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2020.07.20 Monday

Ep.5 コーヒーが苦いのはイヤだから part.2 -中編-

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    おはようございます(=゚ω゚)ノ

    こちらは本日ブログ公開のドルフロファンジンSS

    「コーヒーが苦いのはイヤだから part.2」の中編となります。

     

    「ほう、前編から読むか!」というありがたいお客様は

    こちらからどうぞ

     

    puppy_b_5_2_2.jpg

     

    敬愛した伯父が遺した、血族のしがらみ。

    コリンは憤然としつつも、立ち尽くしたように考えに窮してしまう。

    そんな少年を救ってみせたのは、”彼女”の言葉だった。

    お姉さん達の力を借りながら、「ペイバックタイム」が始まる!

     

     

    (本編は長いので折り返し〜)


     

    「そんなの無茶苦茶じゃないですか!」

     “基金”の継承に伴う事情を聞かされて、コリンは憤慨した。

     

    「スプリングフィールドさんは確かに人形ですけど、自分の考えや感情を持っているんです! その人の想いを無視して、そんな無理を押し付けるなんて!」

     

     思わず席から立ちあがって両手の拳をぶんぶん振る少年に、

    「お、おい、落ち着けよ、コリン」

     

     見かねたAA-12がなだめるように声をかけたが、少年はぎろとにらみ返した。

     

    「だって許せないでしょう、こんなのッ!」

     

     興奮冷めやらない少年だったが、それを鎮めたのは容赦ない頭への拳骨だった。

    「……こら」

    「あだっ」

    「キャンキャン吠えないの。あなたが怒っても状況は解決しない」

     

     Vectorの声は淡々として不愛想だが、それがかえって効いたのだろう。

     頬をふくらませて頭を手でさすりながらも、少年がしぶしぶ腰を下ろす。

     すかさず、銀髪金瞳の乙女が、少年の両肩に手を添える。

     

     コリンは憮然としながらも、大きく息をついて言った。

    「……取り乱しました。ごめんなさい」

     

    「いいよ、若きパダワン。これは怒っていい件だと私も思う」

     画面の向こうで苦笑いを浮かべて、ロロが手を振ってみせる。

     

    「まあ、エヴァンの考えもわからなくはない。自分に不慮の件があったとしても、愛する女性の立場を守りたかったんだろう。人間社会でも、夫を失った妻を、その弟がめとる習慣を持つ民族があったりする。女性の立場が弱いのもあるんだろうが、一方で女性を庇護するという意味合いもあるところだから、一概に悪とも断じられない」

     

     ロロは落ち着いた声で語ってみせた。

    「それにね、スプリングフィールドは人形だし、〔誓約〕はパートナーになるって意味だけど、別にそれは恋仲になることに限らない。それこそ、姉と弟でも構わないのさ。エヴァンとしては、スプリングフィールドを信じていたんだろう。きっとコリンを助けてくれるし、そのためにコリンが懐くようにしてくれる、とね」

     

    「……あの人は、そんなふうにぼくに接したことはないです。助けてくれました。支えてもくれました。でも、あの人がぼくに見てたのは、伯父さんの面影です」

     

    「そうだね、それがエヴァンの誤算だ。スプリングフィールドは、本当に彼を愛していたんだよ。想い人の遺言に背いてまで、想いを貫こうとするほどに。スプリングフィールドは打算で動いてもよかった。君と〔誓約〕すれば、自動的に市民権が付いてきて人間並みの権利が与えられる。適当に君と口裏を合わせて〔誓約〕させてもよかった。市民権を得た後なら人形側から解消も言い出せるからね」

     

     ロロの言葉にコリンが眉をひそめる。

     上唇の片端を少し吊り上げ、下唇の端を軽く噛む。

     その顔は、不本意な“待て”を言われた仔犬のようであった。

     

    「――不満そうね、坊や」

     DSR-50が物憂げな声に、かすかに苦笑いを含ませて言った。

     

    「あのスプリングフィールド――“メラニー”にとっては、あなた自身も大切な存在だったということよ。事情を話せば、あなたはきっと〔誓約〕に応じたでしょう。でも、そんなことで、あなたの“初めて”を奪いたくなかったのよ」

