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2020.06.29 Monday

Ep.3 クールフェイスは笑わない -後編-

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS、

    「クールフェイスは笑わない」の後編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

    puppy_a_3_3.jpg

     

    戦闘の最中に行方不明になった戦術人形が!

    Vectorなら探し出せると信じたコリンは、彼女に捜索を指示する。

    はたして彼女は迷子を見つけ出すのだが、追い払ったはずの〔鉄血〕が

    じわじわと迫ってきて――!?

     

    Vectorの強さと、その代償とは?

    そしてそんな彼女が感じた思いがけない変化とは?

     

    (本編は折り返し〜)


     

    『――こちら〔アグラロンド〕、状況を知らせてください』

     通信回線から流れる、少年の声。

     

     その何とも気遣わしげな響きに、思わず歯噛みしながらもAA-12は応えた。

    「こちら〔ナイト〕。敵性のまとまった抵抗は排除。戦果はざっと四十足らずかな。何体か離脱していったけど、たぶん巡回組でも処理できると思う――ただ……」

     

    『……ティスさんですね?』

     確認してみせる少年の声に、目の隈美人は苦虫を噛んだ顔でうなずいた。

     

    「ああ、完全に迷子だよ。あのおバカ、わたしだってやれますとか言って、逃げていく敵を追っかけて行ったんだ。途中までは信号を追えていたし、通信もつながっていたんだが……道を誤ったんだな。すんごい滑落音が回線に入って、それっきりだ」

     

    『霧の状況はどうですか?』

     コリンの問いに応えたのは、Vectorである。

    「少し晴れてきたけど、見通せるほどじゃないわ――ちょっと難儀ね」

     彼女の言葉に、AA-12がうなずき、AK-47がため息をついた。

     

     “戦場での迷子(ロスト・イン・フィールド)”。

     グリフィンの戦術人形にとってもっとも危惧すべき事態だ。

     

     もともと〔鉄血〕の戦術人形は準軍事用途で作られている。民生用の人形を烙印システムで軍事転用させたグリフィンの戦術人形と比べて、単体での戦闘力は〔鉄血〕の方が上なのだ。

     それが数でも負けているグリフィン側がなんとか伍していられるのは、相手の戦術行動が比較的単純なのに対して、こちらは指揮官の指示にくわえて、人形達それぞれの特技を活かして戦っているからに他ならない。つまり、グリフィンの優位性は、機能するチームを組んでいればこそ発揮されるのだ。

     

     それだけに、迷子になったティスは危険だった。いったん戦場を離脱した〔鉄血〕がそのまま逃げ帰ってくれることはまずない。近辺に潜んで〔サーチ・アンド・デストロイ〕となり、未帰還覚悟のゲリラ戦モードに入った可能性もある。

     

     相手が一体なら、なんとかしのげるかもしれない。

     だが、二体以上なら完全にアウトだ。

     それに状況からみてティスの躯体や武装が無事な保証はない。

     

     とはいえ、この霧の中で探しに行くのも無謀すぎる。

    「――なあ、コリン。納得しがたいだろうが、ここはいったん……」

     

     AA-12はそう言いかけて、Vectorの妙な振る舞いに気づいた。

     霧の向こうをじいっと見つめながら、両手の指で四角い枠を作って動かしている。時折ぴたりと止めては「ここ」とつぶやき、また指の枠を移動させる。都合三つの「ここ」を口にしてから、彼女が通信回線でコリンに言った。

     

    「……解析はすんだわ。三か所の候補地点のどこかにいると思う」

     

    『確率は、どのくらいですか?』

    「五十六パーセント。分の悪い賭けじゃない」

     

     銀髪金瞳の乙女の言葉に、AA-12が目を丸くした。

    「おい、おいおいおい。迷子の居場所、分かるって言うのか?」

     

    「あの子の躯体が無事で、自力で避難場所を探せれば、って条件つきだけど」

     

    「じゃあ、皆で手分けして――」

    「分散して探すのはだめ。〔鉄血〕に遭遇したらどうするのよ」

    「なら、まとまって移動して――」

    「それもだめ。シールド持ちのあなたは、それだけ足が遅いもの」

     

    「じゃあ、どーすんだよ!?

