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2020.05.25 Monday

天使の叶えるプレイヤ 〔前編〕

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロのファンジンノベルの新シリーズ、

    「お姉さんと妹ちゃん」第3話アップでございます。

     

    今回はG36&G36cの姉妹にスポットを当てて、

    「天使の叶えるプレイヤ」

    と題してお届けします。お馴染みL211基地が舞台です。

    ブログでは前後編で公開だよ!

    pixivでは分割アップしてますので、こちらからどうぞ

     

    sister_3_a.jpg

     

    L211基地で第三部隊のリーダーを任されているG36c。

    しかし、彼女の部隊は不本意な二つ名で呼ばれていた。

    ひそかに悩みながらも、相談相手にと思っていた姉のG36は

    なにやら様子がおかしくて……

    困った乙女が愚痴をこぼした人物は、よりにもよって――

     

    「お困りです」シリーズのL211基地が再び舞台となります。

    先のシリーズを読まれてなくてもお楽しみ頂けますよ!

     

    (本編は長いので折り返し〜)


     

     素晴らしい仲間がいて、尊敬できる指揮官がいて。

     そしてなにより誇れる姉がいるなんて――

     グリフィンの戦術人形としては、わたしは随分恵まれている方でしょう。

     

     実のところ、L211基地はかなり環境がよいと聞いています。

     設備の質もそうですけれど、変わっているのは指揮官の方針です。

     

     わたしたちは、そもそも〔戦術人形〕。

     

     IOP社製の民生用ガイノイドを軍事転用させた、間に合わせの兵隊です。それがまともに戦えるのは、銃火器とリンケージすることにより、その銃を扱うのにふさわしい形にメンタルモデルを変容させることで、考え方も戦い方も兵士のそれに変えるからです。

     そして、人形である以上、大きな負傷をしても修理で済みます。たとえ修復不能なレベルで躯体が損なわれても、しかるべきバックアップから予備の躯体を起動させれば、たちどころに復活さえできます。死してなお蘇り、果てない戦いに駆り出される、終末の世のエインヘリャル。

     それが――戦術人形というものです。

     

     でも、L211基地の指揮官、ロゼ・ローズは、真っ先にそれを否定します。

    「生き残る前提で戦いなさい。死が前提の作戦なぞ、コイン一枚の価値もない」

     “カサンドラ”の悪名で知られる彼女――ロロの絶対のドクトリン。

     

     グリフィンの戦術教範とは、まったく相反する考え。

     ですが、それは人形の扱いに決して甘いというわけではないのです。

     

     彼女――ロロは、ただ銃を撃つだけの人形であることを許してくれません。

     射撃訓練と同じぐらいの時間、戦術のノウハウを叩き込まれます。

     といっても、講義室に集めて仲良くお勉強というわけではありません。

     

     大量の作戦報告書と共に、たまに紛れ込む課題。「戦術クイズだ!」とポップなロゴで表題の書かれたドキュメントには、一見無茶にしか思えないシチュエーションが記されています。これに期限内に回答を送るのが、勉強の内容なのです。基地に来た当初の人形にはグリフィンの教範が刷り込まれていますから、大概は“間違い”を答えます。

     

     指揮官が尋常でないところは、それぞれの回答に対して、丁寧に添削をしてアドバイスを添えているところです。そして、求めているレベルをクリアしたと判定された人形が次の課程に進むことが許されます。

     

     

     つまり――L211基地に常設されている作戦部隊は、いずれも個人戦闘の技量は元より、頭の中に一見“非常識”な戦術理論を徹底して叩き込まれた人形なのです。

     

     〔指輪の乙女〕――“リングス”と呼ばれる第一部隊。

     〔厄介の妖精〕――“グレムリン”と名高い第二部隊。

     

     いずれも性格の異なる彼女達。けれども、戦場に赴けば必ず勝利を持ち帰り、そしてなにより全員が生還して帰ってくることから――基地ではもちろん、同じグリフィン内部でも「アレはとんでもない」と噂が立つほどです。

     

     まあ、「とんでもない」と呼ばれるあたり、悪名まじりなのですけれど。

     

     

     わたしの誇れる姉――G36は、第一部隊のメンバーです。

     〔指輪の乙女〕の一員。

     部隊全員が、指揮官と誓約を交わした特別な人形。

     

     メイド服に身を包み、フリルをあしらったヘッドドレス。

     それが、彼女の戦装束です。

     

     少々視覚素子が不調なので、目つきこそ険しく見えますけれども――

     あくまでも振る舞いは穏やかで、言動は慎ましく。

     そして、戦闘においてはゆるぎない勁さを見せる人。

     

     正直……わたしには、姉が隊長ではないのが不思議でなりません。

     そのことを疑問に出すと、彼女は決まって微笑んでみせるのです。

     

    「指揮官の下で隊長と認められるには、“よくできました”じゃダメなの」

     そして、かならずこう続けるのです。

    「だから、G36c――あなたが、第三部隊の隊長なのを誇らしく思うわ」

     

     ええ……たしかに、わたしは第三部隊のリーダーを任されています。

     

     でも、この部隊は常設されている作戦グループではありません。

     先の二つでは手に余ると判断された際、まず編成される予備部隊。

     でも、そのメンバーは必ずしも決まっているわけではありません。

     その時々に応じて、指揮官が最適とされる構成で組まれます。

     

     ただ、どんな編成でも、必ずわたしが隊長だと定められているだけです。

     そんな第三部隊のあだ名は、“パッチワーク”――〔継ぎはぎ組〕。

     指揮官の命名ではありませんが、非公式に広まってしまいました。

     

     もちろん、そんなことでひがんだりはしません。

     戦えば、常設の部隊にだって負けない自信はあります。

     

     でも、基地に戻って、組んでいたメンバーとささやかな打ち上げをして。

     それから、「また機会があれば」とそれぞれに散っていくたびに――

     物足りなく、そして物寂しい何かを感じるのも確かです。

     

     自分が決して間に合わせの存在だと思いたくはありません。

     でも、時々、疑問には思ってしまいます。

     

