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2020.06.01 Monday

姉妹ならぬ絆のラーヴェ 〔前編〕

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロのファンジンノベルの新シリーズ、

    「お姉さんと妹ちゃん」第4話アップでございます。

     

    今回は416&G11の疑似姉妹(?)にスポットを当てて、

    「姉妹ならぬ絆のラーヴェ」

    と題してお届けします。416といえば開催中の「秩序乱流」でも大活躍でね。

    ブログでは前後編で公開だよ!

    pixivでは分割アップしてますので、こちらからどうぞ

     

    sister_04_a.jpg

     

    作戦任務が終わり、ひとときグリフィン基地に潜むことになった404小隊。

    ところが手配の都合で416とG11は、UMP姉妹とは別の基地に身を寄せることになり……

    お姉さん役を期待され、やむなくG11の世話係になってしまった416の明日はどっちだ!?

     

    (本編は長くなるので折り返し〜)


     

    「それじゃ、可愛い妹の面倒は頼んだわよ。お姉さん?」

     

     隊長のUMP45から言われて――

     ある程度予想していたとはいえ、わたしは反論した。

    「ちょ、冗談じゃないわ! 別にこいつと姉妹じゃないし!」

     

     気色ばむわたしに向かって、隊長の隣のUMP9がにこやかに言う。

    「だめだよー、416? そんなこと言っちゃ。404小隊は家族なんだから」

     表情は穏やかな笑みだったけど、彼女の目は完全に据わっていた。

    「家族だから、親子であり、姉妹なんだよ。だからお願い、ね?」

     

    「だけど……」

     わたしがまだ承服しかねていると、UMP45がため息をついた。

    「仕方ないでしょう。〔止まり木〕が今回は二つに分かれたんだから。いざということを考えたらツーマンセルの行動が望ましいし、それを考えたら――」

     UMP45の胡乱な視線が、わたしの背中の彼女に向けられる。

    「――あなたと一緒にいるべきなのは、G11だと思うけど?」

     

     グウの音も出ない。

     わたしが無言のまま険しい顔をしていると、

    「えへへ、416といっしょだぁ……」

     ずいぶんぼやけた声で、背中におぶっているG11が言った。

     

     そのまま寝息が聞こえるので、たぶん寝言。間違いなく寝言。

     とはいえ起きていても、こいつが言うことは変わらない気がする。

     

     それでも、主張せずにはいられない。

    「姉代わりとしても、こいつの面倒を見る義務なんて――」

     

    「――あら、お母さんと呼んであげたほうがよかった?」

     UMP45がうっすら笑いながら言う。

     

     口の端はつりあがっていても、目は笑っていない。

     これ以上つべこべいうと、拳にモノを言わすぞという顔だ。

     そして、彼女に限っては単なる振りでこんな表情はしない。

     

     わたしはため息をつくと、言った。

    「わかった、わかったわよ……まかされましたっ」

     ヤケ気味に承諾の言葉を吐き出すと、隊長は満足げにうなずいた。

     

    「よろしい。じゃあ。わたし達の〔止まり木〕は東の方だから――くれぐれも演技がバレないようにね。表向きは、行動中に迷子になって保護を求めるグリフィンの戦術人形……でも本当は戦場を飛び巡る渡鴉(ラーヴェ)――それがわたし達よ。いいかしら?」

     

     念押ししてくる彼女に、わたしはフンと鼻を鳴らした。

    「当たり前でしょ。わたしは完璧なんだから」

     

     その言葉に、返事はなかった。

     UMP45が軽く手を振りながら踵を変えて歩き出す。

     そのすぐ隣にUMP9が連れ添って歩く。

     もともと顔立ちも似ている姉妹だが、後ろ姿は瓜二つだ。

     

    「さて――と」

     わたしは背中のG11がずり落ちないように、再度おぶりなおした。

     

     軽く揺すられて、この寝汚い相方がつぶやく。

    「んあー……416はわたしがいないとダメなんだぁ――」

     それはこっちの台詞よ。

     

