<< ピーター・グリルと賢者の時間 | main | Ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.2 -中編- >>
2020.07.20 Monday

Ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.2 -前編-

0

    おはようございます、Ticoさんです。

    ドルフロファンジンノベルのアップ日でございます。

    いわゆる【おねショタ】に挑戦の

    「仔犬指揮官はお姉さんが苦手です」、続きお待たせしました。

     

    本日は第5話「コーヒーが苦いのはイヤだから」の続き、

    解明編と解決編の第二部でございます!

    このエピソードは二部構成でお届け、今週はpart2となります。

     

    pixivでは二分割でアップ済みですので、こちらからどうぞ

    Blogでは記事の文字制限の関係で三分割アップです。

     

    puppy_b_5_2_1.jpg

     

    謎の男、キリールに連れ去られたスプリングフィールド。

    基地に戻ったコリンに明かされる、ハワーズ一族のしがらみ。

    その血縁は蜘蛛の巣のように、スプリングフィールド自身にも絡みつく。

    進退窮まった乙女は、ある決心をするのだが……?

     

    【作者から】

    先週はやきもきするところで締めになっておりましたが、

    いよいよ今回は解明編&解決編です!

     

     

    (本編は折り返し〜)


     

     わたしがコリンに初めて逢ったのは、イースターの頃。

     

     場所は、エヴァンがめったに帰らないハワーズの本邸の館。

     帝政時代の貴族の館を一族の先祖がどうにかして手に入れたという館は、革命、戦争、内紛、そして再びの戦争を経ても、いささかも損なわれず残っている。

     目を見張るほど華美ではない。けれど、周囲に自然と溶け込みながら、静かに存在感を主張する建物は、まるでこの国のハワーズ一族の在り方を体現しているかのようだった。

     

     エヴァンの妹夫妻に、彼の伴侶として、わたしを紹介する。

     

     彼は、「心配はいらないよ」とは言っていたけど、わたしはひそかに危惧していた。遊びではなく、真に連れ添う相手として、人形を選ぶことをどう思われるか。

     

     案の定――エヴァンの妹さんは納得いかない様子だった。

     最初は静かな諭し合いが、すぐに声を荒げての言い争いに変わる。

     

     わたしはといえば、壁際へそっと引いて、見守っていた。

     彼の愛がどうであれ、わたしは人形。作り物の模造品でしかないのだ。

     そんなものを親戚に迎えるなど、常識が許してくれないだろう。

     

     法的には人形も市民権を得れば結婚はできるけれど――

     司法局のライブラリに刻まれた文言は、感情のわだかまりまで解消しない。

     

     ただ、あまりにも彼が困るようなら、その時は……

     

     そんなことを思っていた矢先、不意にわたしの服を誰かが引っ張った。

     振り向くと、褐色黒髪の少年が、わたしの上着の裾を指でつまんで引いている。

     初対面の挨拶の時は、両親の影に隠れて恥ずかしそうにしていた子供。

     

     エヴァンの甥っ子の、コリン君。

     

     彼は、無言でわたしをどこかに連れていきたいようだった。

     数瞬考えて、この少年についていくことにした。

     少なくとも、口喧嘩に感情パラメータを乱すよりはいいと思ったから。

     

     少年に連れられてやってきたのは――この国では珍しい、ガラス張りの温室。

     

     たぶん、あとから改築された場所なのだろう。

     ガラスに見える部分も、たぶん違う素材で作られているに違いない。

     そうでないと、この国の雪の重みにも、冬の寒さにも耐えられないから。

     

     とっくに日が落ちていたから、窓の外はもうすっかり暗い。

     わずかな常夜灯が、わたしたちの足元を照らしている。

     

     あちこちにしつらえられた緑の観葉植物。

     その合間を縫うようにして、窓際近くまで連れてきて、少年は言った。

     

    「ほら、お姉さん。上を見てみてください」

     

     少年が目を煌めかせながら、天井を見上げる。

     わたしも見上げて――視覚素子に映った光景に思わず息を呑んだ。

     

     天井もガラス状になっていて、それを透かして夜空が見える。

     

     漆黒の夜の帳が覆う中、星がいくつも瞬いていた。

     星の光が無の音となって、わたし達を取り巻き、心に沁み込むかのよう。

     