     わたしは、本当に隊長にふさわしい人形なのか――と。

     


     

     律動的な足音をさせながら、赤いベレー帽の乙女が歩いている。

     黒のジャケットを主体に、黒のブーツを履いた姿はいかにも兵士然としている。それでいて、ミニスカートから覗く白いふとももが目にまぶしく、少し開いた襟元から蠱惑的な胸元が見えていた。

     

     グリフィンの基地を視察に来た正規軍の人間が「ガールスカウトが戦争をやるのか」と憮然としたゆえんである。

     だが、当の彼女たちは意に介さない。

     自分たちの真価と能力は、なによりも指揮官が分かっていれば充分なのだ。

     

     赤ベレーの彼女とすれちがった、別の人形たちが挨拶してくる。

     前を行く人形が軽く手を振ってみせ、後ろの人形が慌てて敬礼する。

     それを見て取って、赤ベレーの乙女――G36cは軽く敬礼で返してみせた。

     

     すれちがってから、ふっと笑みがこぼれてしまう。後ろの子は新入りだった。まっさらなまま、頭にメーカーお墨付きのパーソナリティと、グリフィンの戦術教範を刷り込まれた新人さん。彼女がこの基地に馴染むまでどれぐらいかかるだろうか。

     

    「そのためにも、快適な宿舎を用意してあげないと、ですね……」

     G36cは、そうひとりごちた。本来なら副官を務める人形の役目だが、その彼女は本日非番になっていた。指揮官から回ってきた「やっておいてくれると嬉しいな」リスト――別に片づける義務はないのだが、こうした細々した雑務をこなすのはひそかな楽しみになっていた。

     

     こなした後に、指揮官から貰えるささやかなメッセージ。

     決して紋切りでなく、逐一考えているだろう言葉を目にするたびに、感情パラメータがポジティブに弾んで、なにか胸の奥が暖かな感じがするのだ。

     

     さて――開けるべき予備宿舎なら見当はついている。

     正確には、見当がすぐにつく者を知っているべきというべきか。

     G36cが探しているのは、彼女の姉――G36だった。

     

     正確にはG36も非番のはずなのだが、宿舎区画にいるということはいつも通りモップを手にして掃除にいそしんでいるのだろう。予備宿舎が小ぎれいに保たれているのは彼女の趣味によるところが多いのだ。曰く、「掃除はメイドの基本なのだから」と。

     ただ――位置シグナルが、予備宿舎のひとつに留まったまま、うごいていないのが気になるところではある。異状を示すアラートは出ていないのだが。

     

     そうこうしているうちにくだんの宿舎まで来た。

     扉は開いている。その横の壁を軽くノックして、G36cは声をかけた。

    「お姉さん、いらっしゃいますか?」

     ひょいと中を覗いたG36cは――姉の様子にぎょっとした。

     

     中はきちんと整えられている。パステルな色合いでまとめられた、ややコケティッシュな内装だ。家具はシンプルながら温かみのあるデザインで統一されており、訓練で疲れた人形がなごむにはなかなか良いだろう。

     そんな中、木製を模したチェアに、G36は腰かけていた。頭のヘッドドレスをはじめとして、白と黒でまとめられたフレンチメイドスタイルの服。冴え冴えしたブロンドの髪が部屋の明かりに照らされて艶やかに光っている。

     

     そして――普段は険のある目つきは、なぜか今は大きく見開いていた。椅子に背を預けて、どこかぽおっとした眼差しで宙を見つめている。そして、モップをまるですがりつくように抱きしめていた。胸の谷間に、太ももの隙間に、挟み込むようにきゅっと抱え込んでいる――ときおり、切なそうなため息をついては、なにかをこらえるようにモップを体に押し当てているようにも見えるのは、いったいどうしたことか。

     

    「あの――お姉さん? どこか、具合でもわるくていらっしゃるのですか?」

     妹がそっと声をかけると、ややあって、ぼんやりした声で返事があった。

    「……ああ、うん……へいき……ちょっと、デフラグしているだけ……」

     どこか、曖昧な、ぼんやりとした声。

     その声音は――ほのかに色香が漂い、恍惚の色がにじんでいた。

     

    「あの、お姉さん? デフラグなら宿舎で横になったほうがよろしいのでは」

     G36cが戸惑い気味に言う。

     戦術人形にとってメモリのデフラグは睡眠に相当する。安全な場所でリラックスできる姿勢で、躯体をサスペンドモードにして行うのが普通だ。具体的には基地の宿舎のベッドに横たわって、文字通り“眠る”などである。

     

     だが、G36は青い瞳をうっとりと潤ませながら、小さくかぶりを振った。

    「ダメよ……いま宿舎はFALが使っているから。あの子、わたし以上にまいっていたから、いまごろベッドで悶えているはずよ――あんな調子なのがそばにいたら、さすがにわたしも感情パラメータが不安定になってしまうわ――それに……」

     

     姉は、とろんとした目つきで、妹を見つめた。

    「……迂闊にサスペンドモードにしたら、わたしもデフラグ中にどんなみっともない姿を見せてしまうか分からないもの。だからこうして……思考パルスは保ったまま、ちょっとずつデフラグしているの――んくッ……」

     

     話しながら、G36が不意に目をつむった。

     どこか苦しそうな、そして切なそうな声をあげると、モップを抱きしめる。

     合成樹脂の柄が、太ももを割って股に食い込みそうなほどに。

     

    「……ああ、どうして? わたしはあれだけ頑張ったのに、声を聞くだけでどんどん昂ってしまって、頭の中がチカチカ光って……ほんのすこしさわられただけで、積み上げた石が他愛なく崩されるみたいに――あの人ときたら……いったい、どんな魔法を使ったというの……?」

     

     うわごとのような声は、熱っぽく、どこか湿り気を帯びている。

     

     ただならぬ様子に、G36cは慌てて第一部隊のログを基地内ネットから呼び出した。

     一昨日まで戦闘任務に出張っていて、帰ってきたばかりだ。

     修復と調整を終えて、昨夜からようやく休暇となっている。

     

