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2020.07.13 Monday

Ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.1 -中編-

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS

    「コーヒーが苦いのはイヤだから part.1」の中編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

     

     

    巡回報告から“外”の住人に興味を持つコリン。

    “旗の野営地”でスプリングフィールドの口から明らかにされる、伯父エヴァンの足跡。

    乙女と少年の交流は和やかに深まっていくように思われたが……!?

     

     

    (本編は折り返し〜)


     

    「コリンが“外のコミュニティ”の見学、ですか」

     部屋を訪れたAA-12の申し出に、スプリングフィールドは目を丸くした。

     

    「見学というよりも、視察が正しいんだろうけどな」

     AA-12は口内の飴をごろごろ転がしながら言った。

    「どうにもわたし達が引率して、社会科見学という感じになるよな」

     

    「そうですか……コリンは、そんなに熱心にこの件を?」

    「んあ、エヴァン指揮官が結構力を入れていたと教えたら、急に眼の光が変わってさ――君も知ってるでしょ。黒い瞳に一等星が輝く感じ。もう完全に興味と好奇心がフルに入ったアレ」

     

     そう言って、AA-12はふうと息をついた。

    「似てるよなあ――そういうところ、エヴァン・ハワーズにそっくりだ」

    「そう、ですね……本当に、そうだわ」

     

    「とりあえず候補地は基地から西南西の“旗の野営地(フラクラゲリア)”。あそこなら、まあ環境も悪くないし、住民の友好度も悪くないし……なんだか“悪くない”で決めちゃってるけど、なにせ外はその後は“悪い”がどんどんレベルアップしていく感じだからな。仕方ないという気がするんだが」

     

    「いえ――ひとつ大事なことを忘れていますよ」

     スプリングフィールドはAA-12をじっと見つめた。

     鶯色の瞳が、いつになく強い光を帯びたかのようだった。

     

    「“旗の野営地”は、エヴァンが初めて足を踏み入れて、関与を始めたコミュニティです。その意味では、あの人の足跡や息遣いがいまでも残っているでしょう」

     

    「……なるほど、“始まりの地(Where it all started)”ってわけだ」

     

     AA-12はうなずいてから、ふと眉をひそめた。

    「そういえば、コリンの見学自体には反対しないんだな。スプリングフィールドのことだから、てっきり猛反対するんじゃないかと思ってたぞ」

     

     言われてから、鶯色の瞳の乙女は「あぁ」と声をあげ、次いで苦笑いしてみせた。

    「わたしはそこまで過保護じゃありません……危険地帯なら反対はしますけど、場所的に問題は少ないでしょうし、なによりコリンが、あの人の残したものに触れたいのなら、その機会は積極的に与えるべきだと思っていますから」

     

     そこまで言って、乙女はぴくっと眉をつり上げた。

    「でも、あの子を連れていく名目が要りますね。グリフィンの制服は目立ちますし、普通の恰好は別の意味で注意を引きますし……避難民の恰好とかそういう」

     

    「ああ、それなら良いアイデアがあるんだ。ちょっと見てくれないか」

     AA-12はそう言うと、扉に向かって「おぉい」と声をかけた。

     

     指揮官室のスライド式のドアが静かに開くと、そこに姿を現したのは、黒髪の美女――DSR-50と、それに並んで立っているVector。そして、小さな人影が二人に隠れるように、潜んでいる。

     

     前科ありの黒髪美女を認めて、副官乙女がじとりとした眼差しになった。

    「……また何か悪だくみとかしていないでしょうね、あなた」

     

    「ひどいわあ、今回はちゃんとお目付け役二人付きなのに」

     DSR-50の言葉に、Vectorが神妙な顔でうなずいてみせる。

     

    「確かよ。カモフラージュの最中には、わたしとAA-12も一緒だったし。彼も最終的には同意したし、いかがわしいことは一切ないわ」

    「……その割には、当のコリンが隠れて出てこないんですけれど?」

     