     思わず舌打ちして、不承不承、〔止まり木〕の方へ歩き出すと。

     ――なにやら首元にぬるっとした感触があった。

     

    「まさか……」

     顔をひきつらせながら、なんとか右手を伸ばして探ってみる。

     戻してみた手には、ねっとりと人形の湿潤液……つまり、よだれだ。

     

    「ああああ、このバカぁ!」

     

     声をあげても、この寝ぼすけが起きるはずもなく。

     わたしは泣く泣く、襟元の不快感に耐えながら――

     仮のねぐらとなったグリフィン基地を目指して歩いた。

     


     

    「ねえねえ、知ってる? 人形の幽霊の噂!」

    「えーっ、なんですソレ。人形が化けて出るわけないですよ」

    「それがさ、いるらしいんだよ……誰からも認識されない人形が」

    「ほ、ホントですかー?」

     

     食堂の一画できゃいきゃいと黄色い声が上がっている。

     怪談話というには、いささか明るい雰囲気であった。

     

    「いつの間にか員数外の人形がまぎれこんでいてさ……さも実在しているように振舞うんだけど、いつの間にかいなくなっちゃうの。基地の帳簿も在籍データも矛盾はないし、誰も覚えていないんだけど――」

     

     話し始めた人形が、そっと声をひそめる。

    「みんなで話していて、『あれ? こないだの任務ではもう一人いなかったけ?』とか、『このマグカップ、あの子のお気に入り……あの子って誰だっけ?』とかなってさ。いるはずがないのに、たしかに誰かいた感じはあって――まるでいつの間にか紛れ込んでいて、素知らぬ顔ですぐ隣にいたりして――」

     

     続けられる胡乱な話に、聞いてた人形がついつい身を乗り出していると。

     その後ろから「わあっ!」と別の子が声をあげて、くだんの子が仰天する。

     不満げな文句とくすくす笑いがまざりあって、結局かしましい騒ぎになっていた。

     

     そんな様子を横目でにらみながら、416は肩をすくめた。

    「……グリフィンの基地ってホントに呑気よね」

     

     不機嫌にささやくと、隣から眠そうな声が応じた。

    「仕方ないじゃん。グリフィンって、人形にしたらホワイト企業だし」

     G11がもそもそとパンを齧りながらしゃべっている。

    「うん、ここもご飯は美味しいね」

     

    「……こぼすんじゃないわよ、みっともない」

     相方のお粗末な食事作法にため息をつきながら、416はテーブルを手で払った。

     

     グリフィンは民間軍事会社であり、戦術人形はつまるところ傭兵だ。

     ただ、人間と異なるところは、バックアップさえ取れれば蘇生可能だということだ。つまり命の替えが効くというところである。むろんバックアップも完全ではなく、数日間巻き戻ることもあるが、それも慣れればどうということはない。戦闘で痛い思いや苦しい思いをするかもしれないが、辛い体験でもメモリのデフラグやクリーンアップで整理することも可能だ。

     

     そのあたりを割り切れば、衣食住がしっかりついて、お給料もなかなか良いグリフィンという職場は、人形にとってみればキツイ仕事ではあっても悪い場所ではない。そのうえ、彼女達を使う指揮官は基本的に人形のケアには気を使える人材であることが条件だ。民生用人形なら一般市民からすげなく扱われることがしばしばでも、グリフィンであればそれなりに大事にしてもらえる。

     

     それどころか指揮官と良い仲になれば、〔誓約〕を交わして自然人のパートナーとなる目もある。会社を退いたグリフィンの指揮官が、退職金をパートナーの人形の身請け代――市民権獲得の資産に充てて、幸せなカップルとして一般社会で暮らしていくというシンデレラストーリーはしばしば囁かれるところだ。いささか誇張されて伝わっているが、例がないわけもない。

     

    戦術人形の全部が全部、チーズケーキみたいな思考回路というわけではないが……

    割とそれなりの数、“楽をしたい”人形もいるのが現状だ。

     

