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2020.06.15 Monday

Ep.1 ショタ指揮官が着任しました -前編-

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    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロファンジンノベルのアップ日ですが、今回から新シリーズ!

    いわゆる【おねショタ】に挑戦

    仔犬指揮官はお姉さんが苦手ですをお届けします。

     

    本日は第1話、「ショタ指揮官が着任しました」でございます!

     

    pixivでは二分割でアップ済みですので、こちらからどうぞ

    Blogでは記事の文字制限の関係で三等分アップです。

     

    puppy_a_01_1.jpg

     

    グリフィンB122基地に突然やってきた謎のお子様、コリン。

    前任の指揮官、エヴァン・ハワーズの甥と名乗る少年だったが、

    しかしてその正体は……?


    新シリーズ「仔犬指揮官はお姉さんが苦手です」いよいよ開幕です!
     

    【作者より】

    「次のシリーズ、おねショタとかどうかな」といくつかキャラを挙げて

    ツイートしたら、やけにTLの反応が良かったので書いてみることにしました。

    本編全10話、番外編2話でお届けしたく思います。どうぞご笑覧くださいませ。

     

    (本編は折り返し〜)


     

    「……お客にしては、ずいぶん変わっているわね」
     あたしは、思わずそうつぶやいた。
     あまりに珍妙な光景に、目が丸くなっているのが自分でも分かる。
     
     基地の〔城門〕が開く。
     まず目にしたのは、ずいぶんと大きいトランク。底部に車輪がついていて、ころころ転がせるタイプ。それが、隔壁を抜けて、基地内に入ってくる。
     
     なんとも間の抜けた様子に、手にしていた銃を下ろした。
     リンケージした短機関銃は、距離さえ詰めれば瞬きする間に敵を倒せる。
     ただ――いまは必要ないと思ったのは、“その声”を聞いたから。
     
    「……んしょ……よいしょ……よっと……」
     トランクの向こう側から聞こえる、なんとも愛らしい声。
     あどけなくもあり、そしてコロコロと転がるような響きだ。
     綺麗なソプラノだったが、どこかしっとりした心地さえある。
     
     あたしは、数度瞬きをすると――
     好奇心に駆られて、寄ってくるトランクをぐいと引っ張った。
     
    「ひゃあ!」
     押していた荷物が急に手から離れ、後ろから押していた子供――そう人間の子供だ――が、前のめりにぺたんところぶ。まだ小さくて華奢な身体。細い手足。そのくせ頭は少し大きくて、まろい形をしている。肩で切りそろえた黒髪。なめらかな褐色の肌。
     
     身に着けている服は、ブレザーと半ズボンだ。
    「……スクールの制服じゃないの」
     あたしは、あきれてつぶやいた。
     
     それもハイとかミドルとかじゃない。
     プライマリスクールのお子様が着る学校の制服だった。
     
     なんだろう、この子供は?
     いや、そもそもこの基地になぜ子供が?
     
     しごく当然の疑問に、あたしの思考パルスが巡りだした矢先。
     当のお子様が顔をあげた。
     
     ちょっとおでこと鼻先を赤くしているけど、泣いてはいない。
     いや、ちょっと目は潤んでいたけど。
     
     顔は少し異国風の面立ちだ――成長すれば彫りの深い端正な顔になるだろう。だが、いまは未来の可能性を感じさせる幼さでいっぱいだ。目元はくりっとしていて、少しアーモンドを思わせる形。澄みきった夜空のような黒い瞳はつややかに光っている。ただ残念なことに、眉は太い割にやけに短い。絵筆を戯れに置いて、すぐ離したかのようだ。
     そして顔全体を見れば分かる――可愛らしいけど、この顔つきは男の子だ。
     長じれば、きっとハンサムになるに違いない。
     
     その彼はうつぶせに倒れたまま、あたしの顔をじっと見ていた。
     純粋に興味と好奇心が煌めいている瞳に――
     あたしの感情パラメータが、穏便でないなにかを感じて乱れた。
    「……どう、立てる?」
     手を差し出しながら、言う。
     
     自分で意地悪をしておいて助け起こすのも、変な話だ。
     けれど、彼の声を聞くと、なんだかいじりたくなったのは確か。
     そして、彼の瞳を見ると、手を貸してあげたくなったのも確か。
     
     男の子はあたしに手を引かれて、立ち上がった。
     そのまま、またじっとあたしの顔をみつめている。
     また――感情パラメータに不穏な気配を感じて、わたしは言った。
     
