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2020.06.22 Monday

Ep.2 困った部下への処方箋 -後編-

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS

    「困った部下への処方箋」の後編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

     

    コリンから発せられた、指揮官同行の偵察任務。

    前任の指揮官、エヴァンを撃った犯人の手掛かりを探すべく、

    戦えない乙女と少年は廃墟へと足を踏み入れるが……?

    思わぬ危地に、灰となっていたはずのAA-12の闘志の炎が蘇る!

     

     

    (本編はこちらから〜)


     

    「ふわあ……むにゃむにゃ」

    「おおい、眠そうだけどだいじょうぶなのか?」

     

     防護服のバイザー越しにコリンが大あくびするのが見えて、AA-12は眉をひそめて訊ねた。当初の少年はといえば、どこかとろんとした目つきながら、声はそれなりにしっかりしているように聞こえた――あくまでそれなり、だが。

     

    「だいじょうぶ、だいじょうぶです。ちょっと色々がんばっていたら夜遅く……」

    「ちゃんと寝ないとだめだぞ。子供は寝るのも仕事なんだからな」

     

     言いながらも、AA-12は展開したシールドをアームでガショガショと動かしながら、随行してきたコリンを優先してカバーした。同時に各種センサをフルに巡らせて、周辺の索敵を行う――顕在脅威、潜在脅威、ともになし。

     

     それを確認して、ふうと息をついた目の隈美人は、懐を探った。

     取り出したのは、鮮やかなブルーの包みの飴玉である。

     

    「ほら、眠気覚ましのハッカ味、食べるか? ――って、防護服じゃ無理か」

    「バイザーをちょっと開ければ、平気ですよ」

    「わわわ、ちょっと待て! 空気とか大丈夫か調べるから!」

     

     AA-12は慌てて携帯端末の測定機能を立ち上げた。同時に周囲を見渡す。かつては森が生い茂る丘の中腹というところだが、いまは木々も立ち枯れて閑寂とした墓標にしか見えない光景だ――核が落ちたような形跡はないが、それでも現代の空気は、居住区の外ではあまりクリーンだともいえない。

     

     測定結果が出た。大気の清浄度はまずまずクリア。

     とはいえ、自然人の大人基準だから、子供ならやはり心配だ。

     

    「――ほんのちょっと、一瞬だけ、バイザーを上げるんだぞ。口にキャンディ放り込んだらすぐ閉めるんだ。いいな?」

     AA-12が言うとコリンはこくんとうなずき、やおら透明なバイザーを引き上げた。

    「バッ――合図ぐらいしろよっ」

     わたわたしつつ目の隈美人は包みを開き、白い飴玉を少年の口に押し込んだ。

     

     ハッカ飴を口にした途端、少年は目を白黒させながら、

    「……ッ!! ッッッ!?

     なにやら足をばたつかせながら、防護服のバイザーを閉めた。

     

     まろいアーモンドの双眸には、うっすら涙が浮かんでいる――眠気覚ましとしてはちょっと刺激が強すぎたらしい。AA-12は、つい苦笑いを浮かべてしまった。

     

    「わるい。オトナ用だから、お子様にはちょっと強かった」

    「けほっ――い、いえ、だいじょうぶ……ちょっとスース―しますけど」

     コリンが短い眉をしかめて見つめ返してくる。

     仔犬がいっちょまえに吠えてきたような印象の顔つきだ。

     

     AA-12は内心で肩をすくめながらも、言った。

    「ほら、じゃあ目的地へ行くぞ――わたしのシールドから出んなよ」

     

    「はい……あの、いまさら言うのもなんですけど」

    「なんだよ」

    「頼りにしていますから……お願いします」

     ぺこっと頭をさげてみせる少年に――乙女は頬を染めてそっぽを向いた。

     

     そのまま無言で歩き出す。その後を、コリンが慌ててついてくる。

     今回の任務は、敵の要撃ではなかった。

     

     名目は〔偵察任務〕となっている――ただし、指揮官随行の、だ。

     

     

