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2020.06.15 Monday

Ep.1 ショタ指揮官が着任しました -中編-

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS

    「ショタ指揮官が着任しました」の中編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

    puppy_b_01_2.jpg

     

    指南役のL211基地のローズ指揮官と話をするコリン。

    戦術人形たちの信頼を得るには、コミュニケーションが不可欠だと言われるが……

    女性にたいしては引っ込み思案な彼に、スプリングフィールドが提案した妙案とは?

     

    (本編は折り返し〜)


     

     コリンはオニキスの瞳に真剣な光をたたえて、モニタを見つめていた。
     
     まだ何物も映し出されていない灰色の画面に向かって、ちょっと笑顔を作ってみたり、かと思えば眉をひそめていかつい表情をしてみたり。鏡に向かっているわけでもないのだが、ぼんやり反射する自分の顔つきと向かって、落ち着かない百面相をしている。
     
     その有様を見守っていたスプリングフィールドが、くすりと笑った。
    「あらあら。そんなに緊張しなくていいですよ」

     

    「でも、お姉さん。しっかりできるように見せないと」
     コリンは唇をとがらせて言った。
    「いまから話す人がぼくの後見役になるんでしょう?」

     

    「それはそうですけど……たぶん、あなたが考えている気難しい人ではないです」
     鶯色の瞳の乙女は口元に手をやりながら、にっこりと笑んだ。
    「むしろミドルスクールの先輩とか、そんな感じで考えておいた方がいいです――グリフィンの中でも五本の指にはいる問題児ですから」

     

    「え……まさか、その人も未成年とかじゃないですよね……?」


    「そんなことはないです。ちゃんと成人している人間です。ただ――」
     口元にやっていた手をおとがいに移しながら、乙女は言った。
    「――戦術人形のマネジメントと作戦指揮はピカイチなんですけど、それ以外の言動はかなりおちゃらけなんです。エヴァンも、通信の後はなんだか疲れた様子でしたもの」

     

    「……その人、本当に後見役なんか任せて大丈夫なの?」
     懸念と怪訝をないまぜにした表情のコリンに、スプリングフィールドは微笑む。
    「能力は確かですし。もしかしたら、普通の指揮官よりは親しみやすいかも」

     

     彼女の言葉に、少年はうなずいて通信回線を開いた。
     灰色の画面に光が灯る。
     次の瞬間、そこに映ったのは一人の若い女性だった。
     
     白っぽく長い癖毛。顔も体つきもやせぎすで、その“整っていない様”が、彼女が人間――自然人だと感じさせる。顔には愉快そうな笑みをたたえ、紫の瞳は好奇に煌めく――コリンはふと、スクールの理科の教師を思い出した。嬉々として危ない薬品を扱ったり、蛙を楽しそうに解剖する、ジョークを飛ばしてばかりの学校のトラブルメーカー。
     
     その印象は、彼女が口を開くと、なおのこと強くなった。
    「やあ、待っていたよ。君がコリン・ハワーズだね? 若きパダワンよ」

     最後に添えられた言葉を聞いて、少年は憮然として答えた。


    「たしかにぼくがコリンですけど……別にジェダイ志望じゃないです」

    「ンンン、いい返しだ! かの古典的名作が分かるのは見どころがあるネ」
     微笑みを張り付かせたまま、紫の瞳の女性は飄々として言った。


    「はじめまして。私がロゼ・ローズ――通称ロロだ。指南役を拝命している」

    「あらためて、コリン・ハワーズです。しばらくお世話になります」

     

    「ああ、かしこまらないで。私の基地、L211は君がいるとこのお隣だ。それに、君の伯父さん――エヴァンにはずいぶん世話になった。まあ、『だいぶ迷惑をかけた』と言い換えても間違いではないんだけどサ」

     

     ロロの言葉に、スプリングフィールドが軽く咳払いをしてみせる。
     紫の瞳の女性指揮官は、意に介さずに言葉を続けた。


    「君のことはヘリアンさんから聞いているし、万全のサポートをするようにと仰せつかっている。しかし、まあ、〔ラーニングホリデー〕とはいえ、グリフィン本社もずいぶんと思い切ったことをするものだ……まさか指揮官代行を坊やに任せるとはね」