     まさか――と、G36cの予測演算が不吉な結果をたたき出す。〔鉄血〕が用いる“傘”ウィルス。グリフィンの戦術人形を汚染する電子攻撃を受けたのではないか。あるいは、別の何か特殊な攻撃を受けたのかもしれない。第一部隊がほんの数か月前に、独断で出動して〔鉄血〕以外の敵と交戦したらしいというのは、基地内ではひそかに噂されているところだ。

     

    「あ、あの……調子が悪いなら、なおのことメンテナンス室へ――」

     G36cがおろおろしながら、姉の手に触れようとした時。

     

     不意に、誰かが彼女の肩にぽんと手を置いた。

     振り返ると――そこに立っていたのは赤銅色の髪の淑女だった。

     戦列歩兵を模した衣装。肩に提げた年代物のライフル。

     表情は凪のように静かで、韜晦めいた霧がかかっているようにも見えた。

     その名前を、この基地で知らぬ者はいない。

     

    「エンフィールドさん……帰っていらしたんですか」

     名前を呼ばれた淑女は、こくりとうなずいた。

    「ええ。長い出張から。G36なら心配いりませんよ。軽く見て回ったのですが、いま第一部隊の方々は、皆こんな感じです。まあ、一日放っておけば、回復しますよ」

     

    「……なにか、ご存じでいらっしゃるのですか?」

     G36cが心配そうに瞳を揺らしてみせると、エンフィールドは肩をすくめた。

     

    「当事者を前に話すのは気が引けますね。いかがです? 食堂でお茶でも」

     


     

     エンフィールドの前には、ティーカップに入った琥珀色の紅茶。

     G36cの前には、マグカップに入った香り立つ闇夜色のコーヒー。

     

     そして向かい合う二人の中間には、スターゲイジパイが鎮座していた。

     飴色に焼けたパイ生地から、ニシンのたぐいらしい魚が虚ろに宙を見上げている。その数、五尾。匂いこそ香ばしいが、突き出た小魚の頭がどこか恨めしげに見える。

     

    「やあ、ちょうど焼きあがる頃合いだったのです――さあ、召し上がれ。ホワイトソースをベースに、塩コショウをたっぷり利かせて、メイプルシロップをアクセントに。他にもいろいろと隠し味を――いや、我ながら、なかなか会心の出来です」

     

     目を細めながら勧めてくるエンフィールドに、

    「はあ……そ、それじゃあ少しだけ……」

     戸惑いがちにG36cが答えると、淑女が不満げに息をついた。

    「フムン。なぜか皆、わたしの料理は敬遠するのですよね」

     

     そう言って、パイにナイフを鮮やかに入れていった。手早く取り分けると、リクエストとは異なり、かなりたっぷりと切り取られたパイが小皿に載せられた。

     そのまま、G36cの目の前にずいと差し出される。

    「ご遠慮は無用ですよ」

     エンフィールドの声はどこまで穏やかだが――有無を言わせぬ圧があった。

     

     G36cは、ためらいがちにフォークでパイを切ると、意を決して口の中に放り込んだ。最初こそふわりと小麦のよい香りがただよったが、噛むと、なんとも言い難い風味が口いっぱいに広がる。単なるマズいとか失敗作とかでは収まらない。三段ぐらい斜め上の味覚としか言いようがない代物――G36cはあわてて飲み込むと、たまらずカップに口をつけた。ただのブラックコーヒーが妙に甘く感じるのはどうしたことか。

     

     エンフィールドの料理は、端的に言えばマズい。

     L211基地では常識というよりも、もはやサバイバルスキルの一つであった。

     

     ちなみに調理した本人は、上機嫌でパイに舌鼓を打っている。

     G36cは淑女に気づかれないように、そっと自分のパイの皿を横に追いやった。

     

    「――さてと。あなたがG36を探していたのは、どうしてですか?」

     ぺろりとパイを平らげたエンフィールドが訊ねてきたのに、

    「あ……いえ、新人の子が来るので、すぐ使える空き宿舎をお姉さんに訊ねようと思っていたのです。指揮官からのリクエストタスクにあったもので、副官が動けないなら代わりにと思って――」

     そこまで言って、G36cはふいと顔をうつむけた。

    「――あと、お姉さんが忙しくなければ、ちょっと相談したいことがありましたから……」

     

    「なるほど、ご相談ですか」

    「はい。あの……それよりも」

     G36cは顔をあげて、目の前の淑女に訊ねた。

    「エンフィールドさんはどうしてあの場にいらしたのですか?」

     

     赤ベレーの乙女に問われて、淑女は「フムン」と声をあげると、

    「ひとつ確認ですが――貴女は基地内フォーラムのブックメーカー枠はまったく見ていないのではありませんか?」

    「はい……あの、あまり賭け事はちょっと好まないので」

     

    「なるほど。でしたら、G36の様子を見て戸惑っていたのもうなずけます」

     エンフィールドはそう言うと、携帯端末を机の上に置いてみせた。

     表示された賭けのフォーラムには“第一部隊と指揮官の熱帯密林の夜!”とカラフルなロゴが表示されている。メインのオッズは「あの子たちは指揮官とヤったかどうか」だが、圧倒的に「ヤった」に票が集まっている。オッズの妙味はむしろ“睦みごと”の内容がどうだったかの個別の賭けに移っていた。

     

     そして、なにより。隠し撮りとおぼしき動画が繰り返し流されていた。

     日時は昨夜のスタンプがついている。指揮官の私室に第一部隊の乙女たちがぞろぞろとやってきて、扉をノックして――出迎えたローズ指揮官はバスローブ姿で、やってきた彼女たちを一人ずつハグしてキスを交わしては、次々と部屋へ迎え入れている。〔指輪の乙女〕のメンバーはそれぞれにめかしこんでいた。うっすら窺える表情からは、誰もが期待に待ちきれない、という様子だった。

     これで“何もなかった”と考えるのはどだい無理というものだろう。

     

    「な、ななな……なんですの、これは!?