     にべもないVectorの言葉にAA-12が思わず声を荒げたが――

     

     当の彼女は、雪の積もった木立のように静かな声で言った。

    「先行して捜索する。見つけたら信号弾を上げるから、それを目印に来て」

     

    「バッ……それじゃうろついてる〔鉄血〕まで来るじゃないか!」

    「焼夷手榴弾も残弾もいくらかあるわ。撃退とまでは無理でも、牽制して時間稼ぎはできる」

     淡々とした口調には、驕りも過信もない。

     ただ、あるがままの事実をごろりと転がしてみせたようだった。

     

     通信回線の向こうで、少年が静かに言った。

    『――おまかせできますか、Vectorさん』

     

    「イエス、コマンド」

     銀髪金瞳の乙女は答えるや否や、弓から放たれた矢の勢いで駆けだした。

     

     たちまち霧の向こうに消えた彼女に、AA-12はうなりながら髪をかきまわした。

    「うー、ああー、なんだってんだよ、こりゃあ」

     

    「えっと……あたし達、どうしよう?」

     AK-47が所在なさげな愛想笑いを浮かべて訊いてくる。

     

     問われた部隊長は髪をかきむしるのをやめると、シールドを地面に立てた。

     それを椅子代わりに腰かけて、小さめのお尻をすこんと下ろす。

     懐を探ってキャンディを取り出しながら、憮然とした声で言った。

     

    「わたし達がついていっても、たしかに足手まといだ。ここはひとつ飴でも舐めて、お留守番決めておくしかないな――どんなフレーバーがいい?」

    「飴かあ……ウォッカ味とか、ないの?」

    「――きみ、飴の定義って分かってないだろ」

     

     口をとがらせながらも、AA-12はラム味のキャンディを渡してやった。

     


     

     ティスは座り込んで膝を抱えながら、かすかに震えていた。

     

     元は防空壕らしい人工の洞窟に身を潜めている。

     滑落した際に多少打ったが躯体に損傷はない。

     銃もしっかり手元に携えている。

     

     問題は、弾だ。

     落っこちる際に、予備弾倉をごっそり落としてしまった。

     銃の弾倉に残弾がないわけでもない。

     だが、残り二発ぽっちを「火力」と呼べるかは怪しいところだ。

     

    「こんなはずじゃなかったんです……」

     ティスは、ひとりごちた。

     妬ましいというより、羨ましかったのだ。

     Vectorという戦術人形の振る舞いが。

     

     コリンと親しいからではない。

     就任式から見せた彼女のかっこよさに、惚れ込んでしまったのだ。

     

     大勢の前で啖呵を切ってみせ、その実、自分に酔いもせず、人付き合いは淡々と捌き、お子様指揮官の信任厚い彼女。その立ち居振る舞いがティスの目にはとてもクールに見えた。

     

     だが、彼女と同じ高みに行けないことも分かっていた。

     そもそも、くぐってきた鉄火場の数が違う。

     Vectorはエヴァン・ハワーズが健在な頃から、第一線の戦闘部隊にいた戦術人形。対して自分は後方支援で物資箱を上げ下げしている合間に、ちょっと見張りに立つ程度の経験しかない。それが人手不足だとかで、射撃の成績がよいからと要撃部隊に選抜された。

     

     最初は心が躍った。憧れの人と肩を並べて戦えるのだ。

     だが、実際に戦場に立つと、技量の差を思い知らされるばかりだった。

     

     どうしても、同じ高みにはいけない。

     ならば――自分の位置まで引きずりおろせばいい。

     

     そんなよこしまな動機で、少年指揮官の隠し撮りにはまっているAK-47を巻き込んで、彼女への弾劾めいた挙に出たのだ。あのお子様なら、ちょっと煽れば取り乱してVectorを遠ざけるかもしれない――そう思った。

     

     ところが、副官のスプリングフィールドがあれよあれよと隠し撮りのネットワークを暴きだして、ものの半日で不届き者を調べ上げた。全員営倉というわけにはさすがにいかなかったのだろう。事案に関わった人形達全員へのボイスメッセージによる注意と済まされたのだが――

     

    「ああ、思い出しただけでぞわっとする」

     ティスはつぶやいて、歯をかたかたと鳴らした。

     

     声はあくまでも柔らかく、言葉遣いはどこまでも丁寧。それでいて、選ぶ言葉のひとつひとつがずしりと重く響く。副官どのの声の向こうに、誰もがいやでも幻視せざるをえなかった――ずらりと並んだ銃口が:密集方陣よろしくこちらに狙いをつけ、「次同じようなことをやったらわかっていますよねえ?」と言わんばかりの圧を。