     

     そこまで言って、黒髪美女はふうと息をついた。

    「不器用な人よね。本当は自分もコリンに抱き着いたりして、もっと触れ合いたかったのに、それを押し殺して一線を引いて接するとか。もっと正直になればいいのに」

     

    「……スプリングフィールドさんが――」

     

     コリンはつぶやくように声を発すると、それきり黙り込んでしまった。

     束の間、沈黙が流れた後、画面の向こうでロロがじろと見つめながら言った。

     

    「思考停止かい、若きパダワンよ。まあ、それも止めないけどね」

    「ぼくは――ぼくが、すべきことは……」

     

    「……個人的な考えでは、事を構えるのはお勧めしないわ」

     DSR-50が、どこか靄のかかったような声で言った。

     

    「言ったでしょう、あの男はただの暴力自慢の下種じゃないって。キリール・ノヴィコフ、特殊作戦群(KCCO)に所属している歴とした現役の軍中尉よ」

     

    「特殊作戦群の所属って、そりゃ……」

     AA-12が顔をこわばらせるのに、DSR-50はうなずいてみせた。

     

    「そう。第三次大戦の生き残り部隊。たぶん、エヴァン・ハワーズとは個人的に面識もありそうなのよね。キリールが動かせる子飼いの部下はそういないとは思うけど、コリンとお供の護衛だけだとあっという間にホールドアップね」

     

    「野営地の帰りしなに、君が『ほっとくと戦争になる』って言ったのは……」

    「そうよ。スプリングフィールドがB122基地に篭って出てこない場合、軍の一部隊がここを襲撃することになっていたはずよ」

    「なっ……軍と市当局から委託を受けたグリフィンにか!?

     

    「『戦場は何だって起こるし、どんなことも言い訳ができる』」

     DSR-50は澄まし顔で言ってみせた。

    「……連中の常套句よ。あの人達、まだ戦争が終わってないから」

     

    「あああ、くそ。じゃあ、このまま手をこまねいていろって言うのかよ」

     白金の髪をわしわしとかきながら、AA-12がうめく。

     

     画面の向こうから、ロロが肩をすくめてみせた。

    「まあ、それも取り得る手段ではある。段取りが済んだらスプリングフィールドは帰ってこれるかもしれない。まったくの無事に、とはいかないかもだけど。一族の長老がたもそれなりに配慮してくれるだろう。いま迂闊に動いたら、ハワーズ一門とも事を構えることになる――だから、待つという選択肢も、あるといえばある」

     

    「……師匠は、それが最良の道だって言うんですか?」

     顔をうつむけたまま、コリンが声を絞り出す。

     

     当のロロは、軽くそっぽを向いて答えてみせた。

    「君にとって、最良と思えるのなら、ね」

     

     それきり、指南役は何も言わない。

     

     DSR-50が、AA-12が、画面の向こうのロロが、じっと少年を見つめる。

     

     コリンは顔をうつむけたまま、ひたいからじわと汗を垂らした。

     

     あまりにも――そう、あまりにもいろんなことが絡んでいる。

     そして、解決するための駒はあまりに少ない。

     〔ウォー・チェス〕で言うなら、最初から〔王様〕だけで戦うようなものだ。

     

     ぐるぐるする思考の中で、“旗の野営地”での記憶がよみがえる。

     

     あの時、キリールは明らかに手加減していた。

     

     もし、本気で突っかかれば、その時はきっと――

     思考の先にある惨劇の未来を垣間見て、少年はぞくりと震えた。

     

     

     まるで苦いコーヒーを無理やり飲まされているかのようだ。

     

     スプリングフィールドのコーヒーが恋しい。

     絶妙に薄めに淹れ、砂糖たっぷりのコーヒーが。

     

     だが、いま目の前にある状況は、極めつけのブラックコーヒー。

     地獄のように熱く、絶望のように黒い。

     

     とても飲み干せないと、少年が顔を曇らせた、その時――

     

     

