな希望。かすかなよすが。意を決した勇気。

     それらが、一瞬のうちに消え失せてしまった。

     

     空色の瞳に、涙があふれた。あふれて、こぼれ落ちる。

     

     それまでの澄まし顔がたちまち砕けて、脆い泣き顔が浮かんでいた。

    「だめだよ――もう、無理だよ……ワタシ達、ここでもう……」

     

     いまにも声をあげて泣きじゃくりそうな彼女の、空っぽの手。

     

     そこへ――

     姉の手が、そっと重ねられた。

     這いながら妹に近寄った姉が、静かにささやく。

     

    「だいじょうぶ。だいじょうぶだから――お姉ちゃんがなんとかする」

     

    「でも、いったいどうやって……」

     言いかけた妹は――姉の目を見て、はっと息を呑んだ。

     

     碧の瞳に、真摯な光が宿っている。

     陽気さと朗らかさは、見慣れた姉のものだった。

     だが、込められた意志の勁さは、今までに見たことのない。

     

     決然とした声で、姉は言った。

    「ケーブルなんかなくてもだいじょうぶ。視覚センサは敵に集中して――その代わり、聴覚はお姉ちゃんの声と、銃の発砲音に焦点を絞ってちょうだい。だいじょうぶ、ワタシ達なら……カルカノ姉妹なら、あんなやつには負けないんだから」

     

     力強い姉の声に、妹は涙をぬぐった。

     

     マンティコアがゆっくりと歩いてくる音が地に響く。

     姉妹二人は身を起こし、顔を見合わせて頷くと、廃墟を盾に銃を構えた。

     

     軋みを立てながら迫りくる鋼の猛獣を前にして――

     

     姉の唇から、静かに穏やかな旋律の歌声が紡がれだした。

     


     

      ♪ねんね、ねんね(ニーナ ナンナ)、私の赤ちゃん

       妖精のように光り輝く美しい女王様が

       あなたの金色の揺りかごの側に座ってます

       王様はあなたを見て 人々はお辞儀をしています♪

     

     

     しっとりした歌声に合わせて、銃声が響く。

     妹はすぐに気づいた。リズムに合わせればいいのだと。

     ゆったりとした拍子に合わせて、引き金を絞る。

     

     いつもは重い銃爪が、なぜかその時は軽く感じられた。

     

     

     ♪ねんね、ねんね(ニーナ ナンナ)、私の赤ちゃん

       陽気な太陽が緑の山に 日の暖かさを注いでいます

       そして赤の美しいゼラニウムの花や

       白いタイサンボクの花が花壇に輝いています♪

     

     

     歌声に合わせて、銃声が立て続けに鳴った。

     旋律を通じて、互いの撃つリズムが、お互いに把握でき――

     自然と、射撃するスピードが先の戦闘よりも向上していた。

     

     妹の放つ数発必殺、ヘルメスの仮面の一撃がマンティコアを貫く。

     

     

     ♪ねんね、ねんね(ニーナ ナンナ)、私の赤ちゃん

       あなたのところに飛んで来ます ハーモニーの揺り籠たる父の国から

       楽しい甘美なメロディが届いて

       空ではナイチンゲールが歌い返しています♪

     

     

     それは子守唄の形を取った、軍神の角笛(マールスホルン)だった。

     

     優しくゆったりした声が戦歌と化して、姉の唇から紡がれる。

     姉の銃声が拍子をとる。妹はただ合わせればよかった。

     関節を幾度も抜かれて、マンティコアがズンと地にへたりこむ。

     

     

      ♪ねんね、ねんね(ニーナ ナンナ)、私の赤ちゃん

       目を閉じて 人々の愛情があなたを見守っています

       そしてあなたの名前は皆から祝福されています

       なぜなら あなたはいつの日か皆を治めるのですから♪

     

     

     姉の歌声がよどみなく流れていく。

     妹が息を呑んで、引き金を絞った。

     