     

     遠慮のない物言いに、コリンはむっとして答えた。
    「お言葉ですけれど――ちゃんとグリフィンが課した試験はパスしています」
    「そうだね。君にとっては簡単だったろう。“NFM-Colin”にとってはね」

     ロロはそう言うと、モニタ画面の一画に地図を表示してみせた。


    「これが、君の預かる28戦区だ」
    「……ずいぶんと狭いんですね」

     

    「当たり前だ。エヴァンはグリフィンの拠点でもアルファライン――鉄血との最前線を受け持っていた。君の作戦能力は高いだろうが、まさかまるっと任せるわけにはいかない。そこでそれまで支援任務が多かったベータラインのL211が担当戦域の大半を預かることになった。うちの基地がアルファになる代わりに、B122はベータに鞍替えだ」

     

    「……そうですか」
    「ンン、そんな顔をするな、少年。28戦区は確かに狭いが、重要なエリアだ」

     ロロがそう言うと、画面の向こうで制御卓をカチカチと操作した。
     28戦区を東西に横切る、青く太いラインが引かれる。
     
    「“ルート3019”。L211はもちろん、このあたりのグリフィン基地群へ物資を送る重要なハイウェイだ。まあ、高速道路と呼ぶには、戦中から大した手入れはされていないんだけど」

     

    「ええと……つまり、ぼくの役目は道を守ること、ですか?」
    「そういうことだね。基本は巡回と偵察なんだが――」
     ロロが机を指先でコツコツと叩きながら言った。
     
    「鉄血が最近、浸透戦術を使うことがあってね。たまにそこそこまとまった戦闘部隊がやってくることがある。ルート3019の後方には一大補給拠点のS545基地――“イセンガルド”がある。もちろんそこにも守備隊はいるが、戦闘慣れはしていない」

     

     ずい、とロロが身を乗り出してきた。
     挨拶の時の軽妙な様子はすっかり潜み、真剣な顔をしている。


    「あらかじめ警戒線を敷き、面倒な相手なら指揮を執って対処する。君も〔ウォー・チェス〕で補給線の重要性は理解しているだろう。グリフィンがそれなりに期待している証拠さ。君の伯父さんは実に優秀な指揮官だった――そして同じハワーズの名を持つ君にも、その才能は受け継がれていると買ってくれてるわけだよ」

     そこまで言うと、彼女は椅子の背もたれに身体を預けなおした。


    「君の立ち位置はわかったかな、少年?」

    「はい。このパターンなら、何度も〔ウォー・チェス〕で経験したことがあります」

     

     眉をキリッと締めて答えるコリンに――ロロはにやりと笑んだ。
    「もちろん、そうだろうとも。君の対局成績は事前に目を通している。ただ……」

     その瞬間――ロロの紫の瞳が煌めいたかのようだった。


    「……君の元で戦うのは、単なる駒じゃない。戦術人形だ」

     

     ロロの言葉に、コリンは首をかしげた。
    「戦術人形なら、指揮官の指示には従うんじゃないですか?」

    「ンンン、若きパダワンよ、人間至上主義の暗黒面に囚われているネ」
     モニタの向こうで指南役は苦笑いを浮かべた。
     
    「たしかに人形は人間に従う。民生用でも、戦術人形でもね――だが、疑問を抱いて指示に従うのと、信頼と喜びを抱いて従うのでは、発揮できるパフォーマンスが違う」

     

    「でも、ぼくは人形たちをちゃんと指揮できる能力が……」

     

    「どうやってそれを伝える? 〔ウォー・チェス〕のドミニオンマスターの称号は彼女達には通用しないよ? "NFM"の二つ名だって、『ふーん』としか思われないだろうさ。君が実績を積めば皆それを認めるだろうけど――まず君はちゃんと彼女たちに挨拶をして、信用を得る必要がある――ま、それが初仕事だね」