     G36cが目を白黒させるのを前にして、淑女は紅茶をすすってから答えた。

    「なんでもなにも。わかっているのはこの動画と、あとは今日の第一部隊の様子ですよ。G36だけではありません。ほとんどのメンバーが概ねあの調子。ぽわぽわした感じでメモリのデフラグに追われています。よほど昨夜に“濃厚な体験”があったと見えます」

     

    「の、濃厚な体験って何ですか!?

     身を乗り出さんばかりに訊ねてくるG36cに、淑女はやれやれと首を振った。

    「それが分からないのです。聞き出そうに彼女達はご覧の通り――いやまあ。約一名、元気一杯にレクリエーションルームでヘヴィメタルを歌っている子がいましたがね。詳しく聞こうとすると、実に朗らかに『内緒です!』と言われまして」

     そこまで言って、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

     

    「困ったことに、わたしは今回のオッズでは、まったく美味しいところに噛めなくて――しかも面倒なことに〔[[rb:見届け人 > ウォッチャー]]〕に指名されたのです。実際は何があったのか――というより“どんなナニが繰り広げられたのか”を調べる役回りになったのですよ。まあ、あらかたつかめてきた感じですが、これは本丸の指揮官に問いたださないとダメなようです」

     淑女は軽くため息をつくと、カップから紅茶を一口飲んだ。

     

     G36cは顔を赤くしていたが――ややあって、顔をうつむけた。

    「お姉さんが……ちょっと羨ましいです」

     

    「……おや、オンナ六人で入り乱れてのアツアツにご興味がおありで?」

    「ち、ちがいます! そうではなくて――」

     赤ベレーの乙女は、そっと口元に手をやった。

     

     自分の人差し指をそっと自らの唇につけると、切なそうに言葉を漏らした。

    「どんな体験であれ、仲間と一緒に味わうことができて――そ、それに指揮官からこんな招待をされるのは、それだけ大切にされている証拠ですもの……」

     

     単なる情動でも、色っぽい話に当てられたわけでもない。

     G36cの声は、それと片付けるには、あまりに寂しそうな声だった。

     

    「……わたしは、本当に指揮官に信頼されているのでしょうか……」

     

     その言葉に、エンフィールドは答えない。

     ただ、すっと目を細めて――乙女の頬を優しく撫でた。

     


     

     エンフィールドが指揮官の執務室の扉をノックすると、

    「はーい、いま留守になってるよぉ」

     なんとも飄々な声が内側から返ってきた。

     

    「ドアのノックに応えては居留守になりませんよ、指揮官?」

    「――エンフィールドか。ンン、はいってヨシ」

     声と同時に、扉のロックが解除された。

     

     淑女が指揮官室に入ると同時に、再び扉のロックがかかる。

     部屋の主は、いつもの指揮官卓にはいない。

     代わりに、応接スペースのソファにしどけなくもたれかかっていた。色素の薄い、白っぽく長々とした癖毛は、まとめることもせずにぼさぼさのまま。衣服はタンクトップに、下はホットパンツと、だらしないことこのうえない。白い肌はいつも通りだが、今日に限っては妙にぬめっとした艶があるように見える。どこか靄がかかっている紫の瞳はなお煌めいていて、雲の合間から星が瞬くかのように見えた。

     

     そんな彼女―――ロロの愛称で呼ばれる指揮官は、自在アームに端末を据え付けて、なにやらぽちぽちと操作していた。見る者が見れば、タイピングのスピードが普段より遅く、なによりひとつ事に集中していることに驚いただろう。

     

    「……デスクで作業された方がよいのでは?」

     エンフィールドの言葉に、ロロはもじもじと身じろぎしてみせた。

    「椅子に座れるならネ……腰がじんじん疼いて、まともに座れないんだヨ」

     ロロは大きくため息をついた。どこか熱っぽい吐息である。

     

    「――なるほど、“饗宴”の翌朝というところですか」

     エンフィールドが応接の向かいに腰かけながら言った言葉に、

    「ンン、“饗宴”とは言いえて妙だね。いや、“謝肉祭”と言うべきかな」

    「乙女が六人絡み合いながら、互いをむさぼる儀式ですか?」

     

     片眉を釣りあげて訊ねたエンフィールドに、ロロは肩をすくめてみせた。

    「ノンノン。その言い方だと、六人が思い思いにペアを取り換えて、楽しんだように聞こえるじゃないか。実際はサ……」

     

     ロロが、右手のひとさし指をそっと唇に当てた。

     そのまま、指で自身のカラダをなぞっていく。

     頬を、首筋を、鎖骨を、腕を、腹部を、太ももを、ふくらはぎを。

     そして、指が再び脚をなぞりあげると、太ももの付け根の秘奥へと指を導き――

     まさぐるような仕草をして、また下腹部から胴をなぞり、唇へと戻っていく。

     

     締めくくりに人差し指に口づけすると、ロロはにやりと笑んでみせた。

    「……五人の巫女が、憐れな仔羊をむさぼる儀式だったんだけどネ」

     パープルタイガーアイの瞳が、煌めいた。艶っぽく、どこか妖しく。

     

    「……フムン? わたしが確認した限り、どう見ても巫女たちの方こそ、得体のしれない異境の神になぶられた後にしか思えないのですが。どの口が仔羊などと言いますか」

    「あ、ひどいナ。人を“[[rb:外なる神 > アウターゴッド]]”みたいに言うもんじゃないヨ」

     

     ロロは髪をかき回してから、淑女を見つめて言った。

    「まあ、エンフィールドには話しておいたほうがいいかな――あ、そだそだ。ながらくの出張、ご苦労さまだったね。おかげでモルガナさんも喜んでいたよ」

    「やるべき務めを果たしたまで――それで、昨夜は何があったのです?」

     

    「ンンン。事の発端は第一部隊の出撃スケジュールの問題でね」

     ロロは腕組みしながら、眉をひそめて言った。

    「このところ、ちょっと〔鉄血〕が活発なもんで、腕利きの彼女たちの出番も増えてる。それで、普通のローテーションで相手にしていたら、タイミングが不公平になるなと思っていたら――あの子たちから提案が来てね」

     

     そこまで言って、ロロが両の手を差し出した。

     右手を広げて、そこに左手の人差し指を添える。

    「わたし達五人と、指揮官とで、一緒に楽しんでみませんか――と」

     