     足をとめた鋼の巨獣、そのセンサ類の奥の制御ユニット。

     獣の脳髄めがけて、銃弾が運命に導かれたように吸い込まれていく――

     

     

     ――ボン、という破裂音と共に、マンティコアが煙を吹いた。

     姉妹を狙おうとしていた機関砲が力なく下がり、駆動音が沈黙する。

     

     歌い終わった姉が、大きくため息をついて、へたり込んだ。

    「な、な……なんとかなったあ――」

     

     すっかり安堵した様子の彼女に、

    「やった……やりました、お姉さん――!」

     空色の瞳を潤ませながら、妹が抱き着いてきた。

     

    「うわっ、あはは……ベビーシッター時代の経験も、役に立つもんだ」

     照れながら言ってみせる姉を、妹はぽかぽかと拳で軽くたたいた。

     

    「もう、もう! あんなふうにできるなら、最初からそうしてください! それなら、ワタシも迷ったり躊躇ったりしなかったのに――ホントに、お姉さんなんか大キライ!」

     涙声で拗ねてみせる妹。

     

    彼女の紫の髪をそっと撫でながら、姉はそっと訊ねた。

    「ふふ、それは嘘なの? それとも――」

     愉快そうな姉の声に、妹が顔を上げる。

     

     空色の瞳を揺らしながら――妹が姉の頬にそっと口づける。

     姉は目を丸くすると、くすくすと笑って、愛しの妹のひたいにキスを返した。

     


     

    「――ターゲット沈黙。お嬢さん達二人とも、よくやりました」

     エンフィールドが双眼鏡で窺いながら、そうつぶやくと、

     

    『……まったく、どこまで待たせるかと思ったわよ』

     ツンツンした感じの声があきれ半分の口調で、淑女の耳の奥で響いた。

    『こっちは独断で対物ライフル使ってデカブツを狙撃するところまで考えたのに』

     

    「言ったでしょう? あの二人ならなんとかすると。なんだかんだでやっぱり姉妹なのですよ。なにか驚いた時に目をぱちぱちさせる癖とかそっくりです――さあ、これでコイン十枚ぶん、わたしの勝ちでよろしいですね?」

     

    『はいはい。どのみち、L211から出張ったお駄賃分、後でたっぷり倍返ししてもらうから』

    「ふむふむ。あなたの言い分はよく分かっていますよ、もちろん」

    『……そういう時の隊長って、絶対あとではぐらかすわよね……』

    「フムン――あなたも少し小ずるくなったほうがいいですよ」

     

    『いいのよ。隊長がいい加減な分だけ、わたしが真面目にならなきゃダメだもの――まったく、急な出動要請なんか来たもんだから。てっきりアグレッサー役でも務めるかと思ったら、実際はもっとエゲツないとか。そういうところ、本当に改めたほうがいいわよ』

     

    「英国人の気質を受け継いだパーソナリティですから。仕方がありません」

     そこまで言うと、エンフィールドは双眼鏡を下ろした。

     

    「さて、あの子たちを迎えに行きましょう。とりあえず、紅茶の差し入れですかね」

    『……二人ぶんのマグカップでぶっかけられる方に、コイン十枚賭けるわ』

     棘のある、だが、愉快そうな声に、淑女は軽く笑んでみせた。

    「いいですね。分の悪い賭けは嫌いじゃありません」

     

     そう言うと、エンフィールドは姉妹の元に悠然と歩いて行った。

     


     

     マンティコア狩りのあった日の夜。

     ワタシは宿舎のソファに、身を預けていました。

     

     M1918は――お姉さんは、指揮官のモルガナさんへ報告をしていました。

     報告というか、むしろ文句です。

     

     あのコーチがどこまで仕組んでいたかを問いただしに行ったのです。

     ワタシは別に構わないと言ったのですけれど――

     お姉さんは妹が危険にさらされたことが我慢ならなかったようです。

     