     スプリングフィールドがわずかに眉をひそめると、Vectorが背中に隠れているらしい少年になにやら話しかけた。ささやき声だが、短い押し問答の末――

     

     恥ずかしそうに出てきたのは、なんとも愛らしい“戦術人形(オンナノコ)”だった。

     

     なめらかな褐色の肌、それに映える銀の髪や眉。衣装は上半身をぴっちり覆うタイプのスーツだったが、胸の辺りは慎ましやかなふくらみがあった。下はミニスカートだが、その下にはタイツをはいていて細い脚をきちんと覆っている。色合いは全体的にパステルカラーのピンクを基調にまとめられており、ちょんとのったベレー帽には愛らしい仔犬のピンバッジが付いている。目元は透明なゴーグルをかけているが、そこから見える瞳の色は淡い緑。そして、胸のホルスターには小ぶりな拳銃が申し訳程度に収まっている。 腕章にはグリフィンのエンブレム。

     

     どこからどうみても、戦術人形(T-Doll)

     やや外見が幼すぎるようにも見えたが、見ないこともない外見である。

     

    「ふふっ、名付けて“Colin Mk.10”ちゃんよ」

    「ふええ……」

     

     DSR-50の紹介に、戦術人形が情けない声をあげる。綺麗なソプラノの声は変えようがなかったのだろう――聞き覚えがありすぎる“彼”の声に、スプリングフィールドは目を丸くした。

     

    「……コリンなんですか!?

     

    「すごいよなー。どこからどう見てもグリフィンの戦術人形。まあ、多少ぎこちなかったりするかもだけど、そこは誰かついておいて『新入りの実地訓練だ』とか言えば済むし。グリフィンの戦術人形なら、言葉で冷やかすやつはいても、実際にちょっかいを出すヤツはそうそういない――うん、似合ってるぞ」

     

     AA-12が声をかけると、Colin Mk.10、もといコリンは右手で胸元を隠し、左手でスカートをひっぱりながら、頬を染めて嘆いた。

    「似合ってる、ってうれしくないです! まるきり女の子じゃないですか!」

     

    「あらあ、これでもイロイロ配慮して露出はおさえたのよ?」

    「な……最初はどんな格好させるつもりだったんですかっ」

     

     わめくコリンの肩にVectorがぽんと手を置き、もう片方の手で頭を撫でる。

    「だいじょうぶよ、しっくりしすぎて怖いぐらいだから。あとはもう少し堂々としていればいいかしらね――どう、スプリングフィールド? これならわたし達と同行しても、怪しまれないと思うけど」

     

     Vectorの言葉に、副官乙女の鶯色の瞳がじっと“少女”を見つめる。

     

     頭の先からつま先まで、スキャンするかのような鋭い眼差しで撫でた後、

    「……そうね。あとは写真を撮って認識票を作っておけば、完璧です」

     スプリングフィールドが品質検査の合格を告げた。

     

     乙女たちは揃って満足げにうなずき、“男の娘”はがくりと肩を落とした。

     

    「これなら偽装としては申し分ないでしょう――ただし、わたしも同行します。コリンに何かあったら大変ですから」

     

    「それはいいけど。でも、指揮官と副官が同時に基地に不在って、マズくない?」

     Vectorが指摘してみせると、スプリングフィールドは不敵に笑んだ。

     

    「お隣のL211に連絡しておきます。ローズ指揮官ならこういう状況も想定しているでしょうし、そのためにこっそり自分の部隊をうちの戦区に潜ませていますから」

     

    「……ときどき、副官殿って遠慮ないことあるよな」

     AA-12が洩らすようにつぶやくと、スプリングフィールドはぽんと手をたたいた。

     

    「お出かけは明日にしましょう。『日が照っている間に干し草は作れ』と言いますもの。だから、コリン――いえ、Colin Mk.10は特訓です」

     

    「と、とっくん?」

     なめらかなソプラノの声が、戸惑い気味に訊ねる。

     スプリングフィールドは満面の笑みで答えた。

     