     

    「……どうすればいいか、教えてはくれないんですか?」
    「私は軽々に解答を示す性格じゃない。どうせ借り物の知恵なんぞ、すぐに破綻する。君の正式な着任まで、まだ一週間はあるんだ。どうするかゆっくり考えるといいサ」

     指南役の言葉に、コリンは軽くうなった。少し拗ねた声で、ぼそりとつぶやく。
     
    「……ヒントぐらいくれても」
    「ンン、難しく考える必要はないサ」
     耳ざといロロは、はたして少年のぼやきを聞き逃さなかった。
     
    「君は、まだ子供だ。それを認めることだよ――そんな顔をするな、別に悪い意味で言っているんじゃない。子供であることを活用する手もあるってことサ」

    「それはどういう……」
    「さて、私も忙しい。そろそろ切るヨ。では、宿題頑張りたまえ、若きパダワン」

     あっさり言い残すと、ロロは一方的に通信を切った。
     
     コリンは、灰色の画面をにらみつけていた。
     鼻をふくらませて、口をへの字に曲げている。
     
     そんな少年の肩に――スプリングフィールドがそっと手を置いた。
    「コーヒーでも淹れましょう、コリン」
     穏やかな声が、少年の頭をそっと撫でるかのようだった。
     
    「顔がこわくなっているわ……少し休憩して、二人で相談してみましょう」

     


     

    「だーっ、疲れたァ!」
     コリンとの通信を切るや、L211基地の主たるロロは声をあげた。
     ただでさえ行儀の悪い白い癖毛をさらにかきまわして、うめいている。
     
     そんな彼女のデスクに、そっと白磁のティーカップが差し出された。琥珀色の紅茶が、かぐわしい香りと共にほんのり湯気を立てている。
     
     ロロは目をぱちくりさせると、カップを差し出した少女に微笑んだ。
    「やあ、さすがのタイミング。ありがとう、スオミ」

     

     主にそう声をかけられ、L211の副官を務めるスオミが微笑みかえす。
     亜麻色の髪をそっとかきあげながら、少女は言った。


    「いえ、指揮官って子供が苦手ですから。たぶん、ストレスだろうな、と」

    「ストレスというにはアレだなあ……まあ、気を遣うのは確かだよ」
     ロロはカップから一口お茶をすすると、ふうと息をついた。
     
    「人間の子供っていうのは可能性のカタマリだからね。オトナの側としては言動に注意しないと、その子の道を知らぬ間に閉ざしているかも、と思うとサ……」

     

    「それはご自分の経験からですか?」
     すっと発せられた問いに、ロロは軽くうなってみせた。
    「――まあ、こんなヒネたヤツは世の中には少ない方がいいでしょ」

     

    「あら、わたしは指揮官のそういうところが、好きですよ?」
    「……可愛い顔をして、しれっとそういうことを言うよネ……」


    「ふふっ、誰の影響なんでしょうね?」

     スオミはくすくす笑ってから、少し眉をひそめて言った。
    「指揮官、さっきの子について、二つお訊ねしたいんですけど、いいですか?」

     

    「ああ、構わない。君もやりとりする機会が増えるだろうからね」
    「コリンさんって有名なんですか? 〔ウォー・チェス〕とか“NFM”とか聞こえましたけど」
    「ああ、それか――かいつまんで話してあげよう」

     

     ロロはそう答えると、人差し指をぴんと立てて言った。
     
    「まず〔ウォー・チェス〕なんだけどね。発祥は第三次世界大戦の最中だ。軍隊が手っ取り早く戦術リーダーを見出すために考案されたものでね。名前に反して、盤上ゲームの発展系というより、図上演習の簡略版と言ったほうがいい。戦後はルールやシステムが整備されて、ネットワーク上で人気のゲームコンテンツになっている」

     