     作戦を練るにあたって敵情を知るのは鉄則だ。普段は人形から送られてくデータや随伴の監視ドローンを通じて戦場を把握するグリフィンの指揮官だが、偵察については防護服を着こんで自ら武装して戦術人形と共に行動し、じかに敵情を探ることは別に珍しいことではない。

     

     ただ、この場での〔野外偵察〕は、二つの点で通常と異なっていた。

     

     ひとつは〔指揮官〕が年端も行かない子供だということだ。“子供サイズの装甲防護服”という便利なものがもちろん用意されているわけはなく、コリンが身に着けているのは基地の備品をひっくり返して、なぜかあった普通のNBC対策の防護服である。それもちょっとサイズが大きかったので、要所をバンドで締めてだぶつかないようにしている。

     

     もうひとつは、記録上は〔偵察〕となっている任務が、実は偵察ではないこと。

     実際には調査なのだ――エヴァン・ハワーズの死に関係する事柄の。

     

    「あ、ほら、たぶんあの建物ですよ!」

     前方に見えてきた灰色の廃墟を指さして、コリンが声をあげた。

    「うん……方角と距離――たしかに合ってるね」

     

     少年に応えながらも、AA-12は感情パラメータが不穏に波打つのを感じていた。

     また建物。そこへ、また指揮官と二人だ。

     

     それを考えると、“胃”がむかむかしてくるのが感じられる。目の隈美人は眉をひそめると軽くうなり、懐から取り出した飴玉を口に放り込んだ。

     

    「じゃあ、さっさと済ませてしまおう……言っておくけど、あんま期待するなよ。スナイパーってやつは仕事現場に証拠を残さないもんだからな」

     AA-12がたしなめるように言うと、コリンは神妙な顔でうなずいた。

     

    「うん……でも、伯父を撃ったヤツの尻尾を、少しでもつかみたいんです」

     


     

    「こちら〔ナイト〕、〔プリンス〕をエスコートしつつ、これから〔キープ〕に入る――そちらの状況を伝えられたし」

     

    『こちら〔クィーン〕。目的地に無事についたのね、よかったわ――手早く済ませましょう、皆のためにコーヒーと手作りドーナツ持ってきていますから』

    「いや……副官どの? これ別にピクニックじゃないんだぞ」

     

    『その通りよ。こちら〔ビショップ〕。敵性と思われる痕跡をいくつか発見。ただし正確な時期が特定できない。比較的新しいと思うんだけど……』

     

    「うっ、それホントかよ――ねえ、皆で〔キープ〕に集合しない? わたしだけだと、その、坊やの守りがさ……」

     

    『建物に迂闊に集まると囲まれて爆弾放り込まれるよ。あたしは周辺まで近づいて、そのまま手近なところで潜伏する。戦闘になったら、敵の背後から焼夷手榴弾で攪乱する。仔犬くんを守っての正面突破は、シールド持ちのあなたに任せた』

    「おい、そんな。だってわたしは……」

    『そうね、〔ビショップ〕の言う通り。わたしも建物が視界に入る位置で遠距離支援ができるようにします。敵を狙撃して道を開くから、彼の身の安全を第一に考えて動いてちょうだい』

    「いや、だから、あたしは戦えな――」

     

    『――坊やを抱えて走るだけでいい、〔ナイト〕。ただ走るだけよ』

    『そうよ、わたしも試しに抱っこしたけれど、あの子割と体重軽いですもの』

    「……マジか――障害物競争じゃないんだぞ」

     

    『大マジ。そうね、いざってときにスイッチ代わりの飴決めておいたら?』

    『あなたの随行を希望したのは、あの子なの。期待に応えてあげて――だいじょうぶ、案外、何も起こらないかもしれないじゃない。それじゃあ、任せたわ』

     

     通信回線が切れる。

     〔ナイト〕――AA-12は歯噛みしながらつぶやいた。

     

    「ハワーズ指揮官の時だって、予想できなかった事態だったじゃんか……」

     


     