     軽やかな仕草で、コリンの頭にしなやかな手が置かれた。

     

     頭上から、彼女の声が降ってくる。

     目の前のコーヒーに、まろやかなクリームを注ぐかのように。

     

    「悩むことない、コリン。あなたは、いま一番どうしたいの?」

     


     

     Vectorの声は相変わらず不愛想で素っ気ない。

     

     だからこそ、普段と変わらない口調に、少年は安堵した。

     

     そろりと顔をあげて振り返ると、銀髪金瞳の乙女はじっと彼を見つめていた。

     彼女の薄い唇がまた開き、再び少年に訊ねた。

     

    「いろんな条件とか障害とか抜きにして、あなたはいま何が望み?」

     

     その問いにコリンはきゅっと唇を噛み――そして、答えた。

     

    「スプリングフィールドさんを、助けたいです。どんな理由や事情があっても、あの人の意思に反してさらったり、何かを強制させたりするのは間違っています」

     

    「じゃあ、そうすればいいわ」

     あっさり答えたVectorの言葉に、コリンはもちろん、他の乙女二人がそろって目を丸くしてみせる――画面の向こうのロロは興味深そうな目で沈黙を守っていたが。

     

    「いや、だって、どんな名目で連れ戻しに行くんだ!?

    「そうよ、キリールの部隊とどうやり合うつもりよ!?

     問い詰めるAA-12とDSR-50に、Vectorはさらりと言ってみせた。

     

    「シンプルに考えて。状況的にはスプリングフィールドはさらわれた。でも、グリフィンの規程では、いまの彼女は作戦任務でもないのに、指揮官の許可なく基地外に出ている――つまり現在進行形で脱営行為。キリールはその幇助者とみなせる」

     

     意外すぎる指摘に、乙女二人がぽかんと口を開ける。

     ロロは口元に薄く笑みを浮かべ――コリンは、何事か閃いた顔で言った。

     

    「脱営行為だと、指揮官はその戦術人形を連れ戻す義務があります。それに――」

     少年の言葉に、銀髪金瞳の乙女がうなずいてみせた。

     

    「――その指揮官に対して、同僚の指揮官やグリフィン本部は協力する義務が発生する。だから、コリンが指揮官として彼女を連れ戻しに行くなら……」

    「……グリフィン社として、実力に訴えることができる。そうですね?」

     

     少年の言葉に、AA-12とDSR-50が「いやいやいや」とかぶりを振ってみせる。

     

    「理屈じゃそうだろうけど、全グリフィン出動とは行かないぞ?」

    「そうよ、迂闊に事を大きくしてグリフィンと軍の衝突になったらどうするの?」

     

     二人の言葉に、Vectorはこともなげに言った。

    「もちろん全グリフィンなんて無理。だけど、本部から手を回してもらえれば、考えなきゃいけない敵性は、キリールの部下だけになるでしょう」

     

     Vectorの言葉を、今度はコリンが引き取って続ける。

    「それなら、あとはハワーズ本邸に殴り込んでスプリングフィールドさんを連れ出して、皆で逃げ出せればいいんです。軍の部隊といっても、真正面からやり合う必要はありません。不意を衝いて攪乱すればいいんです。〔ウォー・チェス〕のフラッグ戦と、要するに同じです、これは」

     

     少年のオニキスの瞳が煌めく。

     利発さと聡明さの光をたたえて、彼は画面の向こうで笑む女性に言った。

     

    「ロゼ・ローズ指揮官。B122指揮代行として、脱営行為者の連れ戻し支援をお願いします……無理なお願いだとは分かっています。でも、でも――」

     

     コリンがそう言って、がばと頭を下げた時。

     

     指揮官卓のコールが鳴った。

     AA-12が駆け寄って、制御卓を操作する。

     画面の一角に、〔城門〕を警備していた人形が面食らった様子で映し出された。

     

    『……コリンくん? いまL211基地の人形がこっちに来て――わわ、ちょ!』

     