     まあ、あの人のことです。いつのまにか妹のろけになってそうですけれど。

     

     エンフィールドさんはもう自分の基地へと戻っていきました。

     ワタシ達二人分の紅茶でずぶ濡れになりながらも、

    「あなたがたなら、成し遂げると信じていましたよ」

     とか、いけしゃあしゃあと言ってのけたのです。

     

     あの人の嘘つきぶりはワタシなんかでは到底及ばないほどでした。

     

     ただ、エンフィールドさんを迎えにきたメンバーを見た時。

     ワタシは、自然と背筋が伸びる思いがしたのも確かです。

     

     その眼光。身にまとう雰囲気。

     どこまでも自然体なのに、ぴんと張り詰めた雰囲気。

     あれこそを、まさに精鋭と呼ぶのでしょう。

     

     ワタシ達は、彼女たちの立つ頂きの――

     その麓にようやく足をかけたばかりにすぎません。

     でも、頂きへ至る道は見つけたように思います。

     

     一人きりじゃなくて、二人で登っていくだろう、その道を。

     

     宿舎の扉がそっと開いて、朱色の髪が目に入りました。

    「はあ、もう疲れたなあ――ごめん、待った?」

     いつもどおり朗らかで、そして前より気楽になった感じの声。

     

     ワタシはすっと微笑んで、答えました。

    「全然、待ってなんかいませんよ」

     もちろん嘘です。待ちくたびれました。

     

     そんな嘘に、姉はふわりと笑んでみせました。

     隣に腰かけると、ワタシの髪を優しく指で梳きながら、

    「なんというか――うん、これからも、よろしく」

     妙に照れ臭そうに、ささやきました。

     

    「モルガナ指揮官がさ、今度の休暇の時、家に来ないかって言ってくれているんだ。お疲れ様とおめでとうを兼ねて、ホームパーティに招待したいって――どうする?」

     彼女の問いに、ワタシはそっとうなずきました。

     

    「あまり期待しないでおきます」

     そんなふうに言ったのも、もちろん嘘。

     

     でも、ワタシの髪をわしゃわしゃとかきまわすあたり、姉にはお見通しのようです。

    「お子さんがいるみたいだから、何かプレゼントを持って行かないとね」

     

     そんなことを言うものだから、ワタシはちょっとねだってみました。

    「自慢のカワイイ妹にも、なにか贈ってほしいです」

     

    「ふふっ――なにがご所望なのかな?」

     碧の瞳が煌めいて尋ねてきます。

     そんな彼女の目を、空色の瞳で覗き込みながら、ワタシは言いました。

     

    「あの時の歌を――もういちど聞きたいです。銃声とか無しで、静かに」

    「子守唄だからなあ、寝ちゃうかもしれないよ?」

     

    「まさか、起きていますよ」

     これも嘘。お姉さんの歌声を聞きながら、デフラグに入るつもりでした。

     

    「そっか――わかった」

     姉がワタシの肩をそっと抱き寄せて、ぴったりと体をくっつけました。

     


     

     ぽんぽんと優しく肩をたたきながら、彼女は歌いだします。

     

      ♪Ninna nanna, o mio bimbo ,

       (ねんね、ねんね、私の赤ちゃん)

       una regina fulgida e bella al pari d'una fata……♪

       (妖精のように光り輝く美しい女王様が……・)

     

     穏やかで静かな歌声に誘われて。安心感に包まれながら。

     ワタシは、姉の肩に頭を預けて、そっと眠りに入りました――

     

     

     その後暫く経ってから。モルガナさんのご自宅に招かれて。

     ちょっとマセている息子さんに、軽い気持ちで嘘をついてみたら。

     当人がすっかり本気になってしまって――

     

     姉も巻き込んだラブコメディになったのですけれど。

     

     それはまた、別のおはなし。

     

     

    〔「愛しの君に捧ぐニーナナンナ」 End

     

    〔-―Next Ep. 「天使の叶えるプレイヤ」

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