    「それで応じてしまうとか、頭がどうかしていませんか?」

    「いやあ、まったくだね。一斉に舌なめずりする音が聞こえたような気がしたよ――とはいえ、彼女たちがどうしてもとせがむのなら、私は拒むつもりはないからね」

     

    「……相変わらず、懐が広いというか。実に困った方でいらっしゃる」

     淑女の半ば呆れた声に、ロロはにんまりと笑んでみせた。

    「まあ、それが取り柄だと思っているから。ただ、無制限試合だとアブナイなあと思ったからサ。ケミカルやデジタルを問わずドラッグのたぐいは一切ナシ。ソレ用の玩具はもちろん使えそうなアイテムも道具のたぐいは一切ナシ。こういうふうにルールを決めたけどネ」

     

     そう言って、ロゼは宙を見つめた。どこか恍惚がにじむ眼差しである。

    「いやあ、五人がかりで可愛がられるとあんだけヤバイとはネ……足し算とか掛け算とかじゃなくて、もう乗倍算のレベル。やはー、よく壊れなかったな。我ながらエロい。ああ違った、我ながらエラい!」

     

    「……あの、指揮官? 普通にお話を聞いていると、むしろ貴女の息がまだあることが不思議なのですが――いったいどんなズルをしたのですか?」

     

     淑女の問いに、乙女たちの主はウィンクで応えてみせた。

    「ちょっと専門分野を使わせてもらったんだよ」

     

    「ああ……ドールズサイコロジーとかいう怪しいアレですか」

    「怪しくないよ! そりゃ人形研究じゃマイナー分野だけどさ」

     

    「はいはい。それで? 何をどうやったのか、ご講義願えますか?」

     エンフィールドが軽く頭を下げてみせる。

     

     ロロは軽く咳払いをした。

    「こほん――じゃあ始めようか。人形にも喜怒哀楽はあるけど、それが感情パラメータという一種の波形から生まれていることは知ってるかな?」

    「知っているもなにも、セルフモニタリング数値のひとつでしょう」

     

    「よろしい。これは単純に快不快の振れ幅を示すものだね。ポジティブに振れると心地よいという感情が生まれ、ネガティブに振れると居心地がわるいという感情が生まれる。個々の感情の色彩は、その時々の環境やメモリによって左右されて現われるが、根源となるものは至極シンプルだ……ああ、勘違いしないでほしいが、人形が単純なわけじゃない。快不快の反応は生物にとって基本的な外界への反応だし、人間の脳内も結局は心地いいという脳内物質の多寡で感情が左右されるからね」

     

     そこまで言って、ロロはエンフィールドの目をじっと見つめた。

     


     

     煌めくパープルタイガーアイの瞳が、翠の双眸を覗き込みながら、言う。

     

    「さて、IOPの人形の場合は、この感情パラメータがポジティブに振れると、思考パルスが加速する作用がある。人形を“人道的に扱う”ことは、そのパフォーマンスを充分以上に引き出すために必要なわけだね。ほめる、ねぎらう、お礼を言う――これらの道徳的に善とされる反応をしてあげれば、人形はより献身的に尽くしてくれる寸法だ。実のところ、社会サービスの各所が人形無しに回らない現状では、この仕組みは上手く作用しているだろうね。これで人間達のささやかな生存圏はモラル的に破綻せずに済む。それに使われている人形達も大事にされていれば、概ね倫理暴走を起こさないからくりというわけだ……ここまではいいかな?」

     

    「ええ。改めて認識すると、自分達の仕様に多少の不合理は感じますが」

     

    「人間と人形の関係は現在進行形で過渡期だからね――さて、この感情パラメータの仕様として、人形が自分の行為に対して、使用主と認める自然人が好意的な反応をした場合には、感情パラメータがポジティブに振れやすい――というものがある。俗に『人形はちょっと褒めるとすぐに懐く』などと言われるけど、それはこの性質に拠るものだ。でも、これは人形それぞれのメンタルモデルの方が影響度は大きいんだけどね――しかし、だ」

     

     ロゼが左手の人差し指で、右手の薬指をとんとつついてみせた。

    「誓約を交わした人形については、パートナーからのレスポンスへの反応は如実なものになる。それはもう、誓約相手からの肯定否定が感情パラメータにダイレクトに影響するほどだ。そして、これはあらゆるコミュニケーションに適用される。普通の会話はもちろんだけど……そう、セックスにおいても、ね」

     乙女たちの主は微笑むと、左右の人差し指をくねくねと絡み合わせてみせる。

     

     講義を聞いていた淑女は、眉をひそめて怪訝そうに訊ねた。

    「理論はわかりましたが――どのように実践されたのですか?」

     

     エンフィールドの問いに、ロロは両手を合わせると、そっと自分の唇に当てた。

    「ありていに言えば、あの子達に五人がかりでよってたかって弄ばれている間、私は与えられる刺激にことさら反応して、一種の“言葉責め”を浴びせたんだよ。口が回るなら――いまどんなふうに感じているか、このままだとどうなってしまいそうか、どんなふうにしてほしいか――そういうのをあられもなく口にしてみせてね。唇がふさがっているなら舌なり指なりを使って伝え、それも封じられていれば肌と肌の密着具合や手足に込めた力加減――あるいはカラダに差し込まれた指への締め付け具合とかね」

     

     さすがに羞恥をおぼえるのか、ロロの頬はかすかに上気していた。

    「人形がこちらに与えてくる行為に対して、ダイレクトに反応して悦んでみせる――そのことが人形の感情パラメータをポジティブな方向にズンズン振れさせることに繋がる。目の前のパートナーをさんざん可愛がっているように考えていても、実は彼女達のキャッシュメモリはパンパンに近くなるんだよ。あとは頃合いを見て一押ししてあげれば、たちまち感情パラメータが振りきれる。オーバーフローした挙句に思考パルスがハングアップする――まあ、端的に言えば、相手をいじっているうちに自分で高まってイってしまうわけさ」

     