     乱れがちだった感情パラメータが、ゆっくりと平静を取り戻す。

     だいぶ落ち着いた心持ちになり、わたしは少年に訊ねた。

     

    「これを……見せたくて?」

     

    「うん。落ち着くかな、と思ったんです」

     少年はこくんとうなずきながら、静かに言った。

    「お姉さん、なんだかつらそうだったから……ぼくのお母さんが、すみません」

     

    「気にしなくていいのに。人形は感情のオンオフができるのだから」

    「でも、僕の眼には――おつらそうに見えたんです」

     少年が、天の星からわたしの顔に目を移す。

     

     どこか仔犬を思わせる顔つき。

     だけど、その眼差しに、わたしはハッとさせられた。

     

     オニキスを思わせる黒い瞳。そこに煌めく意志と感情。

     エヴァンの眼に似ていて、けれど、より澄んでいて真っ直ぐな輝き。

     あの人の甥であることを感じさせつつ、彼とは違う魂が見えるかのような。

     そんな瞳に、思わず見入ってしまった時――

     

    「……なんだ、二人でこんなところにいたのか」

     苦笑交じりのエヴァンの声が聞こえた。

     

    「伯父さん!」

     少年が声をあげて駆け寄っていく。

     エヴァンは彼の頭を優しく撫でると、穏やかに言った。

     

    「レディのエスコート、ご苦労さん。ほら、お母さんのところへ行っておあげ。気が付いたらお前の姿が見当たらないから、おろおろしているぞ」

     頬をつつかれて、少年ははにかみながらうなずき、部屋から駆けて行った。

     

     それを見送ってから、エヴァンが静かに歩み寄り、わたしの肩をそっと抱いた。

     

    「……すまない。お互いにたった一人の兄妹なのに、どうもそりが合わない」

    「仲が、あまりよろしくないんですか?」

     

    「妹はね、一族がイヤになって出ていこうとして……結局、中途半端にぶらさがってしまっているんだよ。一族の決まりを押し付けた両親や親族に嫌気がさしながら、一族の考えに知らぬ間に染まっている。なまじ男の子なんて産んだから、余計に彼女は頭が整理できないんだろう」

     

     そこまで言って、エヴァンは嘆息した。

    「俺は心配でならない。妹はもちろん、あの子の将来もね」

     

    「……コリン君、でしたか」

    「優しいだろう? それに強さの素質も兼ね備えている。俺はね……あの子にちょっと期待しているんだ。彼ならもしかすると、ハワーズ一族のこれからを――」

     

     エヴァンは、その先を言わなかった。

     ただ黙って、私の肩を抱いた手に、きゅっと力を込めた。

     その手に、わたしは二つのことを察せざるをえなかった。

     

     エヴァンが、今後どんな形であれ、自分の子供を作る気がないことを。

     そしてエヴァンに何かあった時に、わたしにあの子を頼みたいということを。

     

     わたしは少し、思考を巡らせて―――

     肩に置かれた彼の手を、そっと自分の手でくるんだ。

     言葉は交わさなくても、それが承諾のしるしだった。

     

     エヴァンが天を見上げる。わたしもそれにならう。

     

     

     頭上に、名も知らぬ星が瞬き、しんしんと光を降らせていた。

     


     

     ――いま再び、その温室にわたしは来ていた。

     あの時と同じ夜。だが、居合わせる人はまるで異なっている。

     

     ここまでわたしを連れてきた男、キリールが恭しく一礼して下がった。

     

     温室の奥にいたのは、車椅子に腰かけた一人の老人だ。

     ハワーズ一族の使命としがらみが顔のしわとなって無数に刻まれている。

     その面立ちは、蜘蛛の巣が張り付いてしまったかのようだった。

     

     巣にうずもれてなお鋭い眼光が、じろと見つめてくる。

     

    「……言うたであろう。待ちくたびれることがある、とな」

     しわがれた声が、非情の装いで響き渡った。

     

    「ゲオルギー翁……あなた、ここまでして――」

    「わしは充分すぎるほどの時間を与えたぞ、“メラニー”」

     

    「……本当に、あの男を当主に据えるつもりですか」

     その問いに、老人は答えなかった。

     