     言いながら、彼女は制御卓に指を踊らせた。端末のモニタに、くだんの〔ウォー・チェス〕のポータルサイトを、次いでそこでのランキングを表示させる。
     はたして、トータルランキング三位に“コリン・ハワーズ”の名前があった。
     
    「彼はね、このゲームではいわゆる天才少年のたぐいなんだ。七歳から始めてあれよあれよと勝ちを重ねて、昨年の夏にドミニオンマスターになった。本来はその上にグランドマスターがあるんだが、国際大会が開けない現状では事実上の最高位に彼はいることになる……実に痛快なのが昨年のクリスマスに開かれた大会でねえ」

     

     ロロがまた制御卓を操作する。モニタに図面が展開され、ある試合のリプレイとおぼしき記録動画が再生された。都合十名のプレイヤーが参加するバトルロイヤルの形式だったが、明らかに様子がおかしい。あるプレイヤーをねらって他の九名が一斉に動きだしているのだ。
     
    「――この、囲まれそうな陣営、もしかして……」
     スオミの言葉に、ロロはうなずいてみせた。
    「そう、コリン君のだよ――まあ見ていたまえ、なかなかダイナミックだ」

     

     図面上で各陣営の戦力配置が変化していく。偵察を出して状況を察したコリンの動きは激動的だった。自分の本拠地を敢えて捨てて全力で包囲の一角を崩すと、相手側の拠点のひとつをたちどころに潰して補充を行い、回復した戦力で再び迎え撃つ。完全に囲まれる前に出鼻をくじきつつ、コリンの陣営の駒たちは羽根が生えたかのように運動し、相手の拠点を次々と潰す。
     最終局面でも彼我の戦力差は五倍以上あったが、すでに物資のとぼしい相手側に対し、連戦続きとはいえ補給充分なコリンは互角に戦った。
     
     結果は時間切れのポイント判定。
     とはいえ、結果的にコリンが稼いだポイントは他を段違いに凌駕していた。
     
    「大会が終わった後に明らかになったんだけどね。他のプレイヤーはひそかに示し合わせて『生意気なガキを教育してやる』つもりだったんだと。結果的には最初の偵察で状況を察知したコリン君にしてやられたわけだが――これであの子には、このゲームでの二つ名がついたんだ。曰く、“九塞陥とし”とね。そこから“NFM”というわけさ。まあ、本人はこう呼ばれるのは結構恥ずかしいとメディアインタビューで答えていたけど」

     

    「……すごい子なんですねえ……」
     スオミが感嘆の声をあげるのに、ロロはにやりと笑ってみせた。
     
    「まあ、表面だけ見ればすごいんだが、舞台裏を知ると笑えなくなる」
    「どういうことです?」

     

    「本部のヘリアンさん情報だけどね――このしてやられた九名のプレイヤーのうち、二名が軍の作戦本部スタッフ、一名がグリフィンの現役指揮官だったんだヨ」

     

     目を丸くする少女に向かって、ロロは白い癖毛をわしわしとかきまわした。
    「やー、普通のチェスならともかく、これは〔ウォー・チェス〕だ。よりによって戦争のプロが三人もお子様に手玉にとられるとは何事か、とね――そして、これを面白がった軍の偉い人は、将来有望な作戦幕僚をいまのうちにキープしておこうと思ったわけさ」

     

    「あ……それが〔ラーニングホリデー〕と関係してくるんですか?」
    「その通り。察するに、君の二つ目の質問はそれだネ」

     

     ロロはそう言うと、ティーカップを傾けて紅茶をゆったり味わった。
     鈴のような音をさせて、ソーサーにカップを置くと、説明を続けた。
     
    「これは二年前に始まった制度だったかな。国家的にエリートを率先して育成しようという試みでね。スクールやアカデミーの学生について、なんらか特筆した才能を見せたもの――まあ国内のいろんなコンテストの優秀者だけど――について、ある期間、学校の授業を圧縮した通信講座に置き換えて、休学している間に実地のプロに交じって学ぶことで早期に得意分野の経験を積ませようというものサ。〔ラーニングホリデー〕の期間が終わったら所定の単位を与えて復学させる。本来は理工学系を想定した制度なんだけど、軍の戦術研究部門もしれっと法律のカバー範囲になっている。なかなかせこい仕掛けだね」