    「女の子らしい歩き方や笑い方ですよ」

    「ええええ」

    「だいじょうぶ、あなたの憶えは速いから、すぐに馴染みます」

     

     スプリングフィールドは朗らかに言ってみせた。

     その明るい笑みに、VectorもAA-12もやれやれと肩をすくめたのだが――

     

     DSR-50だけは何か言いたげに目を細め、彼女の顔を見つめていた。

     


     

     第三次大戦後の世界で、青空が拝める場所はそうそうない。

     

     だから、薄く青をにじませた白い靄が空を覆うのは、まずまずの好天だった。

     

     風を切って走るバギーが丘を越えると、まず目に映ったのは無数の旗だ。

     少年の想像よりもずっと大きな集落。その中心に鋼鉄の柱が立っている。

     柱に結わえられたロープに、色とりどりの旗が付けられていた。

     

     赤、青、白、黄、緑。様々な色と意匠が風をはらんで翻っている。

     

    「ふわあ……」

     華やかで、しかしどこか厳かな景色に、“少女”が思わず声をあげる。

     

     その反応に、車両を運転するAA-12がにかっと歯を見せて笑った。

    「な? “旗の野営地”って、名前の通りだろ」

     

    「はい! でもこんなに大きいとは思ってなか――」

     声を弾ませた応じた“少女”の横顔を、遠慮なくカメラの撮影音が撫でる。

     コリンがむっとして振り向くと、Vectorが携帯端末を向けていた。

     

    「……あ、いいのよ。そのままはしゃいでいて。絵になるから」

    「何を撮ってるんですかっ、何で撮っているんですかっ」

    「……なんとなく?」

    「その疑問形なんですかーっ」

     

     じゃれあいにも似た二人のやりとりに、運転席のAA-12が声をかける。

    「わわ、あんまり暴れんな。割と人いっぱいなんだからな!」

     

     その言葉にコリンが口をとがらせて頬をふくらませる。

     その姿を見つめながら、荷台に乗る羽目になったDSR-50がうっとりとつぶやいた。

     

    「はぁン……コリンちゃん、服が馴染むとひときわ輝くわね。そっち方面を磨くと、きっと可憐な華が咲き誇るわ。ねえ、あなたもそうは思わなくて?」

     

     話を振られた隣の乙女――スプリングフィールドは胡乱な目をした。

    「あくまで偽装として似合うというだけです。コリンは本来いたってノーマルな男の子なんですから。これがきっかけで変な方向に目覚めたら親御さんに申し訳が……」

     

    「……あら、子供の可能性を伸ばしてあげるのが親の務めでしょう?」

    「わたしはあの子のお世話役ですが、親ではありません。そこまで責任は――」

     

     鶯色の眼を伏せて言いかけた彼女の言葉を、黒髪の乙女が引き取ってささやいた。

     

    「――責任はとれない? だから、あの子との“誓約”には踏み切れない?」

    「あなた……何が言いたいんですか? いえ、誰の味方なんですか」

     顔を寄せて小声で問い詰める副官に、黒髪の乙女はひそかに嗤った。

     

    「それはもちろんコリン指揮官の部下ですもの。決まっているでしょ」

    「はぐらかさないでください。もしかして、一族の誰かと……」

     

    「……ねえ、スプリングフィールド。いえ、“メラニー”」

     DSR-50が表情を改めた。

     どこか物憂げな顔立ちながら、黒真珠の瞳に真剣な光が宿る。

     

    「ドロテーア・レオンチェフとして忠告してあげる。いい加減、あなたが鍵だと認めなさい。あの少年も、他の誰かも、それをつかむ手に過ぎない。そして誰の手に握られるのか、それを鍵自身が決められるのはめったにない幸運なのよ」

     

     そこまで言うと、DSR-50は顔を離して姿勢をくつろがせた。 

    「ここって色々な意味で“始まりの地”なんでしょ? あの子自身に訊ねてみるにも、自分の中のわだかまりに答えを出すのも、良い場所じゃない」

     