     むんずとB122の人形を押しのけ、画面に映ったのは亜麻色の髪の少女だ。

     その背後には四人の乙女が付き従っている。

     いずれも相方の銃を携え、そして――それぞれの薬指に銀の指輪が煌めく。

     

    『L211所属、第一部隊〔指輪の乙女〕、隊長を務めるスオミです。ローズ指揮官のご命令により、B122のコリン・ハワーズ指揮官の支援にまいりました』

     

     乙女たちが一斉に敬礼をしてみせる。

     その敬礼の鮮やかさと同時に、タイミングの良さに少年がぽかんとしていると、

     

    『ンンンッフ! スオミちゃん、きみ狙っていたね?』

    『さあ? 指揮官の会話は始終モニタリングしていましたけれど』

     

    「あの……これは――えっと……あーっ!」

     ようやく事態が飲み込めたコリンは、頬を染めて声をあげた。

     

    「師匠! あなた最初からこうなるだろうと読んでましたね!」

     

    「そうでもないさ。誰かが君の背を押すか、自力でグリフィンの服務規程を思いだすか。まあ、五分五分よりは少し分のいい賭けだとは思ったけどね」

     飄々と言ってのけたロロだが、すぐに口調を改めた。

     

    「L211基地、ロゼ・ローズ。改めてコリン・ハワーズ指揮官の要請を受諾した。当方からは第一、第二、第五の三個部隊を派遣する。このうち、第一部隊は一時的にコリン・ハワーズの指揮下に入る。第五部隊は事態の収拾までB122担当戦区の警戒任務を続行。第二部隊は……そうだね、これを見れば分かってもらえるかな」

     

     そう言って、ロロが通信モニタの一角に画像を映し出す。

     映し出された何気ない風景の意味を悟って――コリンはぞくと震えた。

      

    「すみません……このことは、見落としていました」

    「ンンン、『彼を知り己を知れば百戦危うからず』だよ。自身のウィークポイントと、敵の取るだろう手段の考察は大事だ」

     

     画面の向こうでロロがにやりと笑んで、言った。

    「コリン。きみは基地の人形からレトリバー犬って呼ばれているらしいね」

     

    「はい……あの、ぼくは不本意なんですけど」

     

    「いやいや、この場合はむしろぴったりだ――レトリバーってのは鳥猟犬でね。猟師が仕留めた獲物を確実に回収することから付いている。元になった“retrieb”という言葉は『持って帰る』あるいは『取り戻す』という意味だ」

     

    「……取り戻す……」

    「行きなさい、コリン」

     

     ロロがふわりと目を細めてみせた。

     まだ幼い後輩を見守る、お姉さんの微笑みで彼女は言った。

     

    「私ができる手助けはここまで。その代わり最良のカードを託した。あとは、きみの洞察力と度胸だ。さあ、“九塞陥とし”がハッタリじゃないのを見せてやれ」

     


     

     深い睡眠からコリンが目を覚ますと、がたごと揺れる車中だった。

     

     寝ぼけ頭で「どこだっけ」と思いつつも、目と耳に入ってくる情報が少年を急速に目覚めさせた。横になっていたベンチの隣でVectorが装備の点検をしている音。車内の後方スペースでDSR-50が対物ライフルの大口径弾を選り分けている音。そして、装甲車の運転席でハンドルを握っているのはAA-12だ。きっちり密閉された車内は、ぼんやりと青い光に照らされている――さまざな情報がホロ表示されているのだ。

     

    「……起きた? たっぷり十時間は寝ていたわよ」

     

     Vectorの言葉に、コリンが目をしばたたかせて訊いた。

    「いま、どのあたりです?」

     

    「心配するな、さっき居住区の“裏口”を通ったところだぞ」

     運転席のAA-12が答える。

     

    「さすがだなあ。ヘリアンさんが教えてくれたルートならノーチェックでスイスイだ。街の近辺の軍にも動きはない。だいぶグリフィン本部から手を回してもらってる……だけどまあ、ちょいと上級代行官から注文があってさ」

    「……なんですか?」

     

    「舞台は整えるけど、演者の追加はできない――だそうよ、坊や」

     コリンの問いに応えたのはDSR-50である。

    「L211の助っ人が五名と、B122のわたし達三名。きついわあ」

     