     ただ、自身のあごを撫でながら、深々と息をつくのみ。

     

     わたしは、思わず天を仰いだ。

     

     

     空は一面に曇り――あの時の星は、どこにも探せなかった。

     


     

     グリフィンB122基地、指揮官室。

     

    「“基金”ですか? お父さんが老後に備えて何か――」

     ロロの問いに、怪訝な顔しながらもコリンは答えた。

     

     だが、指南役を持って任じる女性は薄い笑みをたたえてかぶりを振った。

    「違う違う。敢えていうなら“ハワーズ基金”と言ってもいい。前世紀にきみのご先祖がこのユーラシアの雪国に移住してきて以来、きみの一族はあちこちに投資をしてきたんだよ。いや、投資とも言えないな。貸しとか恩義と呼んでもいいかもしれない」

     

     ロロが制御卓をはじく。

     通信モニタの一角に、複雑に関係しあった図が現れる。

     医薬研究所。警察官の訓練機関。傷痍軍人の見舞金団体。高齢者の互助会。

     

     雑多でバラバラに見える幾十もの中心に、〔ハワーズ〕の名があった。

     

    「“基金”といっても、ひとつの口座にお金がうなっているわけじゃない。それを運用する団体が存在しているわけじゃない。“基金”と名は付いているが、いろんな形に細分化されてあちこちへ渡されている。実際、これを処分して現金化すると言ってもなかなかに難しい――つまりね、“基金”とはハワーズ一族の持つコネクションを指すといえる」

     

     ロロの説明に、コリンが眉をひそめ――だが、同時にじっと相関図を見つめた。

     ややあって、少年はぽつりとつぶやいた。

     

    「ええと……つまり、ハワーズ家の人間が『こうしてほしいなあ』と考えると、その力になってくれる人とか組織とかが扉をノックしに来るってことですか?」

     

    「ンンンッフ! 勘がイイね。そう、それがハワーズ家の力だ。この雪国では、帝政から共産主義、そして仮初の民主主義を経て、また修正共産主義で政治をやっている。そんなゴッチャゴチャした中で、一貫してパワーとなったのはコネだよ」

     

     ロロの説明に、コリンは当惑半分、だが確信半分の表情をしてみせた。

     

    「あの……それって、ぼくの肌の色とか名前とかに関係していますか?」

    「ビンゴだ。なるほど、きみなりに思うところはあったわけか」

     

    「……はい。やっぱり周りにはスラブ系の名前が多いですから。ハワーズという名前はやっぱり目立ちますし、実際スクールでからかったりする子もいます」

     

    「けれど、マイノリティの割に不思議とひどい目には遭わない……違うかい?」

    「はい。両親は僕が良い子だからと言ってたんですが」

     

     言いながらも、コリンは結んだ口元をむずむずとさせる。

     回線越しにそれを見てとって、ロロは軽く肩をすくめてみせた。

     

    「ご両親の言葉も合っているよ。たしかに君の通うスクールは“基金”の支援を受けているし、クラスメイトの親御さんは大なり小なり恩恵を被っている人が多い。それぞれのご家庭で『ハワーズさんとこの子と仲良くおやり』と言われたかもしれない」

     

     師匠の言葉に、コリンがたちまち難しい表情になる。

     だが――ロロは打って変わって軽い声に切り替えて、言った。

     

    「でもさあ、プライマリスクールの子供にそんなの分かるわけないじゃん。きみがスクールでやっかまれながらも、それなりの数の友人と、若干の敵がいるのは、これはもうきみ自身の性格と資質によるものだ。そして、きみをそのように育てたのは、ほかでもないご両親だよ。まあ、ご両親なりに一族にはいろいろあるようだが、少なくとも子育てに関しては手抜きしなかった。そこはちゃんと認めなさい……お父上がそこの美人さんにボディガードを頼み込んだのは、君が本家筋の末裔だからじゃない。ただ、平凡な父親として、だいじな息子を守りたい一心からだ」

     

     ロロの言葉に、コリンはふうと息をついてモニタに向き直った。

     画面の向こうの女性の顔が、いつになく真剣に見える。

    「ぼくは……そんなに良い子ですか」

     