     黒髪の乙女の言葉に、栗色の髪の乙女は何も言い返せず――

     ただ、きゅっと自分の唇を噛みしめた。

     


     

    「では、あなた達二人は、ここの見回りをお願いします。いつも通りの感じで、住民の方に声をかけてください。物資を頼まれたら、とりあえずのお土産を渡して、それ以上は聞き留めておいて、後日すぐに持ってくる、と」

     

    「了解……ってさあ、その感じじゃ単なる見学でもないな」

    「巡回偵察がメイン? 敵性でもいるの?」

     

    「……はっきりしたことは言えないけど、警戒してください。お願いします」

     

    「なんだか歯切れが悪いぞ。皆でコリンに付いたほうがよくないか」

    「めずらしくわがままよね。あなたにしては」

     

    「思い出の場所だから……二人で回りたいんですよ」

     

    「ふーん、わかった。まあ深くは詮索しないさ」

    「何かあればレッドアラート。すぐ駆けつける」

    「……ところで、あの前科一犯の姿が見えないんだが」

     

    「車を降りて荷物をどうこうしているうちにどこか行ったみたいですね」

     

    「位置ならシグナル発信してる……先に集落に入ってるわ」

    「だあぁ、風紀とか規律とかないのかよ、あいつ」

    「そういうのに縁があったら、もうちょっと慎ましやかにしてると思う」

     

    「こほん……とにかく、コリンの安全最優先です。わかりましたか?」

     

    「オーケーだ、副官殿」

    「イエス、マム」

     

    「……打ち合わせ、終わったんですか?」

    「ええ、待たせてすみません。じゃあ行きましょうか、コリン」

    「はいっ、スプリングフィールドさん!」

     


     

     集落の中は雑多としていたが、不思議な活気があった。

     

     街並み――と呼べるかどうかは微妙だが、間に合わせの建物が軒を連ね、その間を縫うように空いた通路は、ここではたしかにストリ―トに違いない。人々は汚れ、少しくたびれていたが、それでも打ちひしがれている様子はなく、むしろコリンには目を輝かせて立ち働いているように見えた。

     

     ところどころで妙なにおいがするのは、街育ちの彼には少し堪えたが――

     それを押しのけてなお、興味と好奇心が上回って耳目の主導権を離さない。

     

    「なんというか、もうちょっと、その……」

    「さびれた感じで、みんな暗そうな顔をしていると思いました?」

     

     ふとつぶやいた言葉に、スプリングフィールドから図星を突かれてコリンは赤面した。黙りこくって顔をうつむける彼に、乙女は栗色の髪をかきあげながら言った。

     

    「でもね……どこもこんな感じのところではないんですよ。むしろ、あなたが想像しているようなところの方が多いです。大戦後の各国は汚染されていない地域に人を集めて、そこを守るのが精いっぱい。居住区の外までは目は行き届きませんから」

     

    「それをどうにかしたのが、エヴァン伯父さん?」

    「ええ。ここからも集落のシンボルの旗が見えますね――なにか気が付きません?」

     

     促されてコリンは顔をあげた。風にはためく色とりどりの旗の意匠。

     そこに描かれているのは――大砲に留まった大鷲。交差させた長銃。ナイフを掴んでいるこぶし。並び立つ騎馬。散りばめられた星。短いが力強い文字の羅列。

     

    「あまり詳しくないんですけど……軍隊の部隊章じゃないんですか、これ」

    「その通りです。ここはね、コリン。第三次世界大戦と新政府成立のゴタゴタの時に、全滅扱いにされた兵隊たちが、それでも生き延びようと集まってきたのが発祥なんです」

     

    「えっ、だって――国家は勇敢な兵士を見捨てない、ってブロードキャストで」

     

