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2020.06.08 Monday

少女達のノーマンズランド 〔前編〕

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロのファンジンノベルの新シリーズ、

    「お姉さんと妹ちゃん」第5話アップでございます。

     

    今回はナガン姉妹にスポットを当てて、

    「少女達のノーマンズランド」

    と題してお届けします。まあ、姉妹以外になんか妹的なのが余分につきますが

    ブログでは前後編で公開だよ!

    pixivでは分割アップしてますので、こちらからどうぞ

     

    sister_05_a.jpg

     

    戦場で離ればなれになったナガン姉妹。

    妹を探そうと懸命に指揮官に掛け合うモシンナガン。

    そんな彼女に手を差し伸べたのは?

    一方、激戦地跡でかろうじて目を覚ました妹が遭遇した思いがけない存在とは?

     

    【作者より】
    MODストーリーを見て、初めて姉妹だと知りました次第です。
    姉妹の絆というより、ナガン姉妹がそれぞれ戦場跡で、

    それぞれ不思議な出会いを果たすというエピソードです。

    どうぞご笑覧くださいませ。

     

    (本文は折り返し〜)


     

     わたしと彼女が姉妹だ、と自己紹介すると――

     なぜか初対面の人は腑に落ちないという顔をするのよね。

     おかしな話。二人には同じ名前が入っているのに。

     

     そのことを説明しても、なぜか納得してもらえなくて。

     続いてくる質問はだいたい次の二通り。

     

    「いやいや、あなたがお母さんなのでは?」

    「まさかまさか、彼女がおばあさんなのでは?」

     

     当のわたし達にとってはなんとも不本意なんだけど――

     まあ、たぶん原因は妹にあるんだろうね。

     

     ちっちゃい背丈に華奢な躯体。

     ウシャンカを被ってコートを羽織っても、見た目はどうみてもお子様。

     それでいて言葉遣いがなぜか年寄りっぽい、わたしの妹。

     

    「わははは、おばあちゃん、とは少し気に食わぬが、なにせわしはこの通りの老兵じゃからのう! うむ、大ベテランとしてひとつ指南してやるかの!」

     そう言って彼女が見せるリボルバー拳銃はなんともいえない骨董品。

     

     M1895――またの名はナガン・リボルバー。

     そこから愛称が「ナガン」。それが妹の名前。

     この子のパーソナリティが妙な具合なのも、銃の古さに影響されたのかしら。

     

     もっとも、わたしの銃だって結構な骨董品ではあるのだけれど。

     M1891ボルトアクション式小銃。妹の銃より型式は四年古い。

     ロシア帝国と旧ソ連で使われ続けた名銃、モシンナガン。

     わたしが持つ銃の名前にして、わたし自身の名前。

     

     姉にあたるわたしは、妹よりずっと背が高い。

     言葉遣いは普通に見た目の年齢相応、少し気安いとは言われるけれど。

     

     妹と並ぶと体格の違いは確かに親子相当。

     口を開けば、言葉遣いの年齢が逆転してしまう。

     

     でも、揃ってよく見ればわかると思うの。

     似たようなウシャンカを被った金色の髪がどこか似ていることが。

     だからみんな、最終的には納得する。

     

    「なるほど、ナガン姉妹というわけですね」と。

     

     ――ああ、銃の名前で呼ばれているなんて不思議よね。

     でも、わたし達の間ではそれが普通のこと。

     

     なぜならわたし達は、〔[[rb:戦術人形 > T-DOLL]]〕だから。

     

     IOP製の民生用ガイノイドを〔烙印〕システムで銃とリンケージした存在。

     銃と結びつくことでメンタルモデルを兵士にふさわしい形に変えた人形。

     民間軍事会社グリフィンで戦う、軍事転用された間に合わせの兵士。

     

     もともとは人に交じって社会で働くことが人形の役目。

     だから、見た目は人と変わらない。

     骨格は強化軽量鋼材で、人工筋肉は灰色だとしても――

     表皮を覆う疑似生体は、人間の肌にそっくり。

     