    「なに? あたしの顔に何かついてる?」
     われながらあきれるほど、そっけなくてぶっきらぼうな声。
     愛想がないとよく言われるけど、地なんだから仕方ない。
     
     わたしに訊かれて、彼はたちまち顔を赤らめた。
    「ご、ごめんなさい……変な意味とかじゃなく、その……」
     褐色の肌でも分かってしまう、頬の上気具合だった。
     
    「……お姉さんの銀の髪と金の瞳がとてもきれいで」

     そう言って、煌めくオニキスのまなこを再び向けてくる。
     あまりにも無垢で、あまりにも素直で、あまりにも直球で。
     彼の言葉に、あたしは思わずそっぽを向いてしまった。
     
    「人形だもの。見た目がいいのは当たり前よ」
     感情パラメータがざわつくの隠しながら、言う。
    「あたしはVectorって呼ばれてる。あなたは、誰?」

     

     その問いに、彼は名乗ってみせた――はにかんだ笑みを見せて。
    「コリン、って言います。はじめまして、Vectorお姉さん」

     

     いまにして――思う。
     この日、この時。初めて彼と言葉を交わした時。
     勝った負けた、でいえば、わたしはとうに負けていたのよ。

     


     

     B122基地。コールサインは「アグラロンド」。
     民間軍事会社グリフィンの所有する拠点の一つである。
     
     軍の委託を受けて、人類の居住権を防衛する任を担うグリフィンにとっては、まさに仕事の現場拠点であり、戦闘要員である戦術人形と、彼女達を指揮しサポートする人間のスタッフの勤務場所でもある。
     
     そのB122の施設内廊下を、Vectorと名乗った乙女と、コリンと名乗る少年は一緒に歩いていた。仲良く並んで、ではない。Vectorが大きいトランクを押しながら粛々と足を進めるのに対し、コリンは物珍しいのか周囲をきょろきょろ見回しながらであった。
     時折、Vectorが振り向いて視線をやると、慌ててついてくるのだ。
     
    「そんなに面白い? グリフィンの基地」
     Vectorがそっけない声で訊ねると、少年はこくこくとうなずいた。
    「はいっ、会社のサイトで写真とかは見たんですけど――やっぱり実際に見ると、空気っていうか、匂いっていうか……こう、ぞわぞわっとします」
     答えながら、心なしか足取りがスキップしているように見える。
     
     そんな彼に、Vectorは冴え冴えとした視線を向けつつ、ぼそっとつぶやいた。
    「なんだか、よそのおうちに来た仔犬みたい」

     

     言われた途端、コリンはぴたと足を止めた。
     顔をうつむけて、ぷるぷると肩を震わせている。


     少し先を進んだVectorは、少年の様子に気づいて、
    「どうしたのよ」
     足を止めて、振り向いた矢先。
     
     少年が、がばと顔をあげた。
     頬をふくらませ、両手をぶんぶんと振って、不平を鳴らした。
    「もう! 仔犬とかやめてください!」

     

     まろいアーモンドの双眸が、なにやら潤んでいるように見える。
    「ぼく、それで呼ばれるのが一番イヤなんですよ!」

     

     全身を使って抗議するコリンの姿に――
     不意にVectorは、浮き上がってきたメモリからある連想をした。
    「……ああ、ほら。ラブラドールレトリバーでも黒い毛並みのやつ。あなた、その仔犬にそっくりだから。特にほらその――変な眉、とか」

     

     からかうでもなく淡々と指摘しただけなのだが、
    「あああ! 眉のこと気にしてるのに! いつも女の子に笑われるのに!」
     少年は地団太踏みながら、実に可愛らしい声で“鳴いた”。
     
     怒り具合から、相当気にしているようだが――
    「ほら。キャンキャン言わない。ただでさえ仔犬みたいな顔だもの。構ってほしくて甘吠えしているようにしか見えないわ」

     淡々とした口調の乙女を、少年は恨みがましそうに見つめたが――当のVectorが永久氷河のような顔を向けているのを前にして、黙りこくった。先ほどよりは落ち着いた――ありていに言えば、はしゃいでいない足取りになって歩き出す。
     
     Vectorが再びトランクを押して足を進める。
     その後をコリンがまたついてくる。
     
     今度はぴったり彼女の斜め後ろにつきながら、ぼそっとこぼした。
    「……お姉さんは、意地悪さんです」

     そう言われて、Vectorは平然と答えた。
    「そんな気はないわよ……ただ――」
    「なんですか?」
    「あたしのことを、つきあいづらい人形だって言う子は多いけれど」
     そう言った乙女の顔は端正で、それでいて眉ひとつ動かさない。
     