    「――だから気に食わないのよ」

     416は顔をしかめながら、スープを飲んだ。

     それなりに美味しいはずなのだが、〔止まり木〕に来るとどうも居心地が悪い。

     

    「またそんな顔してる……」

     横からG11がぼそぼそと低い声で言った。

    「いいじゃん、休める時は休んでおけばさ」

     

    「あなたはいいわよね、存分に眠れるんだから」

     相方の呑気な言葉に、つい棘のある返事をしてしまう。

     

     待機場所に決まったグリフィン基地にいるといつもこうだ。

     気に食わない、と思うのだ――当の幽霊の身からすれば。

     ここの連中が実に呑気に戦争ごっこなどをやっていることが。

     

     ゴースト。ファントム。あるいは“存在しない部隊”。

     416もG11も、先だって行動を別にしたUMP姉妹も、その幽霊部隊の一員なのだ。

     


     

     コードネーム「404小隊」。冠されるコールは“Not Found”。

     

     グリフィンの戦術人形の振りをしながら、しかし、命令系統は指揮官でもグリフィン本部でもない。もっと深くて暗いところから、自分たちの雇い主は指示を出してくる。それでいて、自分たちの存在はグリフィンの中枢も黙認しているのだ。

     

     非合法部隊。隠密部隊。:ウェットワークの専門家。

     

     通常のグリフィンの人形なら倫理規定によって、人間――自然人の命を故意に危険にさらすことはできない。だが、404小隊なら簡単だ。必要とあれば、そいつの頭に銃口を突きつけて、銃爪を引くだけ。実に他愛もなくやれる。

     

     もちろん、こんな人形は違法もいいところだ。

     バレれば即座に身柄を確保され、解体されるだろう。

     

     だが、自分たちの存在は秘匿されている。こうして作戦任務外でグリフィンの基地にしれっと紛れ込んでいても、出ていく段になれば、基地の記録や人形のメモリから自然な形で消去され、自分たちがいた事実は消え去る。ただ、わずかな物理的な痕跡やメモリの欠片から微妙な違和感をおぼえる者もいるだろう。

     

     それが都市伝説じみて、グリフィン内部でひそやかに語られているのだ。

     あるいは怪談のように。あるいは夢語りのように。

     

     だが――実際はそんなにロマンティックなものではない。

     

     基地の記録を消去するということは、つまりバックアップが取れないのだ。

     404小隊の各メンバーが持っている命は、ひとつきり。

     そして下される任務は、危険で面倒な特殊任務ばかり。

     

     生き残るためには卑怯な手は当たり前だし、誰に情けもかけない。

     そういう“本来の傭兵”なのだ――404小隊というのは。

     

     なればこそ、シリアスでシビア、そしてパーフェクトであるべき。

     常々、416はそう思っているのだが――

     

    「ふわああ……ご飯食べたら眠くなっちゃった……」

     隣で呑気な声があがったかと思ったら、バタと音がした。

     案の定、G11がパンとコップを手にしたまま、テーブルにつっぷしている。

     

    「ちょ、あなた、こんなところで寝ないでよ――!」

     あわてて声をかけるが、当の相方はとっくに微睡みの向こう側だ。

    「ああ、もう、本当にこいつは……!」

     

     ここで寝かすわけにはいかないが、かといって食事も放置するわけにはいかない。どうしたものかと、416が束の間迷ったところへ、

     

    「――ここは片づけておきましょう。ご友人をベッドまでお連れなさい」

     湖面がさざめくような、穏やかな声がかけられた。

     視界に入ったのは、赤銅の髪と翠の双眸。

     

     この基地の戦術人形? 誰だろうか――

     416がネットワークを検索しようと思った矢先、

     

    「ほら、ここはおまかせください。ご遠慮なさらずに」

     何か言う暇を与えず、彼女はてきぱきとテーブルを片づけ始めた。

     