     だから、ぱっと見にはわたし達は普通の女の子に見える。

     その女の子達が――基地では黄色い声でにぎにぎしい子達。

     彼女達が、それぞれに繋げられた銃をたずさえて戦場に赴く。

     

     「ガールスカウトが戦争をやっている」と揶揄される理由ね。

     

     でも――人類を脅かす敵、〔鉄血〕と戦っているのはわたし達。

     からかっている人達の居住区を、実際に守っているのは誇りなの。

     人間という種は不合理で不便だなと時々思うのは確かだけど――

     わたし達の思考の根っこに人間への奉仕が埋め込まれている。

     

     〔鉄血〕は人類を脅かす敵。

     だから、戦術人形として人類を守る以上――

     わたし達にとって、〔鉄血〕は敵。

     

     そのことについて、疑問や不合理を感じることはなかったわ。

     

     そう、あの日、あの戦場。

     妹が未帰還になった事件で――

     “凪の淑女”と“銀瞳の少女”に出会うまでは。

     


     

     雪をかぶった木々には、惨たらしくも無数の弾痕が穿たれていた。

     灰色の大地には、黒ずんた跡がいくつも点在している。

     

     その中のいくつかは、いまだ――

     あるいは煙が立ち昇ったまま、あるいは紅い炎がちらついていた。

     煙や炎の中には、鋼の躯体が転がっていた――〔鉄血〕の人形。

     

     激しい戦闘をうかがわせる光景の中、いくつか動く人影がある。

     思い思いの服、多種多様な銃、それぞれに違った顔。

     そのいずれも――ややくたびれた様子ながら、乙女の姿をしていた。

     

     グリフィンの戦術人形である。

     

     その中の一人が、野戦用の通信機に向かって声をあげていた。

     ひと抱えはある武骨な機械の前で、片膝をついて話している。

     不満のあまりうわずり、焦燥のあまり早口になった声で、

     

    「でも、あの子がまだ見つからないんですよ!」

     

     彼女は白いウシャンカに白いコートを羽織っていた。

     携えているのは、なんとも年代物のライフルだ。

     何度もかぶりを振ると、そのたびに蜂蜜色の髪がせわしなく揺れる。

     

    「それなのに、撤収だなんて――ッ!」

     泣き出しそうなところを二歩手前で踏みとどまっているような声。

     

     それをなだめるかのように、

    『……仕方がないだろう。お前ひとりで探させるわけにはいかん』

     通信機の向こうから、やや辟易した男の声が聞こえてきた。

     

    『作戦が終わった以上、この地区に長居は無用だ。それともお前が部隊の皆を説得して、残って捜索を続けるつもりか?』

     指揮官の言葉に、彼女――モシンナガンはぐっと呻いた。

     

    『まあ、心配なのはわかるが、こういう時の運用ルールは知っているだろう。たとえ未帰還であっても、作戦終了から四十八時間が経てば、基地のコフィンコンテナでお前の妹は目を覚ます……まあ、最初の数日は少し会話が噛み合わないだろうが、それもすぐに慣れる。わかっているはずだし、お前も初めてのことではないはずだ』

     言葉を尽くして丁寧に話してくれる彼に、乙女は唇を噛んでうつむいた。

     

     少し黙りこくった後に、なんとかしぼりだした返事は、

    「……撤収のヘリが来るまで、呼びかけを続けてみます」

     

     通信回線の向こうから聞こえてきたのは、ため息まじりの声だった。

    『――それで気が済むなら、そうしたまえ』

     それきり、プツッと音を立てて回線が切れる。

     

     ウシャンカの乙女は険しい顔で右手で拳を作った。

     そうして、ダン!と手近な地面をたたいてみせる。

     

     その後に大きく呼吸すると、発信シグナルを調整しながら、

    「……お願いよ……答えてくれたら、迎えにいけるんだから……」

     

     ブツブツとつぶやく彼女の背中に、仲間がおそるおそる声をかけた。

    「――あの、モシンナガン? お気持ちはわかりますけれど、あまり無差別にコールを発信するのはちょっと……」

     