     

     その説明に、スオミは目をぱちくりさせた。

    「つまり、コリンさんは――軍の高級士官になるのを期待されている、と?」

     

    「軍関係のシンクタンクかもしれないけどね。ただ、いくらなんでも十歳の子供を軍隊に混ぜるのは何かと問題がある。軍と関係が深いけど、れっきとした民間企業で、それでいて指揮経験が積める職場ってないかな……『ああ、ここにあったわ』ってわけさ」


    「それでグリフィンの指揮官代行ということですか」

    「……まあ、社長も、軍の要請なら断れないという事情はあるんだろうけど」


     ロロが再びカップを手に取って、くいとあおる。
     紅茶を飲み干した後の彼女は、顔いっぱいに渋面をつくっていた。
     
    「問題は現場だよ! 『後輩の指導みたいなものだ』とかヘリアンさんは言ってたけど、相手が十歳のお子様だとまた違うスキルが要るよ! 少なくともあの子がピンチにならないように色々気配りしなきゃいけないんだしさあ……」

     

    「グリフィン本部が、指揮官を評価している証拠ですよ」
     微笑みながらスオミがティーカップをさげると、ロロはデスクにつっぷした。
     
    「こんな評価いらないよー。仕事は増えるし、手間はかかるし、気は使うしさ――そのくせにウチの有能な後方幕僚は異動されちゃうし……」

     

    「カリーナさんも年齢の割にベテランですものね。今度は別の新人指揮官の元で後方幕僚を務めるそうですけれど」
     スオミの言葉に、デスクに顔面をくっつけたロロがちらと視線を送った。
     
    「カリーナが補佐につく新人指揮官ね、とっても優秀な子だよ。あのAR小隊の指揮権が与えられるってハナシ。彼女が異動になったのも、そのあたりのバックアップもあるとは思うけど」

     

    「大丈夫ですよ、新しい兵站担当の人も良い方だと思います」
    「いや、能力も人柄も問題ないんだけど――〔ウェーブテック〕とかいう軍事企業からの出向って何なのさ。グリフィン社員じゃなくて、そういう人材を送り込んでくるあたり、なにかウチの基地って実験部隊とか思われていない?」

     

    「もう、拗ねちゃだめです」
     亜麻色の髪の少女は軽くため息をつくと、自分の主の頭にぽんと手を置いた。
     
     ロロの頭を優しく撫でるのは、敢えて左手。
     その薬指に銀の指輪が光っている。
     
    「あなたはどんな場面でも頑張れる人です。そのことはパートナーのわたしが知っています。まずはできることからやっていきましょう……担当戦域がぐんと広くなったぶん、忙しくなります――わたし達も力の限り、支えていきます」

     穏やかに言うスオミ。少女に髪をくすぐられながら、ロロは言った。
     
    「ンン。とりあえずは第六部隊までフル起ち上げ。手順はプラン11の通りで。ただし第五部隊はリー・エンフィールドだけを充てておいて。メンバーは追って選抜する」

     

    「コリンさんの支援に送るつもりですね?」
    「うん。あの淑女なら上手いことやってくれるだろう――少年に対する直接的な支援はひとまずこんなところかな」

     

    「もっとアドバイスとか、本当にしなくていいんですか?」

     そっと訊ねたスオミに、ロロはため息交じりに言った。
    「君自身が言ったじゃないか――『力の限り支えていきます』って。結局、グリフィンの指揮官はそこに尽きるのさ――人形たちに支持されるかどうか。そのあたりをあの子が理解して、実際に“士心”をつかむ方法を、自分で考えないと意味がないからネ」

     

     ロロが手を伸ばして、自分を撫でるスオミの手をそっと握る。
     亜麻色の髪の少女は和やかに目を細めると、自分の主と指を絡め合わせた。

     


     