    「……どうも」

     厚意をむげにもできないだろう。

     そう考えた416は、軽く頭を下げると相方を背負って宿舎へと向かった。

     ――お節介な人形に、どことなく違和感をおぼえながらであったが。

     


     

     くだんのお節介な人形と再会したのは、すぐのことだった。

     

     宿舎にG11を寝かしつけて――というか、背中におぶっていたのをベッドに置いて、とりあえず毛布をかけてやっただけではあるが。背負って運んできた時には、一発たたいてやろうかとさえ思っていたのだが、いざベッドで幸せそうに眠るG11の顔を見ると、そんな気持ちは失せてしまった。

     

     平手打ちをくれてやる代わりに、彼女のぼさぼさした灰色の髪をくしゃっとかき回して、さっきの人形は誰だったのかと思って調べようとして――肝心の携帯端末を食堂に置いてきたのを忘れたことに気づいたのだ。

     

     ため息交じりで宿舎を出た矢先。

    「――お忘れ物ではありませんか?」

     穏やかで慇懃な声が、するっと耳に入ってきた。

     

     内心ぎょっとして振り返ると、そこにははたして食堂のあの人形だった。

     凪のように静かな表情だが、霧がかかったかのような韜晦の面立ち。

     昔の戦列歩兵のように整った衣装に、肩から提げた年代物のライフル。

     ただ、古めかしいと片づけるには手入れがよく整っているのがみてとれた。

     

     その彼女は、口の端をほんの少し持ち上げながら端末を差し出していた。

     

     笑んでいるつもりなのだろうか――416は何度かまばたきしてから、

    「……どうも、ありがとうございます」

     ひとまずお礼を言って、端末を受け取った。

     

     宿舎へすぐに引っ込もうかと思ったところへ、まるで先回りしたように、

    「いかがです? ご一緒にお茶など。軽めですが携行食もありますよ」

     

    「あ、いえ……せっかくですけれど――」

     言いかけて、しかし、416は考え直した。

     

     あまりこそこそしても不審に思われるかもしれない。

     どんな行動をしても結局は記録消去するから構わないのだが、不慮の騒ぎになって待機期間の途中で〔止まり木〕を出ていく羽目になっても困る。

     

     むしろ、ある程度の親交は交わしておいて、こちらの都合のよいように利用できる人形がいた方がいい。人のトラブルを見捨てずに、それどころか忘れものをわざわざ届けに来るようなヤツだ。それなりに人のいいパーソナリティなのだろう。

     

     それらの考えを、まばたき二つの間に考えて――

     416は外向けの笑顔を作ってみせた。

    「ありがとうございます。お言葉に甘えようかしら」

     

     その言葉に、ライフル持ちの人形はうなずいて、手を差し出してきた。

    「リー・エンフィールドと申します。どうぞ、よろしく」

     差し出された手を握り返して、答える。

     

    「416です。こちらこそお願いします」

     お互いに笑みを交わす。416のそれは、欺瞞の笑みではあったが。

     


     

    「えっ、それじゃ、あなたも避難組なの?」

     エンフィールドの身の上を聞いて、416は声をあげた。

     

     赤銅の髪の淑女は、翠の瞳を憂いで曇らせて答えた。

    「ええ……先の68地区の戦闘で部隊が散り散りになりましてね――」

     そう言うと、彼女は紅茶の入ったマグカップを口につけた。

     

     二人は通路途中のミーティングスペースに腰を落ち着けていた。

     

     ミーティングスペース、とは仮の名称で、本来は〔RDP〕と呼ばれる。

     予備防御地点(Reserve Defensive Point)――基地が戦闘時には損傷した人形の仮処置の救護スペースになり、万が一にも基地内に敵が侵入した場合には、屋内トーチカと化して遅滞戦術の要となる。

     

     もっとも、そんな不幸が起こることは滅多にない。

     勢い、人形同士がちょっとしたおしゃべりを交わしたい時に用いられることが専らとなって、いつの間にか指揮官でさえ正式名称をちゃんと覚えているかどうか怪しい。

     