     得意げにいうロロに、エンフィールドは肩をすくめた。

    「なんとも曲芸めいた……ただ、五人全員となると、それはもう長期戦でしょう。あの子たちからひとつの勝ちを拾うまでに、貴女は百敗してそうに思えるのですが?」

     

    「ンンン……まあ、さんざん雲の上まで持ち上げられて、何度も意識が飛びそうになったのは確かだけどね――そこはまあ、経験の差と、あとは有機体の神秘かな」

     そう言うと、乙女たちの主は気恥ずかしそうに唇をとがらせた。

    「それに、私が勝てた相手は四人まで。最後の一人には、仕込みが全然効かなかった」

     

    「最後の一人――もしかして、スオミですか?」

    「正解……よくわかったね」

    「現時点での〔指輪の乙女〕で、唯一まともに思考回路が作動していましたので……彼女は、レスポンスへの感度が鈍かったのですか?」

     

    「まさかァ。むしろ一番共感していたよ。あの熱に浮かされた感じは、蒸気機関車が走りそうなほどさ――ただ、長いつきあいで編み出したのかな。あの子ってば、とりあえず羞恥でキャッシュがいっぱいになりそうだと判断すると、片端からアーカイブ層へ放り込んで圧縮するロジック処理を持っていてね。私が他の四人をなんとかノックアウトさせたら、その折り重なった肢体の向こうから、ずいと身を乗り出して迫ってきたわけさ――いやあ、ラスボスの風格あったねェ」

     

     声をひそめてみせたロロに、エンフィールドが思わず囁いて訊ねた。

    「それで? そのラスボスと相打ちにでもなったんですか?」

    「いやあ、それがネ……」

     そこで乙女たちの女王は、ふいと顔をそむけた。

     

     頬をこれまでになく朱に染め、初々しい照れ笑いさえ浮かべてみせて。

    「……とても優しく、イタされちゃったんだよネ……」

     

    「――はい?」

    「まあ、穏やかに抱き合って、キスして、最初は静かに、でも少しずつ激しく――それだけじゃなくてさ。ちょっと詳しいからくりは伏せるけど、スオミは私のニューロンにアクセスすることが可能でね。さんざん弄られてバカになっちゃったのを、自分が肌を合わせることで、神経の興奮状態を鎮静化してくれたみたいで……」

     

     ロロは口元を緩ませながら、鼻をぽりぽりと指でかいた。

    「……あー、だから、私がなんとかまともに動けるのは、あの子のおかげなの。どうにもまいったね、彼女にとってはいろいろお見通しだったのかもしれない」

     

     そう言った女主人を前に、エンフィールドは不意に顔を伏せた。

     ぷるぷると肩を震わせ、くつくつと笑い出したかと思うと、

    「――はは、ははは! いやあ、驚きました。人形に対してはとことんお調子者を通してみせる、あのローズ指揮官がここまで素直な表情を見せるとは。いやはや、長生きはするものです」

     

    「そんなに笑わなくてもいいじゃないか……」

    「いえいえ、安心しているんですよ――貴女がそこまで心を預けられる相手ができたことに。わたしがベッドで相手にしていた頃とはまるで別人です……うん、いまの貴女なら再び一夜を共にしてもいいかもしれません」

     

    「……ジョークだよね?」

    「割と本気ですよ。まあ、そんなことをしたら、くだんの亜麻色の髪の少女が怒鳴り込んできそうですが……しかし、なるほど。そのような経緯でしたか――さて、ブックメーカーの見届け人としてはどのようにレポーティングしたものでしょうか?」

     

    「あの子たちの面目がつぶれないようにしてくれればいいさ」

     そう言って、ロロはウィンクしてみせた。

    「別に、五人がかりでいじくられて私がメェメェ啼いていた憐れな仔羊でも構わないよ。こういうのは事実がどうこうよりも、皆が盛り上がる“真実”の方が大事だからね」

     

    「努力してみましょう……貴女が絶倫無双でも、それはそれで皆は納得しそうですが」

     くすくす笑いながら、エンフィールドは言った。

     

    「しかし、貴女がすっかり人形の尻に敷かれているとは……いやはや」

    「――スオミのヒップは大きいからね。心地よさも圧もハンパない」

     

    「お幸せそうでなによりです……ですが、指揮官?」

     淑女が、声音を改める。

     真剣な表情をして彼女は言った。

    「特定の人形に甘えてしまう余り、他の人形への気配りがおろそかになったのでは――それは、やはり貴女らしくありません。少しお耳に入れておきたいのですが」

     

     その言葉に、ロロもたちまち表情を改めた。

     ゆるんだ照れ笑いが引っ込み、紫の瞳に真摯な光が宿る。

     

    「その顔の君は、直言しかしないと決まっている……うん、聞かせてくれ――」

     


     

    「――そっかあ。G36cがねえ」

     

     エンフィールドから話を聞いたロロは腕組みしてうなった。

    「うーん、聞いた感じ、割とため込んでいるみたいだなあ。彼女、そのあたりが分かりにくいんだよね。もう少し自信をもって自己主張をしてくれれば、こっちも対応しやすくなるんだけど――変なところで譲ってしまうからなあ、あの子」

     

     そこまで言って、乙女たちの主は人差し指をたてて、自分のひたいをつついた。

    「ただ、彼女を第三部隊の隊長に敢えて指名しているのは、謙虚さや人当たりの良さも考えてのことだからなあ……」

     

    「以前からお尋ねしたかったのですが――」

     エンフィールドは翠の眼光も鋭く訊ねた。

    「――なぜ第三部隊を常設にされないのですか? 維持が面倒でもないでしょう」

     

    「ンン。ちゃんと理由があるんだが……その前に常設の二つの作戦部隊の性格の違いについて説明しておこうか」

     

     そう言って、ロロは右手の人差し指をまず立ててみせた。

    「第一部隊――〔指輪の乙女〕は、真正面から戦って強い部隊だ。そして隊長を務めるスオミも、彼女に従うメンバーもそれぞれ義理堅くて、友軍の窮地を見捨てておけない性格をしている。だから、彼女たちは敵陣を正面から崩したり、味方の救援によこす分には存分に戦ってくれる」