    「あ、この部屋です。ここから――ええと、犯人、が伯父さんを狙撃したはず」

     携帯端末を見ながらコリンが言った。

     

     少年をシールドで巧みに覆いながら、AA-12は部屋の中へ足を踏み入れた。

     廃墟はコンクリート打ちっぱなしで装飾のたぐいがなかった。元はそれなりの背丈があったようだが、上の方が吹き飛ばされて結果的に二階建てになっている。しかも階段を上ると空が見える始末だ。通信基地かレーダー基地か、そんなところかもしれない。破壊されたのは第三次大戦か、それとも新ソ連成立時のゴタゴタか。

     

     いずれにせよ、軍隊絡みの施設が、これまた軍隊絡みの暴力で壊されたわけだ。

     殺風景な部屋は、天井だけでなく、壁にも大きな穴が開いていた。

     その穴から外の景色がゆうゆうと見える。

     

     穴からは離れて、AA-12のシールドに隠れながら、コリンが双眼鏡を構えた。

    「――やっぱり。伯父さんが撃たれた廃墟が見えます」

     

    「ああ、ぽつんと見えるな……距離の測り方、分かるか?」

    「出発前に教えてもらいました――ここをこうして……えっと1200メートル?」

    「キロメートル超えてるのかよ……なんてこった」

     

     AA-12はうめくと、懐から飴を取り出し、口に放り込んだ。

     舌でごろごろと転がしながら、うなるように言った。

    「〔鉄血〕の新型とかかな――未遭遇のエリートタイプ? まさか……」

     

    「あの、ブロードキャストのドラマやムービーでは人間のスナイパーは見たことあるんですけど、〔鉄血〕にもそういう狙撃型はいるんですか?」

     

     少年の問いに、目の隈美人は飴玉を歯にこすりながら言った。

    「ううん、いないわけでもないんだけど、すごく珍しい。〔鉄血〕のライフル型は基本的にマークスマンなんだ――マークスマンって、分かる?」

    「ええと……狙撃手じゃなくて、部隊支援の長距離射撃要員でしたっけ」

     

    「そうだ。つまり他の連中と一緒になって攻めてきて、後ろからちくちく撃ってくるのが仕事だ――〔鉄血〕ってのは、エルダーブレインが集中管理しているから、団体行動がお得意だ。言い換えれば、末端の個体では単独行動ってのは無理……逆にグリフィンの戦術人形には、マークスマンもスナイパーも両方いる」

     

     目の隈美人は散弾銃を下げて、空いたもう片方の手を少年の肩にポンと置いた。

    「だから、指揮官としては、スナイパー型の戦術人形をどう活かすかってのは、結構腕の見せどころになるんだぞ。コリンぐらい頭がいいなら、面白い戦い方ができるかもしれない……まあ、その。いま戦えるやつに、スナイパーはいないけどさ」

     

    「どうして〔鉄血〕はスナイパーを投入しないんでしょう?」

    「たぶん、だけど――コストに見合わないからじゃないかな。スナイパーは単独行動や自律判断ができるヤツじゃないとダメだ。〔鉄血〕でそれができるレベルだと、エリートタイプを用意する必要がある。でも、それなら狙撃専門より、もっと正面からドンパチできるやつのほうがいいとか思っている、とかじゃないかな」

     

     答えてみせたAA-12の手の下で、少年の肩が揺れた。

     うんうんとうなりながら、コリンが足踏みしている。

     バイザーごしに覗いてみると、なにやら難しい顔をしていた。

     

    「――どうしたんだ? なんだ、トイレか?」

    「ちがいますよっ。変だな、と思って考えていたんです」

     少年は眉どうしがくっつきそうなほど、眉間をしかめていた。

     

    「てっきり、伯父は〔鉄血〕に殺されたんだと思っていました。グリフィンの人が『殉職だ』と言ってましたから。でも、当の〔鉄血〕にスナイパー型がそもそもいないんだったら、伯父を撃ったのはどこの誰なんでしょう?」

     

    「そりゃ、確かにそうだけどさ……」

     答えながら、彼女はぞわと総毛立つような――人形の疑似生体の皮膚に産毛は生えていないのだが――恐ろしい感覚におそわれた。ハワーズ指揮官の死は、確かに自分のカバーミスには違いない。上手く立ち回っていれば彼を救えたという事実は、いまさら否定する気もない。

     

     だが、もし――

     最初から彼が狙われていて、あの場所におびき出されたのだとしたら?