    「ンン! 少なくとも、その場にいる人形たちを含めて、お姉さん達が信頼する程度にはね。そして、一人の女性が運命の濁流に君を踏み込ませまいと決心する程度には。そして付け加えるなら、私にもし弟がいたらきみのような子だと良かったな。そしたら私はもう少しまともな性格で、地味な職業に就いて、頑張って弟の学費を稼ぐような女になっていたかもしれない」

     

     ロロの言葉に、コリンがたちまち胡乱な目になる。

    「師匠の弟はイヤです……なんか理不尽に困らされそう」

     

    「フハハハ、言われたもんだ! いや、案外楽しいかもよ?」

     愉快そうに笑いながら、ロロは言葉を続けた。

     

    「まずは君自身を認めることだ、コリン・ハワーズ。今回の件、どのように転がるかはきみがどこまで自分を信じられるかにかかっている。どんな決断を下しても、それなりに反作用があるだろう。だから――どの決断が良いかは君にしか評価できない。だからこそ、まず自分に自信を持つのが大事だよ、コリン」

     

     そう言われて、少年は目をぱちぱちさせた。

     口で呼吸はしていたが、静かでゆったりしている。

     その目は“基金”の相関図に向けられていた――

     

     ややあって、少年は口に開くと、画面の向こうに問いかけた。

     

    「何をどう決めるにしても、ぼくはハワーズ一族がどんなものか知らなさすぎます。ぼくのところのご先祖はどこから来たんですか? これだけのコネクションがありながら、どうしてエヴァン伯父さんは、わざわざ最前線に行ったんですか?」

     

     コリンの問いに、ロロは「ふむ」と声を洩らすと、答えた。

     

    「なるほど、ルーツを知らねば何も始まらないか……とはいえ、これに関しては謎も多いところでね。そうだな、合衆国のベトナム戦争までさかのぼるのがいいだろうな――」

     


     

     ハワーズ家の本邸、その館の一角に老人はいた。

     

     窓がなく、その代わりに壁一面が、あるもので飾り立てられていた。

     マスケット銃、鈍く銀に輝くリボルバー拳銃、近代的な自動小銃。無数の多種多様なナイフ――装飾用ではなく、明らかに実戦をくぐっている。

    何枚も貼りだされた野戦地図。そして、無数に輝く勲章の数々。

     

     車椅子を漕ぎながら、ゲオルギー翁は部屋を横切り――ある勲章のところで止まった。 老人の視線の先にあるのは、ハートの形を象った、金と紫の勲章だった。

     

     この雪国にあっては似つかわしくない、合衆国名誉戦傷勲章(パープルハート)。

     

    「すべての始まり、そして我らが訣別の証か……」

     

     それを見つめながら、老人がぼつりとつぶやいた時、

    「――はァん。なるほど、この部屋に今後は俺の勲章も並ぶわけだ」

     

     野卑な声に老人が振り返ると、部屋の入口に眼帯の男が腕組みして立っていた。

     にやついた嗤い顔に、老人がぎろりと視線を向け、言った。

     

    「まだおぬしがハワーズの当主と決まったわけではないぞ、キリール」

    「何を言うのやら。あの女をかっさらってこいと言ったのは、あんただろう。力づくでもモノにしてくる度胸を見せれば、次期当主の座を認めてやらんでもない、と言ったのも……それとも何か? 大長老さまは約束を反故にするとでも?」

     

    「そこまで言うからには、“メラニー”に〔誓約〕させる手筈はついたのだろうな」

     老人の問いに、キリールは忌々しげに顔をゆがめた。

     

    「ケッ、あの女、頑として首を縦に振らねえ。身持ちが堅いどころじゃねえ」

    「人形といえど、女だ。手籠めにして腕ずくでモノにする気概はないのか」

     

    「……ただの女じゃねえ。グリフィンの戦術人形だ。格闘戦、それも体格差がある相手にも対抗手段をもってやがる。ちょっと押し倒そうとしたらひどい目に遭ったぜ」

     

     キリールの言葉に、老人がすっと目を細めた。

     眼帯の男を頭からつま先まで、じろと眺めると、こともなげに言った。

     

    「すねに蹴り一発、みぞおちに肘打ち一発。とどめに投げ飛ばされたか」

     