     その一つに、エンフィールドは持ち込んだ茶道具や軽食を持ち込んで、ささやかなお茶会を催していた。紅茶といってもパウダーを溶かした即席のドリンク、軽食といっても野戦糧食をちょっとマシにした感じのビスケットなのだが。

     だが、416にはこれぐらいシンプルな方が、むしろ人心地がついた。

     

    「でも、あなたは帰るべき基地が分かっているんでしょう?」

     手元に返ってきた携帯端末で確認しながら416が訊ねると、

    「ええ、まあ。私のホームはL211です。ただ、人形ひとりを運ぶのにわざわざヘリを飛ばすのは電気のムダだと言われましてね。そのうち不定期便を飛ばす時に便乗する予定になっています――フムン、ささやかな小旅行といったところですね」

     

     言いながらも、エンフィールドの声に悲壮感はない。

     むしろどこか伸び伸びとしたゆとりさえ感じられた。

     

    「……なんか呑気なのね、あなた。リー・エンフィールドって他でも見たことあるけど、もうちょっと真面目で堅苦しい印象があったわ」

     

    「フムン。ホームでは割と古株ではありますからね。パーソナリティが育っているだからかもしれません。おかげで副隊長にはいつも怒られてしまいます」

     

    「それはまた――隊長をしている人が大変そうね」

    「ああ、いえ。わたしが隊長を務めているのですよ」

     あっさりと答えてみせたエンフィールドに、416は眉をひそめた。

     

    「……自分の部隊が心配じゃないの?」

     そう訊ねると、淑女は軽くかぶりを振ってみせた。

    「心配はしていますが、信頼していますから」

     

     言葉に、微塵の揺らぎも虚飾もない。

     当たり前なことを、至極もっともだと言ってみせた言葉に――

     

    「いい部隊なのね。きっと……」

     ビスケットをひとかじりしながら、416は言った。

     

     それを聞いて、淑女が片眉をあげてみせた。

    「おや、貴女の部隊も、なかなかいい部隊だと思いますよ」

     不意に言われて、416は思わずエンフィールドの顔を見直した。

     

     一瞬、翠の瞳が鋭く光ったように見えたが――

     改めて視界に捉えた淑女の顔は、霧がかかったような表情をしている。

     

    「どうして……そう、思います?」

     あるいは、返答次第では――

     

     416がそう思って、ひそかに躯体の戦術回路をオンにすると、

    「いや、なに。お連れの方と随分気安いように見受けましたので」

     淑女はこともなげに言うと、にんまりと笑んでみせた。

     

     同情するような、ほほえましく思っているような、気遣いの笑み。

     それを見て、416は一気に力が抜けてしまった。

     

    「……気安いというか、あいつがだらしないだけ」

     416はかすかに口をとがらせて、ぼやいた。

    「もともとよく寝るやつだけど、この基地に来てから特に……」

     

    「おや、てっきりお連れさんは不眠症なのかと思いましたが」

     エンフィールドが、首をかしげながら言った。

    「昨晩も見回りをしていたら、寝間着姿で歩いていましたし」

     

     予想もしない言葉に――

     416は思わず椅子から転げそうになった。

    「寝間着!? 見回りってどういうこと?」

     

     問い詰め口調になる416に、淑女は肩をすくめてみせた。

    「いえ、無為徒食の身に甘んじているのも居心地が悪いものですから。夜間の基地見回りを買って出たのですよ。そうしましたら、灰色髪の痩せた子が寝間着姿で通路を歩いているのを見かけまして――デフラグ中になにか誤作動かと思ったのですが、声をかけると『喉がかわいたし、寝付けないから食堂まで散歩』と答えられた次第です」

     

    「いや……そこで宿舎に返すのが見回りの仕事でしょう?」

    「とは思ったのですが、まあ同じ避難組どうし。きっと落ち着かないのだろうと思って、まあさわらずにおいたのですよ。その後もたびたび夜に出歩いているので、夜間のデフラグが苦手な人形なのかなと思ったものですから」