    「そのL211の部隊――スオミさん達はいまどこに?」

     

    「先行して現場付近に潜伏している。いま出ている情報、彼女達からのよ」

     

     Vectorの言葉に、コリンはうなずいた。

     浮いているホロ画面のひとつに触れ、そのまま指を引き寄せる。ホロ画面が追従して動き、少年の眼前にリアルタイムの“敵情”があからさまになっていた。

     

    「……状況としては、あの大会の要塞フラッグ戦に近いかな……ただ、砲台じゃなくて歩行戦車に変わってるし、数も四つから六つに増えてる……」

     

    「なんだ、コリン坊やはゲームで経験済みか」

     AA-12が苦笑気味に言った。

     

    「でもゲームと同じにはいかないぞ」

    「当たり前です、これは実戦だ、でしょう?」

     

     少年がきっぱり答えてみせたので、運転席の眼の隈美人はぐっとうめいた。

     ホロ画面の光に照らされて、コリンのオニキスの瞳が煌めく。

     

    「でも、実戦なら物理的に可能なことはなんだって可能です。ゲームだとルールやレギュレーションがありますけど、現実なら物理法則さえ守れば、なんでもありですから!」

     

     力強く断言した少年に、乙女達は目を丸くし――次いで、くすくす笑い出した。

     

    「え? な、なにか変ですか?」

    「いや、変じゃない。君のやる気満々、すっごく元気でるぞ」

    「あなたって、最近はマスコットになっていたから、この手の才能を忘れてたわ」

    「うふふっ、そうよねえ。作戦中の通信だと緊張が抜けなくてガチガチだもの」

     

    「な――いいじゃないですか! こういう攻め込むタイプが得意なんです!」

     

    「それで? 得意なら、あなたはこれをどう攻略するの?」

     Vectorがさらりと促したので、コリンはうなずいてみせた。

     

    「このパターンを〔ウォー・チェス〕で見た時は、射程外に〔火砲〕を展開させて砲台を同時に潰してから〔歩兵〕を突入させるやり方でした……ただ、いまのぼく達に重火器なんてないですから、同じようにはいきません」

     

    「じゃあ、どうするの」

     

    「……L211のスオミ隊長に通信は送れますか」

    「圧縮暗号なら。そんなに多くはやりとりできないぞ」

    「充分です」

     

     コリンの答えに、運転席のAA-12が側部の制御卓を操作する。

     少年の眼前のホロ画像に、仮想キーボードが展開される。

     彼が手早く短い文章を打ち込み、送信するや――すぐに返事がかえってきた。

     

     その回答を見て、コリンがひとりごちる。

    「……陽動に三名、突入は二名……それなら、なんとかいける」

     

     少年がくるりと首を向けた。

     視線の先には、DSR-50がしどけなく脚を投げ出して座っている。

     

     コリンの目線に気がつき、艶然と微笑んでみせたものの――当の少年が、オニキスの瞳になんとも真摯な光を宿しているのを見て、思わず咳払いした。

     

    「けほん……あら、坊や、何かわたしにお願い――」

    「はい、お願いがあるんです」

    「聞いてあげてもいいけど、何かお礼――」

    「もちろんします」

     

    「……妙にぐいぐい来るわね、今日のあなた」

     

     コリンがずずいとDSR-50に近寄る。

     思わず後ずさろうとする彼女の手を、コリンがしっかり掴む。

    「あなたの狙撃の腕を見込んでお願いしたいんです」

     

    「……あの、とりあえず手を離して。お姉さん達二人の目がさっきから怖いわ。ついでにいうと、坊やがズンズン来るから、わたしもちょっと困っちゃう」

     

     コリンは、しかし、手を離そうとはしなかった。

    「DSR-50さんの――いえ、“黒薔薇”ドロシーの腕を見込んでのお願いです」

     

    「……んもぅ、わかったわよ。とりあえずどんなプランなのか言ってごらんなさい」

     