    「――軍隊の格闘術に似ているが、かなりアレンジがしてある。なんだ? グリフィン独自にそういうのを教育してやがるのか」

    「さてな、クルーガーの発案か……それともエヴァンも意見した結果か」

     

    「まあ、なにがどうあれ、だ。あんたはもちろん、一族の他の連中も俺を当主に決めざるを得ない。『ハワーズ当主は軍務に就いている者か、それに準じる立場であること』――初代が決めた大事な大事なお達しだ」

     

     キリールが歯を見せて嗤った。

    「そして、俺はこの国の特殊作戦群の現役士官だ! あんたも見ただろう? いまこの屋敷をがっちり警護している兵隊は全部、俺の部下だ! 武門の家柄とやらを戦後も律義にやっているのは、エヴァン亡き後、俺ぐらいなんだからよ!」

     

    「ならば……少しは品を良くしろ。お前の素行はわしも聞き及んでおるぞ」

     

    「ハッ、言っておくがな、爺さん」

     男が眼帯をつけた顔をぐにゃりと歪めた。

    「警護の名目で部隊を周囲に付けた意味、あんたならわかるよな? 何かあったら、うちの部隊がわらわらと館に乗り込んでくるぜ。短い余生と、他のご意見番のお歴々が気になるなら、あんたもおとなしくしておくこった」

     

     キリールはそう言うと、床の絨毯に唾を吐きすて、去っていく。

     男が作った汚らしい染みを軽蔑の眼で見ながら。老人はつぶやいた。

     

    「ベトナムの戦いで合衆国の理念に疑念を持った初代がこの国に来て百年近く、か。その言葉に従い、『戦場をブーツで踏み、戦友と共に血を流すことこそ誉れ』としながらも、その末裔にはあのような濁り者が出てしまうものか……」

     

     老人は嘆息し、ふたたび壁に飾られた名誉戦傷章を見つめた。

     

    「わが祖父トマス……あなたの流した血を受けとめる者は、もうおらぬのか」

     


     

    「“武門の家柄(クシャトリヤ)”……ですか」

     コリンが戸惑い気味に口にした言葉に、ロロはうなずいてみせた。

     

    「そう、この国でのハワーズ家の初代は、トマス・ハワーズだ。ベトナム戦争で合衆国がやった崩壊液兵器の実験に幻滅して、冷戦相手のこの国にやってきた。ただ、どうやらきみの血筋はブリテンを経てインドへたどり着くらしい。遺伝子解析すると民族的なつながりとか相関が分かるかもだが……大事なのは、ハワーズ家は初代から軍務に携わることを重視してきたことネ。それも軍官僚とか司令部詰めの高級軍人じゃない。昇進しても少佐止まりの、前線勤務に異様にこだわる一族だ」

     

     そこまで言って、ロロはうんざりした様子でかぶりを振った。

    「まあ、人様の家の家訓に口出ししないけどさ、マッチョで男性主義的な家風だなァ。おかげでハワーズ一族の男の死因に〔戦死〕と〔殉職〕がトップに来る。代々短命だから早めに結婚して子供をもうけて、早めに教育してまた戦場へ送り込む。当然、女性なんか一族では添え物扱いなわけさ。せいぜい強い血を一門に入れるための道具にしか見られない。きみの母君がハワーズ一族のことになると、どうにも取り乱すのはそのあたりが色々影響しているんだろう」

     

    「……どうして、ここでお母さんのことが出てくるんですか」

     

    「ンン、実はね。ハワーズ本家筋の女性ともなると、それなりに顔は効くらしい。どこでどう聞きつけたのか、私のパーソナルアドレスを探り当ててね。三日と開けずに、お願いだか苦情だかお悩み相談なのか、よくわかんないメッセージが飛び込んでくる。論理解析すると、『うちの息子が心配だからなんとかして!』に尽きるんだが……放置するわけにはいかないし、かといって逐一お返事も面倒でさあ」

     

    「――どうされているんですか?」

    「うちの情報処理ロジックに模擬人格を組んで、それに当たり障りなく返事させているよ。ああ、心配はいらない。模擬人格といっても、私自身が恒常的にお世話になっている代物だ。それなりに礼儀と誠意を守っていることをお約束しよう」

     