     

     そして、あの坊やだ。可愛らしい褐色黒髪の仔犬くん。詰め寄りに行った時はあれだけおたおたしていたのに、今日の様子ときたら、すっかり落ち着き払っていた。いつものようにVectorが独断専行してもまるで動じず、むしろ織り込み済みでさえ思える態度。声はあどけないながら、その芯には鋼の強靭さが確かに感じられ、落ち着き払った話しぶりは、揺るがない山を思わせる。

     

     そう――エヴァン・ハワーズという高峰と、まるでそっくりなシルエット。

     

     どこまでも裏目に出てしまい、挙句の果てに功を挙げようと焦ったばかりにこのありさまだ。自業自得のいい見本としてグリフィンの失敗ケーススタディに載ってもおかしくない。

     

     これから、どうなるんだろう――

     ティスが不安に瞳を揺らし、抱えた膝に顔をうずめた時。

     

     防空壕の外で、足音がした。

     ゆっくり近づいてくる音ではない。足音をできるだけ小さくしながらも、それでいて小走りに駆けてきて近づいてくる。どんどん近づいてくる何者かに、ティスは目を見張って銃を構えた。

     

     残弾は二発。敵ならその二発で仕留めなければいけない。だが、もし後続がいたら? 弾切れの銃で戦うことができようはずもなく、そうなればグリフィンの戦術人形など、人に模した喋るマネキンと変わらない。

     

     足音が、止まった。

     防空壕の入り口のすぐ外に潜んでいるようだった。

     

     ティスはぺたんとお尻を床につけると、脚を前に投げ出した。下半身でしっかりとベースを作り、起こした上半身で銃を構える――座射の体勢だ。敵が突っ込んでくるようなら即座に制御コアを撃ち抜くつもりだった。

     

     だが――ほどなく、入り口に見えたのは、戦術人形の手だった。

     白くしなやかな右手。それがひとさし指と小指を立てて、残りの指はまるめている。何のハンドサインかと思っていたら、手を揺らしながら棒読みな声が聞こえてきた――いわく、「にゃんにゃんにゃん。にゃんにゃん?」と。

     

     聞き覚えがある、声と口調。ティスは一気に脱力して、銃を下ろした。

    「……ここです、Vectorさん――わたしです。ティスです」

     


     

     応答を聞いて、銀髪金瞳の乙女がひょいと顔をのぞかせた。

     探し人であることを確認すると、彼女はゆっくり近寄りながら言った。

     

    「二か所めでよかった。全部さがしても、見つからない可能性があったから」

     そう話す彼女の靴は、泥はねでごっそり汚れていた。

     おそらく自分を探すために駆けまわってきたに違いない。

     

     それを確認して、ティスはしゅんとうなだれて言った。

    「ごめんなさい……ご迷惑を――」

     

    「謝るなら基地に無事帰れてから――状況を知らせて」

     問われて、ティスは話した。

     多分走るぐらいならできること、戦闘力はどん底に近いこと。

     それを聞いてVectorがふうと息をついた。

     

    「やっぱり信号弾で皆を呼ぶしかないわね」

     彼女が短機関銃の弾倉を抜いて、信号用の弾を差し込む。

     

     その光景を見ながら、ティスは訊ねた。

    「あの……でも、どうしてここだとわかったんですか?」

     

    「ああ、それ? 別になんでもないわよ」

     答えてみせたVectorの声は、こともなげな口調だった。

    「28戦区の地形データは全部メモリに入っているの。そこから予測演算して、あなたが滑落した後、無事なら逃げ込みそうな場所を割り出しただけ」

     

     あまりにもするりと話したため、一瞬ティスは「へえ」と声をあげたが、

    「いや、あの……待ってください。それ、かなりおかしくないですか?」

     

     Vectorが意味するところを理解して、ティスは目を白黒させた。

     

    「28戦区すべての地形データ、それも予測演算できる精度のものって、相当メモリを圧迫すると思うんですけれど!? それに別にエリート人形じゃないのに、そんな演算どうやって思考回路を――あ、あわわ、もしかして更にメモリを使って……」

     

    「……そうよ。わたしのメモリの八割は戦術関連で占有されているの」

     あっさりとVectorは認めた。

     

    「必要な戦術データで五割、もう三割が演算用に確保しているスペース」

    「あの、それじゃあ普段の生活は二割のメモリでやりくりしているんですか!?