     乙女が振り返ると、赤い瞳の華奢な少女が困ったような表情をしていた。

    「戦闘は終わりましたけど、敵性の残存部隊がまだいるかもしれません。コールを聞きつけて殺到してくることになったら、妹さんを迎えにいくどころじゃなくなりますよ……わたしたちの前衛は、見ての通りですし――」

     そう言われて、モシンナガンがきゅっと唇を噛んだ。

     

     あらためて、仲間の様子を見渡してみる。

     盾を務める前衛の短機関銃型の人形は腕が一本ない。

     後衛の人形も躯体のあちこちを銃弾がかすめて、補修テープを巻いている。

     モシンナガンに話しかけた少女も、その左頬には黒ずんだ擦過傷がある。

     

    「……ごめんなさい……時間がないと思ったら、つい――」

     顔をうつむけ、しょげた声で言う乙女。

     その右肩に少女がそっと手をのせた。

     

    「いえ、お気持ちはわかります。あなた以外、誰か健在ならついていってあげるところですから……けれども、いまのわたし達では――」

     

     かすかに声を震わせる少女。そんな彼女に、乙女はぎこちなくうなずいた。

     自分の肩に置かれた手を、そっと自分の左手で包んでみせる。

     

     わかっているのだ――自分の我儘だということは。

     

     グリフィンという“職場”で働いていて、数少ない不満がメモリの欠落だ。

     戦闘で稼働不能になり、予備躯体で再覚醒した人形の記憶はバックアップ時まで戻る。ひとつきりの命しかない人間とは違う、終末の世のエインヘリャルとして死と再生を繰り返す彼女たちにとって、それは必然であり、同時に上手くつきあっていかねばならない習慣とさえ言えた。

     

     普段なら――モシンナガンもそれほどこだわらなかったろう。

     メモリに割り切れない澱のようなものを溜めながらも、戻ってきた妹と話すうちにそれも消えていっただろう。

     それこそ指揮官の言う通り、数日間ですっかり元通りになっていたに違いない。

     

     だけど、今回ばかりは、違う。

     この作戦前に妹が見せた、あの笑顔を想えばこそ――

    「――あきらめるだなんて、そんな……」

     顔をしかめて、乙女はうなるように言った。

     

     その時だった。

     部隊の誰のものでもない、穏やかな声がかけられた。

    「……フムン。お困りですか、お嬢さん?」

     

     モシンナガンも傍らにいた少女も、不意のことに慌てて振り向いた。

     

     ほんの少し前まで、何の気配もなかった木立から、幾体もの人影が歩いてくる。グリフィンの人形だが、同じ基地の仲間ではない。なにより雰囲気が異質だった。無造作に歩み寄ってきながら、足音ひとつさせないのはどういった技量なのか。

     

     声をかけた人物は、赤銅の髪に翠の双眸の淑女だった。

     戦列歩兵を思わせる軍装に、肩に提げた年代物のライフル。

     顔立ちは凛としているはずなのに――不思議とつかみどころのない印象を与えた。

     凪のように静かな湖面へ、さらに霧が立ち込めたような表情だ。

     

    「お互いに困っている様子……協力しあえるかと思いますが?」

     淑女が口の両端を軽くつり上げてみせる。

     

     モシンナガンは怪訝そうに眉をひそめながら――訊ねる声は自然と弾んでいた。

    「あなた、どこのどなたなの?」

     

     乙女の問いに淑女はすかさず敬礼を返してきた。

     彼女だけでない、共に来た人形たちも揃って敬礼してみせる。

    「申し遅れました。L211基地隷下、第五部隊を指揮しております――」

     ぴんと伸ばした背筋から額に添えた指の先まで整った、鮮やかな所作。

     

    「――リー・エンフィールドと申します。以後、お見知りおきを」

     


     

     躯体内の緊急対応が、ようやく終わった。

     自己診断プログラムが“稼働可能”と判断して、思考パルスが再び走る。

     

     デフラグでもない、まったくの認識途絶の闇から、少女は浮き上がった。

     思考回路から認識領域が急速に広がっていく。

     内部から外部へ。セルフモニタリングの数値が次々と回復し――

     それに呼応して、各種の感覚素子の再起動を促す。

     

     最初に復帰したのは、触覚素子。

     なにか重いものが自分に乗っているようだが、なんだろうか?