     そして、なぜグリフィン本部は早々に“戦死”扱いにしたのか?

     

     自分と傍らの少年が、大きな歯車の隙間にすっぽりはまったような――

     そんなイメージが不意に認識領域に浮かび、彼女が思わず吐き気をおぼえた矢先。

     

    「――あれ? 動体反応? 変です、なにかいっぱい来ます!」

     コリンが携帯端末を見つめながら声をあげた。

     

     AA-12はぐっと喉を鳴らすと、コリンをかばうように通路に向かって立った。シールドの展開位置を組みなおし、少年をすっぽり覆うように装甲板を掲げる。

     

     彼女のセンサにも、異状は検知されていた。

     やけに小さいシルエット。四本足で跳ねるような機動。

     それが群れとなって動くときの、カサカサという独特の音。

     

    「ちっくしょう、“兵隊アリ”なんぞ、どこから湧いてきた!」

     

     最初の一体――いや、ぱっと見ただけで五体はいる“それ”を視界に捉えるや、AA-12は散弾銃の引き金を引いた。ボンという軽い爆発音のような銃声と共に、電子音を立てて“敵”がバラバラになって吹き飛ぶ。

     

     そして、先行の骸達を押し退けて、なお後続の数体がやってくる。

     〔鉄血〕の小型戦闘マシーン、犬とも蟲とも称されるダイナゲートであった。

     


     

    「こちら〔ナイト〕! 敵と交戦中! どうなってんだこれ!」

    『聞こえてるよ。〔ビショップ〕も外で交戦中。食い止めているぶん、偉いと思ってちょうだい』

     

     そう言って、〔ビショップ〕――Vectorの通信の向こうで立て続けに爆ぜる音がした。どうやら焼夷手榴弾を派手に使っているらしい。

     

    『こちら〔クィーン〕。数が多すぎます――だめだわ、この数だと機関銃が要る。なんとか指揮官を連れて建物の外まで退避して』

     〔クィーン〕――スプリングフィールドの声に焦りがある。

     

     それぞれの応答を聞いてAA-12は歯ぎしりした。

     

     正直、震えが止まらない。いつもの緊張でまた吐き気が出てくる。

     だが――座り込んで、習い性になった嘔吐をするわけにはいかなかった。

     

     彼女にすがるように、少年がその小さな手で服をつかむ。悲鳴こそあげていないが、目をいっぱいに開き、かすかに身震いしている様を見て――不思議とAA-12は、普段の吐き気がなんとか抑え込めているのを感じていた。

     

     わたしも怖いけど、この子はもっと怖いはずだ。

     

     この少年は――戦士じゃない。烙印システムで形作られた意識は持っていない。

     頭はいいかもしれない。覚悟だってそれなりにあるだろう。

     けれども、まだ十歳の男の子だ。こんな子がこんな場にいるのがおかしい。

     

     そして、おかしかろうと何だろうと、いまこの場にあっては。

     彼の身を守れるのは、この自分しかいないのだ。

     

    「こんにゃろう、上等じゃないか」

     長い睫毛をばさばさと瞬かせ、隈で彩られたターコイズの瞳に戦意を光らせた。懐から取りだした赤い包みの飴玉を取り出すと、意を決した様子で口内に放り込む。そして、背中のバックパックから予備のドラムマガジンを取り出し、自身の散弾銃に装填した。

     

    「だいじょうぶだ――コリン。わたしがなんとかする。必ず君をここから無事に連れ出す――だから、ちょっとだけ荷物扱いになってくれ」

    「へ? それって、どういう……わわ、ちょ、これって!」

    「じたばたすんな。女の人に、こんな“抱っこ”とか、不本意かもしれないけどな」

     