     

     エンフィールドの説明に、416は黙りこくった。

     

     G11はとにかくだらしなくて、怠惰が服を着ているような人形だ。

     働きたくない、戦いたくない、動きたくない、がモットーでさえある。

     だから暇さえあれば寝ているし、逆に寝るためなら用意周到でさえある。

     

     そのあいつが――眠れなくて夜に歩くなんてことはないのだ。

     

    「……しかし、よその基地に間借りというのは落ち着かないものですね――」

     他愛のない会話を続ける淑女に、相槌を打ちながらも。

     

     416の思考回路では、相方の謎の行動に疑念がぐるぐる渦巻いていた。

     


     

     お茶会が終わって、416は宿舎に戻ってきた。

     

     エンフィールドとはお開きの際に握手を交わした。

    「互いに困ったことがあれば、助け合いましょう」

     そう言って、淑女は少し安堵したような笑みを見せていた。

     

     同じ避難組と考えて、勝手に親近感を持ってくれているようだ。

     気を許すつもりはないが、いろいろ手助けしてくれそうなのは好材料だろう。

     

    「……殺風景なところよねえ、しかし」

     宿舎の内装を見回しながら、416はぼやいた。

     急にあてがわれた宿舎なためか、家具らしいのはわずかだ。

     

     ベッド二つに、キャビネットひとつ。

     テーブルやソファのたぐいさえないのに、床や壁は妙に凝っていた。南国リゾートをイメージしたような壁面のディスプレイに、砂を敷き詰めたようにみえる床タイル。もともとはプールなどを設置して、照明もガンガンに明るくしてレクリエーションスペースになる予定だったのかもしれない。

     もっとも、当のプールもなく、照明もぼんやりした間接照明しかない現状では、どこかさびれたテーマパークの廃墟跡に住んでいる感じがなくもないのだが。

     

     はたして、二つあるベッドの片方で――G11はすやすやと寝ていた。

     かけておいた毛布をいつのまにかひっぺがして、束ねて抱きしめている。

     

     寝こけている顔は、思いのほかあどけなく、愛らしい。

     

     そんな相方をベッドのそばでまじまじと見つめながら、

    「ずるいわよね……寝顔が可愛いとか」

     あきれ気味にため息をつくと、416は脱ぎ捨ててあった寝間着を拾い上げた。

     

     サスペンドモードの人形が何を着て寝ても構わない、とは思う。

     とはいえ、起きた後に普段着がしわだらけでは、一緒にいるこちらが恥ずかしい。眉をひそめながら、416は眠っているG11の服を脱がし始めた。別にいまに始まったことではない。〔止まり木〕にいる時は当たり前の習慣とさえ言えた。

     

     ジャケットをひっぺがし、ホットパンツを脱がし、Tシャツを剥ぐ。

     パンツ一丁でも色気のない痩せっぽちの身体に寝間着を着せようとして――

     銀髪の乙女は、それに気づいた。

     

    「……なによ、これ……」

     人形の表皮を覆う疑似生体。とりわけG11の肌は磁器のように白い。

     その胸元に赤い斑点がついていて、胴にはうっすら青い痣が残っていた。

     

     考えられることがあるとすれば――

     たとえば、誰かがきつく抱きしめて、胸元に口づけたかのような。

     

     よもやあり得ない不吉な予測演算が頭をよぎって、

    「ないないない……こいつに欲情するやつなんているわけないわッ」

     慌てて囁いて自分を納得させると、手早く寝間着をすっぽりと着せた。

     

     なされるがままに着替えさせられたG11は――

     そのままむにゃむにゃ言いながら、ぱたりとベッドに倒れ込んだ。

     何もなかったかのように、穏やかな寝息を立てている。

     

     416は――G11のぼさぼさの髪をそっと手で梳いた。

     灰色の髪を、自分のしなやかな指が櫛代わりに流れていく。

     