     

     おかしなことに味覚素子が次に続いた。

     たちまちにマズい味が口中に広がる。どこかで漏れだした循環液と、胃袋と腸を兼ねる総合消化器から分解液が逆流したのが、少し混じっているらしい。

     

    「うえ……けほっ、けほっ」

     たまらずうめいて咳き込んだ自分の声を、自身の聴覚素子が拾う。

     やけに静かで、自分の声しか聞こえない――ここは、どこだろうか?

     

     嗅覚素子が復活し、センサが様々な匂いを捉えてくる。

     焦げた匂い、硝煙の匂い、土埃の匂い……戦場の匂いだ。

     それで、はたと自分がどこで何をしていたのか思い出した。

     

     パッと目を開けると、急に再起動した視覚素子がまだ霞んでいる。

     見えるのは黒ずんだ地面。光の状況からまだ昼だ。

     

    「わー! 皆は! 皆は無事なんじゃろうか!?

     ばたばたと手足は動くが、やはり背中に荷物が乗っている。

     いや、むしろ四肢を動かしたことで、背中の重みが少し増えた気がする。

     

     少女は、いったん落ち着くと、ぱちぱちと瞬きをした。

     そろりと首を回し、回復した視覚素子で荷物の正体を確かめる。

     

     敵の歩行戦車――マンティコアの巨大な脚がごろりと載っていた。

     脚には胴体が続いているが、とうに機能停止して地にへたり込んでいる。

     投げ出した脚のひとつが、少女にのしかかっていたのだ。

     

     問題は、むやみに暴れると胴体部分が倒れてきそうなことであった。

     じっとしておくか、動くか……予測演算して、少女は決めた。

     

    「ふふふ、老兵はしぶといのじゃ……」

     言葉遣いとは裏腹に、稚気に富んだ声で不敵につぶやく。

     ずりずりと這いずりながら、脚から逃れようとする。

     

     耳をそばだて、〔鉄血〕の歩行戦車が倒れないよう祈りつつ――

     ちょっとずつ、隙間を探りながら身体を抜け出そうとする。

     苦心の末、あと片脚さえ抜ければ、というところで。

     沈黙を保っていたマンティコアの胴体がぐらぐら揺れ始めた。

     

    「わー! 待った、待った! あとちょっとじゃのに!」

     胴体がぐらと少女の方に倒れ込もうとする。

     

    「堪忍じゃー! 誰か助けてくれい!」

     たまらず悲鳴交じりの救命要請を叫ぶと、

     

    「――そんなに助けてほしい?」

     

     どこか冷ややかで生意気な声が語りかけてきた。

     声は足元の向こう側から聞こえる。

     聞き覚えのない声だが、話せるということは人形の誰かだろう。

     

    「後生じゃ! 何でもする! 助けてくれい!」

     

    「フン。頭を守っておきなさい」

     

     思いのほか、幼い声がそう言うと――

     何かの発射音に続いて、マンティコアの胴が爆発した。

     否――正確には、爆破したのだ。

     

     歩行戦車の巨体が明後日の方向へごろりと倒れ、少女は荷重が緩んだ瞬間に慌てて脚を引っこ抜いた。鋼の巨獣がごろんと地に転がった音を聞きながら、片膝をついて身を起こした少女は――自分を救ってくれた“誰か”を視界に捉えた。

     

     人形には、違いない。

     白い髪、白い肌、銀の瞳。そして黒いボディスーツ。

     長い髪はツインテールに束ねて、胴と脚に備えた榴弾装備こそ物々しいが――

     彼女自身は、声相応に幼い見た目だった。背丈や体格は自分といい勝負だ。

     

     だが――グリフィンの人形ではない。

     これが、味方であるはずがない。

     認識領域がそれの姿を捉えながら、レッドアラートを出している。

     たった一体でも危険度は最上級――〔鉄血〕のエリートタイプ。

     