     

    「そうよ。それ以外の何かに聞こえたかしら」

    「だって! そんなの無理じゃないですか!」

    「デフラグ時にメモリ圧縮すれば、そんなに無理でもないわよ」

    「そんなの……嬉しかったとか、悲しかったとか、そういう――」

     

     自分で言いながら、ティスははたと気づいた。

     いや、それすらも彼女の“人生”から削ぎ落としているとしたら?

     残すべき一日分の記憶を、単なる日記のようなテキストデータにしたら?

     

     ティスはあらためて――救出にやってきた銀髪金瞳の乙女を見た。

     超然として、不愛想で、クールな振る舞い――それらが、単なるパーソナリティの枠だけで決まってなく、日々のメモリからメンタルモデルを豊かにする方へ使っていないだけだとしたら。

     

     憧れの存在は、とんだ修羅ではないか。

     

    「そんなの……そんなメモリの使い方、ちゃんと人生送っていると言えるんですか」

     震える声で訊ねたティスに、やはりVectorはそっけなく答えた。

     

    「“人生”なんて曖昧なもので、自分を煩わせたくないの――所詮、道具でしかないあたしに、そんな足取りみたいなレコードは不要だもの」

     

     Vectorが空に向けて信号弾を打ち上げた。

     霧を割いて青い光が天に昇っていく。

     

     だが、その光景をティスは見ていない。彼女は、防空壕の隅で身をちぢこまらせていた。助けにきたはずの乙女が、どうしようもなく恐ろしく、そして哀しい怪物に見えたのだ。

     

     ややあって、外を窺っていたVectorが、眉をひそめて鼻を鳴らした。

    「近くに潜んでいたのかしら――お客が先に来たみたい」

     

     彼女が短機関銃の弾倉をチェックすると、セーフティを解除した。

     足元に予備弾倉と焼夷手榴弾を並べる――迎撃の構えなのは明らかだ。

     

    「時間を稼ぐけど、いよいよとなったら食い止めきれないかもしれない――合図したら走れる準備はしておいて。わかった?」

     

     防空壕の暗がりの中で爛々と光る金の瞳にそう言われ、ティスはうなずいた。

     うなずく以外の満足な返事ができないほど、いまは彼女が怖かった。

     


     

     牽制のつもりで軽く撃つと、たちまち防空壕の扉を数倍の銃弾が叩いた。

     

     一発ほど入り口から飛び込んだらしい。

     コンクリートの床や壁を跳ねて飛び回る音がした。

     

    「――きゃあっ!」

     

     悲鳴が聞こえたことに、Vectorは眉をひそめた。

     念のために訊ねたが、いざという時にティスは動けないかもしれない。

     

     ならば、AA-12達がかけつけるまで持ちこたえるしかない。

     あのシールド持ちなら、ティス一人抱えてながら撤退は可能だ。

     

     その時に自分が機能停止になっていても、別段、気にはしない。

     元より、メモリのあり方や鮮度にどうこうこだわっていないのだから。

     

     鋼の色を視界に捉えるや、数発ずつの連射で機先を制する。

     元より十分な弾があるわけではないし、焼夷手榴弾は切り札だ。

     ぎりぎりまでお遊びのような撃ち合いを続けるまで――

     

     

     そう思いつつ、Vectorの認識領域の一部は内面に向けられていた。

     

     自分の人生のメモリ。日々の記憶。

     Vectorにとって、それはノートパッドに書いた箇条書きでしかない。

     昨日こんなことがあった。一昨日はこんなこと。その前は――

     そんなメモ書きの束が、自分の人生のメモリだ。

     

     別段、悲しいと思ったことはない。道具には不要なものだから。

     感情の記憶が伴っていないから、人づきあいは不得手だった。けれども、別に皆と仲良くしたいとも思わない。自分に合わせてくれる者を友人にすればいい。

     

     戦術人形としての自分は、銃を運んで引き金を引くツールでしかない。

     


     

     ――敵からの銃弾の密度が濃くなってきた。

     

     こちらの戦力を把握して、一気に押し切る気だろう。

     やつら、〔鉄血〕の常套手段だ。

     物量で押してきて、こちらの対応能力を飽和させる。

     

     ならば、状況を変えるしかない。

     Vectorは空になった弾倉を捨て、予備を装填すると、焼夷手榴弾を手にした。

     