     白い陶器のマグカップに、宵闇のように黒いコーヒーがたゆたう。
     ほんのりとした湯気と共に、独特の芳醇な香りが立ち昇っていた。
     
    「はい、どうぞ――だいじょうぶですよ、苦くはないですから」
     スプリングフィールドの勧めに、コリンはカップに口をつけた。
     
     目をきゅっとつむって一口飲んだ途端、
    「ふわ……ちょっと甘い!」
     まなこをぱっちり開けて、少年は驚きの声をあげた。
     
     コーヒーを淹れた乙女は和やかに微笑んで言った。
    「薄めに淹れていますし、お砂糖も入っていますからね――エヴァンのお気に入りの味だったんですよ、これ」

    「伯父さんの、ですか?」
    「はい、とにかくコーヒーをよく飲む方でしたから」
     スプリングフィールドは両の手の指同士をそっと合わせて、天井を仰いだ。
     
    「普段はブラックなんですけど、疲れてきたリ、忙しくなってきたりすると、砂糖入りをリクエストしてきましたね――その時の表情とか声の調子から、どれだけ砂糖を足せばいいかが腕の見せ所だったんですよ、ふふっ……」

     乙女は遠い目をしながらつぶやくように言ったが、少年がマグカップを口につけたまま自分をじっと見つめているのに気づいて、慌てて表情を改めた。
     
    「……あ、いけません。わたしったら、つい思い出しちゃって」
     口元を押さえて、ばつの悪そうな顔をする彼女に、少年は穏やかな声で答えた。
    「ううん、構わないです。伯父さんのことが知れてうれしいから」

     

     コリンはコーヒーを一口飲んでから、つぶやくように言った。
    「伯父さん、本当にスプリングフィールドさんに愛されていたんですね」

     

     少年の言葉に乙女は思わず頬を染めたが――ややあって咳払いしてみせた。
     きり、と真面目な顔になったスプリングフィールドがコリンに向き直った。
     
    「それにしても、さすがローズ指揮官です。いきなりグリフィンの戦術オペレーターの本質をついてきましたね――人形に信頼と喜びを、ですか」

     

     乙女がうなってみせるのに、少年は点のような眉を軽くひそめた。
    「民生用の人形と戦術人形って、そんなに違うものなんですか?」

     

    「ええと――本質的には変わらないです。人を模して作られていて、人に似せて考え、話して、感情モジュールのおかげで気分を損ねたり上機嫌になったりします」

     そこまで言って、スプリングフィールドは腕組みしてみせた。
    「ただ――戦術人形は死と復活を繰り返す日常なんです。銃とは烙印システムでリンケージされていますから、戦う兵士としての覚悟はあるのですけれど、やっぱり躯体が機能停止して記憶をもとにバックアップから再起動する感覚は……まあ、何度経験しても慣れないことなのは確かです。つまり、ですね――」

     

     ひとさし指をぴんと立てて言いかけた乙女より先に少年は答えた。
    「――喜んで死にたがる人形はいないってことですか?」

     

     その言葉に、スプリングフィールドは立てた指で宙に円を描いてみせた。
    「そうです。だから、戦うならなるべく死なせない指揮官の指示に従いたいですし、どうせ戦って死を体験するなら、『この人のためなら仕方ないか』と思わせるだけの信頼が必要になります」

     

     乙女の鶯色の瞳が、少年の漆黒のオニキスの瞳をじっと見つめた。
     「コリン、あなたには才能があります。そうでないと、〔ラーニングホリデー〕の待遇でここにいられるはずがありません。ただ、その才能を示してみせる前に――そうですね、たしかに、人形達と親しくなっておく必要があります」
     
    「親しく……それって、つまり――」
     唇をきゅと結び、軽く頬を染めて、コリンがうつむく。


     そんな少年に、スプリングフィールドは思わず苦笑いを浮かべた。
    「――ええ、戦術人形たち……あなたから見れば、みんな年上のお姉さんですけれど。彼女達と話して、どんな考えを持っているのか知るのと同時に、あなた自身がどんな子なのか知ってもらわなくては」