     しばらくそうやった後で、416はそっとつぶやいた。

    「――何か困っていたら言いなさいよ。お姉さん代わりなんだから」

     

     そう、結局、こいつの面倒を見るのはわたしなのだ。

     404小隊が次に合流するまでに、しっかり世話してやらないと。

     

     決意まじりのため息をまたひとつ。

     それだけ相方の枕元に残すと、416は自分の寝床へ戻った。

     

     ベッドに腰かけて、この基地の指揮官からの連絡を見る。

     予定タスクは、ずっと〔待機〕のままだ。

     戦闘任務まではいかなくとも、雑用は任されるかと思ったのだが。

     

    「――まあ、娯楽のない休暇だと思っておこうかしらね」

     そうひとりごちると、416も手早く寝間着に着替えて横になった。

     目を閉じると、すぐにデフラグと自己診断が始まり……

     

     サスペンドになった躯体の中で、416の思考パルスは眠りについた。

     


     

     あらかじめ仕掛けておいた論理タイマーで、彼女は目を覚ました。

     

     ぱちぱちとまばたきをして、横のベッドの様子を窺う。

     銀髪の相方が安らかな寝息を立てて、寝ている顔が見てとれた。

     しばらく観察して――深いデフラグに入っていると確認する。

     

     さて、寝床から身を起こすかと思ったところで、

    「……わざわざ着替えさせなくてもいいのに」

     自分が寝間着姿になっているのに気づいて、思わず苦笑いをした。

     

     姉なのか母なのか。相方はどうも世話焼きなのだ。

     

     たまに手ひどく罵倒したり、拳骨をくれることもあるが――

     結局は、自分の相方が感情豊かだということなのだろう。

     クールで完璧をもって任じている本人は否定するかもだけれど。

     

    「……身体の痕、見られたかな……」

     バレたからと言ってどうもこうもないのだが、たぶん彼女はずいぶんと気を揉むに違いない。いや、混乱してちょっとパニックになるかもしれない。

     

     だが、〔止まり木〕で上手く過ごすには時として必要なのだ。

     

     うまく演じられるUMPの姉妹がいない現状では――

     この役目は自分がやるのが一番いいのだ、うん。

     

    「……考え込まなくていいんだからさ……」

     そうひとりごちて、抜き足差し足で宿舎を抜け出す。

     

     寝間着にスリッパだけのしどけない姿で、基地の中を歩いていく。

    「――あの人が教えてくれた通りだね」

     彼女はつぶやいた。

     

     エンフィールドと名乗る人形。あの人がわざわざ基地の見回りのルートを教えてくれたのだ。たぶん、自分がどこで何をしているのかは承知の上なのだろう。

     

     その意味では、あのライフル持ちも善人とは言えないのだ。

     けれど、善悪とかは興味がない。使えるものは使う――それだけ。

     

     そして、それは別に戦術人形に限った話ではないのだ。

     

     ある部屋の扉の前で、彼女は足を止めた。

     あらかじめ決められたナンバーでコールをかける。

     

     ほどなく扉のロックが解除され――

     開くなり、太い腕がやや乱暴に彼女の華奢な身体を抱きすくめた。

     

    「おお……おお……き、来てくれたのか……」

     涙まじりの野太い声。吐息にまじるアルコール臭。

     

     彼女は目を細めて艶っぽく微笑みながら、男の耳元囁いた。

    「約束を破るわけないでしょ……今夜も眠れないの?」

     そうして、彼の背中に手を回して、ぽんぽんとたたいてあげる。

     

     抱きすくめる彼が泣きじゃくりながら、こぼすように言った。

    「ああ、待っていた……待っていたんだよぉ……」

     細い首元に顔をうずめて嗚咽を洩らしながら――

     

     男は少女を抱きすくめたまま、部屋へと連れ込んだ。

     

     二人を世界から切り取るかのように、扉が静かに閉まった。

     

    後編へ続く

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