    「ティス! 走って脱出の準備! 急いで!」

     叱咤すると、しょげていた乙女は雷に打たれたように立ち上がった。

     恐る恐るVectorのそばまで来るが、なぜかこちらを見ようとしない。

     だが応戦中の戦乙女は、別段気に留めなかった。

      

    「あたしが飛びだして隙を作る。合図したらここを出て、四時半の方角、ひたすら走りなさい。上手くすれば駆けつけてくる最中のAA-12達と合流できる」

     

    「あの……あの……あなたは、どうするの?」

     震える声で問われた言葉に、銀髪金瞳の乙女は当たり前のように言った。

    「躯体の機能停止信号が来たら、捨て置いて構わないわ」

     

     そう答えると、こくりとうなずき――

     敵の射撃の隙を衝いて、Vectorは猛然と飛び出した。

     

     虚を衝かれた敵の銃弾が地面を空しく抉る。

     

     その機に乗じて焼夷手榴弾を投げ込む。

     炎が赤い光となって広がり、その中で人型の影がうごめくのが見えた。

     

     視覚センサでちらと戦果を確認すると、残る敵に向けて短機関銃を連射する。

     

     同時に鋭く叫ぶ――「走って! 振り返らずに前だけ見て走って!」

     背後でティスが駆けていく足音が聞こえた。

     

     その事実に、Vectorは微笑すら浮かべない。

     認識領域はすべて目の前の戦闘に傾ける。

     自分が粘るほど、逃げていったあの子が助かる確率が助かる。

     

     その結果、自分自身が“死”を迎えても一向にかまわない。

     

     元より自分の人生のメモリは、メモ帳の束なのだ。

     バックアップから復帰しても、これ以上劣化しようがない。

     


     

     そう思って自身のメモリを軽く検索して――

     

     Vectorは、あることに気づいた。

     

     いつからか、毎日のようにコリンに関する記述があるのだ。

     

     コリンを、からかってみた。

     コリンを、いじってみた。

     コリンを、茶化してみた。

     

     毎朝、昨日のことをチェックするたびに、不思議に思う記録。

     

     なぜそんなことをしたのか、やってみてどう感じたのか。

     まるで思い出せないから、明けた次の日も同じようにいじってみる。

     

     仔犬みたいな少年の反応を見るたびに、ああこうだったと思い――

     そして次の日には、やはり綺麗さっぱりメモリが整理されている。

     

     ただ、すっかり習い性のようになってしまっていた。

     

     だとしたら――この数日前の、これは何だろうか。

     

     コリンを、泣かせてしまった。

     

     そんなひどいことをしたのだろうか。

     泣いたコリンに自分はどうしてあげたのか。

     自分は――本当に何も感じなかったのか。

     

     残すような価値はないと判断した想いだったのか。

     それとも、実際はもしかして……

     

     その時、乙女は――

     足元がすっぽりと抜けて、落下するかのような感覚に襲われた。

     

     暗く、深く、そこが知れない地の闇へと。

     


     

     ほんのわずかな油断。ほんのわずかな隙。

     

     本来、戦闘に振り向ける認識領域が、一瞬メモリ検索に食われてしまった。

     だが、反応の遅れは致命的なダメージとなってVectorを襲った。

     

     短機関銃を持った右腕と、左脚に命中弾。

     激烈に襲ってきた痛覚は遮断できても、物理的な破損は回避できない。

     

     右腕が砕けて、内部のワイヤーでかろうじて繋がるのみ。

     左脚は脛を砕き、たちまち体勢が崩れる。

     

     我に返った戦乙女は左手を伸ばして離した短機関銃を掴んだ。

     同時に、身体をひねって地面を転がり、左膝をつく形で身構えた。

     

     短機関銃の引き金を引く――だが、カチカチと空しい音が鳴るのみ。

     弾切れだった。三十発の弾倉でも使えばあっという間に底を尽く。

      

     鋼の光沢がゆっくりと姿を現す。

     両手で構えたアサルトライフル――〔鉄血〕のヴェスピド型だ。

     

     彼女達には何の感情も恨みもないのだろうが、しかし。

     目の前の〔鉄血〕は確実にVectorを仕留めようと近づいてきた。

     

     あるいは、ひたいに銃口を当てるぐらいなら、つけこむ隙はあった。

     だが、目の前の敵は必中距離まで近づくと、銃を構えた。

     

     ここまでか――

     戦乙女は唇を固く結んだ。

     

     恐れも怯みもない。ただ、メモ帳に「戦闘で死んだ」と記されるのみ。

     