    「表向きは。でも実際には新政府に恭順の意を示した部隊や、まだ使えると思った部隊しかすくい取っていません。戦後それほど余裕があるわけではなかったですから……国土にも被害が及ぶ状況で、住民を守るために部隊ごと離脱していった兵士達。あるいは、戦闘のさなかにやむなく汚染されてしまった兵士――そんな彼らを、新政府は敢えて無視するか、反乱分子として扱ったんです」

     

     乙女の言葉は、淡々としていた。

    「でも、当の本人たちは生きていましたし、生き続けたいと思いますよね。なんとか残った物資の集積所や、エネルギ―施設に集まって、生きる――というよりも、死ぬのを遅らせようとする。そんな状況を、きっとエヴァンは見るに見かねたんだと思います」

     

     スプリングフィールドがそっと身をかがめる。

     隣に並んで歩くコリンに、顔どうしを近づけながら彼女は訊ねた。

     

    「エヴァンが軍隊を辞めた本当の理由、聞いたことはありますか?」

     

     コリンは乙女の顔を見た。

     鶯色の瞳はいつも通り柔和だが、どこか揺れているように感じられる。

     思わずどきまぎしそうになるのをこらえて、少年は自分の記憶を探った。

     

    「ええと、友達をいっぱい亡くした、とは言ってましたけど――」

     そこまで言ってコリンは、はたと目を丸くした。

    「――あれ? 戦死されたわけじゃなかった、ってことですか?」

     

    「本当にあなたは察しが早いですね……」

     スプリングフィールドはそう言うと、かがめた半身を起こした。顔はどこか遠くを見つめながらも、その手はコリンの肩に軽く添えられている。

     

    「亡くした、ではなく、失くした、ですね。応援にかけつけて救った部隊。ともに戦線で戦った部隊。戦いの合間に食事を共にして苦楽を分かち合った兵士達。そんな戦友達の少なくない数が“ないもの扱い”されていくのを、エヴァンは目の当たりにしたそうです。兵士達だけじゃなく、その彼らが守ったはずの国民さえも切り捨てる――それが我慢できなかった、とエヴァンは生前に話していました」

     

     乙女の発する言葉は、肩に触れた手を伝ってコリンの身体に沁み込んでいくかのようだった。見たわけではないが、少年の心にはある情景が自然と浮かんだ。

     

     行軍していく兵士達の列。そこから櫛の歯が抜けるようにボロボロと落伍していく者たち。まるで待ってくれと言わんばかりに手を伸ばして遠ざかる行軍の列を見つめる彼ら。それを何度も何度も振り返り――ある一人の士官が自ら隊列を離れ、彼らの下へと駆けていく。

     

     シェパードを思わせる、褐色の肌をした精悍な横顔。

     コリンが慕い、憧れ、尊敬している伯父その人だ。

     

    「グリフィン社長のクルーガー氏は早くからエヴァンの意志に気づいていたのかもしれません。設立間もないグリフィンに、彼は指揮官として招かれました。手探りながら、彼はいくつものことを成し遂げたけど……こういったコミュニティの維持と活性化は、彼にとっては、〔鉄血〕と戦うのと同じぐらい重要ごとだったのよ」

     

     乙女は言葉を区切った。肩におかれた手はそのままだ。

     沁みとおった言葉を噛みしめながら、少年はぽつりとつぶやいた。

     

    「ごめんなさい……ぼく、ちょっとだけ誤解していました」

    「何を、ですか?」

     

    「伯父さん、軍隊に嫌気がさして逃げ出したんだと思っていたんです。冗談めかして『グリフィンは女の子が多いからまるで天国だぞ』なんて言ってましたから」

     

     少年の言葉に、乙女はくすくすと笑ってみせた。

    「ふふっ、実際は、戦術人形の扱いにだいぶ気を使っていましたけどね。でもそれがあの人にとっては必要だったかもしれません。身体の傷は癒えていても、心の傷から血を流したままのような人でしたから――割と泣き虫なんですよ、エヴァンって」

     

     スプリングフィールドの言葉に、コリンは目を丸くした。

    「伯父さんが……ですか!?