     AA-12は左腕で少年を抱き抱えていた。シールドアームを展開しなおし、自身の左半身を――つまり、守るべきコリンの姿を覆い隠す。代わりに右半身はがら空きだが、そこには彼女の獰猛な牙が突き出されていた。

     

    「いっくぞぉ! ああ、力づくの脱出とか、ぜんっぜんスマートじゃないなぁ!」

     


     

     嘆きながら、AA-12は駆けだした。

     通路の前から迫ってくるダイナゲートに、二連発で散弾をお見舞いする。

     それだけで、機械の戦闘蟲は木っ端みじんに砕け、進路がクリアになる。

     

     駆けながら、要所要所で足を止め、彼女は散弾銃を撃ち放した。

     

     ただの銃なら、この場では対処できなかったかもしれない。だが、屋内の近接戦なら散弾銃ほど強力な武器はない。それになにより、〔AA-12〕とは軍用のフルオート散弾銃なのだ。三十発以上の射撃が可能なドラムマガジンを装填しているいま、彼女の前に立つことは、たちまちスクラップとなることを意味していた。

     

     戦乙女と化したAA-12は、はたして顔を赤くしながら叫んでいた。

    「からい! この飴、すっごいからいよ! なんだよハラペーニョ味ってさ!」

     

    「なに食べたんですか、いったい!?

    「景気づけ用に普段は口にしない味を持って来たんだけど! これチリペッパー使っていてすっごいからいんだ! なんだよ、これ飴じゃないじゃん!」

    「わかりましたけど、わめかれても困ります!」

     

    「柄にもなく王子様を救い出す女騎士役をやっているんだよ! ああ、コールサインがこんな形でぴったり来るなんて! こんちきしょう!」

     毒づきながらも、散弾銃を景気よく鳴らしながらAA-12は歩みを進めた。

     

     わめいてはいても、彼女の頭は冷静に計算していた。

     想定されるダイナゲートの数。出口までの距離と予想される遭遇敵性の数。少年を抱えながら進むスピード。そして、ドラムマガジンの残弾の数。

     

     行ける、と彼女の予測演算がはじき出した。

     

     吐き気はあいかわらず胃のあたりをうろついているが、味覚で感じるなんとも言い難い飴の味と――なにより、傍らに抱えた少年の感触が、不快感を紛らわせてくれた。細くて柔らかく華奢な身体からかすかに心臓の鼓動が伝わってくる。それに意識を向けると、感情パラメータがポジティブに跳ねるのを感じた。

     

     そうだ、この感覚だ――ハワーズ指揮官が教えてくれた。

     守るべき者をそばに感じて戦う時、心に勇気が生まれるのだ、と。

     

    (……なんだって忘れていたんだろうな、わたしは……)

     

     ひそかにAA-12は苦笑した。自分はすっかり臆病になり果てたと思っていた。

     違う、勇気の火へ薪をくべるすべを見失っていただけなのだ。

     


     

     ――建物の出口が、見える。

     

     一気にロビーへ躍り出ると、取り囲もうとしてきたダイナゲートの群れを、ぐるりと円を描くように身体を回転させつつ、散弾銃を撃ち放つ。悲鳴のような電子音をあげながら機械の蟲がばらばらに砕け散った隙に、シールドを前面に展開して一気に駆けだす。

     

     屋外はあちこちが火の海だった。

     その中に、銀髪金瞳の戦乙女の姿がある。短機関銃を小気味良く鳴らしながら、ダイナゲートを蹴散らす彼女を見つけて、AA-12が合流しようとした、その時。

     

     駆けだす寸前の彼女の足元を、射撃音と同時に銃弾がえぐった。

     顔をこわばらせて、すんでのところで足を止める。

     

     どこからか、赤いレーザーポインタが地面に灯り、ゆっくりと這ってくる。

     それも、二つ。

     

     こらえていた嘔吐感が、たちまち喉の奥までこみ上げてくる。

     

     またか。またなのか? 