     だけど――そう、彼女は、だけど、と考えていた。

     やはり、その下にはまた「コリンを、泣かせた」と残るのだろうか。

     

     なぜかは分からない。どんな思いが下敷きにあるかはわからない。

     ただ、あの少年が泣きじゃくる顔は、できれば見たくない。 

     いまの自分には、死の運命から逃れることはできないが――

     だが、あきらめるには、まだ惜しい気がした。

     

     ひそかに右脚の躯体に動力をを集中させる。

     避けられても一発だけ。続く一発で殺される。

     

     だが、それでも。

     

     そう思い、金色の瞳で敵をにらみ返した、その刹那。

     

     


     

     ――遠く、長く、銃声が鳴った。

     

     飛来した銃弾が、あやまたずに目の前の〔鉄血〕の頭部を貫く。

     鋼の躯体が骸と化して崩れ落ちた。

     

     間違いなく狙撃だ――しかし、誰が?

     

     センサの感度を上げてスナイパーの位置を特定しようと思った矢先。

     

    「おーい、大丈夫かあ!」

     重々しい足音と共に、AA-12の声が聞こえた。

     振り向くと、仲間達が駆けてくるのが見える。

     

     それを認識したVectorは、ほうっと安堵の息をつくと――

     バランスを崩して、地面にどうと倒れたのだった。

     


     

    「Vectorさん、大丈夫ですか! Vectorさあん!」

     基地に帰投した一行を出迎えたコリンは、はたして泣き出していた。

     

    「コリン、大丈夫ですから。人形は修理して、手足を交換できますから」

     傍らのスプリングフィールドがなだめても、少年は泣き止まなかった。

     

    「だって! こんなにボロボロになって! きっとすごく痛いですよ!」

     

    「……別に痛くないわよ。痛覚遮断しているんだから感じることはないし」

    「それって、痛いのを我慢してるんじゃないですかあ!」

     Vectorの言葉に、少年は目から大粒の涙をぽろぽろとこぼすと、自走担架に乗せられた彼女のおなかにすがりつき、おいおいと泣いて止まらなかった。

     

     さすがにくすぐったいなと思いつつ、Vectorは内心でため息をついた。

     これでは結局、記憶のメモ帳に「コリンを、泣かせた」と書かねばならない。

     

     たぶん、このこそばゆさと、かすかな気恥ずかしさは、デフラグの際に自分は削ぎ落してしまうのだろう。ならば、それが感じられるいま、彼に対して気遣ってやらねばならない。

     

     左手を伸ばして、自分のおなかの上で泣きじゃくる彼の頭をそっと撫でる。

     できるだけ、優しい声で。できるだけ、はっきりした口調で。

     自身に言い聞かせつつ、乙女は少年に言葉をかけた。

     

    「心配しないで。あなたもわたしもベストを尽くした。結果、怪我はしても、チーム全員で命を拾って帰ってこれた。それは指揮官としては最良の結果なんだから……わんわん泣かずに、誇りに思ってねぎらってちょうだい。それがあなたの責務よ」

     

     コリンが頭を上げる。オニキスの目を一杯に見開いて、乙女を見つめる。

     

    「……がんばったね――Vectorさん……それに、みんな……」

     

     少年の言葉に、要撃部隊のメンバーが一様に安堵の笑みをこぼした。

     

     ああ、ひさしぶりな感覚だ――乙女はそう思った。

     エヴァン・ハワーズが健在だった頃、よく感じた空気だ。

     お互いの無事を喜び、帰還できたことを感謝しあう。

     そして、記憶のメモ帳には決まってこう書くのだ。

     

     今日は生き残れた、誰も死ななかった――と。

     

    「あら、Vectorさん、あなた……」

     スプリングフィールドがまじまじと見つめながら、言った。

     

    「いま、一瞬ですけど、笑っていませんでした?」

     

     その言葉に少年と部隊のメンバーが興味津々の顔になる。

     

    「おっ、なんだ。君、笑えたんだ。てっきりそういう機能がないのかと」

    「へえ……もう一回笑ってくれよ、あたしも見たいな」

    「わ、わたしは……見たいような見たくないような」

     

     だがなにより、エキサイトしているのはコリンである。さっきまでの泣きべそはどこへ行ったのか、すっかり明るい表情になって、その上元気よくぴょんぴょん跳ねながらねだってくる。

     