     ああ、と少女はひそかに嘆息した。

     逃げても後ろから撃たれるのだろう。

     命乞いしても鼻で笑われて殺されるだろう。

     

     ならば、退かぬ敢闘精神の老兵を自認する身では……選択肢はひとつ。

     

     懐に手をやると、愛用のリボルバーがちゃんとあった。

     ひそかに銃を握りつつ、一矢報いんと覚悟を決めた矢先――

     

     銀瞳の少女が、突然、自身の武装を解いた。

     重々しい榴弾装備が、ガシャッと音を立てて地に落ちる。

     

     心なしかふらつきながら――敵であるはずのそれは言った。

    「取引よ……助けてあげたから……バッテリー、ちょう……だい――」

     言い終えるや、たちまち崩れるように彼女は倒れ伏した。

     

     一命をとりとめた少女――M1895、ナガンは――目をぱちくりさせた。

    「これは……いったいぜんたい、どういうことじゃ?」

     

     思わず首をかしげると、頭のウシャンカがずれて、ぽふんと落ちた。

     


     

    「助かったわ――まさか指揮官が許可してくれるなんて」

     木立の間を歩きながらモシンナガンがそう言うと、

    「いえいえ、ツ―マンセルの行動ができれば、こちらも三組でカバーできます。困った子らを見つけ出すのも、比較的楽になるでしょう」

     隣り合って歩みを共にするエンフィールドが口の端でかすかに笑んだ。

     

     その微笑さえ、どこか霧がかかったような曖昧さぶりに――

    (――妙につかみどころがない人よね)

     モシンナガンはひそかにそう評した。話す言葉は誠実そのもの、申し出も願ったりかなったり。だが、煙に巻かれている感覚がなぜか拭えない。

     

     とはいえ、彼女の所属はL211基地。

     先の戦闘では、同じ基地の別部隊が随分と敢闘してくれたのだ。

     モシンナガン達と仲間達がかろうじて敵を撃破して安全域まで退くことができたのも、援護として来てくれたL211の部隊が主に敵を引きつけてくれたおかげだ。グリフィンの戦術人形はお互いに助け合うとはいえ、目覚ましい奮闘ぶりだった。

     

    「――お味方の戦いぶりには本当に助けられたわ。ありがとう」

     素直にそう称賛してみせると、なぜかため息が返ってきた。

     

    「いや、まあ……あの子達も頑張りすぎですよ。ウチの指揮官から何を学んだのか、基地に戻ったらちゃんとお説教しなくてはなりません」

     エンフィールドの声は、どこかあきれた色がにじんでいた。

     

    「しかし、ローズ指揮官のことですから、すべてお見通しなのかもしれませんね。初出撃ながら、早々に二つ名が付きそうですが――さながら〔狂戦士〕か〔猪武者〕というところですか。戦果は充分すぎますが、毎回、後始末が大変になりそうです」

     そう言って、淑女は肩をすくめた。ひそかに眉根が寄っている。

     

    「あの……なにかマズいことでもあったの?」

     ウシャンカの乙女がおそるおそる訊ねると、エンフィールドは「フムン」と軽く声を洩らして、懐から紙包みを取り出した。包みを開くと、真っ白い板きれのような何かが出てきた。淑女が切れ目にそって、一部を割ってみせる。一切れを自分の口に無造作に放り込んで、別の欠片をモシンナガンに手渡した。

     

     受け取ってみると、ふわと爽やかな香りが漂う。

    「……これは?」

     思わず乙女が指先でつついてみると、淑女はすっと目を細めた。

    「ケンダルミントケーキです。わたしのお手製ですが」

    「お菓子……甘いの?」

    「食べてみればわかりますよ」

     淑女の勧めに、モシンナガンは一口かじってみた。

     

     たちまち、味覚素子がびっくりするほどの清涼感が口中に満ち、続いてしっかりした甘さが広がっていく。お菓子には違いないが、気つけ薬に思えなくもない。

     

    「……こういう場面では、結構いいかも」

     