     ロロの返事に、コリンはほうと息をつくと、目をぱちくりさせた。

    「それじゃ……僕が、臨時でグリフィンの指揮官をやっているのも、一族の方針なんですか?」

     

    「だいたいは間違っていないが、そこはもっと込み入った事情がある」

    「なんだって言うんですか」

     

    「これについては、もうエヴァン・ハワーズのやらかし案件だ。彼は死ぬ前に、周到に遺言を残していてね。ここでようやくスプリングフィールドが出てくる……というか、彼女は巻き込まれてたと言ってもいいだろうな」

     

    「……スプリングフィールドさんが……」

    「そう、“メラニー”と呼ばれていた彼女だ」

     

     ロロがまた制御卓を指ではじく。

     “基金”の相関図の代わりに表示されたのは、社会保障局への登録申請書類だった。

     

     写真には、スプリングフィールドの顔が映っている。

     届け出の氏名は“メラニー・ハワーズ”の名前が記載されていた。

     そして申請書には、上に大きく「受付保留」の文字がプリントされている。

     

    「エヴァンはね、実にとんでもないことを彼女に託したのさ。何かというと……」

     

     ロロが淡々と説明してみせる内容に――

     少年は驚きのあまり、みるみる目を大きく見開いた。

     


     

     スプリングフィールドは、あてがわれた部屋のベッドに腰かけていた。

     

     躯体は拘束されていない。部屋は客間の一室で、きちんと整えられていた。

     時折、メイド――といっても民生用の人形だ――が来ては、用向きはないかと訊いてくる。その意味では、まず丁重に扱われているといえるだろう。

     

     だが、外部との通信はすべて封じられていた。

     

     それに、部屋のすぐ外にはキリールの部下が銃を持って待機している。

     スプリングフィールドが部屋に入る際に、これみよがしに弾倉を入れ替えていたが――間違いなく実弾が詰まっていた。もし部屋から逃げ出そうものなら、躊躇なく脚を撃ち抜かれるだろう。

     

     かといって、窓の外はさらに絶望的だった。

     ガラス越しでも聞こえる重低音、あちこちで蠢く角ばったシルエット。

     おそらくは軍の戦術人形と歩行戦車――キリール子飼いの部下だ。

     人間の兵士は限られているだろうが、機械仕掛けの数はそれなりだ。

     

     旧式のライフルを担いで逃走を図っても、逃れられないだろう。

     

    (クルーガー社長とまではいかない、せめて上級代行官のヘリアンさんなら……)

     そう考えて、囚われの乙女が唇を噛んだ時だった。

     

    「よォ、元気かよ、お人形」

     品のない太い声がかけられ、スプリングフィールドはびくと肩を震わせた。

     

     顔をこわばらせ、立ち上がりながら、軽く身構えて振り返る。

     はたして、眼帯の男が顔をゆがめながら、戸口に立っていた。

     

     この男は――笑っても怒っても、表情が「ゆがむ」としか表現できなかった。

     それは野卑な印象を与えながらも、感情が読めないことにも繋がる。

     

     思考パルスを最大級の警戒状態にセットしながら、乙女は訊ねた。

    「なんの御用ですか。また背中で床の点検をしたいのですか。お望みなら頭から落として差し上げてもよろしいのですよ」

     

    「ケッ、言ってろ。お前を壊しちゃならねえとゲオルギー翁のお達しだ。お前が俺と〔誓約〕するまでは大事にしてやる……だが、当主の座を獲った後はお前も俺の所有物だ。メモリはそのままで、きっちり俺好みになるようにわからせてやる。エヴァンへの想いを断てないままに、お前を俺への服従で上書きしてやって、メンタルモデルが葛藤で苦しみ続けるようにしてやるからな」

     

     キリールが歯を見せて嗤う。

     にちゃり、と、歯と歯に涎が引くのを見て、乙女は顔をしかめた。

     

    「本当に下種ですね、あなた……そんな男にわたしが屈するとでも?」

    「そうかい? あの坊やがひどい目に遭うと分かってもか?」

    「コリンはいま信頼できる仲間と一緒です。あなたが手を出そうにも――」

     

    「へっへ、そうだな、坊やはな。じゃあ、こいつはどうかな?」

     

     キリールが懐から携帯端末を取り出す。

     ワイドモードの画面に映った女性を見て、スプリングフィールドは息を呑んだ。

     