     

     次にロロの右手の中指を立てた。都合二本の指を見せながら言う。

    「対して、第二部隊――〔厄介の妖精〕は、敵の攪乱に長けた部隊だ。足をひっかけて転ばした隙に背中を撃つタイプだね。隊長を務める子はもちろん、メンバーも極めてシビアな計算ができる人形が揃っている。危地にある友軍がいたら、どうすれば囮として有効に使えるかを算段できるズルさを持っているんだ。ゆえに、この子たちは後方での陽動や、補給線破壊、あるいは奇襲任務などに向いている」

     

     そう言うと、乙女たちの主は指を引っ込めると、手を組みあわせた。

    「これはどっちが優れているとかじゃない。得意とする役割の違いだ。昔の兵法に倣うならば、追う手と搦め手、あるいは正兵と奇兵の関係に当たる。どちらが欠けてもダメだ。両方揃ってこそ、真価を発揮できる――まあ、普通の戦場ならね」

     

    「……第三部隊はそれらに当たらない、ということですか?」

     エンフィールドの問いに、ロロはうなずいてみせた。

     

    「うん――きみはカエサルとポンペイウスは知っているかな?」

    「古代の地中海地方の将軍の名前、でしたか」

     

    「その通り。いずれも名だたる名将で、どちらが祖国の覇権を握るかで争った。彼らの決戦の舞台がファルサルスだ。この会戦に臨んで、勝敗のカギを握る騎兵はポンペイウスが圧倒的に優勢だった。はたして彼は定石通り、騎兵の機動力を活かしてカエサル軍の背後を取ろうとした――ところが、会戦の勝者はカエサルだった。それも相手の騎兵をほぼ無力化してね。はたして勝利をもぎ取ったこの英雄はどんなペテンを使ったと思う?」

     

    「……以前、似たような“戦術クイズ”を出されましたね。わたしの回答は貴女から合格点をもらえませんでした」

     淑女の言葉に、ロロはかすかに苦笑いを浮かべた。

     

    「ある意味、カエサルはアドリブで対応してみせたからね。あれは正解を導き出す方が難しい――答えは、胆力のあるベテランの歩兵で槍囲いを作って、“歩兵で騎兵を足止めする”という、一見クレイジーな方策を取ったんだ。無謀に思えるが、機動力が命の兵種は足が止まれば真価は発揮できない。馬は本来臆病でちょっとした障害で足を止めてしまうそうだ。古代だったから、軍馬の教練も充分ではなかったのだろう。かくして歩兵による特務部隊を使って敵の機動戦力を無力化して、彼我の立場を逆転させたんだ」

     

     ロゼが左の手を握って拳を作ってみせる。

     ぐいとずらしてみせた握りこぶしを、大きく広げた右手が掴んで受け止める。

     

     彼女の言葉と仕草を見て取って、エンフィールドが片眉をあげてみせた。

    「つまり……第三部隊は、“カエサルの槍囲い”に相当する、と?」

     

    「その通り――彼女たちを組織する場合は、“手の込んだ難敵がいて、工夫をしないと勝利を勝ち取れない場合”なんだ。たとえば、〔鉄血〕が使う自爆兵器のゴリアテ。あるいはマンティコアとタランチュラの合わせ技。こういうケースはそれ用の部隊を組まないと容易に勝てない。精鋭の第一や第二でも、面倒な相手というのはいるのさ」

     

     乙女たちの主が再び指を組み合わせた。その手で自分のあごをトントンとノックして、

    「ただ、これにはすべてのケースに対応可能な最適解なんてものはない。むしろ、とんでもない編成を組むことが多くなる。だから、メンバーは固定化できないし――そして隊長はどんな子が来ても上手くやっていけるパーソナリティと、幅広いシチュエーションで正解を選べる作戦能力が必要になるんだ」

     

    「――フムン。それが満たせるのがG36cというわけですか」

    「その通り。彼女は人当たりがいいし、うまく相手に合わせられるから、どんなメンバーと組ませても満点に近いパフォーマンスは引き出せる。それに、先のカエサルの逸話にちなんだ課題だけど……実は及第点をはじきだした唯一の子が、彼女なんだよ」

     

     そこまで言うと、ロロはソファに背を預けて、大きく息をついた。

    「だから、実のところL211基地で一番優れた隊長はG36cなんだよ――とはいえ、だ。私も彼女をちょっと便利に使いすぎたのかもしれないのは、素直に反省だなあ」

     

    「なるほど、指揮官の評価はよくわかりました」 

     エンフィールドは言うと、すっと目を細めてみせた。

     翠の眼差しが、乙女たちの主の顔をじろと撫でる。

    「ただ、貴女の評価を彼女がきちんと認識できるように努めるべきでは?」

     

    「どうしたもんかねえ――もっとも安直なのはとりあえず一晩しっぽり……」

     

     飄々とした声でロロが口にしかけると、淑女がすっと右手を掲げてみせた。

    「……な、なんだい、その無言の構えは」

    「いえ、別に。指揮官に悪い虫がついていましたので、払って差し上げようかと……具体的には頬に一発、きれいな平手打ちあたりなど」

    「ジョーク! ジョークだよ! 解決にならないことぐらい分かるさ」

     

     ロロは慌てて声をあげると、ぼさぼさの癖毛をかき回してみせた。

    「あの子が求めているのは私の個人的な信頼というより、もっと公に証明できる評価だろうからね――ううむ、どうしたもんか……あ、いや、待てよ」

     紫の瞳がひときわ煌めくと、テーブルの上の端末で指を踊らせた。

     

     モニタに表示した“それ”を、エンフィールドに示してみせる。

    「今日わざわざここにいるのは、例の企画の最終検討をしていたんだけど……彼女の頑張り次第では、これが使えるとは思わないかい?」

     

     ロロが示したプランに目を通して――エンフィールドはうなずいた。

    「なるほど、悪くないアイデアです……これなら、次回のブックメーカーのオッズもなかなか面白いことになりそうですね」

    「だろう? ましてや、最後の相手はたぶんあの子たちになるからね」

     