     

    「そ、そんな……女の人に話しかけるなんて、一人でなんてとても――」
     すっかりうつむいてしまった少年の顔は、覗き込むまでもなく真っ赤であった。
     
     スプリングフィールドは、ふうとため息をつくと、つぶやいた。
    「……そうですねえ。それをさておいても、子供一人でうろうろするのはちょっと安全ではないです。グリフィンの人形は人間に危害は加えませんけど、イタズラする者はいるでしょうから……」
    「そ、そんなあ」

     

    「そう言えば、コリンさん。ここにはVectorに案内されてきたんですよね?」
    「うん。なんか随分いじられた気がするけれど……」
    「あら、あらあら……なるほど、ふむふむ――」

     

     そこまで言うと、スプリングフィールドはしばし考えて、
    「――そうよ、これはいい考えだわ!」
     ぽんと両手を叩くと、朗らかに声をあげた。
     
    「彼女を護衛につけましょう。そして案内されながら、『エヴァン伯父さんの話を聞きたい』という名目で皆と話をするんです。親族の子供なら、人形たちが初対面でも好意的になってくれますもの。そうね、それがいいわ」

    「えっ、でもそれって、嘘をつくことになるんじゃ……」
     戸惑い気味に声をあげたコリンに、彼女はふふんと鼻を鳴らした。
     
    「嘘も方便です、それに遺品整理の名目なら嘘になりません。あなたがこの基地に来たのはそういう側面もあるのですから――ねっ?」
     スプリングフィールドが軽く首をかしげて、ウィンクしてみせる。
     
     その仕草を見せられると、コリンはもう何も言えなくなってしまった。

     


     

    「へーえ、あんた、ハワーズ指揮官の甥っ子さんなんだ! あはは、なんか仔犬みたいな顔してる、かわいい〜! ね、ちょっと頭撫でていい?」

    「ハワーズ指揮官の甥御さん……ふうん、あの人の話をね。いいけど――うん、言われたら目つきとか面影あるね。ああ、あんたは全体的に仔犬みたいだけどさ」

    「わあ、なんか見たことあると思ったら、ラブラドールレトリバーの仔犬か! あはは、自分で言ってみると余計そう見えるわ。ああ、いやいや、オーケー、指揮官の話ね、いいよ」

    「ふうん、ハワーズ指揮官の甥っ子さん……こんなところまでご苦労様。あの人の話? 別に構わないけど……ねえ、その前に、ちょっと『お手』と『おかわり』してくれない?」

     

     

     戦術人形たちは一概にフレンドリーで、親身ですらあった。
     前任者のエヴァンの身内という事実が好印象なのは確かだが――
     
    「――あなた、見た目でかなりトクをしているわよね」
     そう言ってVectorが少年の背を指でつつくと、コリンはたちまち赤面した。
     
    「トクなんかしていないです! みんなぼくを見ると『仔犬だ仔犬だ』って囃すか、そうじゃなかったら眉を見てわらうんですから!」

    「特徴的な眉でよかったじゃないの」
    「よくないです! これ気にしているんですよ!」
     コリンはそう言うと、頬をふくらませて両手で眉とひたいを隠した。
     
     そんな少年を見て、Vectorはすっと目を細めた。
     薄く漏れる瞳の金色が、雲間から差し込む陽光に見える。
     
    「まあ、いじられるってことは、それだけ会話のきっかけになるもの。あなたは用が済んだら居住区へ帰るんだろうけど、それまでは人形達と仲良くなれるんじゃない」

     淡々とした評価に、少年は一瞬、ぱあっと表情を明るくし――そして、その様子を付き添いの乙女にまじまじ見られていることに気づき、慌てて顔を伏せた。
     
    「なにいまの顔。なに照れてるの」
    「そんなんじゃないです……」
    「うそ。おやつの骨を見た仔犬の顔していたわ」
    「だから、ぼくは仔犬じゃないですってば」
    「褒め言葉だと思っておきなさいよ――そうすれば気が楽になるわ」