     少年は「むー」とうなった後に、言った。
    「……お姉さん、笑えばきっと素敵に見えるのに」

     

    「愛想なんて、あたしには不要よ」
     Vectorはアドバイスを丸めて屑籠へ捨てるかのように言った。
    「あたし達は戦術人形……戦うのが役割の道具だもの」

     

     悲哀も諦観も感じられない。
     事実を、ごろっと取り出した感のある物言いだった。
     
     乙女の答えに、少年はしゅんと目を伏せた。
    「……ごめんなさい。余計なこと、言いました」
     彼の言葉の端々から、仔犬がぴすぴす鼻を鳴らす感じがにじむ。
     
     Vectorは、かすかに――ほんのかすかに、眉根を寄せて言った。
    「別に気にしていない。あたしがいじめちゃったのは結果的に事実だし、それでもあなたが優しい言葉をかけてくる良い子ちゃんというのは分かっているから」

     

    「……褒められている気がしません」
    「別に褒めていないもの。純粋に評価しただけ」
     あっさり答える乙女の言葉に、少年は口をつぐんだ。
     
     そのまましばらく歩いていたが、ややあって――
     おそるおそる、という感じでコリンが訊ねた。
    「それにしても……ずいぶん静かな基地ですね」
     目をぱちぱちさせながらの問いに、Vectorは軽くため息をついて答えた。
     
    「ここはね、清算中の基地なのよ」
    「どういうことです?」
    「――それ以上は言えない。社外秘になるもの」
     Vectorはそう言うと、とある扉の前で止まった。
     
    「はい、この基地の副官の部屋――ここでいいのよね」
     そう問われて、コリンはうなずくと、ぺこりとお辞儀した。
    「ありがとうございます。たすかりました」

    「気にしなくていいよ。じゃあね――もう会わないと思うけど」
     Vectorは手をひらひらと振ってみせると、歩み去っていった。
     
     少年はその背中をじっと見送りながら、こっそりつぶやいた。
    「……いいえ。たぶん、また会えると思います」

     



     コリンがそっとひとりごちた直後、そばの扉が静かに開いた。

     姿を現したのは、長い栗色の髪を優雅に束ねた乙女だった。
     紺色の軍装ジャケットに、白いゆったりしたスカートを合わせている。


     彼女は少年の姿を認めると――大きく目を見開き、かすかに瞳を揺らした。

     振り向いた少年の前でそっと腰をかがめてみせる。
     目線を合わせて、鶯色の瞳でオニキスの瞳を覗きこんだ。
     「――おひさしぶりですね、コリン」
     
    「はい。スプリングフィールドお姉さんも、ご無沙汰しています」
     そう答えると、少年はきゅっと唇を噛んだ。
     
    「あの……エヴァン伯父さんが、お世話になりました」
     コリンは拳を握りしめた。かすかに涙のにじんだ声が震えている。
    「クリスマスに会った時には、あんなに元気だったのに……」

     いまにも泣き出しそうな少年を、スプリングフィールドは手を伸ばして優しく抱きしめた。耳元でそっとささやきながら、背中をとんとんとたたく。
     
    「あなたが泣かないで。グリフィンの指揮官は前線に出ることがないわけではないの。安全には万全の注意を払っているけど、それでも無事に帰ってくる保証は――」
    「――でも、それでも! お姉さんを置いて逝くなんて……!」


    「わたしはいいの。あの人には充分すぎるものをいただいたから……」

     スプリングフィールドはそう言うと、すっと立ち上がった。
     見下ろす形になったコリンの頭に手を置いて、さらさらと撫でる。


    「さあ、泣きべそをかいていてはダメ。あなたなりに決心をしてきたのでしょう――二人きりの時は甘えてもいいけれど、他の子の前ではしゃんとしないと」
     そこまで言ってから、乙女は首をかしげた。
     
    「そういえば、よく迷わずにわたしの部屋まで来れましたね」
    「あの……ええと、Vectorっていうお姉さんに案内してもらって」

     答えてから、コリンは少しばつの悪そうな顔をした。
    「……なんだか、ぼくのことをあまりよく思っていない感じでした」

     

    「ああ、違うのよ。あの子はいつもあんな態度なの」
     スプリングフィールドは苦笑いしながら言った。
    「自分のことを、人形だ、道具だ、と特に強く思っている節があって――根はいい子なんだけれども、ちょっと表現が苦手なところがあるものだから」

     

    「……あの人が、ぼくがここに来た理由を知ったら、何と言うか……」

     