     素直な感想だった。お茶請けなどにはまったく向きそうにないが、戦場跡を捜索しながら歩くという、緊張感と同時に単調さもある場面では重宝しそうだった。甘味を摂れると同時に目も覚ませる、なかなかの携行食である。

     

     乙女の評価に、淑女はうなずきながらも、ぼそりとこぼした。

    「……わたしの作った料理やお菓子でも、これだけは皆受け取ってくれるんですよねえ。まったく解せません。料理ライブラリに不備はないのですが……」

     

     腑に落ちません、とつぶやく淑女に、モシンナガンは愛想笑いを浮かべた。どうやら目の前の彼女は、いわゆるメシマズのたぐいであるらしい。

     

     話題を変えようと思って、モシンナガンは携帯端末を取り出し、昨夜の戦闘状況を戦域マップにかぶせて表示してみせた。まだ整理されていないデータだが、当たりをつけるには充分だ。時間表示を早朝の時間帯でループ再生させる。多数の赤い矢印と青い矢印が激しくぶつかりあう様が何度も繰り返された。

     

     赤が〔鉄血〕。青がグリフィン。

     夜明け前から始まった戦闘のクライマックスポイントだ。

     いままさに、二人が目指して歩いている場所である。

     

    「――妹とはぐれたとしたら、ここだと思うのよ。ジャミングで通信も混乱して、戦闘音もすごくて、声での意思疎通も難しい状況だったから」

     

    「フムン。なるほど。わたしの目当てもそのあたりにありそうです――端末のデータを共有していただいても?」

     言われて、モシンナガンはこくりとうなずいた。

     

     そもそもこの捜索行は、エンフィールドの部隊にモシンナガンが助力として参加する形式になっている。この分隊のリーダーは淑女の方にこそあるのだ。お願いの形を取った、事実上の指示だが、それでも慇懃に頼んでくるのが、この淑女の性格なのだろう。

     

    「どうぞ、別に隠すところはないもの」

     そう言って、端末からリンク用ケーブルを引き出してみせる。

     淑女は軽くうなずくと、手渡されたケーブルを受け取った。

     

    「ありがとうございます。こちらからも共有しておきましょう」

     エンフィールドが端末を手早く操作してみせる。

     互いのもつ戦術データが補完しあって、二人の端末に同じ画面が表示される。

     

     青の矢印のうち、二つに「L211」のタグが付いた。

     うち一つは「2nd」、もう一つは「6th」のナンバリングが振られている。

     それぞれの戦いぶりは対照的だった。

     

     「2nd」は敵を示す赤い矢印の側面や後背を巧みに衝く動きをし、本格的な混戦になる前に部隊を引き上げている。巧妙な部隊運用だが、それは他の青い矢印――つまり友軍に危険な正面を引き受けさせているということだ。その動きからは、狡猾なロジックが働いているように見える。

     

     かたや「6th」は真逆だった。まっすぐに敵の正面に進出し、友軍を示す青い矢印をかばうかのように、赤い矢印の奔流を受け止めている。脅威的なのはその堅さで、次々と紅い波濤に打たれても、容易に崩れない。

     

     それを目にして、モシンナガンは息を呑んだ。

    「……ああ、この子達、こんなに頑張ってくれたんだ……」

     思わず感嘆の声が漏れる。

     

     早朝時の戦闘の状況をメモリから呼び出す。自分たちの基地の部隊が、〔鉄血〕とぶつかった際に、「ここはまかせて!」と進出した散弾銃と機関銃の混成部隊。大軍としか形容できない敵の数だったが、なんとか抗しきれたのはL211所属の第六部隊の彼女達が、一番の圧力を支えてくれたからだったのか。

     

     そして、こうして振り返ってみると、敵の動きが妙にぎこちなかったのも納得できた。数に任せて一気に押し寄せてこないのはなぜかと思ったが、振り返ってみれば敵は常に側面や後背を気にしているようだった。俯瞰して図式化すれば理解できるが、〔鉄血〕の大部隊が攻勢にでようとするタイミングで「2nd」が的確に敵をつついている。