     

     そっけなく言われた言葉に、コリンは口をとがらせた。

    「……Vectorさんっていじめっ子ですよね」
    「そんなつもりはないわよ。愛想がないとは言われるけど」
    「自覚がないのが、タチがわるいです」
    「こういうパーソナリティなのよ、諦めて」

     

     さらっと言った後に、Vectorが改めてコリンをじっと見つめる。
    「……それより、基地の子に対しては、しゃちほこばっているのに、あたしと話すときは割とフランクよね。他の子に対してもそんなふうにできないの?」

    「――と、歳上の女の人と話すのは苦手ですから……」


    「あたしは苦手じゃないの? なぜ? どうして?」
    「あ、ええと……第一印象もあると思うんですけど――」
     コリンは後ろで手を組みながら、少しもじもじとした。
     
    「Vectorさんは、そういう感じじゃないというか――女の人とかお姉さんとか意識する前に、なんというか……そう、『きれいなお人形さん』という感じがして」

     

    「……それ褒めてる?」
     乙女の声が、ガラスの質感で発せられた。
     
     それを聞いた少年は、組んでいた手を解くと、慌ててぶんぶんと振った。
    「あ、あの、すみません! 失礼ですよね!」

     

    「べつに。気にしないし、あたしが人形なのは事実だもの」
     対するVectorの返答は実に不愛想そのものだった。
     
    「むしろ他の子があれだけ人間っぽい振る舞いをする方が理解できない。特に副官のスプリングフィールド。ハワーズ指揮官と誓約する仲だったし、噂じゃ市民権を得て正式に結婚する予定だったって聞いているし――人形なんかが、本当に愛なんて理解できるのかしら」

     

    「あの、愛とかそういう話はまだよくわからないんですけど……」
     コリンは、きゅっと拳を握って、声に力を込めた。
    「エヴァン伯父さんの思い出を話すスプリングフィールドさんの顔は、とても素敵に見えるのは確かだと思います」

     

     少年の言葉を聞いて、乙女が胡乱な視線を向けた。
    「あなた、天然でジゴロの才能があるかもね」

     

    「じ、じごろ?」
    「知らないなら後で調べなさい――さて、次の子だけど、ひとつ注意」

     

     Vectorは少年の肩に手を置いた。立ち止まる彼の傍らで片膝をついて身をかがめると、目線を合わせながら、ゆっくりと言葉を発した。
     
    「彼女は、ハワーズ指揮官の最後の作戦活動中に、一番近くにいた戦術人形よ。つまり、指揮官を守り切れなかった人形ということになる。最近は安定しているけど、話している最中に取り乱したりするかもしれない――正直、あたしの意見としては、彼女と会わない方がいいと思うけど、判断はあなたにまかせる……どうする?」

     

     真剣な乙女の声に、少年は少しためらったが、
    「――会います。伯父さんの最後の様子をちゃんと聞きたい」

     返した言葉は、あどけなくも毅然としていた。
     
     Vectorはそれを確かめるとうなずき、すぐそばの宿舎の扉のロックを解除した。
     扉が開くと、頼りない間接照明の灯りの元、一人の戦術人形がいた、
     
     やせぎすの身体、長い睫毛と目の下の隈。
     口には棒付きのキャンディを加え、椅子にだらしなく腰かけている。
     彼女の目の前のテーブルには色とりどりの包装のロリポップが散乱していた。
     
     その光景を見て――コリンは思わず息を呑んだ。
     ブロードキャストのドラマで見たことのあるジャンキーの部屋とうりふたつ。
     違うのは、ドラッグの代わりに飴が転がっているところだが。
     
     くだんの人形が、けだるそうな目を向ける。
     
     言葉に詰まる少年の背を、付き添いの乙女が軽くたたいた。
     我に返ったコリンは、大きく一呼吸して、挨拶を口にした。
     
    「はじめまして、コリン・ハワーズです……AA-12さんですね?」

     

    Ep.2 後編へ続く

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