    「ぼくも! ぼくも見たいです! お姉さん、笑うときっと素敵だもの!」

     

     屈託のない笑みで、そのくせ言葉は一人前に女たらしのそれを聞いて――

     Vectorは憮然とした表情で、言った。

     

    「笑わないし、笑ったこともないわよ――ほら、早くメンテナンスルームへ運んでちょうだい。片腕片脚がこんなのだと落ち着かないのよ」

     

     自走担架が、動き出す。運ばれていく中、彼女の耳には聞こえていた。

     皆が一斉に「えーっ」と不満げな声をあげているのを。

     

    「……わたしの表情はエンタメじゃないのよ」

     

     乙女は、そうぼやかずにはいられなかった。

     


     

     あたしの修理は、その日の夜遅くまでかかった。

     

     手と脚だから、すぐに交換で済むかと思ったのだが、そういう修理用のパーツさえ割とあやしい状況らしい。これは、おちおち怪我もしていられないかもしれない。それを思うと、つくづくこんなところを任されたコリンが気の毒に思えた。

     

     ログを見ると、修理状況をちょくちょく見に来てくれていたらしい。

     お礼を伝えようとして――しかし、宿舎の時計を見て思いとどまる。

     もう日付をまたいでいる。子供はとっくに寝ている時間だ。

     

     明日、声をかければいいか。そう思って、だけど、と思い出す。

     

     デフラグを経れば、あたしの記憶はメモ帳になってしまう。

     泣いてまで心配してくれた彼に感謝を伝えるなら、その前がいいだろう。

     

     端末をぽちぽちいじり、メッセージを送る。

     言葉を飾るのは好きじゃない。だから、ごくごく短い言葉だ。

     

    「心配かけたね、ごめん。無事に帰してくれて、ありがとう」

     

     送信ボタンを押すと、あたしはベッドに横たわった。

     

     腕と脚は、継ぎ目が数日はめだつだろう。

     表皮の疑似生体がなじむまでは、彼に見えないように気を使うべきかもしれない。

     

     そう考えて、思わずため息が出る――なんとも胡乱な気遣いだ。

     

     まあ、検討するかはデフラグ次第。

     重要だと思ったら、記憶のメモ帳に残るだろう。

     

     そう考えて、目を閉じる。

     

     思考パルスのフェーズが切り替わり、あたしは“眠り”に落ちた。

     


     

     その夜は、奇妙な夢を見た。

     

     手にメモ帳を持ったあたしが、美術館を巡るようにその日の出来事を振り返っていた。残すべき、と思ったものはメモ帳に書き記し、要らないと思ったものはそのままにしておく。いずれにせよ、あたしが立ち去ったそばから、出来事の絵は消え失せていった。

     

     ただ、ひとつ。最後に足を止めた絵以外は。

     

     

    「がんばったね――Vectorさん」 

     あどけない顔の少年が、すがりながら声をかけてくる。

     泣きながらも、精いっぱいの感謝を示す表情で、優しく語りかけてくる。

     

     

     ……どうしようか、とあたしは迷った。

     

     このまま、立ち去る気はなかった。

     だが、メモ帳に書き記すのも、なぜかはばかられた。

     

     しばらく考えた後――あたしは、その絵を“はがした”。

     

     そのまま、脇に抱え込んで、一緒に歩きだす。

     どこか、しまっておける良い場所があっただろうかと思いつつ。

     

     その時――あたしの口元は、確かにほころんでいた。

     ひょっとすると、笑っていたのかもしれない。

     

     

     なぜなのかは、皆目わからなかったのだけれど。

     


     

     十四時間前、某所。

     

    「まあ、元気のいい戦い方をするのね――わたしの好みじゃないけれど」

     

    「そうね、あの狙撃についてはデータを取ってあるから、何かの時のネタに使えるかもしれないわ……ふふ、見えない貸し、ひとつよね」

     

    「それにしても――あの子があそこまで懸命になるコリン・ハワーズって、そんなにいいオトコなのかしら。いえ、まだオトコノコのはず、よね」

     

    「そうね……熟す前の果実は、それはそれで瑞々しそうだわ」

     

    「ふふふっ、待っていなさい。コリン坊や。お姉さんが、イロイロとおしえてあげますからね。あんなことや、こんなことまで――ふふっ、うふふふふ……」

     

     

     

    〔Ep.3 「クールフェイスは笑わない」End〕

     

    〔――Next Ep. ピーチジュースがやってきた!」〕

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