     黒髪褐色の婦人。

     家の中にいる彼女を、窓越しに何者かが隠し撮りしているのだ。

     それが誰なのか、スプリングフィールドはよく知っていた。

     

    「わかるな……? あの坊やの母親だ。お前が〔誓約〕を拒むのは勝手だ。だが、お前が『いいえ』と言った瞬間、坊やのママは、バァン!だ。爆弾がいいか? それとも窓越しに銃弾を撃ち込んでやろうか? あのガキがお家に帰ったら、愛しい愛しいママの葬式に出なきゃならなくなったら、どんな顔をするんだろうなァ」

     

     口の端をつりあげながら、男がぐにゃりと顔をゆがめる。

     

     スプリングフィールドは、自身の感情パラメータが不意に乱れるのを感じた。波形の乱れが思考パルスを乱し、ひいては表情と呼吸になって現れる。

     青ざめた顔をこわばらせ、息を切らしながら、どうにか感情モジュールの手綱を握り直し――乙女は無言で男をにらみつけた。

     

    「はひゃひゃ! 良い顔だぞォ! お前の立場が分かったか!」

     

    「……あなた、そこまでして……」

    「はん、そこまでする価値があるんだよォ! 分かってねぇのはお前だけだ!」

     キリールは吠えてみせた。さながら餓狼の遠吠えのようだった。

     

    「一族の“基金”を手に入れれば、俺の立場も強くなる! あの方も、あの野郎も、俺の価値を認めざるを得ないんだ! だから、何をやっても当主の座は手に入れる……卑怯者とそしるならそしるがいいさ。エヴァンみたいな綺麗ごとだけじゃ、いまの時代はやっていけねぇんだよ!」

     

     男の言葉に――だが、乙女はかえって平静を取り戻していた。

     凪のように静かな表情をして、粋がる男を冷ややかに見つめ、

    「……そうなの。あなたは結局、誰かの尻尾でしかないのね」

     

     その言葉に、キリールの顔がみるみる赤黒くなっていく。

     

     畳みかけるように、スプリングフィールドは言ってみせた。

    「ハワーズの男たちが守ってきた伝統が分かる? 常に戦友と肩を並べるリーダーよ。それは時代錯誤かもしれないし、不器用な生き様かもしれない。身勝手な美学かもしれない――でも、ハワーズの当主は戦場に在っては誰かの尻尾ではなく、兵士の旗印であろうとしたのよ」

     

    「てめえ……何が言いたい」

    「いいでしょう。コリンを守るために〔誓約〕を交わしましょう。でも、わたしはあなたがハワーズの使命に耐えられる男じゃないと、一族の前で告げてあげる。そして遠からず、あなたは背負った重みに耐えきれずに潰れる……分不相応というのよ、あなたのは」

     

     乙女の言葉に――キリールは額の血管を浮きだたせ、歯ぎしりをしたが、

    「……いいだろう、〔誓約〕はするんだな。なら、いまの無礼は許してやる。何もかも済んだ後で、強制認識ワードを使って、身動きできないカラダにご主人様が誰か教え込んでやるからな――覚悟しておけッ」

     

     一際大きくキリールは吠えると、床の絨毯に唾を吐き捨てて去っていった。

     

     軍用ブーツの重い足音が聞こえなくなってから――

     スプリングフィールドはため息をついて、ベッドの端にまた座った。

     

     乙女はそっと目を閉じた。

     メモリの奥に封印扱いでロックしていた一連の躯体動作を呼び出す。

     

     認識領域に投じたそれは、素手で確実に人間を死に至らしめるもの。

     人形自身のバッテリーを故意に過動作させて、サージ電流を巡らせる。

     抱きつかれた人間は、特別の備えをしていない限り、神経が焼き切れる。

     

     その代償に――使った人形自身も失われる。バックアップがあっても、思考回路を焼かれるショックでマインドマップを正常に保持できないのだ。

     

     

     あの男には、一瞬だけ、王様の椅子をくれてやろう。

     だが、直後にそこから蹴り落としてやるのだ。

     

     ここで、キリールをこの世から退場させないと――

     

     どんな形であれ、いずれコリンに災いとなるに違いない。

     