     

    「ええ。人前では涙は決してみせませんでしたけれど。夜中にうなされて気がついたら、おいおいと泣いているのは毎晩でした。そのたびに同じベッドで寝ていたわたしは、彼を抱きしめてあげたんです……あるいは胸に顔をうずめて号泣したり、あるいはおなかにすがりついてすすり泣きをしたり。本当に、毎晩、子守をしている気分だったわ」

     

     乙女は実にあっさりと言ってみせたが――

     少年は彼女の言葉が意味するところを察して、頬を赤らめた。

     同じベッドでということは、つまり二人ともそういう姿ということだ。

      

     思わず顔をうつむけたコリンに、乙女は肩を揺すって愉快そうに笑った。

    「こら。そういうのは分かっていても、想像しちゃいけません」

     

    「べ、べつに、そ、そそそ。そんなことは何もっ」

    「別に不思議な話でもないでしょう? わたし達は誓約をした仲でしたし――」

     

     スプリングフィールドが、ささめくような声で言った。

    「――エヴァンがわたしに、“メラニー”という名前と市民権を与えて妻に迎えたいという話を、あなたの親御さんにした夜のことはおぼえているでしょう?」

     

     問われて、コリンはこくりとうなずいた。

     日頃は穏やかな親戚付き合いが、その時は揉めに揉めたのは忘れられない。

     記憶の淵から、自分の母が喚く様子が思い出される。

     

     たまらずコリンがきゅっと唇を噛んだ矢先――不意に手を引かれた。

     

     栗色の髪をひるがえし、鶯色の瞳を煌めかせて、乙女が言う。

    「さあ、まだ案内したいところがあるんです。行きましょう!」

     

     柔和で穏やかながら、春の日差しのような微笑み。

     

     

     コリンはその時はじめて――伯父が彼女に惚れた理由がわかった気がした。

     


     

     Vectorは“旗の野営地”を歩き回っていた。

     

     ここも他と同じように地図データがメモリに格納されている。ただ、来るたびに大幅に街並みが変わっているのは、いつものこととはいえ少し面倒だった。

     

     各所の物見櫓に勝手にあがっては、街並みを見渡し、スキャンする。

     見張りの人間がいれば適当に挨拶し、ちょっかいはざっくり無視する。

     相手がブツブツ言うようであれば、携えている短機関銃を見せてやればいいのだ。

     

     もちろん、撃つ気はないが――グリフィンの戦術人形で短機関銃持ちは、前衛を務める格闘戦のスキル持ち。それを知らないのは素人だ。そして、コミュニティで見張りに立つ人間というのは、揃ってそれなりの知識と経験が求められるものだった。

     

     だが、四度目に立ち寄った物見櫓の男は、妙にしつこかった。

     「――なあ、おい、あんた。おい。B122から来た人形さんだろ?」

     

     何度も声をかけられるので、Vectorはスキャンを中断した。

     金色の眼を細めて睨みつけると、男は苦虫を噛んだ顔で言った。

     

    「そんな顔をしないでくれ。ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」

     

     男は赤らんだ顔をしていた。右手では肩にかけた銃の革ベルトを掴みつつ、左手には酒瓶をつかんでいる。瓶は有名ブランドのウオッカだったが、ラベルがずいぶんとすり減っていて、中の液体は乳白色とあってはどんな酒やら知れたものではない。

     

    「お相伴相手なら他で探してちょうだい。いま忙しいの」

    「いや、そりゃ見れば分かる。ただ、どうにも妙なんで教えておこうと思ってな」

    「……何がどう、妙なの?」

     

    「ここは方々から人が来るが、来るヤツってのはだいたい似たり寄ったりだ――だから、ヨソ者が紛れ込むと、わかるんだよなあ」

     

    「野賊か何かのたぐいじゃないの?」

     Vectorが指摘してみせると、男はきひひと笑いながら首を振った。

     