     すこしもじもじしながら言う少年の鼻を、乙女はつんと指でついた。
    「えいっ」
    「ひゃあ!」

     

    「なんです? わたしが待っていたのに、来て早々に他の女の子のことが気になるんですか? もう、殿方って本当に油断できないんですから」

    「そ、そ、そ、そんなんじゃないです!」
    「ふふっ、わかっていますよ。もう、からかった時の反応がエヴァンそっくりね」
     乙女は空いている片方の手をそっと胸元に添えながら、言った。
     
    「だいじょうぶ。あなたはあの人の血筋だもの。人間には――自然人には、そういう繋がりがあるのでしょう? 自分の身体に流れる血と、自分自身の才能を信じて」

     

     スプリングフィールドは穏やかに語ると、少年の手をとった。
    「さあ、中へ入って。正式に部屋を割り振るまではここで準備です。いろいろ先生役の人に挨拶もいりますしね」

    「準備って……お、お姉さんの部屋に泊まるんですか?」
    「あらあら、おいやですか?」
     小首をかしげてみせる乙女に訊かれて、少年は言葉に詰まった。
     
    「あ、いや、えっと……いやじゃないんですけど……その――」
    「――人形相手に変な気遣いは無用ですよ」
     スプリングフィールドはウィンクしてみせた。
     
    「まして、あなたはここの主になるんですからね」
    「そ、それはそうですけど……わわわ、引っ張らないで」
     少年が目をぱちぱちさせながら声をあげる。
     
     乙女は上機嫌に微笑みながら、彼の手を引いて部屋の中へ消えた。

     


     

    「よっ。おこちゃまのお世話、おつかれさま」
     食堂にやってきたVectorに、ハスキーボイスがかけられた。
     
     目を向けると、白金の髪にターコイズ色の瞳の人形がにやにやと笑っていた。一見したところ化粧が濃い印象があるが、睫毛の長さはともかくとして、眼の下のそれは実のところ隈である。左手にロリポップをつまんで軽く振りながら、右手はテーブルに置いた携帯端末をコツコツと指でつついている。
     
     Vectorはほんの少し首をかしげてみせて、
    「なに? 覗き見できるほど電子戦得意だっけ――AA-12?」
     そう声をかけながら、声をかけてきた乙女の隣に座る。
     
     問われたAA-12はロリポップを咥えて舌で転がしながら、端末を示してみせる。監視カメラと思しき映像に、トランクのお供のようにやってきた褐色黒髪の少年と、彼をエスコートするVectorが映っている。録画された自分の姿を見て、Vectorは内心で肩をすくめた――どうもさっきは自分にしては“賑やか”だったらしい。
     
    「いやあ、ここの基地を発つヤツの一人が置き土産代わりに、監視カメラのバックドア教えてくれてさ。ちょっと暇つぶしに見ていたら、こんな基地に珍奇なお客が来てるだろ? しかも道案内してる君が珍しくよく喋ってるときたもんだ」

     きしし、と歯を見せて笑いながら、目の隈美人は言った。 
    「なに? ああいうちっちゃい子が好みなわけ?」

     

    「そんなはずないでしょ――ただ、人間の子供は優先して守るように倫理コードがあるから、それが機能しただけ。所詮、あたし達の趣味嗜好なんて作り物だもの」

     

     銀髪金瞳の乙女の答えに、AA-12は肩をすくめてみせた。
    「相変わらずの答えだね。ストイックというか、そっけないというか」
    「“人生”という意味のない概念で自分を煩わせたくないだけ」

     

     Vectorはすっと目を細めると、AA-12を見つめた。
    「それより、あなたは暇つぶしなんかしていていいの? ハワーズ指揮官の最後の厚意でしょう、あたし達の転属先を自分で希望できるのって」

     

     水を向けられたAA-12は、途端にばつがわるそうな顔をした。「あー」と軽く声をあげると、しかし、黙りこくってロリポップをしつこく舐めた。舌がキャンディを転がす音がごろごろと頬を通して響く。
     最後はロリポップをぼりぼりかみ砕くと、目の隈美人は口をへの字に曲げた。
     
    「いくつか……転属願いは出してみたんだけどさ。その――」
    「――どこからも断られた?」

     Vectorの言葉に、AA-12はこくりとうなずいた。
     あぶくを吐き出すかのように、ぽつぽつと言葉を洩らしてみせる。
     
    「……情緒面が不安定な人形は受け入れられないって。転属どうこうの前にメーカーへ送ってもらってメモリのクリーンアップした方がいいって。あと、それから、どこの指揮官もはっきりとは言わなかったけどさ――」