     そう思考パルスが嘆きを紡ぎだしたが――

     

     立ち尽くした女騎士の身体に、すがるものがあった。

     少年が――コリンが、彼女の胴にそっと腕を回してくる。

     細い腕にかすかにこめられた力は、黙して語ることはない。

     だが、何を言いたいかは、それこそ心に痛いほど伝わってきた。

     

     

     女騎士は、その瞳にもう一度、闘志を宿すと、素早くシールドアームを動かした。彼女自身の躯体をも盾にして、少年を攻撃から守り切る鉄壁の構えだった。

     

     彼女は、忌々しいほど辛口の飴をボリっと噛み砕くと、静かに啖呵をきった。

    「撃つなら撃てよ――だけどさ、“ハワーズ”は二度も殺させないぞ」

     

     長い睫毛と目の下の隈に飾られたターコイズの色彩が、燃えよとばかりに輝く。

     

     

     次の瞬間――

     銃声が二発、鳴った。

     


     

     

     一発は、彼女のシールドに。

     

     もう一発は、AA-12自身の胴に。

     

     

     

     それぞれ、やけに彩度の明るい派手なピンクの塗料をぶちまけた。

     


     

    『……ブラボー。実にブラボーです。見事な脱出劇でした――演習は成功ですね』

     皆の通信回線に、嫌味なほどに落ち着き払った女性の声が流れる。

     

     まっさきに反応したのはスプリングフィールドであった。AA-12にたかろうとするダイナゲートをすかさず撃ち抜くと、回線に向かって怒鳴った。

    「あなた――! “マデレン”ですね!? L211基地の、リー・エンフィールド!」

     

    『おひさしぶりです、“メラニー”。B122基地の友人が健在で嬉しく思いますよ』

    「演習とはどういうことです! ダイナゲートは本物の〔鉄血〕ですよ!」

    『ええ、よく躾けてあるでしょう? 本物ですが、無害です』

     

     その通信の後に、Vectorが憮然とした声をあげた。

    「……スプリングフィールド、そのふざけた誰かさんの言う通り。この蟲たち、装備がスポイルされている。見た目では武装はついているけど、張り子の虎よ」

     はたして、銀髪金瞳の乙女が、機械蟲の一匹をつまみあげていた。

     

     威嚇するかのような電子音が立てて、サソリの尻尾のような攻撃器官を向ける。バチバチという派手な音と光こそするが、それだけだった。

     

     スプリングフィールドは、AA-12に目を向けた。

     少年を守って決死の思いで駆けてきた女騎士は、顔面を蒼白にして口をあんぐりと開けていた。抱える力が抜けた彼女の左腕から、コリンがずるっと抜け出す。シールドの影から姿を現した少年を認識したダイナゲートは、電子音をピコピコ鳴らすと攻撃器官を尻尾のように振りながら、彼の足元で跳ねた。

     

    「……仔犬くんに、鉄血犬が懐くとか、変な光景ね」

     しみじみと言ってみせるVector

     

     スプリングフィールドは通信回線の向こうにかみついた。

    「これ……コリン指揮官の仕込みなんですか!?

     

    『ご本人に訊けばよろしいでしょうに――いえ、彼はただ、ローズ指揮官にアイデアを話しただけです。まあ、”演習の形でなんとかできないでしょうか”とは伝えたようですが。脚本はローズ指揮官ご自身、仕込みはわれわれ――コリンさんはお芝居があることは知っていましたが、いつ始まってどんな演目になるかは存じていらっしゃいません』

     

     聞きながら、スプリングフィールドの目がみるみる三角になっていく。

     

    『とはいえ、狙撃シチュエーションの再現はコリンさんのリクエストです。あとはまあ、お姉さんがたで彼をこってり絞るのがいいかと――では、われわれは“秘密部隊”につき、失礼いたします』

     

     どこかで指笛が吹き鳴らされる音がした。

     たちまち、ダイナゲートがセンサの灯りを明滅させて反応する。

     来た時と同じように、潮が引くように機械の蟲たちは去っていった。

     