    『彼ならもしかすると、ハワーズ一族のこれからを――』

     思わずエヴァンの言葉がメモリから浮かび上がってくる。

     

     乙女はそっと微笑むと、軽くかぶりを振ってみせた。

     

    (いいえ、エヴァン。一族とか関係なしに、あの子は助けてあげたいの)

     

     スプリングフィールドは、認識領域にあの少年の姿を思い浮かべた。

     こちらを見て、朗らかな笑みを浮かべている、まるで仔犬のような顔。

     

     そのイメージに向かって、乙女はそっとつぶやいた。

     

    「ごめんなさい、コリン……きっと、あなたは許してくれませんね」

     

    中編へ続く

    コメント
    コメントする








     
    Calendar
          1
    2345678
    9101112131415
    16171819202122
    23242526272829
    3031     
    << August 2020 >>
    Selected Entries
    Categories
    Archives
    Recent Comment
    • 鹵獲! 鹵獲!
      Cattail (03/21)
    • 艦これファンジンSS vol.7 「アイドルと最古参のギグ」
      Tico (02/08)
    • 艦これファンジンSS vol.7 「アイドルと最古参のギグ」
      Lumina (02/08)
    • 艦これ クリスマスシーズン!
      Tico (01/11)
    • 艦これ クリスマスシーズン!
      Lumina (12/20)
    • 艦これファンジンSS vol.6「デライト・ティーパーティ」
      Tico (12/01)
    • 艦これファンジンSS vol.6「デライト・ティーパーティ」
      Lumina (12/01)
    • 艦これファンジンSS vol.5 「記憶を抱きしめて」
      Tico (10/26)
    • 艦これファンジンSS vol.5 「記憶を抱きしめて」
      Lumina (10/26)
    • 艦これファンジンSS vol.4 「命短し恋せよ艦娘」
      Tico (10/01)
    Recent Trackback
    Recommend
    吉田の日々赤裸々。3 ゲームデザイナー兼取締役の頭の中
    吉田の日々赤裸々。3 ゲームデザイナー兼取締役の頭の中 (JUGEMレビュー »)
    吉田直樹
    FF14の吉田PDの雑感コラム、最終巻! ゲームの裏側、仕事の作法、企画の考え方、そしてゲーム屋さんとしての生きざまなど、今回もうならせる内容です。
    Recommend
    吉田の日々赤裸々。2 プロデューサー兼ディレクターの頭の中
    吉田の日々赤裸々。2 プロデューサー兼ディレクターの頭の中 (JUGEMレビュー »)
    吉田直樹
    FF14のPにしてDである吉田直樹氏が四方山話を語る連載コラム! 開発の裏側から仕事のやり方、ゲーム業界への意見など、その話題は実にワイド!
    Recommend
    吉田の日々赤裸々。 『ファイナルファンタジーXIV』はなぜ新生できたのか
    吉田の日々赤裸々。 『ファイナルファンタジーXIV』はなぜ新生できたのか (JUGEMレビュー »)
    吉田直樹
    FF14を文字通り「建て直した」プロデューサー兼ディレクターである吉田直樹氏の連載コラム! FF14新生の裏側がこれ一冊でよくわかる?
    Recommend
    Recommend
    Eorzean Symphony: FINAL FANTASY XIV Orchestral Album【映像付サントラ/Blu-ray Disc Music】
    Eorzean Symphony: FINAL FANTASY XIV Orchestral Album【映像付サントラ/Blu-ray Disc Music】 (JUGEMレビュー »)
    ゲーム・ミュージック
    FF14を彩る珠玉のBGM、そのオーケストラコンサートの様子を収録の一本! あの思い出の曲が大迫力でよみがえる!
    Recommend
    ハヴ・ア・グレイト・サンデー(1) (モーニング KC)
    ハヴ・ア・グレイト・サンデー(1) (モーニング KC) (JUGEMレビュー »)
    オノ・ナツメ
    「ACCA13区監察課」のオノ・ナツメが送る、日常系ゆるやかストーリー。初老の作家と彼の息子、そして娘婿が織りなす、たのしい日曜日の過ごし方。
    Links
    Profile
    Search this site.
    Others
    Mobile
    qrcode
    Powered by
    30days Album
    無料ブログ作成サービス JUGEM