     訊ねる黒髪美女に、コリンが“プラン”を説明してみせる。

     それを聞いたDSR-50はみるみるうちに渋い顔になった。

     

    「ちょっと……本気で言ってるの、あなた?」

     

    「最初にうちの作戦でDSR-50さんが出撃した時のデータを見て、不思議に思ったので調べてみたんです。67戦区で〔鉄血〕のエリートを二体同時撃破した時をはじめ、あと何例かでこの形の狙撃を成功させていますよね」

     

    「……何例か、で留まっているのは、あまりやりたくないからよ」

     苦虫を噛んだかのような顔でDSR-50は手を振ってみせた。

     

    「まあ、やってくださいとお願いするなら――」

    「やってくださいお願いします!」

    「……坊や、これと決めたら突っ走る系だったのね」

     

     黒髪美女は、深くため息をつくと、言った。

    「じゃあ、あなたの覚悟のほどを見せてごらんなさい」

     

    「……どうすればいいんですか?」

    「わたしとキスして。それぐらいのご褒美は前払いでいいでしょう?」

     

     DSR-50の言葉にVectorがガタッと席を立とうとし――

     コリンが無言で彼女を手で制した。

     

    「わかりました……それで、いいなら」

     

     少年が意を決した顔でごくりと唾をのみ、黒髪美女にそっと顔を近づける。

     彼が目をきゅっとつむり、そろそろと唇を寄せた。

     

     DSR-50は微笑み――そして、ついばむように少年の鼻にキスしてみせた。

     

    「ふぁ……ふえっ!?

    「もぉ、そんな必死な顔で迫ってこないの。それで勘弁してあげるわ」

     

     DSR-50が黒髪をかき上げる。

     宙を舞う髪の毛から華やかな香りを漂わせて、美女は凄みのある笑みを見せた。

     

     

    「いいわよ、:六連撃ち(セクスタプル・ショット)を決めてあげる」

     


     

     ハワーズ本邸の一隅。

     瀟洒な監禁部屋で、スプリングフィールドはドレスに着替えていた。

     

     群青色の布をゆったり使ったトラディショナルな衣装は、露出や色気こそ抑えてあったが、それゆえに彼女の顔と肢体にはよく似あっていた。

     それもそのはず。元はエヴァンが彼女のためにと選んだものなのだ。

      

     彼が健在であれば、乙女はハワーズ当主のパートナーとして、このドレスを着て一族の前に進み出ていただろう。彼女が人形だとしても、人間達は礼節をもって遇し、彼女の言葉に一喜一憂していただろう。

     

     だが、いまのスプリングフィールドは、そんな立場にはない。

     いまの彼女は、いわばトロフィーだった。

     力づくの跡目争いを制した者に与えられる報奨品。

     

     姿見に映った自分の姿を目にして――乙女は深くため息をついた。

     

    「……ご準備はお済みでしょうか」

     戸口から声がかかる。メイドを務める人形が一礼して控えていた。

     

    「ええ。でも、もう少しだけ待ってほしいの」

    「なりません。一族のお歴々がすでにお待ちになられています」

     にべもないメイドの言葉に、乙女は唇を噛んだ。

     

    「わかりました……」

     スプリングフィールドが言いかけて、足を踏み出した矢先――

     

     首筋に、ちくりと痛みを感じた。

     いや、痛みではない。指向性の強いスポット照射のレーザー通信。

     

     グリフィン独自の圧縮暗号。カテゴリは最緊急のブラックダウン。

     

     それには、短くこう記されていた。

     

     ――王子様が迎えに来る(Prince is coming)。

     

     感情パラメータが思わず跳ねそうになるのを、乙女は必死にこらえた。

     

     内心の動揺を悟られてはいけない。迎えの“馬車”に乗り込むまでは。

     そして、彼女は同時に相矛盾する二つのことを思った。

     

    (コリン――お願いだから無茶はしないで)

     お姉さん役を自らに任じていた者の声。

     

     そして、それとは別に、ただ一人の乙女の声がこうも言っていた。

     

    (コリン・ハワーズ……どうか、わたしを助けて)

     

     

    後編へ続く

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