暗殺・リトビネンコ事件

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    土曜に行ってきた映画のレビューです。
    なかなかに重い内容だったので自分の中で整理して文章にするのに
    ちょいと手間取りました。

    大阪でもミニシアターでやっていたので、上映している館は
    少ないと思いますが、こういう映画は是非どこかで取り上げて
    ほしいものです。

    以降、レビュー。長くなるので折り返し〜。
    ---------------------------------------

    リトビネンコと聞いて誰のことか即座に思い出せる人が何人いるだろうか。
    現代ではニュースはすぐに風化してしまう。
    英国に亡命していたロシア人で、放射性物質ポロニウムを盛られ暗殺された人物といえば、お分かりになるだろうか。死の直前、病院のベッドに横たわる彼の写真は報道で大きく取り上げられた。



    アレクサンドル・リトビネンコ。
    KGBを引き継いだ諜報機関FSB(ロシア連邦保安庁)の元中佐。
    プーチン政権を批判して国を追われ、英国に政治亡命した人物。

    こう書くと堅苦しくなるが、しかし、友人達が呼ぶ
    「サーシャ」という愛称を聞けば、彼との距離はぐっと近くなる。

    インタビューに出てくる彼は、表情にやや悲痛な色を帯びつつも、目は真摯な輝きに満ち、身体はがっしりとして力強く、その割に顔全体はどこかアライグマを連想する愛嬌を感じさせる印象だ。

    サーシャは生前、とても気さくな人物であり、友人も多かった。
    元上司の話では対組織犯罪のセクションにおいて
    有能な人物で真面目な性格だったという。

    だが、真面目だったのが彼にとって災いになってしまった。
    FSBで働くうちに、サーシャは汚職の実態や非合法な活動の数々を知る。
    彼自身、政権に批判的な人物を脅す役目を担わされたこともある。
    FSBの腐敗を指摘するTVのインタビューに出演したことがきっかけで、
    彼はFSBを告発する記者会見を行うことになる。

    身内の「反乱」に慌てたのはFSBと政権である。
    罪をこしらえては彼を裁判にかけ、なんとか牢屋の中に放り込もうとする。
    証拠不十分で無罪判決が出た法廷にFSBの職員が乗り込んできて、
    その場でサーシャを別件逮捕するという信じがたい光景も映画では出てくる。

    身の危険を感じたサーシャは6歳になる息子のために、亡命を決意する。
    そして、ロンドンのヒースロー空港で英国に政治亡命を申請し、
    以降、英国からプーチン政権批判を行うことになる。

    この映画を撮ったネクラーソフ監督は、元々チェチェン紛争とその原因となったテロ事件の真相を追っていて、その過程でサーシャと出会ったという。

    映画はサーシャとのインタビューがメインだが、それは全体の五分の一程度で、それ以外はサーシャの友人知人の証言や識者へのインタビュー、当時のニュース映像などを巧みに組み合わせて構成させている。
    映画では表立って現ロシア政権を批判しているわけではない。だが、ロシアの現状を生々と見せつけてきて、見る者の背筋を寒くさせることに成功している。

    ソ連邦時代から密告が当たり前に行われていた監督自身の経験。
    チェチェン紛争で犠牲となった子供達の痛ましい映像の数々。
    そしてその引き金となったテロ事件。「あれは誰がやったの?」と疑問を投げかける主婦。

    「彼らは思っている。今は言いたいこと言うがいい、
     生かしておいてやるが必要になれば消してやる、ってね」
    そう話すのは女性ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ。
    彼女もまた、何者かの凶弾に倒れた。

    言論の自由が次々と封じられていくロシア。
    「リトビネンコをどう思うかって? ヤツはクズだよ」
    サーシャと共に腐敗告発のインタビューに出た元上司はそう話す。
    その言葉の真意を、観る者は映画終盤の場面で知ることになる。

    ペテロブルスクの通りの売店で新聞を探す監督自身。
    一冊の本を取り上げて、店主にこう訊ねる。
    「これ、良い本かい?」
    店主は答える。
    「内容はあるけどクズだよ」
    「クズな本をどうして置いているんだい」
    監督の問いに店主は苦笑いして返す。
    「ロシアじゃ面白いことをクズって言うんだ」

    元上司は、「あいつは立派だ」と言いたかったのではないか。
    だが、政権に批判的な人物を表立って賞賛することは許されない。
    反語な表現によってしか、評価する言葉を表現することができないロシア。

    「反乱をつぶされたこと以上に、モラルが通じなかったことが悲しい」
    そう話していたサーシャ。その彼に何者かがポロニウムを盛り、暗殺した。

    ニュースで大々的に取り上げられた病院のベッドの映像は、この映画ではわずか数秒しか映し出されない。壮健だった頃の彼とはあまりにかけ離れたその姿。頭髪はごっそりと抜け落ち、頬の肉は削げ落ちてまるで骸骨のよう。開いた彼の目は死んだ魚のようにどんよりと淀んでいた。ほどなく、サーシャは友人の見守る前で亡くなった。

    「リトビネンコは小物にすぎない」
    ニュース映像で政府関係者がふんぞり返って言う。
    「一個人の死が政治的挑発に利用されている」
    記者会見でプーチン大統領が話している。

    そう、サーシャは確かに小物だ。
    彼自身、国家機密を携えていたわけではない。
    彼はただモラルに従って、自分の属する組織の腐敗を告発しただけなのだ。
    ただ、それだけのために彼は殺されることになった。

    サーシャの暗殺を命じた何者かは、
    おそらく邪魔な虫を靴で踏み潰す感覚だったろう。
    それこそ道の売店へタバコを買いに行かせるふうに言ったに違いない。
    “おい、ちょっと英国にいるアイツめざわりだから消してこい”

    映画では、暗殺の実行犯と疑われているルゴボイ氏も出ている。
    「釈明書を書いて英国大使館まで出向いていった。呼び出しに応じるためにどこにも行かずモスクワでじっとしているのに何も言ってこない。静かなもんさ」
    その言葉に、思わず疑わざるをえない。
    表向きは英国がルゴボイ氏の身柄引き渡しを要求し、ロシアがそれを拒否した、ということになっている。
    しかし、裏では、両国の間になにか取引があったのではないか。
    両国関係の友好維持とかなんとかのお題目の影でサーシャの死はなかったことにされたのではないか……

    映画の邦題は「暗殺」だが、原題は「rebellion」となっている。
    反乱、という意味である。
    この映画は反乱を起こして潰されたサーシャの記録であり、
    そしてまた監督自身の現ロシア政府へのささやかな反乱でもあるのだろう。

    強力な指導者の元、BRICsの一員として目覚しい経済発展を遂げるロシア。
    その輝かしいロシアが抱える闇は、
    深く、そして底知れない黒さに塗り固められている。

    【監督】アンドレイ・ネクラーソフ
    【プロデューサー】オルガ・コンスカヤ
    【撮影】マルチン・ヴィンターバウアー、セルゲイ・ツィハノビッチ
    【音楽】ワジム・クリツキー、エイッカ・トッピネン
    【上映時間】110分

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