     勢い、敵は戦力を小出しにせざるをえなかったわけだ。

     

     ただ――こちら側の唯一の失敗が、敵が撤退するまえの欺瞞攻勢だった。

     手持ちの動ける戦力を一気に前に押し出して、こちらをたじろがせ、その隙に撤退する――敵はそのつもりで大きくひと押ししたのだろうが、消耗していたグリフィン側には、それは対処能力を超えた圧力だった。結果的に混戦になってしまった戦闘状況は、赤と青が入り乱れ、やがてそれぞれに退いていく。

     

     その中で「2nd」はいち早く部隊を下げ、引き上げる敵を敢えて見逃しているかのように見えた。対して「6th」は最後まで乱戦の中にいた。「6th」の矢印は途中で点となって散っていき、概ね戦域外へ逃れていったが、一人だけ動きを止めたままだった。

     

     残った彼女がどうなったのか、考えるまでもない。

     妹もまさか、と思い、モシンナガンはきゅっと拳を握った。

     

    「あの……こう言うのはおこがましいけど――」

    「――うちの第二がもう少し頑張ってくれれば、ですか?」

     言いかけた言葉を先回りして、エンフィールドが続けてみせる。

     

     顔を向けると、淑女は眉をひそめてミント菓子をかじりながら言った。

    「仕方がなかったのです。彼女たちはここで消耗するわけにはいかなかったもので。退いていく〔鉄血〕の部隊を追跡して、とっておきの精鋭と共に追い打ちで叩く。複数の戦場を渡り歩くのが前提なので、自然と計算尽くになってしまうのです」

     そう言って、エンフィールドは肩をすくめてみせた。

     

    「かたや、第六部隊はこれが初陣でした。まあ頑張りすぎたのでしょう。それに、メンバーのパーソナリティ的に友軍を見捨てることができなかったと思われます。指揮官の教えはわかっていても、やむにやまれなかったのかと」

     

    「指揮官の教え、って……?」

    「おや、“カサンドラ”のドクトリンは悪名轟いていたと思いましたが」

     片眉を吊り上げながら、淑女は言った。

    「『決して死ぬな、生き残る前提で戦え』――ご存じないですか?」

     

     およそ人形に指示すべきではない命令に、モシンナガンは目を丸くした。

    「ああ、なんか聞いたことある。変わった教範を人形にレクチャーしている指揮官がいるって。でも……人形なんて命の替えがあるんだから、そんなの……」

     

    「おかしい、と思いますか?」

     淑女が翠の双眸をすっと細める。心なしか、その眼光が鋭くなった

    「では、なぜ妹御の捜索に行くのですか? 四十八時間ルールはご存じでしょう」

     

     痛いところを指摘されて、ウシャンカの乙女は言葉に詰まった。

     自分で言いながら……矛盾している。顔を赤くしてうつむけると、くすりとエンフィールドがささめき笑いを洩らすのが聞こえた。

     

    「意地悪を申しました――まあ、死にたい人形など早々いません。いまはそういうことにしておきましょう。それにしても、死ぬなと言ったからには、斃れてしまった人形を捨て置くような、我らが指揮官でもないのです」

     

     そう言って、淑女は背負った背嚢を軽くたたいてみせた。

     ゴツゴツという音からして、大型の機材がまるまる入っているようだった。

    「そういえば、あなたの用事は捜索だと聞いていたけど、未帰還探しでもなさそうね」

     モシンナガンは首をかしげながら訊ねた

     

     問われた淑女は、すっと表情を消した。

     整った顔立ちが、大理石の彫刻めいて見える。

    「まあ、遺体回収というべきか……背中のこれはさしずめ棺桶でしょうか」

     エンフィールドが、ふーっと長く息をついてみせる。

     

    「昔はよくやりましたが、ひさしぶりの仕事ですね」

     悲愁と懐古がいりまじった声で、淑女は言った。

     

     ウシャンカの乙女は納得いかない様子で、眉をひそめた。

     使い捨ての身体の戦術人形で遺体回収とは――何のことだろうか。

     

    後編へ続く

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