     ターコイズの瞳に、じわと涙が浮かぶ。
    「――し、指揮官を守れない人形なんて、験がわるいって感じのことを……ゥゲホッ」

     それを言った途端、AA-12がえずくように咳き込んだ。
     Vectorはため息をつくと、手を伸ばして彼女の背をそっと撫でた。
     
    「ほら、やっぱり。その症状、治っていないんだ――吐き気止め代わりの飴はどれなの? ずっと持っているんでしょう?」

     促されてAA-12が懐から紙包みを取り出した。
     Vectorはそれを受け取ると、鮮やかな緑色の飴玉をつまみあげる。
     
    「口を開けて……あたしの隣で粗相されても困るから」
     言われて目の隈美人が小さく唇を開ける。
     Vectorは、えずく彼女に無理やりといったふうに飴玉を口の中へ押し込んだ。
     
    「……水を持ってくるわ。少し落ち着かせなさいよ」
     銀髪金瞳の乙女はそう言って、席を立った。
     
     食堂はもう給仕役の要員さえいない。自分で手近なコップを取ると、ウォーターサーバで水を汲む。澄んだ水をたたえたコップを持って戻ると、飴玉を口内で転がしたまま、肩を上下させて荒く息をしているAA-12の姿がそこにあった。
     
    「はい。飲んで落ち着きなさい」
     差しだされたコップを、咳き込んでいた乙女はひったくるように掴んだ。
     
     勢いよくあおるとごくごくと水を飲む。慌てるあまりに溢れたしずくが唇から流れてあごを伝って喉元へと幾つも小さな滝を作った。
     
     その様子に、銀髪金瞳の乙女はふんと鼻を鳴らした。
    「やっぱり……全然、本調子じゃないでしょう。ちゃんとメーカーで検査された方がいいんじゃないの。それか、戦術人形を返上して民生用に戻ったほうが――」

     Vectorがそう言った途端、いきなり肩をがしっと掴まれた。目の下に隈があるだけにただでさえ目力のある乙女が、それこそ鬼気迫る眼差しでにらんでくる。
     
     彼女は地の底で亡者がうめくように言った。
    「だめだっ。それだけはノーだっ。わたしは負けたくない……これまで培ってきたメモリを綺麗に掃除されたくないっ。メーカー送りなんかまっぴらだ」

     

    「意気込みは買うけど――」
     Vectorはたまらず胡乱な視線を向けた。
    「――だからって、ここに残ってもどうにかなるもんじゃないでしょう? もうここは清算作業に入って、人形だって物資だって他所へ移されている最中なのに」

     その言葉に、AA-12がにやっと笑った。
     猛犬に追い詰められた猫が、袋小路で歯を剥くかのような笑みだ。
     
    「それがさ――どうもおかしいんだよ。整理作業が今朝から止まってる」
     ターコイズの瞳が鋭く光った。
    「聞いたら、副官指示で物資の運び出しに待ったがかかっているんだ」

    「副官――スプリングフィールドが?」


     Vectorが目を丸くして訊き返した途端、二人の携帯端末が揃って鳴った。
     コール音を止めて端末に着信したメッセージを開けてみて――
     銀髪金瞳の乙女も、目の隈美人も、そろって目を丸くした。

     

    「現時点で異動先の決まっていない戦術人形はそのまま待機。
     B122基地の整理作業は中断し、基地機能を縮小しての再建に着手。
     一週間後をめどに新指揮官が着任されるまで、各員待たれたし」

     

     指揮官なき基地にあって、いまだ副官の任に当たっているスプリングフィールドからの指示書。ただし、それが一介の戦術人形の独断でないことは、添えられた署名から明らかだった。
     
     ドキュメントの最後に記された名前は――ヘリアントス。
     グリフィン本部の上級代行官、指揮官たちの監督役だ。
     
    「ふ、ふふ……やった……これでここに残れる――」

     興奮のあまり、AA-12はロリポップを一気に三つ封を開けて口につっこんだ。口いっぱいに飴玉をほおばりながら、飴どうしをごろごろとこすりながら舐めくる。
     
     かたや、Vectorは怪訝そうに指示書をにらんでいた。
     
     待機も何も、とうに基地の戦術人形の七割が異動してしまっている。
     ちゃんと機能するかあやしい基地で、どこの物好きが指揮を執るのか。
    「――よほどのお人よしか、騙されているわよね」

     Vectorは頬杖をついて、端末の画面をぴんと指ではじいた。

     

    Ep.1 中編へ続く

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