     スプリングフィールドが目を三角にしたまま、コリンを見つめる。

     見つめられた少年は、なんともいえない笑みを浮かべていた。

    「あの……えっと――黙ってて、その、ごめんなさい」

     

     その言葉に、副官を務める乙女が答える前に――

     傍らの女騎士が、顔面を真っ赤にして少年の両肩をつかんだ。

     

    「少年……少年? わかっているね? どうなるか分かっているよね?」

     

    「あの――はい、覚悟はしています。でも、ひとつだけ確認させてください」

    「いまさら何だってんだよ!」

     

    「……あの、吐き気とか、もう大丈夫ですか?」

     気遣わしい眼差しと、撫でるように優しい声。

     

     まともにそれを向けられて、目の隈美人はしばし口をぱくぱくさせたが――

     

    「もうどっかに引っ込んだよ! バカぁ!」

     

     言うや、AA-12は少年を再度、左腕で抱きかかえた。

     ただし、彼のお尻を前に持ってきている。

     

    「ああ……当然よね。テンカウントぐらいにしておきなさいよ」

     そっけない声でVectorが言い、スプリングフィールドもうなずく。

     

     AA-12が広げた手を大きく天に掲げた。

    「――コリン!? 言い訳はあるか!」

     

     お仕置き役と化した女騎士の言葉に、少年はきっぱり言った。

     

    「ないですッ! ごめんなさい!」

    「よしッ! ごめんで済んだら、グリフィンはいらないんだぞ!」

     

     乙女の断罪と共に、スパンキングの音が高らかに鳴った。

     


     

     任務が終わった、翌々日。

     わたしはレクリエーションルームで拗ねていた。

     

     ショックを受けた状況を再現させて、それを克服させることでショックに負けた過去の感情を回復させる。荒療治ではあるけど、まあ理屈にはかなっている。

     だけど、腑に落ちない。というか、納得したくない。

     

     どこか天使みたいに思っていたあの子が、あんな手を使うなんて。

     なんというか、乙女ゴコロを遊ばれた感じがあって、もやもやする。

     こっちはあれだけ必死で悩んでいたのに。

     深夜ラジオでの、あの心温まるやりとりはなんだったのさ。

     

    「あああ、もぉ!」

     思わずテーブルをどんどん叩いてしまう。そんなわたしをちらと見かけた戦術人形が、ちょっと引いた感じの愛想笑いで頭を下げて通っていった。

     

     スパンキングの回数を倍にしておけばよかったかな、と思ったけど。

     さすがにそれは虐待事案になってしまう。

     

     それに、コリンはスプリングフィールドからもお仕置きを受けていた。

     今回の騒動で滞っていた、スクールの通信講義をきっちり片づけること。

     

     任務から帰った日はお説教で、次の日は彼が缶詰だったから――

     だから、今日、ここにわたしがいるわけだった。

     

     

     レクリエーションルームの扉がすっと開く。

     

     果たして、褐色黒髪の少年が荷物一杯で現れた。

     手にはバスケットを提げて、背中にはリュックを背負って。

     

     わたしはせいぜい不機嫌な顔を作って、休憩スペースのソファでふんぞり返った。いっそ、足をテーブルに乗せようかとも思ったけど、さすがにそれをすると泣かれそうだ。

     

     おっかなびっくりの足取りでやってきた少年は、

    「――本当にごめんなさいでした!」

     そばに来るなり、開口一番、謝罪して頭を下げた。

     

     思い切り頭を下げたもんだから、前と後ろのアンカーで彼の体勢がぐらぐらと揺れる。わたしはあわてて身を乗り出すと、手を伸ばしてひっくり返りそうになった少年をつかんで引き戻した。

     

    「おい、とりあえず荷物置きなって……」

    「あは、ありがとうございます」

     コリンが、にぱっと笑ってみせる。

     

     仔犬のような、屈託のない笑顔――くそっ、こんなの反則だ。

     