    「違う、違う。いま紛れこんでる連中は、妙に小ぎれいだし、動きもきびきびしてやがる。数人程度だが、あんたらに教えた方がいいかなと思ってなぁ」

     

     男の言葉を聞いて、Vectorは慎重に通信回線を開いた。

     自分からコールをせず、聞こえてくる音に耳を澄ませる。

     ザザッ、ザザザッと入るノイズはランダムのように思えるが――

     

     メモリと照合させて、その正体に気づくや、乙女は脱兎の勢いで駆けだした。

     

    「おおい! 礼ぐらい言ってくれもいいじゃねえか」

     男が非難の声をあげるが、Vectorの認識領域に、その存在はとうにない。

     

     代わりに思い描いていたのは、褐色黒髪の少年の顔。

     

     あのノイズは電子戦特有のジャミング波が紛れている証拠だった。

     ヨソ者がどこの誰であれ――おそらくは、コリンの身が危ない。

     


     

     AA-12は店売りの通りを歩きながら、あるシグナルを追っていた。

     いつの間にかいなくなったDSR-50の位置座標だ。

     

     副官のスプリングフィールドが“お説教”した後は、まあまあ落ち着いた感じになり、言葉ではコリンをたわむれ半分にいじってみるものの、要撃任務では手堅いプロの仕事を見せている。そこは素直に評価できるところだ。

     

     だが、一方でAA-12は、どうにもあの黒髪美女が信用できなかった。

     

     お隣のローズ指揮官の引き抜きで来た割に、DSR-50自身の思惑めいたものがちらついて見えるのだ。作戦の前後、基地での打ち合わせや報告の時にそれは強く感じていた。一歩引いて、指揮官のコリンや、副官のスプリングフィールドを値踏みするかのような目つきをしている。

     

     戦力であり、同僚には違いない。

     だが、味方であり仲間かと言えば、AA-12はモヤっとしたものを感じていた。

      

     その意味では、ここについて姿をくらましたのがなお怪しい。

     

     性格的に、気ままに楽しんだり、男をひっかけていそうであるが――

     

     もし、自分たちから隠れた理由が、もっと別のところにあるとしたら。

     いや、そもそもB122基地に来た動機が、他のところにあるとしたら。

     

     気を回しすぎに思うが、イヤな予感ほどはずれないものだ。

     

     

     捉えているシグナルは、目の前の人混みの中。

     

     それを認めて、AA-12は歯噛みした。

     シグナルはすぐ近くなのに、あの女の黒髪が目に入らないのはなぜだ。

     

     人ごみをかき分け、位置座標の発信源を捉える。

     

     随分着古した野戦ジャケットに身を包んだ、くたびれた男が目に入る。

     そこの襟元に目を留めて――思わず舌打ちをした。

     

    「ああ……そこのおにいさん、ちょっと」

     呼び止めると、男が怪訝そうに振り返る。

     AA-12はひょいと襟首に手を伸ばして、“それ”をつまみ取った。

     

    「虫がついてたぞ。気をつけないと、ほら、毒持ちとかいるし」

    「ああ……グリフィンのお人形か。構わんでくれていいよ。外で暮らしてちゃあ、虫だのなんだの気にしちゃおられん」

     男は面倒そうに手を振ると、また人混みの中へ消えていく。

     

     AA-12は、大きくため息をつくと、自分の手に握った“それ”を見た。

     

     張り付き用の六本足が伸び、鈍く光るそれは虫にみえなくもない。

     だがそれは明らかに――位置欺瞞用の、ダミーシグナルの発信装置だ。

     

    「ええい、くそっ。やっぱりか」

     彼女はたまらず悪態をついた、

     

     いやな予感――ネガティブな予測演算に、感情パラメータが乱れる。

     

     これが欺瞞だとしたら。

     

     あの女は、いまどこにいて、誰を見ているのか。

     

     

     その視界は、スコープ越しの眼差しであろうことは、想像に難くなかった。

     

     

    Ep.5 part.1 後編へ続く

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