     紫の瞳と翠の瞳は視線を交わし合うと、お互いニヤリと笑んでみせた。

     


     

     歩調に合わせて揺れるヘッドドレスは、獅子のたてがみのごとく。

     険しい目つきは、かすかに寄せた眉根でより険しく。

     足音は、どこかキツイ拍子を刻んでいた。

     

     位置シグナルを頼りに妹の元へと急ぎながら、

    「はあ……まったく、ご主人様の気まぐれには……」

     G36の口からは、思わずため息が出てしまった。

     

     飄々と軽口めかしてお願いごとを口にして、こちらが反論してみせたところで、まるで魔法を使ったようにするっといつの間にか目の前まで距離を詰めてきて、

     

    『きみにならできる、とは言わないサ。きみだからお願いしたいから。きみにこそふさわしい役目だから――そして、どんなミッションでも、期待以上にきみががんばってくれることを知っているよ――そう、紅茶を淹れる時と同じぐらいに完璧にね』

     

     そうして、あの紫の瞳に真摯な光をたたえながら、殺し文句へ繋げるのだ。

    『信じているわけじゃないよ。きみがそれを果たしてくれることを、私は知っている』

     心の底まで見透かすかのように見つめて、しれっと言うのがロロという人。

     

    「〜〜〜〜ッッ」

     G36は手袋をはめた手を握りしめた。かすかにきゅっという音が鳴る。指揮官の殺し文句をリロードして、思わず顔がゆるんでしまったことに気づいたのだ。

     

     本当にずるい人だ。パートナーとしてみれば、とんでもないともいえる。

     人形の〔誓約〕は結婚と同義には語れないが、それでもお互いを伴侶として選ぶことに限りなく近い。そしてローズ指揮官の誓約相手は自分以外に複数いるのだ。〔指輪の乙女〕――同じ部隊で気心の知れた仲とはいえ、それは微妙な緊張感を醸し出す原因でもあった。

     

     しかもあの人は、平気で女の子遊びはするし、人形相手には実に気安い。

     

     彼女の愛は、ひとえに大きすぎるのだ。

     たとえるなら、海のような。あるいは大空のような。

     人形たちが伸び伸びと動けるためなら、どこまでも器を大きくできる人。

     

     それを満たすには、とてもひとりだけでは足りないだろう。

     だからこそ、心の中に多くを住まわせることができるのだが。

     それが、ロゼ・ローズ指揮官――ロロの度し難いところなのだ。

     

    (かなうなら、彼女に仕えることのできる人形が自分だけなら……)

     

     そのように思わない時がないといえば嘘になる。

     そしてなお――そんなささやかな独占欲さえ、あの人は飲み込んでしまう。

     

     彼女が自分へ降らせた慈雨を考えれば、そんな欲がちっぽけに思えるほどだ。

     彼女が繋いでくれた絆と、そこから生まれた関係性の豊かさ。

     そして、そのことが育んでくれる自身のメンタルモデルの成長。

     

     あの人が与えてくれたものの大きさを考えれば――

    「――いくらお仕えしても、とてもご主人様に返しきれません」

     

     なればこそ。

     あの人からの頼み事とあれば、G36は全力で応える必要がある。

     それが……自分の妹を慮ってくれてのことなら、なおさらだ。

     

     G36は、射撃訓練場の扉の前に立った。

     妹であるG36cは、新人の演習に立ち会っているはずだ。

     不器用であり、不憫な子だと思う。今日ここにいるのも、ローズ指揮官の「お願いリスト」をまるでクエストみたいにこなしているからだろう。

     

     だが、足りない。

     それだけでは、足りない。

     本当に掴み取りたいものがあるなら――もっと欲張りになるべきなのだ。

     

    「……ご主人様自身が、強欲の罪人みたいな方ですからね」

     G36はひとりごちると、訓練場の扉を開けて中へ入った。

     妹の赤ベレーはすぐに見つけられる。

     

     エントランスで呼び出しをかけると、彼女が手を止めて、こちらへ歩み寄ってくる。

    「……お姉さん? どうかなさいましたか?」

     不思議そうに訊ねる乙女の手を、メイドはぐいと掴んだ。

     

    「あの、えっと……どうされたんですか?」

    「お話しがあります。ここでは何ですから、静かな場所へ行きますよ」

     G36は言葉少なに告げるや、妹の手を引いて歩きだした。

     


     

    「今度のトライアルに、わたしとお姉さんで参加ですか!?

     ミーティングスペースで声をあげるG36cに、

    「ええ。三人一組ですから、もう一人探す必要がありますけれど」

     G36はうなずいて、携帯端末に基地内フォーラムを映してみせた。

     

     L211基地おなじみの訓練トライアル大会。

     単なる競い合いだけでなく、試合の外ではオッズが立てられて賭け金が飛び交うレクリエーションと化している。かなり派手に喧伝され、観客側は人間も人形も、基地のスタッフ全員が盛り上がるイベントである。

     

     一方、トライアルに参加する人形にしてみれば、自分の能力を試す――あるいは見せつける機会とも言える。精鋭と評される第一部隊と第二部隊。彼女たちが認められているのは戦場での働きだけでなく、こういう場でもトップランクを示していることが理由として挙げられる。

     

     そして――トライアルを仕切っているローズ指揮官は、常に大会に[[rb:番狂わせ > ジョーカー]]の要素を仕込みにかかるのが常だった。レクリエーションとなっている賭け事を盛り上げる狙いはもちろんだが、トップランカーに揺さぶりをかけることを忘れない。とはいえ、どうもお楽しみ半分でやっている節があるのは否めないのだが。

     

    「そんな……急に、言われても――」

    「――あなたは、トライアルに出たことがなかったものね」

     G36はそう言うと、向かいに座る妹の手を軽く握った。

     

    「だからこそ、やるべきなのよ。第三部隊が〔継ぎはぎ組〕だなんて言われるのは、ひとえにあなたの実力がきちんと見られていないから。トライアルで優勝すれば、誰もあなたの部隊を揶揄する者もいなくなるわ」


    後編へ続く

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