    「……なに持って来たんだよ、そんなに」

    「えと――スプリングフィールドさんから差し入れです。ベーグルのジャムサンドと、あとコーヒー。その、“復活祝いですよ”って」

    「じゃあ背中のそれは何だよ」

    「これはですね……よいせ、っと」

     

     少年がリュックを下ろし、テーブルの上でジッパーを広げた。

     たちまち、カラフルな色彩が小高い山を築く。

     その正体を認めて、わたしは思わず声をあげた。

     

    「キャンディ!? こんなにたくさん?」

    「はい、あの。Vectorさんと一緒に選びました。意外と味の好みがあるから気を付けた方がいい、と言われて、色々アドバイスとかもらいました」

     

     そこまで言って、コリンが顔をうつむけた。

     軽く上目遣いがちにこちらを窺う――ああ、もう、素なんだろうな、これ。

     

    「その。本当にごめんなさい。ぼくのわがままで、身勝手かもしれないんですけど、試せることは精一杯、試したかったんです……ローズ指揮官に具体的なプランを告げられた時は、正直迷いましたけど――伯父の言葉を思い出して。それで……」

     

    「ハワーズ指揮官の?」

     

    「はい、いつだったか――『女の子を笑顔にできるんだったら、男は多少ズルくていいんだぞ』って言ってました」

     

     

     ああ、ああ。ハワーズ指揮官!

     あんたの甥っ子さん、素直すぎるよ! 何を教えてるんだ!

     

     わたしは天を仰いだ。天井を見つめて、大きく一呼吸する。

     

     とりあえず許してあげなよ、ってことか。

     この子のお詫びに、あの二人が手助けしたってことは、つまりはそういうこと。

     

    「――まったくもう。コリン、ちょっとこっち来い」

     顔を戻すと、なるべく怖い表情と声を作ってみせた。

     

     不安そうにやってきた彼に、手を伸ばすと――

     わたしは、彼の華奢な身体をそっと抱きしめてやった。

     

    「あの……あれ? あれれ?」

     戸惑いの声をあげる少年の耳元で、わたしはささやいた。

     

    「あんたはがんばってくれたし、そのおかげで立ち直れた。そこは認めるよ。こちらこそありがとう――たださ、コリン。今度からこういう騙しごとは無しだぞ」

     

     そういうことは、もう少し大きくなってから学んだ方がいい。

     コリンは、本当に良い子だから――そのまま、まっすぐ大きくなってほしい。

     

     それは、わたしの胸にほんのり暖かく宿った、偽らざる願いだった。

     

     

     腕から解放してやると、少年は頬を真っ赤にしている。

     そんな彼に、わたしは歯をみせてきししと笑ってみせた。

     

    「まずは副官どのの差し入れを食べようよ。それからキャンディの味比べパーティだ。いやとか言うなよ? ずるいことをした男はちゃんと女の子にお詫びをしなきゃだからな!」

     


     

     同時刻、某所。

     

    「隊長、見つけました――これだと思われます」

    「フムン。なるほど、このわだち……読み通りですね」

     

    「車両ですよね。〔鉄血〕の新装備でしょうか?」

    「彼女たちは存外真面目ですよ。戦闘用の人形はてくてく歩いてきます」

    「だとしたら……」

     

    「注目すべきはわだち自身です。この幅に、この深さ。車輪はおそらく不整地踏破も意図して幅が広く、そして車体はかなり重い。間違いなく装甲が施されています」

     

    「そんなモンスター、グリフィン本部ぐらいにしかありませんよ」

    「そうですね。ただ――国内の武装組織は、我々と〔鉄血〕だけではないでしょう?」

     

    「……あの、あまり良い予感がしないんですが」

     

    「フムン。わたしもです。しかし、だとしたら――“彼ら”であるならば、なぜグリフィンの担当区域内をこそこそ動いていたんでしょうね」

     

     

    〔Ep.2 「困った部下への処方箋」End〕

     

    〔――Next Ep.「クールフェイスは笑わない」〕

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